(ライ修羅)



「また独り?」

俺を苛むその声
少し低い、青年に近い声音
長い脚がすらりと交差して
その黒い外套がたなびく

「そのまま引きずり込まれるの?」

俺は、まだ死んでいなかった?
これは現なのか?

カルパの雑兵共に不意打ちを喰らうなんて
俺もいい加減…独りは辛いのだろうか
仲魔を連れ歩くべきなのだろうか
でもそれだと
きっと平気だと思われる
大丈夫だと思われる
そして殺し合うだけだ

「この沼、羊水みたいだね」

悪魔召喚師の声
カルパの羊水に浸かって死んでいた俺を
そこから…
掬い上げるのかと思った

「この渦の先に何があるか見た?」

俺を羊水に押し込めた

口から、泡が、抜ける、逃げる

水面を掻き毟るように
腕をがむしゃらに振るう
頭の中が軋む

「ぁ…っ!!げっ、げはぁっ!!」

前髪を掴まれ、羊水から引き上げられる
長い睫
その影に隠れる仄暗い光
たゆたう水面が映り込む
悪魔召喚師の濡れそぼる足下が、俺のそれに絡む

「独りで呑まれる覚悟が無いなら、僕も往ってあげようか?」
「やめ」
「呑まれたら全てがひとつになるの?」

がぽ…っ

俺の身体から流れた血が水流に溶け込む
俺に絡む悪魔召喚師の肌に、赤い紗がかかる
哂うそいつ
指が俺の耳を撫ぜ
唇が押し付けられる
俺の空気を奪って
意識を奪って

白くなる頭の中が
でも身体は包まれる
黒いその影に
俺はその感触を
本当に羊水と思った…





「ねえ、君は…」

裸の俺

「渦の底、見れた?」

濡れた外套…を敷いて
その上で…いつのまに俺達は繋がっていた?
これは…渦に呑まれて…行き着いた先?
これは現か?

「あの先には辿り着いてないよ」

悪魔召喚師の声
すぐ傍
俺の上から

「どうやら君は悪魔にも成りたくないし…」

俺の濡れた髪を梳く指

「呑まれ絶える度胸も無いらしい…」

艶やかに色濃くなった学生服を
肌に纏わり付かせるそいつ

「でも、僕の渦には呑まれてくれるのだね」



「意識が無かったとは云わせない」

嘘だ…

「そんなに掬い上げて欲しかったの?お生憎様」

ずるり、と胎から悪魔召喚師が抜け出る

「今度は僕の渦に沈めてあげる…」

ああ

呑まれていた
解っていた最初から

ずっと独りの俺を
掬い上げて欲しいんじゃなかった
違う水流に呑まれたかったんだ

あんたに呑まれたら…何処に辿り着く?

刹那の
酷い執着と狂気が滲む…水の薫り
呑まれたら戻れない
解っているのに…



俺だけを見ている
渦の底にくちづけを


俺を窒息させんとする悪魔召喚師


憎むほどに
惹かれ続けてしまう

渦・了



↓↓↓あとがき↓↓↓
人修羅曲として薦められたポルノグラフィティ『渦』から。

ライドウという渦に呑まれた人修羅
しかしそれは不可抗力か?
望んで呑まれたのか?