お狐様
「また油揚げ?」
ライドウの不満気な声に、俺は心がささくれ立った。
「文句云うなら食べないでくれ」
その味噌汁の椀に腕を伸ばせば、すい、と持っていかれる。
「誰も呑まぬとは云っていない」
「じゃあ黙って食えよ」
鳴海の様に、何でもかんでも美味しいと云う舌に成れよ。
俺はそう心で唱え、もそもそと自身も油揚げを食む。
「まあ、確かに物によって当たり外れでかいけど…」
当たり前の様に近所に商店街が在るこの時代、外れが希少だ。
「別に味がどうとは思わぬけどね」
食べ終わったライドウは、いつもの様に茶碗を流しに放り投げた。
ぼちゃんぼちゃんと、水を跳ね上げ投下されるそれ等。
俺は更に心がささくれ立ち、早々に味噌汁を嚥下して怒鳴った。
「横着しないで普通に置きに行けよ!」
「水が張って在るから割れない」
「そういう問題じゃない!本っ当…行儀悪いなあんた…」
見た目に騙されている人間は、幾人居るのだろう。
「油揚げ、口にするのが気分悪い」
「どうしてだよ、そんなにあんたのお口は高貴なのか」
俺が苛々して返すと、ライドウは学帽を被り直して哂った。
「昔、投げつけられたから」
その台詞に、俺は映像が浮かばずに箸が止まった。
「昔ね、お狐お狐と呼ばれて…他の子供に投げつけられたんだよ、油揚げ」
「それ、冗談…じゃなくて…?」
「こんな冗談思いつく程、脳内はがらんどうとして無いのでね」
唖然とする俺を尻目に、そのまま続ける。
「あの、なんとも云えぬ脂っぽさが肌に纏わりつくのが嫌でね…まあ、子供の考える事には正直驚かされるよ」
ひたひたと哂い、煮物を指で摘まむこの男。
「おい!食器下げたなら諦めるか、楊枝とか使えよ!」
「横着・怠惰・無駄…僕の気に入っている言葉だ」
「うっさいよあんた!そんな御託はどうでもいいからその指を退けろ!」
「残すよりマシだろう」
「煮物は日持ちするから大丈夫なんだよ!雑菌入るから指で摘まむな!」
その小鉢をずるずると下げて、俺はライドウから引き離す。
「へえ、僕を雑菌扱いか…潔癖も磨きが掛かってきた様だね」
「誰もそこまで云ってない!いちいち煩いな本当に!」
ああ、本当に苛々するな。
でも、とりあえず今後の献立から油揚げは除外しておこう。
そう思った。
お狐様・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
居候状態なので、功刀君は炊事係。
ライドウは、文句は多いが残さない。
勿論、功刀君のご飯が美味しいから。