イケブクロ坑道



「な!アサクサからお前が繋いでくれよ!頼む!」
「…」
胡散臭いジャーナリストが手を合わせて頭を下げる。
長い髪が肩から滑り落ちるその姿を見て
(邪魔にならないのかな…)
そんな雑念に囚われながら、俺は手で仰ぎ諭す。
「分かりました、行ってみますから…頭は上げてください」
「さっすが矢代!頼りにしてるぜ!」
イメージ通り馴れ馴れしく呼んでくるこの男性に、俺は薄い笑顔で返す。
「聖さんは、随分この世界に溶け込んでますね」
「いや〜以前から調査してた謎が解明されていく興奮がな!な!」
大人気無く、喋りたてるこの人を見ていると
生きる力を与えられて尚、彷徨う俺とは正反対だな…
と、酷く寂しい気持ちになる。



坑道…
イケブクロの悪魔達の呟き通り、暗く物騒だ。
(浮き足玉と、ライジュウのライトマ)
俺は、道のりがどの程度になるか予測もつかないが
念の為買い足して臨んだ。
ライジュウは、ライトマの為に控えててもらおう。
『おい、マジで鬼がいるんだって!』
坑道へと繋がるホーム下通路で、でかい図体の鬼が話しかけてきた。
まるで誰かに聞いて欲しかったようだ。
「鬼?あなたも鬼ですよね?」
俺の失笑にも似た返答に、必死に弁明する。
『4体の鬼が岩屋にいてよ!下手に寄るとインネンつけられるんだって!』
「俺はその鬼達に用は無いから、大丈夫ですよ」
自分より頭3個は大きい鬼を見上げ、軽く笑う俺に鬼は続けて言った。
『いや〜それがお前に忠告しとけって、白髪の赤コートから言われてよぉ…』
…!
「それ、白髪というか銀髪ではなくて?」
『そうそう!それだよソレ!タトゥーのイカす悪魔が来たら忠告頼むって言われてよ』
「…他には何か…」
『んでもって!実は俺、決闘裁判で勝ったアンタのファンなんだよ!!』
詮索を入れるつもりが、ぶっ飛んだ内容転換にくらりとする。
『細いのに強いよなアンタ!どんな秘訣が!?』
迫り来る鬼から逃れるように、俺は一礼して足早に離れる。
強さの秘訣…か。
強くなんて、無い。


暗い穴を照らすのは、ライジュウのライトマと
自身の斑紋の輝きのみだった。
息づく様に輝く身体を見て、嫌悪する。
(気味悪い…)
この身体、肉体全てが、もう人間では無い。
暗闇に居ると、それが際立つようで
煌々とライトマで照らし続ける。
まるで野宿の際に火を絶やさぬように…
灯りを点し続ける。
それにしても、何故ダンテが…忠告するのだ。
俺を殺すつもりなら、そのままにしておけば良いのに。
(本当、何考えているんだか)

ずぶり

「なっ」
何!?
急に身体が引きずり込まれる感触。
脚が地面に呑み込まれて行く!
『オイ!ゴシュジン……』
灯りとなっていたライジュウの声が、遠くなる。
「ライジュ…ッあああ!!」
駄目だ。
引き込む事も、召喚から帰す事も出来ずに俺は呑まれる。
落ちていく感覚だけが鮮明で、視界は闇だった。
(何だ!?此処は何処だ!?)
抗うことも出来ず、ゆっくりと沼を通るような感触に不安がつのる。
息が詰まりそうな圧迫感を通り越すと、途端がくりと重力の感覚。
「うあっ!」
そのまま下に打ち付けられるかと思いきや、鈍い音がした。
『イデェッ!?ナンダナンダ!?』
悪魔?のようなドスの利いた声が、俺の下で唸る。
どうやら、落ちてその悪魔に激突したらしいが。
あくまでも“らしい”のだ。
(位置が全く確認出来ない…!!)
俺の発する斑紋の光なんて微弱で、周りを照らす事は無理だ。
相手の確認すら出来ぬまま、俺の脚が掴まれたのだけが分かった。
『ンダァ…テメエハ…?』
「ぐッ…」
片脚を掴まれ、恐らく逆さの宙吊りになっている俺。
頭に体液が集まる。
『???光ッテル、ニンゲン?ジャアネエノカ?』
そのまま横に振られ、四肢が空を踊る。
片手で掴まれているようだ。
恐らく巨体の悪魔…
(まさか、4体の鬼…か?)
じわりと、嫌な汗が滲む。
『オレ様ニブツカッテオイテ、謝罪モ無シカ?ガキ!』
「ぐあっっ!」
掴む手に力が篭る。
みしみしと筋肉が、骨が悲鳴をあげる。
筋が断絶されそうだ。
(くそっ、この身体…!!ふざけてる!)
まるで狩ってくださいとでも云わんばかりに、発光している自分。
相手はこの暗闇でも、確実に俺を捕捉出来る。
俺は暗闇の中、何も認識出来ない。
ライジュウも、呼べない。
光玉は無い。
『オイ!聞イテンノカ!?』
その怒号と共に、脚を放される。
否、投げられたのだ。
「ぎゃあッ!…う…」
壁っぽいのに今度は激突し、崩れる砂壁が肌に纏わり付く。
今肌に触れているのは多分地面で、俺は地に伏している。
頭が酷く、痛い。
『光ッテテ分カリヤスイナァ?オイ!』
「…ぅ」
手を翳し、誰でもいいから召喚しようと念じる。
「ぅあ!!」
すると、その手は地面に縫い止められる。
足で、踏みにじられている…のか?
指先まで律儀に光る身体を呪う。
『おいおい、何やってんだよキンキ』
突如聞こえる別の声音に、呼吸が止まった。
別の鬼かもしれない。
もう終わりかもしれない。
一瞬にして諦めが浮かんだが、そんな俺に掛けられたのは
予想だにしない台詞だった。
『スイキ、何言ッテンダ?オメェ…』
『だから、そいつを放してやれっての』
微かに見えた光明に、息を呑んで耐える。
スイキなる鬼が、俺を放せと言っている…
そして、腕を掴まれ立たされる。
足元がおぼつか無い俺を見て、鼻で笑う鬼。
『ほら、何処へでも行けよ』
スイキの方の声が、そう俺に言う。
キンキの方は文句を垂れている。
(ライジュウ…ッ)
駄目だ、俺の内に居ないのか。
まだ、さっきのフロアを彷徨っているのだろうか…
仕方ないので、壁を伝い歩みを始める。
まるで全盲の人のような。
とにかく、鬼達の声から遠ざかろうとした。
しかし…背後からの会話が、俺の神経を奪う。

『ナア、ナンデ逃ガシタンンダヨ!』
『馬鹿じゃね〜のお前さあ』
『ナンダトォ!?』
『人間てのはよ、わざと放っておいて…狩るんだとよ』

…駄目だ…
走らなければ。
少しでも遠くへ行かねば殺される。
後方からの下卑た笑い声は、次第に声量を増していった。
もしかしたら、ぐるりと一周回る構造かもしれない。
でもそんな事、暗闇で追われていては考えるだけ無意味だ。
『おいおい、それで逃げてんのかお前』
スイキの声が近い。
『つまんねぇ〜』
「俺はお前等を歓ばす為に居るんじゃない!!」
どうせもう見えているのだろう?
俺は鋭く叫んだ。
『へっ、泣かせるねェ』
「…」
『お前みたいな奴ってよ、相当可愛がり甲斐あるって知ってっか?』
その言葉にカッと身体が熱くなる。
耳だけを頼りに、その声の方へと鉤状に構えた指で薙いだ。
『っと!!あっぶねえ』
思い切り、空を切る音がする。
そのまま地面に突っ伏した。
土を噛む。
『元気な獲物ほど、追い詰めんのが愉しいなぁ?』
「く…ぁ」
『なぁ?悪魔ニンゲン?』
背に跨る、鬼。
重量に圧迫されながら、後頭部を鷲掴みにされる。
『おい』
「ぐっ!」
ガッとそのまま地面に打ち付けられる。
『お前どんな殺しが好きなんだ?』
「ッ…」
また掴み上げられ、打ち付けられる。
『好きな方法で殺ってやるからよぉ…な?』
「はぁっ…はぁ…」
何も見えないが、多分この鬼は…哂っている。
もう、口が砂でいっぱいだった。
『もうちょい砂喰っとくか?』
「ぅ!ぅうう〜ッ!!」
今度は、打ち付けたまま顔をゴリゴリと擦り付けさせらる。
地べたを舐めさせられる、状態。
腕を張ろうが、ビクともしない。
こんな固定された体勢では、力が働きかけない。
ようやく掴み上げられ、俺は砂を吐き出し咽た。
多分鼻孔から、出血してる。
錆の味が、絶望感に沁みた。
『まだそんな眼して、挑発かこら、え?』
スイキの苛立ちを帯びた声音で解ったが
どうやら俺は、睨み付けていたようだ。
無意識の内に、反抗的なそぶりを見せる所に本質が出ている。
こんな目に合わされて。
俺は
こいつ等を…
ぶちのめしたい。
同じ事をしてやりたい。
悪魔の身体を使って、八つ裂きにしてやりたい…!
そう、心根で考え始めていた…
『おい、キンキ!お前もそろそろ来いよ』
さっきまで俺が逃げていた方向と思われる側に、スイキが叫んでいる。
ああ、やはり繋がっていたのか…
笑い話にもなりゃしない。
最初から遊ばれていたのだ。
『…キンキ?』
…なにか変だった。
気配はあるが、返答が無い。
その異様な感じに触発されたのか、背のスイキが緊張した。
『おい、どうし…』
「どうしたもこうしたも、伸びてるぜコイツ」
全く違う、第三者の声がしたと思ったら
どさりと音がした。
『てめぇ…!悪魔…じゃねえが人間でもねえな』
そう、その声。
よく知っている筈でも無かったが、俺の脳裏にその姿が浮かび上がる。
「“ソレ”は俺の獲物だから、返してもらうぜ?」
斬撃音と、肉の割けるような湿った音がする。
俺の背には、もうスイキは居ない。
(ああ…俺は)
俺は、ダンテに助けられたのだ。
殺される為に。


「…おい、いつまで寝てるんだ?低血圧」
もうスイキは背に居ないのに、俺は動かなかった。
暗闇だというのに、ダンテは普通に戦っていたようだった。
鬼は把握しているだろうが…何故ダンテは此処を暗いまま動けるんだ?
「おい!」
「俺は…こんな暗闇では戦えない」
俺の搾り出したような声に、ダンテは呼びかけを止める。
砂を握り、うつ伏せのまま言う。
「殺したいなら、殺せば?」
無気力…とも違うが、戦う気にもなれなかった。
圧倒的な差があるのに、不毛だ。
「どうせ、死んでも同じ暗闇が続くだけなんだろう?」
そう吐き捨てた俺の背に、何かが掛かった。
「起きろ、ヤシロ」
シュツと音がする。
光玉が、ダンテの手元でチラつく。
「お前は眼が利かないようだから、一応使う」
ライトマより幾分かチラつくその光は、ダンテを照らした。
(コートが無い…)
それもそのはずだ、コートは俺の背に掛かっていたのだから。
「結構痛めつけられたみたいだな」
この人…
本当に俺を殺すつもりなのだろうか。
俺の手を引き、立ちあがるのを促すダンテは
口元の砂と血を、その逞しい指で拭ってくれたのだ。
「あの…」
「なんだ?」
「あなたは…殺したいの?助けたいの?」
ライドウより、まだ話す気になった。
その瞳に、意志が感じられるから。
「俺は…助ける為に殺したいんだ」
悪魔狩人の、やはり意味不明な矛盾回答に…思わず吹出す。
「プッ…それ、英語の独特な言い回しか何か?」
「相変わらず偏見だな、思った通りを言っただけだ」
頭を小突かれ、そのままコートを掴んで持っていく。
「もう明るいから、いらないだろ」
(あ…)
何故分かったんだ、俺が暗闇で光る事を嫌う事実。
なんだか、知られているのが以前は気味悪かったが
今は、今だけは落ち着く。
「聞くべきか微妙だけど…俺を殺すのに、何故今助けたの?」
ただ、理由が聞きたくて。
聞いて何という訳も無いが、ただ知りたくて。
俺はダンテが、恐くは無くなっていた。
ライドウには恐怖を感じるが、ダンテは…何なんだ?
「弱り果てたお前を殺して、気持ちいいと思ってんのか?」
ダンテは腕を組んで、ニヤリと笑った。
「俺は、無抵抗なお前を殺す趣味は無い」
「抵抗したら殺すの?」
「さあな?でも…」
大剣を担いで、歩き始めるダンテを追う。
「でも…?」
「お前と殺り合うのも、肩を並べて戦うのも…どっちも懐かしくて悪い気はしないぜ」
大股で歩く彼に、急いで追いつく。
「坑道内では殺す気は無い?」
「ま、そんなトコさ、気楽に構えててくれ」
その言葉を聞けて、何故俺は嬉しかったのか。
柄にも無く、彼の手前に回り握手を求めた。
「坑道内だけだけれど、宜しく」
「おう…足引っ張んなよ、ヤシロ少年?」
差し出す手を、迷いも無くがっしりと握ったダンテを見て
俺は久々に笑顔を思い出した…



イケブクロ坑道・了



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