Quiet
(雷修羅、暗いエグイ)
「雷堂さん、待って」
暗い舞台の前、特等席を君の為に用意したのだ。
夜毎訪れるもどかしさも、今宵で終わる。
「矢代君、我が舞台にて舞いたい事は存じているだろう」
「はい……あ、もしかして、観て欲しい、とかですか?」
少し警戒を解いた君が、口元を綻ばせる。
我の好きな憂い顔。
「誰も周りに居ない様子ですし、俺で良ければ」
それはそうだ、人なぞ来ぬ。
「とは云っても…知識無いので、評価するのは無理ですけど」
この為に、人は掃けてある。
我の纏う着物も、普段と違い、鮮やかな朱。
この姿を見た時、君は一瞬動揺した。
無理も無い“我らしく”無いからな。
君の金色の眼が、この身に注がれるならば…着飾らねば。
さあ、美しい人よ。
「その椅子に腰を下ろして」
舞台上から囁いた。
薄っすらと舞台の灯りが伸びる先、ぽつりと在る椅子。
「はい」
返事する君の声、透き通ったその音。
着席と同時に、扇を開き、喚んだ。
「今より始まるは、君がシテの修羅能だ、矢代君」
扇の裏に忍ばせた管から、MAGと共に現れるイッポンダタラ。
驚き、立ち上がろうとする君を、外した眼帯の眼で縛った。
「は、ぐ……っ」
唇を震わせ、椅子から立てぬ君。我の邪眼が嗤った。
君のくれたこの宝物で、君を緊縛す。
「さあ、矢代君…」
手摺に両手を沿わせる。
やがて斑紋が薄っすらと浮かび上がり、角が隆起する。
君が感じているものは“危険”なのか?
「ふ…怖がらなくとも良い」
微笑んで、傍で待機していたイッポンダタラに目配せする。
「んああ゛ぁああああああ!!!!」
手摺に杭を打ち込ませ、楔とする。
「公演中の立席は禁じている、すまぬな…」
はぁ、はぁ、と息を吐く君、その叫びすら透き通っている。
「ん、な…そんな事、しなくても俺…」
「何故立とうとした?」
「それは」
「我の元から消えるのだろう?」
流れ伝う手の血をひと掬いし、自らの目尻に撥ねつけた。
「君の血だ、きっと美しい化粧と化している…」
ああ、ぞくりとする。
「なあ矢代君、次は何処をくれる?」
動かせずに痙攣する、その脚を、着物の隙間から挿し入れた指で撫ぜる。
「ひ…」
「この綺麗な斑紋の通る脚も、何処かに向かう要因だろうて…」
「ぁ」
うっとりと撫ぜまわす、舐めるかの如く。
「だから、不必要だろう」
扇を翳し、くるりと舞いながら手に取るは壁際の太刀。
「我の演武でも御覧にいれよう、矢代君」
「やめ」
「此処で差し足」
「やめて下さい、ら、雷堂さ、んっ」
「ひと拍子置き、丁度宜しい」
「お願いしますッ、お願い」
「払い」
ピッ、と血が跳んで、その後に噴出す。
「あぐっ、あ、あ、がぁあああ…ぁ…」
ごとりと転がる君の両脚を見て、満足だ。
涙をはらはらと零し、唾液と共に華奢な頤に伝わせる君。
「我が代わりに脚に成れば良い、それだけだろう…?」
そう、それだけ。
君の脚となろう。
「や、だっ…こ、こんな、おかし」
「まだ舞えるぞ?」
ゆるりと微笑んで、赤く化粧直しした君の斑紋を指先に感じる。
嗚呼、やはり美しい。
転がるその脚さえも。
「あ、ぁああああああ!」
頬に触れた瞬間、一際高くさえずった。
「ライ、ドウっ!ライドウ!!」
その眼は、何処を観ている?どの舞台を?
「来いよ!助けに来いよぉぉおおお!!」
夜の舞台か?
泣き叫ぶ君の、仰け反った白い喉笛。
「嗚呼、矢代君…そう云わんでくれ」
その喉を、消毒の為にひと舐めした。
「いぃぃぃいいいいやだいやだあぁあああ」
首を振りかぶり、怯えた金色が我に注がれる。
微笑まなくても良い。
絶望の眼、それでも注がれるのならば。
「よるぅううぅうッ!!!!」
そのような鳴き声は、赦さぬ。
喉笛を突いた。
赤い花びらを吐き出した君、嗚呼、その様な所まで綺麗だとは。
呻いて、項垂れた。
上下する肩、息は残してある。
まさか、殺すつもりは毛頭無い。
「さあ、唄ってくれ、矢代君……我の為に」
我に降り注ぐのは、沈黙。
読唇すれば、君の言葉が判る。
『明』
嗚呼。
『何処にも行かない』
ならば、何故君は首を振る?
『ずっと使役して下さい』
美しい声が、鼓膜を震わさずに脳に届く。
なんと…美しい歌声…
涙でぐっしょりと濡れそぼる君の頬にくちづける。
「なれば、これも既に不必要だな」
扇の黒い骨に忍ばせた針を、すい、と引き出す。
「君の声さえ在れば良い」
眼を見開く君の前で、その針を己の耳に呑みこませた。
ブツリ、と一瞬の雑音。
そしてもう片耳にも。
口を開き早口に何かを述べる君。
『嬉しいです!もっと…!』
おお、やはり喜んでくれている…そうだろう?
君以外の音なぞ、雑音なのだから、この器官は要らぬ。
無くとも、君の声は脳髄に響くのだから。
「ふふ」
もう片方が終り、静寂が訪れた。
針を仕舞い、広げた扇の『立波に入日』がじわじわと朱色に染まる。
「さあ、これは誰にも観せぬ」
そう発して、扇の裏で接吻した。
眉根を苦しげに顰める君の顔も、魂を震わせる、ぞくりとくる。
嗚呼、なんと素晴らしい舞台。
君の声しか響かない。
君から奪った、我は刃を振るい。
だが、君も我の耳を奪った、動かずして。
嗚呼…魔性の修羅よ。
-了-
某音ゲーのダークネス3『Quiet』から。
鳴けないカ〜ナリア♪が洗脳フレーズの曲です…
いよいよ欲望が爆発した雷堂の図。
時期はSSA『蝕甚』辺りです…
喉を潰された人修羅。
そして聴こえない筈の耳で聴くのは、夢の中の人修羅の声…
つまり雷堂の勝手な脳内アテレコです、もう流石としか。
修羅能の“負修羅”に使われる扇の柄は「立波に入日」なので…それも兼ねて。