ブルーの背中が遠のく
俺は結局、見過ごした
まどろむ瞬間、隣に同じシルエットが無い事を意識する
母親のいつかの子守唄が、頭の中から鼓膜を打つ
“蒼く広がる草原で…”
首に提げたアミュレットは、酷く冷たい
魔の世界に、青空は無いだろうよ
“光は雲に遮られ 空は雪の涙を降らす…”
雲を掃おうが、空虚な空
そう、そういえば、あの世界もそんな感じだったな
白い空、丸い世界、閉ざされたトウキョウ……
なんつったっけか?
そう
ボルテクス
Demon's Eye
「ダンテ!」
やかましい声に眼を開く、俺の重ねた靴先しか見えない。
デスクに置いたその先を開けば、むくれた頬で俺を睨むガキ…じゃなくお譲ちゃんが見えた。
「ちょっとどういう事?寂しいクリスマスだろうから、せーっかく来てあげたのに!ツリーもケーキも無いじゃない」
「ハ、何云ってんだお前は、此処に溜まるメンツの素性知ってるだろ?」
爪先を揃え直して、不満気な視線をカットしてやれば。
「…モリソンはフツーのおじさんなんだから、解ってくれるでしょ?ね?ね?」
ジュークボックスを直していたモリソンに矛先を向けやがった。
「フツーのおじさんって…いや、すまんなパティ、オレは仕事の話と、このジュークを修理しに来ただけだからなあ」
「なんですって、パーティーの為に来てたんじゃないのお?」
「依頼ついでに直してるだけさ、それにしたってお前さん、もうママも居るんだからプレゼントをせがむ相手が違うだろう」
「あらモリソン、身内とはもっと遅い時間に、厳粛に祝うものよ?」
「だから此処で馬鹿騒ぎしたかったのか?そりゃあ残念だったなあ…おい、なんとかしてやったらどうだダンテ」
モリソンを無視して、くたびれたゴシップ雑誌を開き顔の上に載せた。
だんまりを決め込む俺に、パティのブーイングが降り注ぐ。
「ちょっとちょっとダンテ聞いてるの!?そ、そーよ、ピザくらい頼んであるでしょ?毎日ピザしか食べてないんだから」
「パティ、お前今さっき自分でクリスマスって云ったろ?つまり、聖夜ってのはピザもなかなか届かないクソな日なのさ」
街中をサンタクロースがうろついて、俺の常用食を配送してやがる。
いつもより早い時間に注文してあるのに、ほら見ろ、やっぱり届かねえ。
これでオリーブ入りが届いたなら、背中から羽でも生やしちまいそうだ。
「あっ、ねえレディは?レディは来ないの!?」
「は?ふざけるな、アイツが来たらプレゼントどころか、直ったばっかのジュークボックスが没収されるんでな、やばいサンタだろ?」
「“は?”はこっちのセリフよ!まぁーだ借金返してないの?ほんっと、だらしないオトナよねあなたって」
ふんぞりかえって、相変わらず俺の事務所に来るパティ。此処を何だと思っていやがる。
もう母親とも再会出来たのに…「こんな所で時間を無駄にするな、帰って親孝行でもしてな」とでも云ってやろうかと思ったが…
相手にすれば更に食いついてくる、しつこい悪魔連中にも似てるから、止めだ、やっぱりスルーな。
「うーん…仕方ないわね、そこの変なデカイ剣でもツリーの代わりに飾り立てようかな」
「…やめとけ、怒るぞ」
「ダンテが怒ったって怖くないもーん」
「俺じゃねえ、ソイツが、だ」
雑誌の隙間から、パティの移動する影がチラチラと見える。
「剣が怒っちゃうワケ?」
「ジョークと思うなら、くすぐってみろよ…しゃっくりぐらいするかもしれないぜ?」
きっと壁にかけられた俺のリベリオンを見上げている。
「ちょっと!この部屋が見渡せる位置に飾られてるなら、ダンテを怒りなさいよアナタ。片付けろとか云ってやったら?」
パティの台詞に吹き出すモリソンに少しイラッときて、起き上がることにした。
雑誌のブロンド美女が退いて、乳臭いガキのブロンドが視界に入ってくる。
今日のパティは後ろに編み上げて、リボンで飾ってある懲りようだ。
施設に居た頃と違うのは明らかで、ありゃ母親の手が入っている。
( It is too late to grieve when the chance is past.)
“いつまでも、あると思うな親と金”だったか?
日本のコトバで。
あの場所の言葉と、俺が此処で使う言葉の違いに、なんともモヤモヤしたもんだ。
パティが勝手に作るストロベリーサンデーも、別に悪くはないが…
(アイツが作ったら、どうなんだ、もっと美味いのか)
ぼんやりと見る夢が、最近バリエーションを増やしている。
ブルーのシルエットを追う、追いつかない。それはもう、ずっと見てきた内容だ。
もうひとつ…黒いシルエット。
ネオンみたく光る、複雑な紋様。
華奢な体躯、横目に俺を見上げる金色。
魔界に消えた兄貴と同じ闇に、呑まれて消えちまう。
…いや、だからどうしたってんだ。
生き方が違う、路が違う、選んだのは…アイツ等だ。
「あれっ、なんだかんだで来たみたいじゃない、あはっ」
丸っこい眼を光らせて、ノックされたドアにぱたぱたと駆け寄るパティ。
ガラス越しに、薄く外からのシルエットが見えた。
いつもの配達員の形でも無い、一瞬だけの気配。
「おい、パティ」
「…なにこれー……?」
俺の制止も聞きやしねえで、ドアを即座に開けやがった。
スカートの裾の下から、何かが覗く。
「ちょっとモリソン、あたし一人じゃ運べないよおコレ、何だろ」
「んー……どれどれ」
「あ、もしかしてテレビ?新しくしてくれたとか?やったーコレでお母さんに止められてた昼ドラ観れちゃう〜」
ドアが更に開くと、門前に放置された箱が現れた。
パティの腰くらいの高さのそれが、クリスマスじみたラッピングで居座っている。
「触るんじゃねえ、モリソン」
直感だ。
「お前さんが頼んだ荷物じゃないのかダンテ…まあ、ツケにしてもピザの大きさじゃないなあ確かに」
「冗談かましてる場合かよ、知らない荷物ほどおっかないものは無え」
何処のサンタが置いていきやがった。
「そのデカイ箱退けてやるから、お前等帰れ」
「えー!何ソレ!やっぱりこれ食べ物でしょ!?独り占めしようったってそんな――」
黙らせるには、プレゼントが手っ取り早い。
「パティ、今度までに部屋、しっかり片付けといてやる」
「え、ウソ〜!」
「モリソン、さっきの依頼、気が変わったから請けてやるよ」
「お、選り好みするお前さんにしては珍しいな、しかし今回こそは宜しく頼むぞダンテ」
安心感と期待感ってプレゼントさ。
それに満足したら充分だろ?喜びのキャッシュってヤツだ。
(後々金みたいに消えそうだがな)
とりあえず、机周りを適当に片しときゃいいだろ。
依頼の方は話だけ聞いて、興味が有れば請けてやるか。
「じゃあねダンテー!お腹壊さないようにねっ」
「だからピザじゃ無いって云ってるだろ」
助手席の窓から手を振るパティ、家まで送ってやるモリソンはお人好しだ。
だが、今夜ばかりはそのお人好しに甘えるとするかね。
「俺にプレゼントくれるヤツなんか、見当もつかないがなぁ?」
事務所の中央に箱を下ろす。確かにパティには運べなかったであろう重量。
赤い包みの立方体は、何かを思い出す。
あの世界の秘宝は、こんな感じのキューブに閉じ込められていた。
開くとパズルの様に広がって、封じられたお宝が取れるってな仕組みだ。
「ご丁寧にリボンまで巻いてやがる」
指先に絡む帯、クリスマスカラーですら無い。
湿ったブラックカラー、しっとりと、懐かしい感触さえ憶える。
均一で無い幅や厚み、これはハンドメイドだろうな…こんなリボン、カタギの世界ではお目にかかれない。
「…独りモンの俺にプレゼント、ってか」
そう、ただの予感だ。
だが、人間よりはそういうセンスを持ち合わせている半人半魔の俺の事だ。
きっとこれはハズレじゃない。
腰にエボニーとアイボリーを提げてから、皮膚のリボンをシュルシュルと解く。
爪先で軽く箱を蹴り飛ばせば、バラける様にして箱の外面が床板に散った。
「…JACKPOT」
こんな時ばっかり大当たりだ。
夢に幾度か現れた、あの姿が散らばっている。
爆ぜる様にして開封されたプレゼントの箱から、四肢の繋がっていないお前が…
「おい、どうした?再生するんじゃなかったのか、お前…見たところ人間にゃ戻れてない様子だがよ」
俺と同じだろ?それとも、千切られたばっかなのか?
しゃがみ込めば、ブーツが血を踏んで音を立てる。
クソ、結局机周り以外も掃除するハメになりやがった。
「……血生臭ぇプレゼントだぜ……ハ!堕天使サマは俺に怨みでもあるのかね…」
胴体と首は繋がっていたが、丸め込まれていたせいか項垂れている。
手脚はとりあえず放置して、その胴を抱き上げる。
俯いた顔を、頭を掴んでゆっくり上げてやれば、血濡れの髪がなまっ白い肌にまとわり付いていた。
剥いで間もないのか、黒い斑紋は赤く微かに脈動している。
生きている…
いいや、コイツにとって、悪魔で居る事は死んでいるも同然だったな、そういえば。
でも、俺にとっては生きている。
良かった。
俺が昔、首の皮一枚で繋ぎ止めちまった命が、今腕の中にあった。
死なせる為に、生かした訳じゃねえ。
ジュークボックスもテレビも、ぶっ壊れたら蹴り飛ばして直す俺だが。
この壊れものは、そんな気になれない。
(トリッシュなら、蘇生術とか知ってるか)
はあ、この俺が深呼吸してやがる。慌てた時はそうしろと、母親が云っていた。
兄貴はそんな必要も無いくらい、いつもいつも冷静でいやがった事もついでに思い出す。イライラさせるぜ本当。
「…潔癖だもんなお前、とりあえずシャワーでも貸してやる、マッカはツケにしといてやる」
トリッシュに見せる前に、綺麗にしといてやりたかった。
目覚めたお前が、血に汚れた自分を見て、吐き戻さないようにしといてやらないとな。
抱きかかえた胴の軽さに、色々な事が甦るが…
憶えてないんだろ?俺と巡ったあの日々を。
きっとお前は、デビルサマナーについていった人修羅だ。
(そうでなきゃ…マズイだろ)
そうだ、あのデビルサマナーはどうした?一体どうしてこんな日に、俺に届けられたんだ?
次元を軽く飛び越えるなんざ、一部の悪魔にしか出来ない芸当だ。
策謀を感じない訳ないだろ、でも、今はそんな事どうでも良かった。
「安心しな、ゴミ箱には突っ込まないぜ」
呼吸も無い半人半魔の少年の頬に、いたずらにキッスしてみたが無反応だった。
怒りの焔に焼かれる俺を勝手に想像して、失笑が漏れた。
なあ、今更何しに来たんだ?合言葉は云えるのか?
その金色の眼が、早く見たい。
素知らぬツラで眠るお前は、本当に、ズルい。
To be continued…
↓↓↓P.S.↓↓↓
いきなり箱詰め人修羅。
まだ謎が多いです、あまり深く考えず、流して読んで下さい。
あまりに突然過ぎて、とりあえず冷静にならねばというか呆然としているダンテ…
パティとモリソンはアニメ版のキャラで。
パティはとある依頼以降、事務所に入り浸っている少女。おしゃま、だが事務所の掃除は彼女がしてくれる。
モリソンは依頼の紹介人、気のいいナイスミドル。「叩けば直る」精神のダンテが壊した機械は、大抵修理してくれている。
タイトル「Demon's Eye」はDeep Purpleの曲。
Like a demon's eye
Oh, oh Yeah
You're so sly, baby…
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