喧嘩上等

(ルイライ?悪友チック)


「黒」
「赤」
「赤」
「黒」

次々に置かれるのはチップ。
持ち前の強運で昇りつめるのは、ライドウの常。
マッカーですら、今は何も疑わない。
「フフ、ほら、軍人の癖に黒なぞ選ぶから…」
やや離れた所で、チップを没収される髭の男性を見て、哂うライドウ。
「此処で賭けているのは、サマナーだけではないの?」
「お生憎…軍属にも潜んでいるのさ、烏のサマナーはね」
既に山にしたチップを傍らに、ライドウは吸殻をアッシュトレイで磨り潰す。
カラカラと笑い転げる様に廻る玉が、回転盤を右往左往。
新世界に設置された新たな遊戯は、サマナーの間で流行っていた。
ぼくはテーブルに戻って、またライドウが沢山ふんだくってくるのを待つ。
「“赤と黒”…“軍人と聖職者”かい?」
向かいの席に腰を下ろす黒い影に問う。
「《Le Rouge et le Noir》……スタンダールの著作から」
「帝國図書に有ったのかな?」
「いいや、僕が勝手に取り寄せたのさ」
クスリと微笑んで、慣れた手付きで配当されたチップを柱にしてく。
「ドフトエフスキィの《賭博者》も読んだ…博打するにあたっての見聞をと思って、ね…フフ」
「十四代目は読書する暇があるのかい?」
「僕は速読家さ…それに、物事の隙を狙えば読書なぞ容易い」
「ぼくを待っている合間…とか、かな?」
ゆったりと口角を上げれば、対面した相貌にて吊り上がる眉。
ああ、やはり怒っていたのか。
「十四代目の僕を少しでも気遣いたいのなら、呼び出しながらに待たせる事は止してくれ給え」
最近、口約束にしっかりと従う君が可笑しくて。
澄ました顔で軽くあしらっておきながら、ぼくの指定通りに動くライドウ。
「ごめんね…少し邪魔が入ったから、遅れてしまったのだよ、夜」
ベリアルとネビロスに、アリスの話をだらりと垂れ流され続け、茶まで冷めたのだ。
旧知の仲とはいえ、繰り返される赤と黒の喧騒にやや疲れを感じていた。
悠久を生きようが、そういう時間を愉しいとはさして思わない。
今度連れてくると良い、城の薔薇園で遊ばせてやりなさい、と適当に云い残してきた。
「まさか、此処に来ても赤と黒を見るとは……」
「何か云ったか?ルイ」
「いいや」
「フン、最近僕をぞんざいに扱い過ぎでは無いのか、君」
黒い瞳が射るかの如く貫いてくる。
普段の冷笑とも少し違った、感情の波。
高飛車な君が見せるそういう起伏は、悪くないな。
「換金をしてくる」
組んだ脚を解いて、すらりとしたソレを椅子から外すライドウ。
トレイにチップを乗せて、そのまま回転盤の方を向く。
「マイヤーズのダークラム」
「分かったよ」
注文しておけ、という事だ。
魔界を統べるぼくに、酒の注文とは……とにかく面白いから良い。
彼が離れた折、マスターが声をかけてくる。
相変わらずな注文内容に、何の変哲も無く進む応酬。
テーブルに置かれた、ライドウのラム酒。
揺れる暗い赤褐色の液体の向こう、透けて見えるライドウ。
その冷然とした姿が、赤に揺らぐ。
(…赤みが、足りないな)
手袋を徐に外し、ぼくは指輪を眺めた。
彼が…ライドウが羨望する、その金色が飾る指先を…咬む。
赤い雫がつう、と黒い爪先に滴る。
ひとつ、ふたつ。ぽた、ぽたり。
ぼくの体液が、その赤褐色を鮮明にした。
血の海に沈むライドウが見えて、ほくそ笑む自分が薄っすらとグラスに反射した。
「回転盤遊戯も飽きてきた…」
此方に戻ってくるなり、グラスを手にするライドウ。
暗いこの空間では、よくよく眼を凝らさなければ判らないだろうね。
その血の海を、ぐい、とひと息に呑む姿…
「皆、結構堅実だ…Rouge-Noirぐらい勝負に出てみろと云いたいよ」
彼にとって、ぼくの血は芳醇なワインにも等しいのだろう、と自負している。
「逆モンテカルロ法で、僕の場合は…」
台詞が、止まった。
気付いたのだろうか?見た感じ、そのラムには旨く溶け込んでいたのだけれど。
「どうしたの、夜」
グラスをゆっくりとテーブルに置き、外套を微かに揺らしている。
ああ、やはり強かったろうか、直接体液は。
ただでさえ人間には強い度数の酒だ…そこに加えたのだから、相乗効果もあるかな。
「…ルイ」
「なんだい?夜」
「…“Outside bets”」
アウトサイド・ベット…それは、Rouge-Noir…赤黒、奇数偶数で勝負する際の範囲。
ヨーロピアンタイプの回転盤だろうが、それは変わらないそうだ。
「それがどうしたのだい?」
「…“Outside bed”?」
発音が違う。
くつくつと哂って、顔を上げたライドウの眼が、おかしい。
「それとも“Inside bed”?」
云うなり襟を寛げ始める。
「夜、此処は茶屋でも個室でも路地裏でも川原でも無いよ、脱ぐのは駄目だろう?」
「ベッドに行こう、ルイ」
そんな言葉を吐く彼が、妙に真顔で、思わず笑いが零れてしまった。
「ルーレットはbedでは無く、bets」
「フフ…ぅ、ぁはッ…どちらにもヨーロピアンタイプが、在る」
外套を脱ぎ捨て、椅子の背に引っ掛けたライドウが胸元の管を撫ぜる。
「ヘッドボードとフットボードがあるベッドが、ヨーロピアンタイ、プ」
「大丈夫?不味い事まで口走ったりはしないのかな?くす…」
妖しげに撫ぜるその指が、ぴたりと止まる。
途端、その気怠く甘い空気が、ぴしゃりと爆ぜる。
周囲のサマナーが、そのMAGの滞留の乱れを感じ取って、一斉に此方側を見た。
「こっちの心根量らずと…一体如何云う御了見?」
刀の柄にその指が下りていく。
新世界の空気が凍った。
が、ぼくだけ高揚していた。完全に泥酔しているライドウに。

「そうした喧嘩は手前から…」

聞いた事も無い、巻き舌で。召喚管ではなく、管を巻く十四代目の滑稽な艶姿。

「売ってやりんす上等よぉ…!ルイ・サイファぁあ」

あの、四十度はある酒をかっ喰らう彼が…ぼくの血という体液たった数滴で。
「席に座るんだ、夜」
しっとりと、落ち着きを装い、語りかければ。返る管。
日本國のとは違う管の巻き音。
僕の金の髪を見て、脳がそれを発する事を勧めたのか。
「Shut up!!」
「煩くした覚えは無いよ」
「You should concentrate on cheering me up.」
「いつも気分良くしてあげているだろう…?」
「But it's too late now, you've lost your chance, it's gone.」
「おや、手遅れかな?」
「You never once realized how bad our dilemma bad got.」
「そもそも、ぼく等はそういった関係だろう…損失されるモノなど無い…」
「Silence, naughty, fussy!」
やれやれ、何を赦さないと云うのだろう。
全く、普段はあんなに冷静なのに。
そんな君が理性を飛ばしきっているのだ、喧嘩を本気で仕掛けてる。
抜刀されそうな刀に、皆警戒しているのに…
「夜、待たせたのは悪かった…今宵も、先日も、先先日も」
「Why don't we just look at our bullshit then?」
「ふ…謝罪は真実だよ?」
「Iffy, crappy, scrappy!」
「君だって、嘘が得意だろう?夜…」
ああ、でも今の君は、偽り無し、本能剥き出し、かな?
小さく呟いて、ランプに照らされたライドウの影を、テーブル下で踏んだ。
すると、ガクリと肩を垂らし、その眼が見開かれた。
影踏みなぞ、普段の君なら効かないというのに…
体内を狂わせてしまったのか、強過ぎる酒は。
そのまま、ふらりと腰を下ろし、着席の形に収まる。
安堵して、管から指を離すサマナー達。グラスを拭く作業に戻るマスター。
ホールに、回転盤上を転がる象牙の球の音が響く。
「最近君で遊び過ぎたか」
「…I am really sick of you.」
「そう?夜だって、愉しそうに呑んでたではないか、上から下から、ね」
「And I hate you.」
拗ねた顔に、見えた。
それとも、気持ち悪くなって込み上げてるだけ?
「You would be best off alone……」
そう静かに呟いて、夜は瞼を下ろした。
…それは、誰に云っているのだろう?
ライドウの管は巻き取られきったのか、突っ伏したその胸元から、テーブルに管の擦れる音。
「ぼくはね…黒ばかりに拘る君が好きだよ?」
見下ろして、自分の分のソーダ水をしばらく啜る。
(君の孤独を埋める、良い喧嘩友達を演じれているだろう?)

黒は、聖職者の色。
黒は、隠者の色。
黒は…
がばり、と、飛び起きたライドウの、眼の色。

「…僕、何して」
「聞きたい?」
微笑んでそう返せば、その切れ長な眼を細めた。
「遠慮して…おこうか…」
帽子の下、その額を押さえている。頭痛かな?確かに、人体で摂取した際の効果は知らない。
「そう、それは残念、面白い君が見れたのに」
「…フン、何…また君が“きっかけ”でも与えたもうたのかい?」
ぐらり、と立ち上がるライドウ。
既に影から靴を退かしてあったので、それは阻まれない。
痛そうな額を押さえ、帽子を被り直す君。
「…もう一度してくるよ」
「飽きたのでは?」
ぼくの訊ねた事には答えず、ちらりと空いたグラスを見て呟いた。
「赤に乗り換える」
「へえ、どの様な心変わりかな?」
「気分だよ」
黒で勝負ばかりしてきたライドウが、宣告した。
そう述べる唇は、赤い。
「…ルイ」
ふと、振り返るライドウ。揺れる外套に、周囲のサマナーがまたビクリとした。
「ねえ、その酒、僕の頼んだ物?」
冷たい眼元が、ぼくを探る。
「また呑みたい?」
「…此処では無い処でね。僕の意識を飛ばすなんて、再挑戦の機会が欲しい」
「そう…では次の賭けが終わったら、場所を変えようか?」
云えば、溶解してくその眼元。
欲を求める貪欲な、サマナーとしてよりも…本来の彼としての。
「僕が赤で勝ったら、タダで呑ませておくれよ」
ニタリと哂う君に、嗤い返す。
「負けた時は何を見せてくれるの?」
「僕から黒を取り払ってやるよ」
くくっ、と喉で哂い、学生服の襟を指先で摘まんだ。
ああ、なるほど…ストリップショウか。
「赤を注いで良いのかな?」
「美味しい赤なら歓迎だね」
「また喧嘩を仕掛けられそうだ」
「喧嘩?…ぁあ、僕、君に喧嘩売ったのかい?」
その黒い外套の後を追う。
置かれるチップ、白い象牙の球が踊る。
黒と赤は、いつも仲が良いね。
黒と白は鏡だが、黒と赤は隣り合っている。
回転盤でも、武器と血潮でも、闇と血の盟約も。
反発せずに、寄り添い合う。
「全部で」
ライドウの指先が、全てのチップを置いた。
換金した分を、再度チップに換えたその全て。
白が飛び込む先を見る…と、ディーラーの驚愕の声。
「え、あ、こんな事って!?」
赤と黒の中間で、ふらつき、いよいよ停止した。
どちらにも落ちない、揺らす事が躊躇われるその状況。
周囲もさざめく中、ぼく等は顔を見合わせた。
「では夜…ストリップしたなら、タダで呑ませてあげるよ、どうだい?」
折角ぼくは中間を取ったのに、ライドウのその頬がヒクリと引き攣った。
「…ルイ」
「どう?」
「Why can't you see it my way just this time?」
「ああ、違和感無かっただろう?」
「表に出給え」
お代をカウンターに叩き付け、ぼくの腕を掴んだまま新世界を飛び出す夜。
不敵に微笑んで、僕を路地裏に押し込む。
「僕はね、八百長も嫌いだが…」
「赤いラム酒、そんなに待てなかったかな?夜」
「And I hate you.」
「ぼくは愉しいから、好きだよ、夜の事」
胎に一撃、綺麗に膝が入って来た。が、痛くはない。
微笑んで、その黒い襟を、開いてあげる。
「喧嘩上等」
吐き捨て哂う君。
ぼくの指の上から掴んで、外套を開いたのは……
喧嘩の為?

それとも…


-了-



東京事変『喧嘩上等』から

酔っ払いライドウ。
茶屋と個室と路地裏と川原なら脱いでも良いのか…