Volevo un gatto nero
(ライ修羅…恐らく)
来訪を告げるチャイムの音。
いちいちそんな挨拶は無しで、ずけずけと侵入してくるライドウで無い事は確かだ。
しかし来客など、思い当たる節が無い。
エプロンの紐を急いで解き、椅子の背に掛けて玄関へと踏み出す。
傍のモニターには、人影が無い。
(ピンポンダッシュ…?)
まさか、この一帯にそんな事をする幼い子は住んでいなかった筈。
訝しんで、扉に直接顔を近付けた。
覗き穴から見た魚眼風景に、ちらりちらりとよぎる小さい影が今度は見えた。
チェーンを上下、二箇所確認した後、鍵を解除してそうっと開けば…
「!?」
「大人しくしろ」
ふわついたウィスパーボイスで、脅迫される。
隙間からは、ゆらゆらと灯の光。
「Trick or Treat」
「…アリス…何の用?悪いけど、遊び相手なる気は無い」
溜息と同時に、その隙間を閉ざそうとすれば、ガコン、とカンテラが隙間に喰い込む。
ミシミシ、と扉と壁の表皮を抉る。
「ちょっと!俺の家傷付けないでくれよ!」
「お菓子くれなきゃヤ!」
ランタンの生首を片手に、蒼いその相貌がランタンの如く煌いた。
氷を割る様な音と共に、チェーンが上下両方躍る。切断されて揺れ惑うソレ。
結局開ききった扉が食い止められる筈も無く、アリスが不法侵入する。
「アリス!」
「ちゃんとオバケの格好もしたのに!ほらっ!」
カーキ色のマントをぱさりと広げて、がおーっと大口を開いた彼女。
適当なジャックランタンでも殺して纏ったのだろうか。
ちんまりとした八重歯が覗いて小悪魔に見えるが、それはもともと。仮装では無い。
誰に聞いたのやら、ハロウィンなど…
「あのな、ハロウィンなんてのは真面目にやらないよ、日本では」
玄関口までずいずいと入って来たアリスを見下ろして続ける。
「経済効果あるけど、意味なんて関係無しで皆仮装とかして騒ぐだけだから」
「そ〜なの?」
「カボチャのレシピが出回るくらいしかメリットが無い…」
「カボチャのお菓子!?やったあ!」
「待て、誰も作ってあげるとか、そんな事一言も」
「パンプキンパイにパンプキンプリンだって!やったねルイ君!」
その言葉の最後に、ひくりと頬が引き攣る。
聞き覚えのある名前が呼ばれるその先に、視線が勝手に流れてしまう。
開いた扉の隙間から、はっきりと見える…青白く、角度を変えれば白金に光る眼。
「ごきげんよう…ヤシロ」
自身の片脚が自然に浮わついて、玄関の履物を散らした。
ひゅうっと鳴った呼吸を無理矢理飲み込んで、背後に壁を持ってこさせる。
悪魔が他に配置されていないかを、一瞬で確認して、口を薄く開いた。
「…閣下、わざわざ、家に?」
くすり、と微笑んだその金髪の少年は、伸びた影をいっそう伸ばす。
と、俺のすぐ傍から声がした。
「さいきん、あそんでなかったから、ぬけだしてきちゃったよ」
俺の傍まで伸びたその影から、実体で潜り抜けてきたのだろうか。
少年姿は、マガタマを呑ませた瞬間のシルエット。
それは堕天使の仮初めの一部で、最も嫌悪する種類の形かもしれない。
「ね…“仮装行列”しよう?ヤシロ」
愉しげに嗤う顔は、どの姿も一致してはいたが。
『ミャウウッ』
「ねえねえ、ところでルイ君って何処に住んでるの?」
「おしろだよ」
「素敵!ねえねえ今度アリスをお茶に誘って欲しいなあ」
「いいよ、ほごしゃどうはんでね」
「やった!早速パパ達に頼み込みだわ!」
もがくと、ルイ少年が指先で俺の頬をくすぐった。
喉を鳴らしてしまうのは畜生の性か。
「何、あの外国少年少女」
新宿の交差点。
「かわいい〜!黒猫までセットで、ハロウィンのイベントか何かやってるの?」
路往く人が、此方を振り返る。
それはそうだ、こんな風貌の少年少女、洋画でしか普通見れない。
「ねえ…こっちでいいの?ヤシロ」
聞かれると俺は、唸るままルイ少年の眼を見上げた。
それが睨んでいると解釈されたのか、突如尾を強く引っ張られる。
『ニギャッ』
「こわがらせるのは、おかしをくれるあいてでしょ?ぼくではなくて」
くたりとして、その腕に包まれたまま揺れる。
こんな体では、何も出来ない。
今の俺如きでは、かけられた呪いを解除する力を持ち合わせない。
ああ、ゴウトはいつもこんなに歯痒い思いをしていたのか…
そんな虚無感に今更駆られて、濁った都会の夜空をビルのはざまに垣間見た。
「あ!ルイ君!矢代お兄ちゃ…猫ちゃんも、見て!あれあれ〜」
わざわざ敬称まで変えなくても良いだろうに。
そんなアリスの指先は、ステージが設けられた広間を示していた。
人混みの中、少し高い位置にあるその舞台には人影が。
『フゥウウウッ』
思わず声が…啼き声が、喉を鳴らす。
「ライドウ、ぼくたちにきづくかな?」
ルイ少年が俺の眼を覗き込んで、くすくすと微笑む。
隣を歩むアリスも、続いて喉を鳴らした。
「んふふ、夜兄様、本当に召喚しちゃうのかな?わくわく」
俺達は少し離れた位置から、その舞台を臨んでいた。
理由は簡単、この視点では埋もれてしまうから。
「サイバースの新しい携帯、何やらアクマが喚べちゃうって噂ですが…」
舞台上のマイクを持つ女性、アイドルか何かだろうか、妖精みたいな衣装。
そのふわふわした薄い紫と桃色の色合いは、ハロウィンというには明るい。
同じくふわふわにセットされた赤茶の髪が、肩に踊っている。
「どうなんですかぁ?紺野さん」
傍らの男に投げられた問いに、観衆からやや上がる黄色い声。
ああもう、知っている、奴がどの様な眼で見られているかなんて。
「真相はサイバースのチーフテクニカルオフィサーに聞いて下さい」
「あ、かわしましたねぇ〜?んもぅ…!」
前方にチラつく丈の短いスカート。人混みに数名認識出来る、母校の制服。
あの男の一挙一同にどうして他者が歓ぶ。
何も知らない癖に。奴の事を。
「ではでは、折角のハロウィーンです!新製品のコレで!アクマを召喚しちゃいましょー!」
気鋭のアイドルがその携帯を振り翳し、傍の男を覗き見る。
“りせちーりせちー”周囲の野太い声が煩い。なんだ?降霊の呪文か?
「しかし悪魔が視えるモノなのか…そこは保障しませんからね」
あいつがそう云えば「サクラが居るのだろう」と野次が一声飛んだ。
やや静まり返る空気に、哂って一石投じる“紺野”。
「この寒空の下、桜ですか?それは狂い咲きだ」
はっ、とした傍のアイドルがそれに乗じた。
「そ、そうですよぉ!今は紅葉の季節ですよー皆さん!」
どっと沸いた観衆、俺を抱くルイ少年がくすりと笑った。
「ライドウ、あいかわらずだね」
そんな事、俺が一番知ってる、ムカつく、苛々して毛が逆立つ。
「あ〜!ジャックだ!ねえねえルイ君!ジャックランタン来た!」
ゆさゆさと揺さ振られる視界。ルイ少年の袖をアリスが掴んでいた。
その畏れ多さに、俺の方が心臓を揺さ振られる。
「ほんとうだ、みえるヒトのために、いちおうよんだのかな…」
しかし、管を振った様子も無い。野良のジャックランタンをスカウトでもしたか。
舞台に用意されたギミックを鳴らして、ヒホヒホと飛び回る。
が、僅かにジャックより早く揺れるその仕掛けを見て解る。
ああ、あれはそういうセットなのだ、このイベントの為の。
本物の悪魔なんて、やはり認識されていない。だからこその“お約束”なイベント。
きっとイベントスタッフも、あのアイドルも、其処にジャックが居る事など知る由も無い。
「でも、それじゃつまらないよね、ヤシロ?」
俺の耳をそわり、と撫でる小さな指は、どこか愉しげで。
「もっともりあげなきゃ、せっかくひらいた“門”だもの、ねえ?」
揺れる街灯、場違いなアイドルオタクのサイリューム、氾濫する携帯のライト。
重なる光の渦が、ルイの影を霧散させる。
其処からじわりと這い出てきたモノに、ぞくりとした。
「あそこにいる“お菓子”をおたべ?」
閣下直々に召喚されたし悪魔は、人の形をしているにも関わらず、這って駆け往く。
「きゃっ!あの鎖、引っ掛かりそうで邪魔〜!もう!」
アリスのワンピースの裾がふわりと舞い、小さく彼女が声をあげた。
その悪魔が人混みをどかどかと掻き分け、ジャックランタンに一直線に向かう。
弾かれる人達が、驚きの声を以ってモーゼの十戒が如く割れる。
頭の鎖をじゃらじゃらと振り乱す悪魔、舞台上のカボチャに跳びかかり…
一瞬でその薄い果肉をばりばりと喰らった。
既に舞台端に退いたライドウ、しっかりとあのアイドルを背に庇っている。
そういった所だけは、十四代目の責務が滲み出ていると、よく思う。
「な、なんですか!?なにやら急に会場がっ」
「…グレンデル」
「えっ?」
荒れた場に戸惑うアイドル。ライドウの呟いた言葉の意味も解らないだろう。
「そうだよライドウ、そいつはグレンデル…まあまあらんぼうもの」
少年の声が、くすっ、と弾む。
「アリスちゃんが遊んであげても良い?」
「だめ、ライドウがどうするのか、みたいから」
「え〜ケチ」
あっけらかんと云い放つアリスに、俺はいちいちビクビクする。
が、その畏怖は轟音で掻き消された。
舞台上、視えない何かから逃れる様にステップを踏むライドウ。
避けたその場は割れ、観衆もスタッフもどよめく。
「夜兄様、召喚しちゃえば良いのに」
何処からか取り出したロリポップを舐めて、アリスが不思議そうに云った。
理由…俺にはその真意は解らない、が。
召喚しているその瞬間を、見られる事を避けている事がひとつ。
同業者が居ては、やっかいだから。
管を翳す瞬間を見られては、デビルサマナーとバレる。
それと…無闇に騒ぎを広げたくないからか。パニックは事故を多発させる。
(いや、そもそも武器も何も今は所持して無いのか)
流石のライドウも、この状況は混迷するのでは?
じわり、と引き攣る身体。舞台で悪魔と睨み合いの人影、それは俺の主人。
「どうしてもいきたい?ヤシロ?」
魔の囁きが、頭上から降る。
「きみのしゅじんは、いったいだれなのやら…」
首を絞めていた輪が、黒い爪先でカチリと解呪される。
瞬間、視界がぐわりと流れ、身体を廻る血と魔が四肢を引き伸ばす感触。
ああ、ようやく人の形に戻れた、と己の両手を見た。
「え」
身に吸い付く様な黒い革が、肌の色を覆い隠している。
「猫ちゃんのままだ!かぁわいい!矢代お兄ちゃん!」
傍の街灯の、金属ポールに映り込んだ俺の姿。
歪曲して、黒猫みたいな全身黒革の影が戸惑っていた。
艶やかな光沢の猫耳と、口元まで覆うマスクが俺という存在を消していた。
「ハロウィーンだから、きみはふきつなくろねこ」
「か…閣下っ!だ、からってこんな姿」
「それならアクマのすがた、かくせるでしょ?」
「ですけど…っ」
「いかないの?」
金の髪をくるくると指先に遊ぶ少年が、残酷に嗤う。
観衆の中に根源を捜しつつ、間合いを計って女性の手を引く。
「折角喚びましたが、この悪魔…暴れているので、御帰り願いましょうか、りせさん」
「は、はあ」
「韻を踏む様に、踊って下さいね、僕に合わせて」
舞台上で踊るステップ、数歩後にした足跡が割れ爆ぜる。
ぎりぎりの舞踏。
「こ、紺野さんっ?あのー」
「帰還させる術のひとつです、足跡で式を画いて踊るのですよ、フフ」
「へ、へぇー!りせちーひとつ詳しくなりました」
主催の人員が躍り出ないのは、ガイア教徒が混じっている事を意味しているのか。
(さて、どうしたものか)
こんなステップに意味は無い。攻撃を避ける時間稼ぎに過ぎないのだから。
アイドルと踊る僕への、羨望や妬み…
それと不可視の破壊に、どよめく観衆。
十四代目葛葉ライドウとして憚っても良いのなら、切り抜ける事は容易いのに。
普通の人間として居る事は、ある意味難しいものだ。
グレンデルが首を振り上げ、つられた鎖の束が此方に向かって来る。
「きゃっ!?な、何?」
鎖の先端、僅かに触れたのか、アイドルのふわりとした髪先を引いた。
咄嗟にその鎖を掴み、引き摺られそうなのを食い止める。
ピン、と張った鎖…流石に巨人との綱引きは勝機が見えない。
ず、と床を滑る靴。ヒールを強く打ち込んでも、力の方向は変わらぬ。
「!」
と、突如張っていたその金属が、パァンと爆ぜた。
分断された引力に、アイドルが小さく声をあげよろめく。
「…イベントらしく、御遊戯すりゃ良いんだろ」
僕とグレンデルの間に佇む…黒い影が、鎖を片手に呟いた。
細い肢体を包む黒い革は、しかしどうしてか猫の形。
首元で揺れる赤い首輪から、強い呪力を感じる…あの、堕天使のに近い気がする。
「紺野さん、あの…キャットウーマンみたいな方って、その」
耳元で「スタッフ?」と、こそり聞いてくるアイドル。
その問いに、クス、と哂いが零れた。まあ、あながち間違いでもない。
僕の関係者ではある。
会場からは、妙な喧騒。それは仕方の無い話だ、キャット“マン”なのだしね。
「"Volevo un gatto nero"…りせさん…“黒ネコのタンゴ”御存知ですか?」
僕の急な問いに、髪を気にするアイドルが、今度はしっかりマイク越しに答えた。
「ふっる〜い!でもりせちー、知ってたりするんですよねー!えっへん」
「あの黒猫が貴女の歌に合わせて踊りますよ」
「ええっ、本当ですかぁ」
シャラン、と鎖を鳴らして振り返る黒猫。
キッと射る様な視線が、やはり心地好い。きっと僕の勝手な発言が気に喰わないのだ。
「悪魔を黒猫が追っ払いますのでね…歌って気分を盛り上げてやって下さいな」
「はぁ〜い!ではではっ、りせちーのちょっとしたライブって事で!」
よろしくね、猫さん!と微笑みを投げるアイドルに、黒猫は眉根を顰めてそっぽを向いた。
観衆は「古い古い」と曲目に失笑気味だが、彼女が歌うのなら別段構わぬのだろう。
「ララララララ ララ
キミはかわいい 僕の黒ネコ
赤いリボンが よく似合うよ」
グレンデルの太い腕をかわし、首から垂れる赤い輪をリボンの様に揺らす。
「だけどときどき 爪を出して
僕の心をなやま〜せるっ」
擬態解除しても、斑紋が見えぬその黒革のスーツ。
天で宙返りした黒猫が、アイアンクロウで脳天を鎖ごと断つ。
「黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
僕の恋人は黒いネコ」
最前列の観衆が振っていたサイリュームが、舞台の端に舞い込んで落ちている。
それを拾い上げ、掲げて席に問う。
同時に懐の管を掲げて、サイリュームと誤魔化し召喚する。
「黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
ネコの目のように気まぐれよ☆」
管はそのまま戻し、サイリュームは持ち主に返し、背後では黒猫が踊る。
タルカジャだけをその猫に施させ、すぐさま帰還させたヨシツネ。
怪訝な顔をして、舞台飾りの影で術を唱える姿は珍妙だった。
「ララララララ ララ にゃーお☆」
アイドルの猫なで声に、沸いた会場がグレンデルの断末魔を掻き消した。
力を増した猫の爪は、その悪魔の脳漿までブチ撒ける程に鋭かったらしい。
ぐちゃり、と、その残骸の上に降り立った黒猫の美しいダンスに、僕は満足していた。
「あ!皆!良かったらリクエストしてね!この新製品に今の歌入れてもらえちゃったりするかもかもぉ?」
ちゃっかり営業するアイドル。その髪の片方の房に絡んだままの鎖の欠片。
「…最悪」
「何がだい?」
「ど〜して俺があんたの仕事の手伝いしてんだよ」
結果的に、そうなってしまった、いくら人命が関わっているとはいえ。
パンプキンパイの型を洗いつつ、愚痴った。
食してようやく満足したアリスが、先刻出て行ったばかりで
閣下もその後に続いて帰った。本当に今回は遊びだったらしい…
『黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ〜…』
その歌声にビクリとして、洗っていた金属型を取り落とす。
シンクにぶつかったそれが、水音を強くした。
「おい、それっ」
「早いものだねぇ、もう流れてるよ、ネットワークに」
あのアイドルの歌声、雑音雑じりなのは携帯の動画だからだろうか。
観衆の会話もそのまま混じっている。
『あ?只のサイリュームだろ?は?管?何ソレ』
『おい、何処行くんだよ明っ――』
ブツリ。と、そこで完全に動画音は切れた。
ノートPCを眺めていたライドウは、動きを止めたままの俺を見て哂う。
「お菓子を食べたのに、悪戯を続けたグレンデルが悪い」
「閣下の放った悪魔なんだから、自我も糞もあるかよ」
「人は不吉なモノや霊的なモノを忌み、嫌いつつ…モチーフにしては遊ぶ」
立ち上がり、歩み来るライドウ。無視して洗い物に集中する…
「ハロウィーンとはいえ、この国では商戦のひと舞台に過ぎぬが、ね…美味しい南瓜の菓子が出回るくらいかな、恩恵といえば」
俺と似た様な事云うな。
「ねえ、功刀君、どうして舞台に躍り出た?」
「どうして、って」
カチリ、と音がした。首元から。
驚愕して視線を己の鎖骨に下ろせば、眼に入ったのは赤い首輪。
身体を駆け巡る熱。水に濡れたままの指先が、しなって爪を伸ばす。
「はぁ、ッ」
「この呪具、ネコマタに近い生体にされる様だね…」
「そ、れ、どうして」
「ルシファー閣下がね、面白いものが見れたと、褒美にくれたのだよ」
最後まで残酷な堕天使。
耳がゆるゆると骨の形を変え、毛流れに違和感を覚える。
窓に映る俺の耳は、猫の耳に変貌していた。
「キミはかわいい 僕の黒ネコ」
耳を撫ぜるライドウ、ゴウトにもしない癖に。
「赤いリボンが よく似合うよ」
あんたが絞めたんだろうが。
「おいしいエサに いかれちゃって あとで泣いても 知らないよ」
身体を支配されるがままに、喉の奥から出そうな喘ぎを必死に抑える。
首輪の先は、ライドウが掴んで放さない。本気の抵抗をしたところで無駄だと知る。
引きずり込まれたソファの上、四肢を撫ぞる主人。
「夜の明かりが みんな消えても キミの瞳は銀の星よ」
「…違、ぅ……っ」
そのライドウの歌声に、思わず唇が開いた。
すると、下肢を触る指を止め、哂って歌い直すこの男。
「キミの瞳は“金の月”よ」
これで満足?とでも云わんばかりの、綺麗な相貌で見下ろしてくる。
「キラキラ光る 黒ネコの目」
観衆でもなく、共演者でもなく。
俺だけを見つめる、本当の闇。
「夜はいつも キミのものさ」
ずぐり、と、与えられた悪戯なる淫靡な楔。
「ひっ――…ん、にゃ、あッ…!」
生体の声帯の所為だ、こんなの。俺は…まるで猫の様に啼いた。
甘い菓子なんか、互いに与えないから。
ずっと、悪戯なまま。
「りせちーどうしたの?」
「ん〜…なぁんか、肩こってて…頭が重いよーな…鎖でも引き摺ってるみたい」
-了-
『Volevo un gatto nero』…邦題『黒ネコのタンゴ』から。
一応ハロウィーンSS…のつもり。
第二章を軸にしてます、フライング過ぎ。閣下もアリスも、人修羅で遊び過ぎですね。
りせちーは適当です、すいません(P4未プレイ)時間軸も無視気味ですね。
しかし黒ネコのタンゴ…歌詞が素敵で御座います。
紺野夜さんの職業は…まあ、その、推測して下さい。
これでは決定事項では無いですが、サイバースには関わってます。
…おや、明さんですか?名前だけでも存在アピール。
しっかり見抜いてます、サイリュームではなく管だと。