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腹に一物

(※ダンテ主前提、ロキ修羅、明星のカギのイベント)


『鍵なぁ……クククッ、オレの腹の中だ』
グラス越しに歪むロキの口元を見て、さぞ怒り狂うだろうと思ったが。
冷たい声のまま、ヤシロは会話を続行した。
「腹の中……? 悪魔ってそんなに悪食なんですか」
『……あぁ、そうさ。ちょっと引っ掛かったが、ひんやりとしたノドごしもオツだったぜ?』
「それ、飲んだばかりですか?」
『こっちは賊の侵入ですっかりオケラな身分でな、あまりにひもじいもんだからよぉ……クックッ……ちょうどオマエ等が入店する直前くらいに、ペロリゴックンとな』

当時、俺はヤシロの傍には居なかったが、それとなく知っている。
この酒場でチビチビやっているロキの宝物とやらを、ヤシロが拝借したと。
門番のトロールがブチのめされて暫くは、ロキがじきじきに聴き込んで回っていた。
ギンザに常駐している連中は、窃盗事件に関しての記憶が有るだろう。
つかず離れずヤシロを追っていた俺にも、その聴取は来た。
噴水広場の横辺りで、顔色も悪く思いつめた表情をしたこの悪魔が……
いいや、そういえばいつも青い顔してやがったっけな。
俺との面識を憶えているのだろうか、別にどっちだろうと構わないが。

「その宝物って、紙幣でしょう? 探せば何処かしらに、まだ転がってる筈だ……それを持ってきたら、鍵と引き換えにしてくれないですか」
『だから云ってるだろ? この腹ん中って。それ以上は云う気になれねえなぁ』
「札束で頬を叩いたら、云う気になりますか」
『フッ、吐かせてみな。それと、煽るなら酒だけにしとけ…… 今回は保護者同伴って感じだもんな』
彩度の低いブロンドの隙間から、俺を見る眼がにんまり細る。
優男といった風体、遊び人の香りが更にヤシロを苛立たせているに違いない。
ロキは本気の眼をしていない、悪戯の為の勝手な詮索だろう。
確かそういった神だ、チャラい奴ほど印象深い。
「その人は……俺の雇ったハンターだ、悪魔にとやかく云われる筋合いは有りません」
『お仲魔少なそうだもんなオマエ、流石に寂しくなったか?』
「種族が近い者同士で協力するのは、何もおかしくない……」
『あぁ、アレか。パパってヤツ? 思念体でも妙な取り合わせのカップルとか居るもんな……大抵はすっぱか、それか甘ったるい声の女が相手をパパとか呼んで。センエンサツじゃなくてイチマンエンサツを強請ってやがる、しかも数枚単位で。週刊誌ってヤツで見たぜ、あれはエンジョコーサイっていう――』
言葉を詰まらせ、グラスをテーブルに叩き置くロキ。
軽く溢れたアルコールが、青い指を濡らしていた。
周囲の悪魔と思念体が、一斉に一歩退く。
「ほら……早く、吐いて下さい」
固そうな腹筋に、拳をめり込ませているヤシロ。
『……ッ、フフ……ハッハ、今度は真正面からパクろうってかオマエ……』
「吐かせてみろと云った」
『いいぞ、ただし店の中はよそうぜ。折角の酒が不味くなる』
立ち上がりつつ、ヤシロの肩越しに俺を確認するロキ。
ドンパチ始めたってのに微動だしなかった俺の立ち位置を、見極めようとしてるのか。

「しかしヤシロ、いきなり腹パンとは恐れ入ったな」
じっとり重い酒場の扉を押しつつ、俺はへらりと笑った。
先に出て待ち構えているロキを睨みつつ、ヤシロが返事する。
「そこそこ力入れて殴ったんだけど、案外固い腹してた」
「そりゃあ腐っても悪魔だぜ、それも人間の代物集める嗜好を持ち合わせてる。俺やお前に興味持ってるかもな、人間臭いだろうし」
「もう数発やっても吐かなかったら、ダンテが其れで斬りつけてくれないか」
「構わんが、やりすぎるとそれこそ吐けなくなるぜ。わざわざ回復してやるのもゴメンだろ?」
「……? だから掻っ捌くんだろ。 とりあえずは、俺だけで相手する。保護者とかっていちゃもんつけられるのが……かなり煩いから」
怪訝な眼をしたその横顔を見て、俺はフッと感付く。
もしかするとこいつ、意味を違えていないか?

『さ、やってみな』
指をクイクイとさせる挑発気味のロキが、吹雪を通路に巻き起こす。
『ちょっと何、喧嘩ぁ?』
『ヒホー! クーラーは効き過ぎが一番ダホー!』
妖精達は凍結した床からひらりと飛び立ち、ジャックフロストはテンションを上げて滑り出す。
完全に巻き込まれたエリゴールは落馬し、立ち上がろうとする馬が鼻息も荒く踊っている始末。
ヤシロも多少よろけたが、すぐにロキへとマグマ・アクシスを放つ。
魔力を溜めきらずに打ち出したのは、牽制の為か。
そんな事を思い傍観していれば案の定、氷の融けた路を一直線に駆ける姿が見えた。
火焔を追う様にして、一瞬で間合いを詰める姿に安堵させられる。
(保護者もクソもあるか、戦闘で俺が援助してやる必要は殆ど無えよ)
焔をマントで払うロキが、唐突に視界に割り込むヤシロに一瞬眼を見開く。
しかしそこはプレイボーイ、来るもの拒まずだ。
誘う様に体軸を反らし、拳を避けつつ膝を入れた。
背に一撃喰らったヤシロが床に叩きつけられ、思わず俺のリベリオンを掴む指に力が籠る。
『前より美味そうなニオイになったなオマエ』
追撃に跨り耳元へと囁くロキを見て、俺の方がヒクついた。
俺のジョークにも眉を顰めるヤシロの事だ、悪戯が十八番のロキなんて……そりゃ相性も悪い訳で。
「退け変態!」
すぐ後ろの頭へと指を突き立て、爪が完全にめり込む程に腕を震わせるヤシロ。
その指からまた燃え上がるもんだから、ロキも流石に胴を離す。
頭を穿つヤシロの手首を掴み、ずりゅ、と指先を引き抜いた。
『自慢の髪を燃してくれるなよ。しかし、これは骨抜きにしてから喰った方が良さそうだなぁ?』
「放せっ、ぅ、ぐぁ」
『ま、安心しな。じゃじゃ馬の扱いにゃ慣れてるからなオレは……クックック』
だらりと伸びて吊るされる様子からして、手首辺りをバキバキに砕かれたな、あいつ。
リベリオンの方が俺に訴えかけて来るが、いいやまだまだ。
あいつはガッツ有るぜ?
『うっ、ぉおッ!?』
ロキの膝裏に靴の甲をあてがい、思い切り折らせたヤシロ。
カックンと姿勢を崩した所に、後頭部で頭突きの追い討ち。
重心を完全に傾けたロキは、いよいよ尻餅をつく。
緩んだ青い錠から手を抜き取り、ヤシロがマウントを取った。

「はあっ……はぁっ」
『へっ、分かったよ小僧……吐きゃいいんだろ? んん、アルコールより美味いじゃねえか』
ほら見ろ、腕を封じただけじゃあな、無力化出来ないに決まってる。
全身封じたって、最終手段としては召喚がある。
そして俺も居る。
「ッ、おぉっ!」
『ぶげえッ!』
と、決着がついた筈なのに、ヤシロの攻撃が止まらない。
煌天だったか? いやそんな事もねえし、どうしたこった。
これはやっぱり、あいつ……
「ほらっ、吐いてくれるんでしょうっ!」
『おごっ! おいっ! おまっ、ひっ、ひぃッ!』
拳が使えないからだろう。立ち上がり、執拗にロキの腹へと踵を落とすヤシロ。
周囲で最初はやんやと観戦していた連中も、最早ドン引きだ。
いよいよ俺の出番か、少し手遅れな感じだが。
「おいヤシロ、止めてやりな」
「はあ、はあ、だ、ダンテ……」
「そいつの吐くって云ってるのは、鍵の在処の事だぜ」
「はぁ、はぁ、は……はぁ?」
「腹の中ってのは、酒代にしたって意味だ。つまりな、鍵はどっかに売られたって事さ」
踏み躙る脚が静止して、唖然とする顔が俺を見上げてきた。
ヤシロの勘違いっぷりを聴いたロキも、唖然とヤシロを見上げていた。
「お前、ロキが本当に鍵を飲み込んだと思ってたろ」
「……い、いやだって、そういう応酬になってたじゃないか」
「そりゃあれだ、こいつは悪乗りするタイプの悪魔だから」
それだって、ロキもまさか本気でヤシロが履き違えているとは思わなかったろうが。
煽るなら酒だけにしろ、とか云ってたしな。挑発の一環のつもりだった筈さ。
「って事だ、もうそいつの腹を狙う必要も、捌く必要も無いぜ」
「…………」
みるみる内に、耳が真っ赤になっていく。
シラフでこれだ、酒なんかこいつには要らないだろ。
「おいヤシロ、しかも無我夢中で蹴り過ぎだぞ。目測ミスってる」
「……ぅわッ!!!!」
俺の言葉に己の足先を見たヤシロが、まるで犬のクソでも踏んだみたいなリアクションをした。
散々もみくちゃになって緩んだのか、ロキの下穿きが解けている。
一応人間の雄と同じ形状のブツが有り、それをヤシロは先刻まで思い切り踏み締めていた。
「下品なモン踏ませやがってッ!」
仕上げの様にロキの脳天へ食らわされた一撃は、明らかにとばっちりだ。
ぜえぜえと息を荒げたヤシロは、鍵の在処も訊かずに走り去って行った。
強く開けられた扉が閉まらずに留まり、噴水で靴を洗う姿がその隙間から覗く。
「……おい、大丈夫か?」
汚物の様に扱われたロキを、マントごと掴んで俺は引き起こしてやる。
致命傷は無い様子だが、妙に陶然とした表情。
そして、下穿きを巻き直しつつ吐き出した台詞が――
『ヘッ……案外、イイもんだな……足でされんのも』
アルコール臭かったので、多分こいつは酔っている。
マントの襟首を掴み上げたまま、俺は遠くの噴水目掛けて放り投げた。
「眼ぇ醒ましとけよ、プレイボーイ!」
水浸しの廊下を歩き、俺は酒場に戻った。
何故か傍観者の俺がどっと疲れたので、一杯やりたい気分になっていた。
なんで勃ってやがったんだ、あの悪魔。

-了-


明星のカギのイベントから…ごめんロキ!
しかし、なんとも下らない!足コキ(というか下手すれば潰れる)
腹の中って言われた時、そのまま信じちゃった事を思い出して。