天井から射す光が、ステンドグラスの色を下界の人間達に落し込んでいる。
色とりどりのキャンディみたいな色に染まる連中が、舞台上を見つめつつ息を潜めていた。
「…なあ、なんでこんなボロボロなんだ、この劇場」
「クラシックな造りだから簡単に直らねえんだろうな、俺の開けた天井もまだトタン載せただけときてやがる」
「何だそれ…此処でも暴れたのかダンテ」
「お前なんだよその“此処でも”って」
二階席の隅から見下ろす演劇は、子供による人魚姫で。
主役の人魚姫が泡となって消えるという、まさにクライマックスだった。
「ガキに演らすにゃ随分と辛気臭い演目だな」
思った通りに述べれば、ヤシロの舞台を眺める眼が怪訝なものに変わる。
「だってそうだろ?好きな男追いかけて人間になった挙句にゃ泡だぞお前」
「…確かに、ハッピーエンドじゃないよな。でも人魚姫も人魚姫だろ、狸の皮算用というか…」
「どういう意味だ?海に狸は居ないぜ」
「王子と結ばれなければ人魚に戻れない上に死ぬって…魔女に事前説明だって受けていたのに。王子と結ばれる自信が有ったのか――って思って」
「ハハッ、お前なかなかシビアな事云うんだな」
つい先刻のシーン…王子の血を得れば人魚に戻る事が出来るのだと諭され、人魚姫が渡されたナイフ。
寝ている王子に翳しただけで、彼女は結局ナイフを捨てた。
演じている少女や少年達に、あのもどかしさが解るのは何時の日なんだろうな。
「…ま、辛気臭いっていうよりだな、観ていて俺が痛いのさ」
座らせていたヤシロの顎の下に、グローブの指を潜らせる。
「手前の為だろうが相手の為だろうが、好きな奴を殺すなんて――…」
控えめな喉仏を鋸引いてみれば、俺を見上げる何処か虚ろな眼。
「至難の業だぜ?」
フェイントをかけてみたつもりだったが、これといった反応は無かった。
「…貴方が本気でやれば、刃物なんて無くたって切断出来ると思うけどな」
「擬態に神経散らしたお前ならともかく、悪魔相手には武器が欲しいもんさ」
「今、俺の事悪魔って云った」
「ちょいと怒らせてみたかったのさ、悪ぃな」
自身の首を斬った俺に「気を遣わせた」などと謝罪した、あの時のとんでもない少年…人修羅。
やはり別のヤシロなのか…それにしては、時折見え隠れする言葉や仕草が、あの頃のお前と一致して。
同一人物だと確信しかけては、いいや違うと引き離され。
…ああ、もう行ったり来たりは思慕だけで勘弁だ、早いところ目的地に向かうか。
「一階席に、青いコートの生意気そうな銀髪居たろ?今からソイツの事務所に行くからな」
指を離して顎で外を示す。終幕の挨拶がまだだったが、休憩ついでに立ち寄っただけなので、もう用事は無い。
城塞都市というだけあって、何かと移動が面倒なのだ。しかもでかい得物を担いだ俺は幾度も検問でチェックされる。
未だに教皇を崇拝している連中にとっては、指名手配犯みたいなモンだろう。
「着ているのが赤いコートだったら、ダンテをもっと若くした様な雰囲気だったな」
立ち上がったヤシロが、なかなかズバリな指摘をしてくる。
「そうでも無いか…遠目に見ただけだから的外れな事云ったかも」
「案外遠くも無いぜ?血縁関係ってヤツだからな」
「血縁関係…」
更に怪訝な眼が向いてきたので、コートの立ち襟をむんずと掴んで引き寄せてやった。
「云っておくが、息子とかじゃないぞ?俺の兄貴の――」
そこまで発しておきながら、俺は口を閉ざした。
コイツには関係無い事情だ、俺の兄貴の件なんか…
(どこまで話してあったっけな)
そうだ、俺と共に居たヤシロには…チラリとだけ云った気がする。
今目の前にしているコイツも、俺の喋りに“兄”という単語が出ているのは幾度か聴いた筈。
「兄貴の、何…」
「いーや、やっぱり止めだ。半人半魔って事で、察しろ」
へらりと笑って、ヤシロの背を叩いた。
大人の、それもオッサン特有の誤魔化し方だと自覚して、どこか薄ら寒い。
(前のヤシロと、クズノハに飼われてるヤシロと…記憶には差異が有る)
歌劇場を抜け出てからも、ヤシロは俺の方を数回見上げては何か云い掛けて。
きっと先刻の話の続きが気になるんだ、読み聞かせの続きを強請る子供の様な眼をしている。
(俺は、このヤシロが昔のアイツであって欲しいのか…それとも…?)
魔道を選んだ兄、消滅を願ったヤシロ。どちらも目の前にしていながら、止められなかった。
再び奴等とまみえるならば、俺はどうしたいんだ?
謝罪なのか?それとも…悪魔よりも半魔よりも、人間として生きろと諭すのか?
奴等のプライドを無視する事になりはしないのか?
「さっきの話の続きは一週間後な」
「一週間であの穴、直るのか?」
「よりもお前、資金の心配が先だぜ。近所のホテルじゃ安い所でも一泊でピザ三枚分だ、堪らねえ」
「そんな理由で親戚の所に転がり込むとか、呆れられても仕方が無いだろ…」
乾いた笑いに揺れる白い首、それを囲う様な襟。カーキ色のミリタリーコート。
細身の上着は今度こそヤシロにフィットしていて、良い具合に肌を隠している、どう見ても細っこい人間のガキだ。
昔、車椅子のジジイに見せられた写真を唐突に思い出した。
人間を始末して欲しい、なんて依頼にはロクなモンが無いが…
その中でも、あの写真を見た瞬間の俺の心情は過去最悪で。
横の淑女から「悪魔」だと正体を告げられなければ、即刻お帰り願ったところだ。
「全く、スタイリッシュじゃねえな」
内心への独り言を思わず零せば、ふっと失笑して前を向いたヤシロ。
その頬に黒いタトゥーが奔って悪魔然としていようが、俺はきっと殺せない。
人間である部分を知った瞬間から、俺の狩猟対象でなくなるのだから。
「一週間も、ダンテは何処で何してるんだ?」
「せいぜい働かせて貰うわ…ま、その日のピザ代程度はな」
「いい加減宅配ピザは止めろよ…しかもその程度じゃ修理費用が工面出来ないし。いつまで経っても事務所が涼しい事になるだろ」
「ヤシロ、寂しいから一緒に居たいって、どうしてお前は素直に云えないんだ?ん?」
一瞬こっちを向いて、前へと向き直り…
はた、と我に返ったのか、再びこっちを向いたヤシロ。
「そんな事あるかよっ…そうじゃなくて、一週間も目を離すと事務所が荒れていそうで怖いんだ!」
「そういう事にしておくか」
実際、一週間の予定なんざ無かった。
久々の単身なので、続けて遠征してしまっても良いかもしれない。ふらりと、何処に往こうか思案する。
マレット島から此処フォルトゥナに兄貴の破片が漂着したという事だ、浜辺の散歩なんてのはどうだ。
すっかり教団に回収されたとは思うが、今になって流れ着いた破片が有るかもしれない。



Sheer Heart Attack 《part 1》



「雨、あがって良かったね」
「そうだな、いくらお芝居の舞台が海だからってずぶ濡れは勘弁だしな」
整列する墓石のひとつひとつに花を添え往くキリエが、最後の墓石にそれを置き終えてようやく微笑んだ。
「歌劇場もああやって、皆で利用した方が親しみ易いと思うの」
「御高承な説法よりは楽しいと思うぜ、それにしちゃ暗いテーマだったけどな」
「もう、ネロったら……ふふ、確かにちゃんと観てたわよね、ヘッドホンで遮断してなかった」
「そんな事してみろよ、後から孤児院のガキ達にリンチされる」
教団跡地をざっくり整地して、急ごしらえで並べられた墓石達だ。個性もヘッタクレも無い。
ただ今、目の前にしている墓は本当に抽象的な存在だった。
地中には、遺体も骨も無いのだから。
「ほら、ネロも兄さんに挨拶して」
「…だって、形だけだろ…灰色の、石碑でしかない」
「そうだけれど…」
俺の返答が彼女に悲しい顔をさせたのかと思えば、心苦しかった。
俺だって解っちゃいるんだ。こうして形にでもしないと、割り切れないのだという事を。
軽く肩を撫で、帰路へと促す。感受性の強いキリエは、こういう場所に長時間居る事は相応しく無い。
「“帰天”して天使になった連中は、骨も残らない」
「…ええ、そうね」
「天使じゃない、悪魔だったな」
キリエの兄であり、俺の恩人であったクレドは死んだのだ。
神を信じ、力こそが威光なのだという組織に従い、天使となって。
天使なんてのは名ばかりの、人造悪魔に等しい姿。
(泡の様に、光の粒子となって消えたんだとか…云ってたな)
人間の様には死ねないらしい。
クレドの最期を見届けたという“あの男”が、嘘を吐いているとも思えなかったし、吐く理由も無い。
「キリエ、俺は骨が残ると思う?」
「止めて…そんな事云うのは…ネロ」
「ごめん、でも結構本気で訊いてるんだけどな」
彼女の柔らかい曲線の肩から、さらりとした茶髪の揺れる頭へと手を移す。
悪魔を屠る時には鋭く唸るこの右腕も、対象が違えばこんなにも繊細に動く。
「例え形が残らなかったとしても、ネロの事はしっかり皆の心に残るから」
恥ずかし気も嫌味も無く、そんな台詞がすんなり出てくるキリエはやはり女神様なのかもしれない。
昔からこうだ、他人の為に生きている様なその姿勢に…俺はいつも不安になる。
だからこそ、悪魔に魂を売ったんだ。そんな彼女を、どんな事をしてでも守り抜きたい一心で。
(遅かれ早かれ、こうなる運命だったもかもしれないけどな)
魔剣士スパーダの血縁だというのが真実なら、俺は正真正銘の半人半魔なのだから。
俺が望もうが望まなかろうが、悪魔の形に変貌する可能性は高かったに違いない。
既に異形に成り果てた当の右腕を、想いに耽りつつ翳して見た。
そのグロテスクな手の先を、キリエにそっと握られる。
赤く黝い、固い外殻に覆われたこの悪魔の手指を…彼女は怖れも無く。
「勿論、私の心にはいつも居るわ、ネロ…不安な時は云って。いつも答えられるから…ね?」
「…ん、ありがとう」
慣れている筈なのに、偶にこっちが恥ずかしくなる。
もし、俺が全身を悪魔の姿に変えてしまったら、その時はどうなのだろう。
そうなったら、俺からキリエの傍を離れるかもしれない。
彼女が良くても、周囲が受け入れるとは思えない。例え中身が俺だと周知されていようが、悪魔への畏怖は払拭出来ない。
彼女を護るつもりが孤立させては、本末転倒だ。
「私こそ、貴方への励ましが口ばかりになっていないか不安で…」
「何が?」
「…ネロに素敵な人が出来ない限りは、恐らくずっと一緒に過ごすでしょう?私達」
「安心しな、昔から恋愛沙汰には興味が無いんだ。キリエ以外にそんな存在、出来っこ無い」
「私だけ、しわしわのお婆ちゃんになるかもしれないって思うと…少し、少し不安になるの」
「…どういう意味だ?」
教団崩壊の一件で傷痕の残る街中。元々古都というだけあって、修復は容易では無いらしい。
失って初めて気付くとか云うが…近代的な資材の充てられた景観は、確かに情緒が欠けた気がする。
墓石に配り終え余った花は、色褪せた新聞に包んでキリエが小脇に抱いていた。
孤児院の子供が花壇で育てた花で、灰色の墓石によく映える赤い花弁。名前は知らない、とりあえず薔薇では無い。
憂いの表情で言葉を詰まらせていたキリエが、ようやく続きを零し始めた。
「ほらっ、半人半魔の方って凄くお若いでしょう?もしかしたら不老に近いのかと思って」
「ああ…云われてみりゃ、あのオッサン妙に若作りだったな」
「だから私…形じゃないってさっき云ったばかりなのに、少し…実は不安なの」
「キリエなら上品な婆さんになるんじゃないのか、俺は気にしないよ。この腕なら、車椅子だって片手で押せるぜ」
「ネロが受け入れてくれても……その、周りにね、お荷物って…ネロに相応しく無いって、思われたらって…そんな情けない事を考えてしまうの。自分から外への目線なら、そんな事は感じない筈なのに…外から自分への目は気になるのね」
なんだ、似た様な事で悩んでいたのか。相手が許しても周囲が…って事だ。
キリエは随分と、打ち明ける事に後ろめたさを感じている様子だが。
「それにね、多分私の方が…先に兄さんの所に逝くと思うから、貴方が一人で心細くならないか、不安で…」
「滅多な事云うなよ、キリエが居なくなるのは俺も嫌だけどさ…元々一人が気楽なタチなんでね、心配無用だ」
今朝方の小雨と霧で湿った路は、少しゴツゴツとした石造り。
時折クレバスの様に裂けた所が有ると、俺達は迂回して先に進む。
人通りの少ない位置に家を借りたので、修繕されていない爪の後が多い。
(だから、あのオッサンも独り身なのか)
さっきのキリエの言葉に、俺も否応無しに考えさせられた。
伴侶を得ても、肉体の老化にズレが生じれば…確かに問題なのかもしれない。
老いる方には自身の肉体がプレッシャーとなり、半魔の方には伴侶に先立たれる不安が付き纏う。
俺の親父とやらが母を置き去りに消えたのは、そういった先見有ってこその処置だったのか?
かと云って、置き去られた母親にとっては堪ったものでは無かったろうが。
「他にやる事も無いだろうし。独りになったら此処でダラダラと事務所構え続けて、街に出た悪魔でも狩って暮らすよ」
「お願いね、ネロ。戦える騎士が、前の事件でかなり亡くなってしまったから…きっと街の人達も、助けを求めれば行きつく先は貴方だから」
「ヒーローってタイプじゃないんだけどな、全員の面倒見る気は無いぞ?イヤな奴はイヤだ」
「ふふ、でも本当に…背負い込み過ぎないでね。自分を大事にして頂戴」
「その台詞、そのまま返すよ」
かつて信仰に心血を注いでいた彼女の言葉は、重みが有った。
拠り所を支えにして生きる事と、思想の総てを信仰対象に奪われるのは訳が違うだろう?
やっぱ神様なんてロクなモンじゃねえな、と、俺はあの時更に確信したんだ。
力有る者は、どう足掻いたって人間にとっては化物で。天使の姿をしてりゃ良いだなんて、それこそ詐欺だ。
そんな大詐欺師だった教団教皇をぶちのめしたのが数か月前。それを思い出したせいか、右腕が袖の下で疼いた。
「あら、お客様かしら」
キリエの声に釣られて視線を追えば、俺達の家兼事務所の前に誰か居る。
やや大柄な体躯に隠れてもう一人見えるが…とりあえず手前の男を見た瞬間、俺は変な声が出てしまった。
キリエも近付くにつれ把握したらしく、花を抱いていない手の方を軽く振った。
「よ、坊や。一緒にお花摘みか?ラブラブだな」
目の前まで歩み寄れば、相変わらず能天気な素振りで俺を見下ろしてきたそいつ。
呼び方の通り、普段は俺の事なんざガキ扱いなのだから、癇に障る。
「何しに来たんだよオッサン、いよいよ滞納でもして追い出されたのか?」
「すげえな、ビンゴだぜ」
「は?」
「いや半分マジさ、滞納じゃねえけど俺の事務所に風穴が空いてだな、すぐに直せないから風呂借りに来たってワケ」
何を云っているんだこの男は唐突に風穴とか、いやそれ以前に借りに来るなんていう程近所でも無いだろ。
気紛れな男なので、単身ならば寄り道程度に…という事も窺えた。しかし、連れが居るじゃないか。
悪魔が駆ければ短時間かもしれない道のりも、人間の連れが居ては数日かかる筈。
「私達、待たせてしまっていたのね!ごめんなさいダンテさん、すぐお茶を淹れるからどうぞ上がって下さいね」
扉を開いたキリエの頭上を見上げたダンテが、ニヤニヤと笑う。
恐らく、眺めているのは当人の贈呈した《Devil May Cry》の看板。
「似合ってるじゃねえか」
「…このレッドってよりピンクなネオンは、どうにかならなかったのかよ」
「目立つだろ?千客万来のおまじないってヤツだ」
「街の連中は事務所って解ってるからいいけどな、これ初見だといかがわしい店に見えるんだよ!」
ケラケラ笑いながら事務所に入るダンテの後ろ、黒髪のチビが俺に一瞥くれて…そそくさと追従していった。


「…で、どうしてこうなるんだ?」
「支店なんだから、ケチな事云うなよ」
「いつアンタの店の系列に入ったんだ、んな事一言も云ってねえよ」
「同じ看板掲げてるだろ?」
「勝手に押し付けたのはソッチだ」
「美味かった、有難うなお嬢ちゃん」
俺に返事せず、テーブルの脇に花瓶を置いたキリエにヘラヘラしてやがる。
フランクな態度に似合わず、繊細にソーサーへとカップを戻したダンテ。
それを見て、キリエも穏やかに微笑んでいる。
「ネロ、私は何も気にしないから…そんな神経質にならなくても大丈夫よ」
「安請け合いし過ぎだろキリエ」
「ダンテさんが頼ってくれたのだから、本当はネロも力になりたいんじゃないの?」
透明なガラス花瓶に、花の赤が多重に映り込んでいる。
ふっと視線を移したつもりで、ダンテのコートの赤をいつの間にか眺めていた。
「…唐突過ぎるんだよ」
「悪いな、それじゃあ俺はそろそろ行くぜ」
「いつ引き取りに来るんだ」
「一週間後ってとこか?多少の前後は許してくれよ?」
「それ以上かかったら、延滞料金請求するからな」
おお怖い怖い、と、おどけながら立席するダンテ。隣のチビはテーブルの一点を眺めてだんまりだ。
武器を携える背中を追い、玄関口まで見送る…というよりは、追い詰めた。
背後ではキリエがお茶のおかわりを確認していたが、相手に言葉さえ通じているか怪しい。
「おい…ダンテ!」
扉を開く半魔は、一度振り返る。眼の色はいつもと同じ、良く云えば澄んでいる。
同じブルーグレイの眼なのに、俺の方が恐らく揺れているんだろう。
「見たろ?フォルトゥナはまだこんな状態だ。不安定で…悪魔も毎日お目見えしてる始末だぞ?どうして此処に預けるんだよ」
「穴開いた事務所に客人置いとく訳にゃいかねぇだろ?」
「一週間なら宿くらい…まさかそんな金も無い?」
フフン、と笑って返してくるダンテに「ソコは笑う所じゃないだろオッサン」と突っ込んでやりたいが…
とにかく、邪推するべきだろう。この男は理由も無しに、他人に世話になろうとしない筈。
絶対態度には出してやりたくないが、これでも一応買ってるんだ。
リビングに聴こえない様に、詰め寄って口早に問う。
「まさかアンタの隠し子か…?」
全く似ていないのに、こんな質問を投げかける自分が妙だったが。
だって帰る場所が無い人間の方が珍しい、親無しの俺だって孤児院が有ったし、ストリートチルドレンには屋根の無い路地が有る。
これ等を「有る」と云って良いのか微妙だが、生き物には何処かしらに定位置が存在する筈だ。
ダンテは“訳有り”で無い限りは、普段の住処に居させる様なタイプなのに。
だから、きっとあのチビは訳有り物件に違い無い。そして、遠方の俺に頼る程度には…厄介な物件。
「ぶっ…ハハッ!おい、お前を最初に見たトリッシュが俺に云った台詞だぞソレ」
「マジか、いや…勘弁してくれよ、アンタが親父とか堪らないぜ」
「アイツだってそう云うだろうさ」
ダンテの反応を見て、血縁では無いと確信した。何処を見てそう感じたのか訊かれると、困るのだが。
「ま、ヨロシク頼まれてくれ。どうせ御嬢ちゃんとはキスまでしか済ませてないだろ?お邪魔虫って程でも無いと思ったが」
「一言余計だ…っ!いいか、何か有った際に俺はキリエを優先するからな。腕に自信が無い訳じゃないけど、万が一の時には迷わないぜ…?」
「それで構わない、アイツも自分の身は自分で護るさ」
「悪魔どころか、ゴロツキ相手にもボコされそうに見えるけどな」
「心配すんな、お前に似てるから大丈夫だ」
「はっ?俺と?」
外見は全く違うだろ、つまり性格が?そんなのたった数分では判断出来ない、あのチビとは会話すら無かったのだから。
「出来るだけ無事に過ごさせてやってくれって事さ、じゃあな坊や…ぅおッ」
颯爽と立ち去ろうとしたダンテが、軽くノックバックした。
背負ったゴツイ剣の柄が、ギリギリで扉を潜らなかったらしい。
「やれやれ、槍でなくても引っ掛かるモンなのか…」
「おい大丈夫か?アンタこそヘマするなよ」
「ハハ、良い修理屋を探すさ」
技術屋なんてゴマンといる、金が無いだけだろ。
それとも…全く別に問題が有るのか。
俺がこうして悶々としていようが、あの男が考えを変える事は無いだろうけど。
さくっと気持ちを切り替えてしまおうと、リビングに戻る。
「あっ、ネロ」
「ダンテは帰ったよ」
「そう……あっ、そうそうヤシロさんね、空き部屋を使ってもらう事にしたの」
「あ、そ…」
「普段から掃除してあって良かった!ふふっ。兄さんの部屋の物をそのまま運び込んであるから、ベッドも丁度有るし…」
「無けりゃ椅子で我慢して貰えば良いんだ」
「ネロったら、お客様なのよ?」
「居候だろ」
何となく腑に落ちない俺は、どうしても言葉がささくれ立つ。
半分は冗談で、椅子で寝かせるつもりも無い。
この悪魔の腕を自覚し始めてから、俺は大して睡眠も必要としなくなっていたし。
俺の寝床で適当に転がっておいてくれたら、その間こっちは隣接した工房で、銃でも弄っているつもりだった。
じゃあ何が内心チクチク削って来るのかと云うと…ガキみたいな理由だ。
(オッサン枯れ過ぎて鈍いんだな…クソッ)
そうさ、キス止まりさ。別に急く必要も無いし、俺もキリエもそこまで好奇心旺盛では無いし。
それでも同じ屋根の下、野郎がもう一人居る状態が既に落ち着かない。
俺はキリエ以外に興味は無い。つまり、キリエに関わった瞬間から、そいつは俺の神経を撫でる存在となるんだ。
(しかも似てるって、どこがだよ)
結局その晩、キリエは甲斐甲斐しくチビに説明したり、パンを薦めたり、奴の居心地を確認してばかりで。
久々の二人以上による食卓は、どうやら本当に嬉しかったらしい。
平等に愛せる彼女だから、空いた席に座るのが兄でなくとも喜びを感じるのだろう。
俺は黙々と頬張って、出来るだけ視線を合わせない様に心掛けた。
ダンテと同じ眼の色なのに、睨んでいる様に受け取られるだろうから。
いや、実際睨んでしまうのかもしれない。俺は心が狭いんだ、こればかりは許せよ、と思う。
こうして回避してやる程度しか気を配ってやれない。空気を重くして、キリエの心を煩わせたくないんだ。
(ガキだ…)
彼女と…身内の様な存在を越えて、男女として意識し始めた瞬間から、俺は冷静さを失った気がする。
本能が身体を突き破りそうだ。半魔でなければ、幾度も心臓麻痺で死んでいるに違いない。
(ハートをやられちまってるんだ…キリエはどんな悪魔よりも、強い…)
今はまだ、外見と同じ中身でしか無い。半分悪魔だろうが何だろうが、十七のガキなんだ、俺は。
「どう?お口に合うかしらヤシロさん…?これはね…ほら、あそこに吊るした玉葱を使ってね――」
言葉が伝わらない分、身振り手振りするキリエを見ていると気が気で無い。
彼女の世話がエスカレートしないだろうか、そのチビが妙な恋心を抱かないだろうか…とか。
考えた次の瞬間に、俺の口は棘を発射していた。
「玉葱苦手なんじゃないのか、美味そうに食ってないぞ」
「ネロったら!緊張してるのかもしれないのにそんな……」
それとも本当に苦手だったのかしら、とオロオロし始めるキリエ。
実際の所は知らないが…チビの微妙なあの表情は、多分俺がガン飛ばしてるせいだと思う。
鏡で自分の顔を見なけりゃ判らないが、多分そうなんだ。
キリエが愛情を籠めて作ったパンでさえも不味くさせてしまう、そんな俺はこの一週間食卓を離れるべきかもしれない。
早々に席を立って、近くのフックに掛けてあったホルスターを掴んだ。
「ネロ、もういいの?」
「孤児院でシチュー振る舞ったろ、あれで腹膨れてるから」
「まあ、いつの間にかつまみ食いしてたのね、云ってくれたら別で用意したのに」
工房に篭って、ブルーローズのメンテでもしよう。
以前、右腕を誤魔化していた時もそうだったが、キリエに適当な嘘を吐きたくは無いんだ。


ここ数日、ずっと霧が出ていた。
いつも青空という程青い雲間も無い地方だが、吹き荒ぶ寒風が褪せた空気を一層運んでくる。
今日も今日とて、キリエは現場の為に料理をこしらえた。
教団崩壊の件で私財を失った人達が、未だに存在しているからだ。
「今日も重かったでしょう?ありがとう、ネロ」
「いや、アイツにも手伝わせたし…ま、俺はいくら重くても平気だよ」
歌劇場は襲撃のダメージも有り隙間風が多く、簡易設営の寝床は明らかに毛布が足りていない。
しかも天井が高くてだだっ広いので、かなり冷え込む…らしい。
キリエの吐く吐息の白さと、偶に肩を震わせている仕草で判断出来た。
(俺は裸でもなけりゃ、割と平気だからな)
鈍感というほど敵の気配を察知出来ない訳でも無く、かといって寒暖の差を鋭敏に感じ取れるほど繊細でも無く。
都合の良い悪魔の血が、俺をそうさせている事を実感する。
「でも、ヤシロさんに手伝わせてしまって良いのかしら…」
「良いだろ?働かざる者なんとやら、だ」
「ダンテさんに断ってないわ、もし…もし手伝わせた事で身体を悪くしてしまったら」
「心配し過ぎだよキリエ、一応あのチビも男なんだしさ」
「ネーロ、チビって云われたら気分良いと思う?特に男の子は気にするんじゃないかしら…?」
「分かったよ、謝る」
「私に謝られても、ね?」
本当に敵わない…と、顔を背けてから溜息した。
そこを丁度、例のチビに見られて。俺は二重の溜息を吐きそうになる。
「へいへい悪かったよおチビ」
どうせ分からないだろうと思い、覗き込んで茶化してやれば、眉を顰めて俺を訝しげに見つめ返して来た。
温和な目付きとは云い難い…どうやらコイツも俺と同じで、愛想は無いタイプらしい。
数日一緒に居たのに、気付いたのは今だ。
「でも良かった、三人だと配膳も早いね」
「そうだな…」
俺は空になった鍋を掴み上げ、もう一つの空鍋をチビに促す。
サイズの小さい方を指定してやったんだ、これで謝罪はチャラにしろ。
「もうネロったら、少し人使い荒いわ…」
俺がチビにテキパキと指図するのを見兼ねたのか、キリエがそう云った…が。
次の瞬間に思いつめた表情で、視線を泳がせていた。
きっと、毎日キリエを手伝う俺に対しての己を省みているのだ…と思う。
俺は全く問題無いどころか、率先してキリエの手足になりたい。
そう云ったところでキリエは、自己反省を繰り返し…辞めないのだろう。
熱心な信者だった彼女は、敬虔の良い部分だけを残して神への盲目的な意識を削ぎ落した。
生まれつきなのか、やはりそれは彼女の徳に違いない。
「コイツも動いてた方が気楽だと思うよ、居る理由は何でも有った方が良い」
キリエの肩を軽く撫で、本当はそのまま抱きしめたい衝動に駆られるが…此処は外で、しかもすぐ傍に居候が居るんだ。
我慢出来ない程、俺も狼じゃない。そして仮に二人きりで密室だったとしても、キス以上進められない予感がする。
「歌劇場に厨房が有れば、私だけでも運べる距離なのに…」
帰路でぽつりとキリエが零した言葉に、俺は何と反応するべきか迷った。
別に無くても構わないと思っていたからだ、この腕が有れば何とでもなる。
そう、重い物を運ぶだけでは無い。
「キリエ、夕方から市街地を回ろうと思う」
「えっ、夕方から…?」
悪魔発生の知らせを受けない限り、巡回は日中行っている。
夕方からの外出と聴いて、キリエは俺を訝しんでいるのだ。
「人気の少ない時間帯の方が…巻き込む危険性も少ないだろ」
「だからって、自ら狩りに行くだなんて…」
「ここ数日、右腕が疼くんだ…街の何処かに悪魔共が張ってるのかもしれない」
ジクジクと何かの気配を感じ取っている、俺の悪魔の一部が。
「キリエ達はカルスの店に居てくれ、済ませたらすぐ迎えに行くから」
「気を付けてね、ネロ…」
過保護かもしれないが、普段からキリエ一人にはしない様にしている。
そこそこ馴染みの有る知人の店なら、男女数名が常駐しているので不安は軽減される。
(オッサンの連れだろうがチビだろうが、男は男だ)
居候とキリエの二人だけにした状態で、遠くに行くのが怖い。
当人達が全くその気が無いにしろ、俺がそわそわする。
(弱点にも程が有るだろ…クソッ)
キリエを人質に取られたら、俺は多分一瞬で命を投げ出す。実際、過去にその様な場面が有った。
俺は“神”という偶像に取り込まれ…一度は中で霧散した事も、同時に思い出す。
あの時は結局ダンテに頼ってしまったが、そんな事はもう避けたい。
この悪魔の力、身体に居憑いたからには有効活用させて貰うまでだ。



To be continued…


↓↓↓P.S.↓↓↓

「キリエェエエエエ!!!!」
何やら殆どネロキリめいておりますが、これは一応ダンテ主連載です。DMC4よく知らないよ、という方はさっくり流し読みして頂ければと思います…
「やれやれ、槍でなくても引っ掛かるモンなのか…」は、拍手御礼SSの「さよならを教えて」を読了しているとクスッと出来るかも。

タイトル「Sheer Heart Attack」はQueenの曲。
“Well you're just 17”(君はちょうど17歳)のフレーズと、歌詞全体のもどかしい若々しさから、今回のタイトルに選びました。


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