呑み管されぬ我が愛
『ねえショボー、結局あなたライドウと人修羅のどっちが好みなの?』
薔薇の薫りも仄かに、アルラウネが問う。
『ええっ、ライドウはぁ〜…とりあえず美形でキッツイのが好き!』
何処か倒錯した返答。
『人修羅ちゃんも、あの童顔がおばちゃんは好きなんよねぇ〜』
ヒレをなびかせるアズミは、傍のパールヴァティを小突く。
それにベールを揺らして苦笑する女神。
『まあ…人様の容姿に関しては、好みの問題ですわね…性別問わず』
治療設備にたむろして、交わされる戯言。
業魔殿の暗がりに集う勝手な見解。
『でも最近はやっぱヤシロ様!』
ショボーの勢いに水をかけるアズミ。
『あの子、悪魔嫌いなのに?』
『そこが良いの!』
この狂鳥幼女は、ライドウに無茶な命令をされるのも好きで
それでいて、大して愛情も注がない彼が好きだった。
そして、悪魔が嫌いとは云いつつも女性悪魔になかなか手を下せない。
そんな人修羅にも惚れていた。
『矛盾好きなワケ?』
アルラウネは呆れた。
そんな幼い頃から達観しなくても…と、蔦をくるくる指先に弄ぶ。
『あっ、でも解るわぁ〜あの潔癖でいて、なのに頑張って殺すしかない立場!おばちゃん勇気付けられるわぁ』
ちょっとずれている彼女とて、それを咎める仲魔は居ない。
『…清潔感が汚される甘美…ですわ』
ぼそりとベールの下から、女神の溜息。
そう、ライドウの下に集う悪魔にまともな神経の者は居ないからだ。
『でも、ショボーに対する扱いは結構粗雑よねぇ』
『アルラウね〜さんはライドウとの絡み多くて、正直羨ましいっ』
『あらぁ…ま、そうでしょうね…ウフフ』
薔薇の花弁がひとひら舞った。
うっそりと呟く肢体。
『ショボーはそういう対象じゃ無いのよ』
『うげぇ、キッパリ云うよね…ね〜さん』
『だって、ライドウにお稚児趣味は無い筈よ?』
ショボーは、舞う花弁を、悔しげに鋭いクチバシで突き刺した。
一瞬にして成形されるそのクチバシを見て、アズミが笑う。
『そんなんじゃキスは無理やわぁ』
云われ頬を膨らませていた。
『んふふっ、舌入れられた事有ったり』
『ちょっとアルラウネ、ショボーには早いのでは?』
『あら、じゃあ真珠婦人は無い訳?』
『私はしっかりお断りしてありますの』
真珠婦人と呼ばれ慣れたパールヴァティはやんわりと微笑んだ。
『殿方は受け付けませんので』
『なんや、百合かいな、乙女チックやわ〜』
またしてもアズミの見解はぶっ飛んでいたが、誰も突っ込まぬ。
女学生時代の英雄譚や乙女の密やかな時間…
嫌という程聴かされたそれを、他の悪魔は掘り返したく無い訳だ。
『ちょ、待て待てぇ〜い!ヤシロ様はどうなの!?』
突如騒ぎ立てるショボー。
『何が?』
『だから!アルラウね〜さんみたいに舌入れられてるワケ!?』
その幼鳥の質問に、周囲は沸いた。
『何云ってるのよあなた、バッチリよ』
『ふぅ〜ん、ライドウちゃんも子供の前ではしないって事?お利口さんやわぁ』
『…勿論、支配側の特権…ですわ…』
その周囲に反応に、ショボーは羽をぶるぶると奮わせた。
『あぁあああ〜ん!ショボーの好きなヒト同士で乳繰り合うなんてぇ!!』
『ちょっと、発言があなた稀に不健全よね』
アルラウネが口元に当てた指を、そのまま唇に沿わす。
『MAGのやり取りには最適な手段よ?』
『でもでもぉっ…なぁ〜んか納得が』
と、一瞬止まる空気。
彼女達はハッとして視線を送る。
黒い影が、遠慮も無く場に入ってきて、空気を割いた。
「井戸端会議は済んだかな?餓鬼とご婦人方」
その主人の登場に、一同は一瞬うっとりとする。
その見目と魔力は、甘やかな蜜を湛える華にも似て、魅力的だからだ。
『ちょ、餓鬼?餓鬼っつった今!?ライドウ!』
「餓鬼だろう?等身数と、そのまな板胸を見れば云わざるを得ない」
あまりな主人の言葉に、ショボーは顔を真っ赤にする。
が、それは決して怒りのみで構築されていない。
妙な嬉しさを持っている熱に、周囲は気付いている。
当然、主人であるサマナーも。
「治療は済んだのか?」
『あとキュベレが出てきたら皆終りですわ』
「そうか、では僕はラボの方に居る」
用件のみで、すぐに引き返そうとするそのサマナーに、叫ばれる問い。
『ねぇっ、ライドウはどの悪魔が好みなのっ!?』
『ちょ、ショボーちゃん!』
慌てるアズミ、そのあわあわとした手付きは、所謂“おばちゃん”という生き物のそれ。
扉に手を掛けたまま、首で振り返るライドウ。
「…いきなりなんだい?僕に華でもくれるのか?」
その言葉の孕む意味を、恐らくショボーは理解せずに、続ける。
『タイプよ、タ・イ・プ!綺麗系?可愛い系!?幼女!?』
「とりあえず最後のは除外だな」
早速遮断された己のジャンル。
ショボーは一瞬がくりと項垂れたが、その眼は追求の野心を廻らしている。
「云っても良いが、それで仲違いするなよ?面倒事になったらクビ」
立てた親指を刃物に見立てたライドウが、そのまま喉を横引きする。
息を呑む一同。
ニタリ、と、彼女達すら畏怖する哂いを浮かべたライドウが紡ぐ。
「肢体が美しく…眼が綺麗で…清廉でありつつも秘所を包み隠すは淫猥」
一同、脳内に???が蔓延する。
「答え合わせしても良いか?まだドクターと会話の続きなのだよ」
フフ、と含み笑いして、扉の向こうに消える前に云い放たれた。
「渡る黒茨が美しい、僕の悪魔」
ばたり、と扉は閉ざされた。
一拍置いて、嵐が巻き起こる。
『何何誰誰!?とりあえず身体が褒められてたわね、ショボーは除外ね』
何気に棘のあるアルラウネ、身体のままの言葉にショボーは憤慨した。
『ぶ〜……しっかし、眼?アズミのおばちゃんは濁ってるよね!』
『んな殺生な…死んだ魚の眼って、そりゃ不可抗力やでショボーちゃん』
パールヴァティが、ぼそりとベールを吐息に揺らす。
『秘所を…隠す悪魔…ですか』
『アタシじゃない?一応隠してるし、茨って云ってたわよ?ウフフッ』
いつもそうする様に、脚を茨と絡ませるアルラウネ。
そのまんざらでもなさそうな笑みに、パールヴァティは疑問を投げる。
『黒茨とは何でしょう?』
やはり解明されないその謎に、一同は会話を途絶えさせた。
そのままキュベレが出るを待つだけかと思われた空気。
それが割られる。
「…ライドウが、キュベレ以外もとりあえず来いって…」
申し訳程度に開かれた扉。
そこから人修羅の声が響いた。
ライドウの前とは違い、一同に違う熱が花開く。
『ぁあんヤシロ様が迎えに来てくれるなんてっ、ショボー感激ぃ』
主人と違うその魔力の薫りは、別腹なのだ。
「…じゃ、俺は伝えましたから…」
ショボーを微妙にうんざりした視線で捉えた後、引っ込もうとする彼。
そこにパールヴァティが鋭く叫ぶ。
『黒茨ですわ!!』
その珍しい声の張りに、ぎょっとして周囲が停止する。
構わず続ける女神は、止め処なく垂れ流す。
『肢体は同種の人間!眼は黄金で猛き悪魔のそれ!』
ビシッ、と、リャナンシーの血でも入っているのか
人修羅を指差し、更に続ける。
『潔癖なのに身につける下着は未来語で云うTバ○クなる物!』
その発言に、ぶっ、と噴出す人修羅。
『ちょ〜!真珠婦人!!落ち着きぃな!!』
アズミが女神の指を下ろさせる。
『アララ…黒茨って、あの斑紋の事ね…成程、詩的な事』
アルラウネが翳りに居る人修羅を眺めて呟いた。
訳も分からず、下着すら暴露された人修羅は、扉を閉ざせずにうろたえた。
『じ、じゃあヤシロ様は誰に一番見惚れちゃったりするの!?』
「は?」
崇拝者ショボーの急な問いに、人修羅は溜息を吐いた。
いつもの通り、つまらなさげな表情が更に白む。
「俺の話で勝手に盛り上がらないで下さい」
『共闘してる仲じゃない、答えてあげてよ人修羅ちゃん』
アルラウネの“子供の云う事だから”とでも云う駄目押し。
その子供であるモー・ショボーの残酷さを人修羅は認知している。
悪魔に例外はいない。
「…云っても良いですけど、それで俺に喧嘩売らないで下さいよ…」
息を呑む一同。
「…ライドウ」
凍りつく空気。
その口から発される事は有り得ない名前。
『え、それってどの?』
ショボーの再度の問いに、人修羅はうんざりした顔で答える。
「…だから、十四代目葛葉ライドウ…」
発狂して叫びまわりたい衝動に駆られる、彼女達。
予想外の展開は、妙に血を沸かせる。
『ななな、なんでやん人修羅ちゃん、ライドウちゃんの事あんな』
アズミのどもりに、人修羅は意外にも鮮明な口調で答えていく。
「共闘する仲で、なら、あの男です、それだけ」
『あ、の〜ショボー達は?』
「悪魔は嫌いだから」
解っていても、鋭いその言葉。
それを穏やかに云う人修羅は、彼女達にとっては残酷である。
「別に…俺、あの男の性格以外は、水準超過してると思ってますから」
『へぇ、なんか…驚きやわぁ』
「だって、美人ですよね、ライドウ…腹立たしい事この上なく」
何故か納得の反面、心がすっきりしない一同を残して
「一般的な見解のつもりですけど?……じゃ、俺はこれで」
そう云いつつ扉の向こうに消えた人修羅。
『歪だわぁ〜矛盾二人組、マジ萌える』
ショボーがクチバシでさえずる。
『…悪魔以外なら、って理由が大きいのは、本当かしら?』
アルラウネが自らの薔薇を散らして遊ぶ。
『ライドウちゃん、人修羅ちゃんを可愛がってる成果かいねぇ?良かったなぁホンマ』
一人で完結させ、微笑むアズミ。
『…麗しい…傷つけ合う蝶と華…』
ぼそぼそと精神世界に潜っているパールヴァティ。
「おい、お前達」
主人の声。
「管に戻れ」
その命のまま、管という寝床に還る彼女達。
その甘い魔力漂う寝所に潜り込む前に見えた光景。
管に入らぬ人修羅を、その姿のまま傍に従える主人の、黒い外套。
中途半端だから持ち運びすら出来ぬ、と蔑み、人修羅を哂うサマナー。
自慢の悪魔が入らない事が、片時も視えぬ瞬間が無い事が
快感なのでしょう?
管に我々を封じるその瞬間、取り残され独り佇む人修羅の傍
自らのみが居る、貴方様のその恍惚。
その瞬間、震えるMAGで解るのです。
呑み管されぬ我が愛・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
拍手SSの癖に長くてすいません…
タイトルの“管”はわざとです。
女性悪魔達の呟き。
互いに見惚れている主従。
管に入らぬその幸福。