呪殺地獄



暗い。
眠気が酷い。
今日は何曜日だ?
携帯で確認しようとしたが、枕元に無い。
(ポケットか?)
ズボンをさぐる。
こつり。
なにか硬質な感触。
何だこれ。
入れた覚えの無い物。
目視もせずに、引きずり出す。

「わああっ!!」

確認した瞬間に弾かれたように投げ捨てた。
金属製の
血濡れの管。


「はあ…はあ…」
違う。
管なんか無い。
(夢か?)
「低血圧?」
その声に身体が戦慄く。
気付けば、身体は動かない。
「葛葉…ライドウ」
その声も姿も、忘れるはずも無い。
「脚は治ったようだ、良かったね」
乾いた笑み。
良かったなんて、露とも思っていないくせに。
そして身体は何故動かない。
見れば、両手と片足に何か打ち込まれている。
楔のように。
「…!?」
酷く見覚えのある杭。
黄・白・赤
「キーラにこんな使い方があるなんてね、我ながらよく思いついたものだと感心するよ」
まるでイエスのように。壁に打ち付けられている。
掌と、脚の甲を貫かれて…
「先日の脚は外しておいてやった、慈しみの精神でね」
穏やかに言い放つコイツを見て、眩暈がする。
「そりゃ…どうも」
吐き出すように呟きつつ、辺りを見渡す。
(俺の仲魔は…)
「君にはこれから先の事を、是非見て頂きたいのでね」
ライドウが人の気も知らず話を進める。
「来られたし、契約者よ」
ライドウの言葉に管から出てきたのは目を疑う面子だった。
「お前達…!」
伸びをするアメノウズメと、騒ぎ立てるイヌガミ。
『オイ!クロマント!ゴシュジンガブジデナイ!ヤクソクガ…』
『まぁまぁイヌガミ落ち着きなさい、見殺しにされてたよりマシよ?』
一体なぜ2人がライドウの管に…
わけも分からず、呆然とする俺にウズメが言う。
『矢代、あなたの命と引き換えに、この人の仲魔になったのよ』
『イチジテキニ!ダ!』
怒ったようなイヌガミを見て、ライドウがなだめる様に答えた。
「すまないね、彼に暴れられたら困るのでああさせて頂いた」
『あらあらあんな…本当にお友達なの?』
ウズメのその言葉に俺は沸騰しそうになる。
「誰が…!そんな事言ったのかこの男は!?」
えぇ?とライドウと怒鳴る俺を交互に見るウズメ。
「用事が済んだら功刀君は解放しますから、ご安心を」
『ソウシテモラワント、コマル』
威嚇気味なイヌガミ。
「さて、本題に入るけど」
ライドウが銃の装填をしつつ言う。
「今から<緑のキーラ>を持つキウンを倒す」
は!?何故ライドウが…
「君の仲魔であるお2人に協力をして頂いてね」
流れるように装填した弾倉を銃に戻し、ガンホルスターへ。
管を入れたホルスターも、背中の編み上げをきつく締め上げている。
腰に下げた鞘の、握り良い位置を確認している。
(本気だ…)
冗談と思いたかったが、本当に戦う様子だ。
真の目的が謎だが、何より仲魔を取られたような
その事実が気を滅入らせる。
「あの扉に居る事は確認済みだ、君にムドを放った後入って行った」
(ムド…!)
俺が喰らったのはムドだったのか?
でも今回は気絶したみたいだったが…
「功刀君、君はひとつ勘違いしているようだから指摘させて頂く。ムドはね、呪殺の魔法だ。呪い殺す魔法なんだよ」
「呪い、殺…す?」
おい、何故俺は死んでいない。
『この人に矢代の蘇生を頼んだのよ』
ウズメが畳んだ扇子でライドウを指す。
「蘇生?俺はまさか」
「そう、逝きかけていた」
口を三日月のように吊り上げ、ライドウがクックッと哂う。
さも可笑しそうに。
何だよ、俺はじゃあ、よりによって憎い相手に…
「葛葉ライドウ、一体…何が目的なんだ」
忌々しい。
情け無い自分もそうだが、この情け深い皮を被った男が!
「目的……そう、だね。目的は、君が楽に死なないようにする事」
また。
一見優しいが、酷い真意が見え隠れしている。
「では、アメノウズメ、イヌガミ。キウンは扉からおびき出して此処で戦う」
『フン、リョウカイ』
『分かったわ、矢代に被害はいかないかしら?』
「それは安心して頂きたい。僕が攻撃を突破させない」
こんな状況で気遣うウズメとイヌガミには感謝したいが
本当はこんな状況にある事が皮肉だった。
俺の仲魔を、ライドウが使役している悪夢。
そしてそれは、俺の不備が招いた結果。
「僕も久々に違う悪魔を従えるから、少し気を引き締めよう。お2人共宜しく」
『ゴシュジンノカオニ、ドロハヌレナイ』
『ごめんなさいね矢代〜すぐ戻るからね〜ンフフッ』
そのまま扉へと進む一行を見ながら、俺は漠然と
(何故俺に見せるんだ?)
と考えていた。

ライドウが扉を開け放ち、銃を数発打ち込む。
そのまま背後に飛ぶライドウ。
すると元居た場に、キウン達が突っ込んできた。
『いきなりご挨拶だな!!』
『お前!さっきのヤツじゃない?』
『おい!お前もキーラが欲しいのか』
3体いて、同時に喋るのだ。
何を言っているか完全には分からなかったが、ライドウは
「さっきの情け無い者に代わり、キーラ奪取の為挨拶に参った」
(コイツ、まとめて答えやがった)
どこか歪んでいるぞ。絶対。
『この!ふざけたヤツだな…!』
当然怒りを買う。
『三途に逝け!!』
<マハムド!!>
「ああっ」
全体に対するムド。
思わず叫んで、無防備なウズメとイヌガミを見る。
だが。
ピシャリと波打つような音がして、態勢すら崩さない。
「テトラジャの石、破魔・呪殺から味方を守る」
…?
ハッキリと聞き取れた声。
ライドウだ。
(なんだ、あいつ何言って…)
「アメノウズメ!待機!イヌガミはフォッグブレスを2回!」
与えられた指令通りに動く仲魔。
ライドウも場で様子を窺っているようだ。
「まず相手に弱点を突かせない。余計に動かせない」
またライドウが言う。
まさか。
(俺に言っている…?)
「アメノウズメは言われたらメディアをする、それ以外は僕に攻撃を回す!」
『了解っ』
キウンからの打撃もメディアで回復され、致命傷を負う事は無い。
何よりライドウの攻撃が大きいようで、キウンが怯みがちだ。
「少ない打撃より一撃を大事にする、当りが好ければ隙が生じる!」
刀の斬撃にキウンが1体沈む。
「フォッグブレスで、こちらが避ける事はあっても避けられる事は無い」
(確実だ…)
恐ろしいまでに的確な指示、動き。
さっきまで自分の仲魔だったのに、動きが違う。
能力を引き出している。
余計な傷を負わせていない。
だが、あと1体という時に
ライドウは驚きの指示を飛ばす。
「元の契約者の元に還れ!」
『了解したわ』
『ナ!?リ、リョウカイシタ』
ウズメとイヌガミは驚きつつも、姿を消す。
俺の元に戻った…らしい。
いくらあと1体とは云え、慢心ではないのかとライドウを見る。
『お前、調子にのるな!!』
キウンが眼光を光らせ、ライドウを光で縛めた。
『クケケ、これで終わりだ』
<イービルアイ…!>
あれは…あれも呪殺なのか!?
「確かにテトラジャの石はもう効いていない、手持ちも無いから仲魔も戻した」
ライドウは喋り続けた。
さも涼しげに。
『な、なんだお前人間じゃないのか?何故呪殺が…』
「僕には“効かない”」
逆に眼光で射殺せそうな程、冷たい視線。
ゾクリとする。
あれがライドウ。
本当に人間なのか?
あまりに…
(化物じみている)
「複数で出る悪魔は、最後の1体の動向に気を付ける」
『ガ…ガガ』
気付けば、ライドウの刀で
最後のキウンが貫かれていた。
『ガアッ』
カラリ、と何かがキウンの口から吐き出された。
緑色の杭。
ライドウは拾い上げて、外套の端で掴んだ。
「ふん、強酸とかではなさそうだ」
どうやら付いた液体を警戒しての行動だったらしい。
呆気に取られた俺は、ライドウがそのまま近付いてくるのすら分からなかった。
「僕には必要無い物だ、功刀君はこれ欲しいかい?」
「…」
「功刀君?」
「はあッッ!」
掌の杭をぐい、と動かされ痛みに目が冴えた。
「それとも、脚にも欲しい?」
「い、いらない!」
言い返すと、ライドウはキーラを背後に隠し
「いらないのだね?」
と邪悪な微笑みを浮かべた。
「な…それは、キーラは」
「必要?」
こ、コイツ!!
「ああ…」
「欲しい?」
「ああ」
「受動でなく、こちらに対して要望を出して」
「ああ!欲しい!欲しいよキーラが!」
自暴自棄に叫んだ俺に、満足げな笑みを浮かべたライドウは
脚の、あの傷口だった所目掛けて思い切り突きたてた。
緑色のキーラを。
俺は目を白黒させながら、なんとか叫びを漏らさずに耐えた。
「ッ…は……ぁ」
「へえ、なかなか忍耐はあるんだね…」
面白い、と呟くライドウ。
何も、面白くなんかあるか。
これは、地獄だろう。
蘇生させられて、また殺されるかのようだ。
「まあ、授業料だと思ってくれたまえよ…クク」
刀の油を拭いつつ、磔にされたままの俺を眺めている。
そんなライドウに、少なくとも
(戦闘においては尊敬の念を抱いたというのに)
「…あんたが」
「?」
「あんたがここまで鬼畜じゃなければ、払ってもいいんだけどな!」
憎しみが大きすぎる。
そんな思いをぶつけているのに、哂っている
この男。
(感情が欠落しているのではないか?)
「…フフ、色々とどうも」
ライドウは暗く微笑んだまま
先程の戦闘で出来た傷を、座り込み治療していた。
数箇所に傷がある程度だ。
「君、もう少し悪魔を増やしたまえよ、基本の面子が少なすぎる」
「…あんたに言われずとも、分かっている…」
「あのピクシーとか…フフ、素材にしてみたらどうかい?」
明らかに狙っての発言。
俺は反応すらしてやらなかった。
おもむろにライドウは立ち上がると
「さて、僕はそろそろ行こうかな」
と言った。
何だって?
「功刀君、召喚は可能な筈だから、その状態は仲魔に助けてもらうがいい」
「ちょっと待てよ!後生だから…それは…っ」
「真っ赤になる位恥ずかしい?でもね、それは君の罪でもある」
「俺の罪…だって?」
「そう、後先省みない君の招いた結果」
まあそのおかげで愉しませてもらっているよ
とクスクス哂いながらライドウは黒猫を呼んだ。
「では、僕はもう少し散策するとしよう。またね、功刀君」
「……っ…」


『なあお主、あの先の戦闘』
「差出がましい真似をしましたか?」
『いや…里の指導を思い出すな』
「毎日やった事ですから、復習にはなりましたね」
『お主は里でも優秀とは聞いていたが…現役引退したら里で指導に回ったらどうだ?』
「里に戻る?フ…まさか」
『どういう意味の失笑だ?』
「僕が作り出す戦闘マシンは彼が最初で最後ですよ」
『…』
「それとね、ゴウト…この世界だから思い切って言わせて頂きますが、僕はね」

-カラスは正直嫌いなんですよ-




呪殺地獄・了



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