ベツレヘムの星

(クリスマスSS)


「ねえねえ、クリスマスのツリーはどこ?」
伯爵に聞いてみたら、ビクンと震えて私を見た。
真っ暗い眼孔の奥で、ふるりと震えた光。きっとアリスを怖がってるのね。
『こ、此処はヤシロ様の住まう御処!そんな私めが勝手には!』
「え〜だってぇ、矢代お兄ちゃんにも子供の時あったんでしょお?」
『ちょ、アリス御嬢様!!』
ぶらぶらさせてた脚をぴたっと揃えて、フローリングに着地。
ソファから飛び出したなら、冷えた部屋を探しに駆け回るの。
『その御部屋は駄目ですよォッ!!』
「え〜?何ぃ?聞こえなぁい」
なんだか妙にお香の臭いがする部屋、此処が一番冷えてる。
こういう所に普段使わない物が眠ってるのよね。
それにしても、日本の家ってシンプルね、壁紙も無地、つまんない。
「ねえねえ伯爵!見て見てぇ!!」
引き戸?みたいなのを開けて、がさごそと引っ張り出すと、んまあ出るわ出るわ!
大きな分厚い本を開くと、泣いてる小さな男の子。
「かっわい〜矢代お兄ちゃん!」
洗濯バサミでふよんとした脚を挟まれて、じんわり泣いてる写真。
『ふぉぉおおおおおおヤシロ様御生誕からの歴史がこの本にぃいいいいいい』
と、そのアルバムがぐい、っとアリスの手からさらわれてっちゃった。
伯爵が痙攣しながらそれを眺めてるものだから、返せだなんてそんな事。
「云える訳ない!アリスちゃんやっさし〜い!」
うきうき呟いて、更に奥に手を突っ込んだの、その物置みたいな暗闇に。
『な、なんと、水浴び写真!?全裸!!ァアアアア゛〜まるで処女神アルテミスゥウ!!!!』
「うるさいなぁ〜もぉ!伯爵ってば」
『あの斑紋が無くとも既に威厳に満ち溢れたオーラがぁあああ』
「あ!あったぁ〜!!」
細長い箱に、ぎゅぎゅう、と押し込められたモミの木の贋物。
引っ張り出して傘みたく開けば、三角のあの形になった。
「日本の家ではこんな物なのかしら、なんだか虚弱ねぇ、矢代お兄ちゃんみたい」
セットにされた飾りを片手に、ぱたぱたとリビングに戻って、さっそくセッティング。
でも何故かしら、何か物足りないのよね、この飾り達じゃ。
“さて、ギネスに今回登録されるイルミネイションツリーですが…”
BGMになってるテレヴィジョンから流れる声。
「日本人ってギネス好きなのかしら」
なんか、限定とかにも弱いし、妙に数字に拘るし。
「生き急いでるのね、可哀想。アリスちゃんはぜんぜんま〜ったくそんなの無いもん!」
けらけら笑ってリモコンに指先を翳せば、ポォンとそれが弾かれて私の手の内に。
「あ、でも綺麗!ねえねえ伯爵ぅ〜」
もう語尾が“伯爵”になってるこの数時間。だって、矢代お兄ちゃんも、夜兄様も居ないんだもん。
『か、感動で前が見えましぇんワタクシ』
骸骨のクセに、泣きモーションでリビングに戻って来た姿、可笑しくって爆笑しちゃった!
「見て!画面!たくさん光ってて綺麗!」
『…ん、いやはや、人間は贋物の光に満足しているのですか、やや、これは哀れですねェ』
「綺麗ならイイじゃない、本物でも贋物でも」
『ですがねェアリス御嬢様、あれは魔力の光に程遠……ん?』
その、袖のフリルを揺らしてビフロンス伯爵、画面に釘付け。
「ねえ、どうしちゃったの伯爵?美味しそうな奴でも雑じってたの?」
『あ、あああああチャンネルはこのまま!』
「なにそれぇ、番組の司会者とかの真似?」
笑ってアリスも、その画面をしっかりと見つめたの……そうしたら
「…あっれぇ?」
伯爵が震えながら、アリスの声にまたまたビクリとした。
『す、すすすすすぐにお迎えにあがりましょう!!』
「悪魔の伯爵と、こんなか弱いレディでぇ〜?それは伯爵、難しいわよっ」
だって、あんな人混み、どうしたら良いのか分からない。
別に、バレバレで良いんだったら、アリスちゃん張り切って魔法使っちゃうのに。
って、気付けば伯爵が、電話の受話器を持ち上げてる。
少し間があって、その骨の顎がカクカク揺れだした。
アリスはその間に、貧相なクリスマスツリーのモールを指先でキラキラさせて遊んでた。
『ア!ようやく出ましたか!この馬の骨!!って、今はそれどころではなくてですねェ!!』
伯爵のキリキリ声を背中にして、ぼうっと画面の光を見てた。
昔、本当に昔にやったクリスマスの夜を思い出す。でも、ちょっと違う。
画面のツリーは寒い色してる。アリスの家のクリスマスはね、暖炉の炎と同じ色。
蝋燭の火と、暖炉の火と、ツリーに飾られた赤色。
窓の外に見える雪も、それでへっちゃらなのよ。
『いやいやいや!だからですね!ツリーの天辺!頂にィ!』
「聞こえているよ、伯爵」
その声に、アリスも伯爵も、はっとして振り返ったの。
鼓膜に届く声。まるで足元にヒヤリ、と、いつの間にか浸水してる水みたい。
『クズノハライドウ!!到着しているならば電話を切りなさいいぃぃ!!』
「フフ、いや失敬…取り付く島も無かったのでね」
携帯片手に現れた、デビルサマナー。
黒いコートには、薄く白が光ってた。雪が少し降ってるのかな。
「夜兄様!」
「Merry Christmas Miss Alice」
そのコートに駆け出して、ばふっと顔をうずめる、雪の匂いと、少し排気ガスの匂い。
「すまないね、まだプレゼントは用意出来ておらぬよ」
「アリスもね、まだ決めてないから良いのよ」
カラスみたいな色したコート袖から、すらりと覗く指が、アリスの肩を少し離した。
大きな紙袋から、マジックの花みたいに取り出されたのは赤いコート。
「クリスマスのプレゼントとは別」
「わあ!可愛い!サンタさんみたい!」
ふんわりケープにふわふわファー。くるみボタンのベルベットコート。
さっそく腕を通してたら、傍から掛かった声。
こりゃ墜ちない女は居ないわね。
「では、少しデートしようか?ミス・アリス?」
その目配せに、伯爵は胸を撫で下ろしてる。話はついたみたい。
「うふふ、楽しみ」
手を引かれて、玄関にある黒いストラップシューズに、白靴下の脚をつっかけて履く。
開いた扉の向こうは、薄く銀世界。
「ねえねえ夜兄様、その肩に掛かってた粉砂糖は帝都の?こっちの東京の?」
「半々かな、今さっき此方に来たのでね」
「じゃあこのコート、まず買ってくれたのね?」
「《ShirleyTemple》の限定品」
「夜兄様も日本人よねぇ」
アリスのため息に、少し哂って雪の街路樹を掻い潜る黒い影。
振り返られるのは慣れてるの、だってアリス外人さんだし。
夜兄様は素敵だからまあ当然で。
矢代お兄ちゃんは…
「ぷっ」
思わず吹き出したら、アリスの引かれてた指はくい、と止められた。
「御覧、ミス・アリス」
「ええ、見えてるわ、夜兄様」
綺麗な綺麗なイルミネイションツリー。
寒々しい青色が、夜空の星を押し殺してる。折角晴れてきたのにね。
「白き化粧は、粉雪だけでは無い…という事かな」
薄く哂った兄様、人混みが十戒みたいに割れてった。
きっと兄様に触れられないのね、綺麗で怖いのが感じられるのかしら?
「ほら、ね」
「わあ!本当ね夜兄様!」
ツリーの下方、下がった枝の一部を少し揺らして、舞い降りた雪のアイシング。
それに雑じって、ふわりふわりと舞い降りたのは…天使の羽根。
「さあ、ツリーのみの点灯となります!皆様カメラの用意は宜しいでしょうか!?」
アナウンスが流れてきた。すると、そこらじゅうからデジタルカメラの設定音。
「夜兄様、セコハンカメラの用意は宜しいでしょうか!?」
「生憎、五百万画素のデジカメを所有しているのでね」
「ちぇ〜、折角声まで真似たのに」
じわじわと、周りの灯りが消えていく。
広場の外灯が静まり返って、ツリーの光が織り成す反転シルエット。
皆が撮り始める、その瞬間。
「パールヴァティ」
囁いた兄様の声と同時に、ツリーの殆どの光が爆ぜちゃった。
電流を流したっぽいピンクな女神が、夜兄様の傍にいつの間にか居たの。
「ちょっと夜兄様!アリスちゃんとのデートでしょ?」
御立腹モードで云えば、クスリと哂って傍の女神を管へと戻す仕草。
「と云う事だそうな。悪いねぇ…パールヴァティ」
『いいえ、この日に召喚されただけでも、ある種自慢話に出来ますわ』
「ふふ、良いクリスマスを」
『あら失礼御主人様、それは他宗教ですわ』
困った表情で消えていったパールヴァティ。でも、周囲の似非カメラマン達が困っちゃてる。
だって、真っ暗なんだもん。
「さ、登ろうか、ミス・アリス」
ダンスのお誘いみたいに、夜兄様がアリスの指を掬った。
真っ暗なツリーに飛び移り、脚を掛ける。きっと周囲には見えてないのね、私達のダンス。
「矢代お兄ちゃんの家のツリーってね、飾りが少ないし、適当なのよ」
「それは残念だね、まずはキャンディケーン…杖」
哂った兄様は、もう一蹴りして飛び上がり、コートの下から何かを閃かす。
人間には見えてないプリンシパリティの悲鳴、その手から滑り落ちた杖がぶらりと枝に掛かる。
「続いてエンゼル」
引かれるまま、今度はアリスの目の前に、天使。
その翳された両手から迸る前に、にっこり笑顔でステップを踏んだの。
断末魔のコーラスが賛美歌で、アリスちゃんの踏んだ天使はぶしゃってなった。
赤い飛沫がツリーの暗がりを染めて、彩りを良くした。
「赤は殉教の血の色、緑は永遠の生命の色」
歌う様に囁く兄様、刀で削ぎ落とされる羽根は雪化粧みたいに綺麗。
「ねえ夜兄様、天辺の光はどうして星なの?」
聞いてみたら、アリスの腰を支えて、その革靴で一気に飛んだ。
「I see Him, but not now…」
さざめく地上の海、見えない肉塊という知恵の林檎が人間達に降り注いでる。
そうそう、昔お母さんが云ってた、あのツリーの林檎飾りはそれなんだって。
「I behold Him, but not near…」
「兄様、あの人は兄様にとって、ベツレヘムの星なの?」
無言で、うっそり哂った兄様。
向き直って、殆ど照らされてない筈の暗闇を上ってく。
「さあ、飾りつけも折角愉しくなってきた所だが」
そう、天辺な訳だけど、まさかこの星をそのままにしておく訳にはいかないわよね。
「イルミネイションで、皆見えなかったのね、体のライン光ってるのに」
尖ったツリーの天辺…じわり、じわりと赤が滲む青色。
「LEDよりも綺麗だと思うがね」
ぼそりと零した兄様に思わず突っ込む。
「その言葉、クリスマスプレゼントにしてあげたららどう?夜兄様」
「嫌だね」
即答で笑っちゃった。
「全く…天使達に良い様に弄ばれたのか、君は」
呆れ哂いで、その体を蹴る夜兄様。
「っが………ぅ…」
蹴られた衝撃で、腰から腹を貫通している先端が、ぐりりと肉を抉っちゃったみたい。
「この日、天使達も血気盛んだろうさ」
「…ぁ、んた」
意識が戻ってきたみたい。
そんなお兄ちゃんに、私は要望しちゃう。
「ねえねえ矢代お兄ちゃん!今夜…ううん、明日の夜でも良いから、クリスマスディナー作って!」
眉を顰めたその顔に、傍で枝に腕を絡ませた兄様がクク、と哂う。
「アリスと伯爵に感謝し給えよ…画面越しに君を見つけたのだから」
「お、ぃ…今、周囲に、バレて…」
「安心し給え、このまま闇に乗じて帰還する」
云い放って、矢代お兄ちゃんの体を、抱きしめた。
見開かれた金色の凄まじさは、確かに星の様だったから、少し納得しちゃった。
体の青い光より、燃え滾るその色。
「ぃぎぃぃいいいいいいッ」
ぐずぐずと胎を引き裂いて、ツリーの先端から引き抜かれた星。
赤を垂れ流すまま、気力も何も、疲弊しきってるみたい。
きっと群れで襲われたのね、天使って卑怯だから。
「ではミス・アリス、僕に続いて」
「はぁ〜い夜兄様!」
闇夜の空を、天辺から飛び立った。
兄様の腕の中で小さく悲鳴を上げた矢代お兄ちゃん。
雑踏を飛び越えてアンズーで滑空。そのままオボログルマで着地。
寂れた通りを走り抜ける。まあ、オボログルマの見目はこの時代の車に近くしてあったけど。
「メノラーへ点して、樹を降りていった君は、人間達の星には成り得ぬのだよ…功刀君」
ぐったりしているお兄ちゃんに、囁く聖夜の言葉。
「だからね、陰りの者の星なのさ…魔界の」
「…俺、は…悪魔側なん、か――」
途切れる声、漏れた吐息で判断したアリスちゃんは、あえて突っ込まない。
助手席に乗せられたのは、計画的犯行なのかしら。
見上げれば、フロントのミラーに、赤と緑が氾濫してた。
マガツヒ、とマグネタイト。
「そうさ、成る必要は無い」
クリスマスカラー。
「だって、僕だけのトリックスターだから」
振りかぶられた拳を冷笑で避けて、まだ孔の開いてる胎に肘をつく兄様。
「ひぁぐ…ッ」
「僕の前だけで輝いて居れば良い、獲物は此処だ、とね……フフ」
溜息のアリスちゃんは、骨と皮の運転手の肩をぽふ、と叩いた。
「いつも御苦労!」
うんうん、と泣きそうな空気で激しく頷いた運転手は、叩かれた肩が崩れていった。
ああ、なんだか背後だけ、ドロドロとして熱い聖夜。
血を啜る音がする。
クリスマスに飲んだ、温かなスープを思い出しちゃった。
胎の裂け目に指を潜らせる音は、七面鳥にナイフを入れる感触かしら?
そのままするする下りてった指は、靴下を脱がすのね。
そんな、プレゼントを欲しがる子供の眼をした兄様と、鏡越しに眼が合った。
きっと、アリスがプレゼントに人修羅を望んだら…
愉しい夜に、なりそう。
「うふふ」
それまで、このコートの赤がどす黒くならない様にしなきゃ。
だって、折角綺麗なコートだもん。良い血で染めたいでしょ?
「矢代お兄ちゃ〜ん、帰ったらツリーの飾りつけ一緒にしよ!」
喘ぐ他無い人修羅に、笑顔で語りかける。
「アリスのパペット貸してあげるから!」

堕天使の飾り
悪魔召喚師の飾り
人修羅の飾り

誰が頂点に飾られるのかな?



-了-

長編第二章のノリで。 伯爵もオボログルマの運転手も、此処の骸骨達は苦労人ばかりだ。