ヨヨギ公園〜シブヤ
『見たかライドウ、あの驚異的な成長』
「はい」
『恐るべき能力だ、最初のガキと対峙した時の動きといい』
「相手が動く事の無いよう、考えられた連携でしたね」
『そしてマガタマとやらの力を引き出していたようだな』
「アナライズですか」
『うむ、ガキに…』
「ピクシーにも使っていましたよ」
『なに?』
「あの時、ガキのみならず仲魔であるピクシーにも使っていました」
『何故分かった?』
「ジオと正式名称で伝えていました、それまでに彼は単語で介して無い筈です」
『! なるほど…しかしお主、よくもまあ…そこまで見ていたな』
「彼の闘いは、面白いです」
『して、どのようなところが?』
「未だに葛藤があるのか、躊躇しているところ」
『あまりそうは見えぬが…まあ確かにフォルネウスの時はヒヤリとした』
「恐らく、悪魔の自分を認めたくないのでしょう」
『手がつけられなくなる前に殺すか?』
「依頼不成立です」
『フフ、それは確かに』
「でも物陰からディアの必要はなさそうですね」
『仲魔まで従え始めたからな』
「物陰からシバブーでもして、どう切り抜けるか見てみたいです」
『悪趣味…』
『そんなに落ち込むくらいだった?』
ピクシーに言われ、自分がこの世界の変わり様に
ショックを受けていた事がようやく分かった。
『さっき言われたとおり、カグツチの満ち欠けには気をつけてね』
「ああ…」
病院から出た俺を待ち受けていたのは
、
あの子供に付いていた老婆の声だった。
この世界の中心で輝いているのはカグツチというものらしく。
太陽のように輝くクセに、満ち欠けは月の様。
それの影響が悪魔にはあるらしい。
『ねえ』
「なんだ」
『ボルテクスになる前、世界はどんなだったの?』
「え、どんな…」
なかなか形容し難い。
「強いて言うなら、もっと緑があったかな?」
『ミドリ?』
「植物の事」
東京は確かにごった返してはいたが、それでも草木はあった。
街路樹に、公園に、高い建造物からは海や森だって見えた。
「笑えるくらい、しらっ茶けた世界になった」
『嫌?』
「そりゃあ…」
風景を見にサイクリングしたのを思い出す。
意外と俺、自然が好きだったのかな…
廃墟なんかも趣があって好きだったが、いくらなんでも。
「世界が風化している」
『この世界の現状が嫌なら、今流行のソウセイしてみれば?』
「ソウセイ?」
『うん、ニヒロとかマントラとかが最近ハマってる事』
『ソンナカンタンナ コトガラデハ ナイ』
後ろのシキガミが口を開く。
「知っているのか?」
『マガツヒ ヲアツメテ セカイヲツクリカエル』
マガツヒ…そう言えばガキも口走っていた。
物なのか?気体のようなものなのか?
『悪魔の間では話題になってるのよ』
「へえ、じゃあその創世で世界をボルテクス前に戻すのは可能かな」
『う〜ん、ちょっと難しそうなイメージ』
ピクシーが眉をひそめる。
『アクマハ イナクナルノカ?』
シキガミの意見はもっともだ。
そんな世界が受け入れられるのか?
この悪魔の世界を作り変えるなんて無茶だ。
他愛も無い話をしつつ、ヨヨギ公園が見えてきた。
ピクシーとはここまでだという事を、ふと思い出す。
ピクシーもあっ、とこちらを見つめる。
『入口で正式にお別れね』
「ああ、今まで短かったけど…ありが…」
急に寂しさが襲う。
初めての仲魔。
省みず回復してくれた。
恐れる俺を奮い立たせてくれた。
「やめ、やっぱやめだ」
『?』
「今の挨拶は取り消し、正式に仲魔になってもらえないか?」
『ええっ』
「無理強いはしないよ」
『それって…』
ピクシーは口元に手を当てふふっと笑った。
『アタシも実は、正式にお願いしよ〜かと思ってた』
「えっ」
嬉しい誤算だ。
彼女は俺の傍に寄り、耳元で囁いた。
『今後ともヨロシクっ』
「ああ…ああ…宜しく!」
『そういえば、アタシあなたの名前も聞いてなかったわ』
確かに、名乗らずにいた。
名乗る必要性を感じていなかったから。
でも今は違う。
「功刀 矢代だ、よろしく」
『ヤシロって呼べばいい〜?っていうかそう呼ぶわ』
『キョカモエズニ オマエ…ソウトウブレイダナ』
呆れているシキガミの先端をぺちっろ叩き、ピクシーは
『うるさいっ』
とか何とか言っている。
「これからどうしようか、意見を聞きたいんだけど2人共…」
ピクシーの羽を片手でつまみ、シキガミの上に乗せる。
一応大人しくなったピクシーは、意外と居心地が良いのか
シキガミを枕のようにポフポフと叩き頭を寄せる。
『シブヤに行きましょ』
「渋谷?」
『そ!情報収集して、ヤシロの行動指針を決めるの!』
「そうだな…」
気になる事といえば、新田と橘さんだ。
2人と思われる噂を方々で聞く。
まだ無事だろうか…
こんな混沌とした世界で…
「俺の知人を探す、とりあえずの目的はコレだ」
『りょ〜かいっ』
『ワカッタナラ サッサトオリロ!』
いよいようざったくなったのか、ピクシーを振り落としつつ
シキガミがバタバタ体をふるった。
「功刀君…?分かるわ、功刀君でしょうっ?」
驚いた事に、意外と早く再会は訪れた。
橘さんは渋谷のディスコに、息を潜めるようにして佇んでいた。
「橘さんは…この世界になった時、何もなかったの?」
彼女は髪の毛をくるくるいじりながら(この癖は覚えている)
「ええ…でも声は聞こえたわ」
と言った。
「声…」
あの声か。
何も持たずに…って、微妙に叱咤された記憶がある。
「この世界って多分、持たざる者は生きていけないのよ」
橘さんはこちらに向き直り、真剣な眼差しで言った。
「しょうがないからこの世界、生き抜いてやろうって思って」
強いな…彼女は。
俺は正直戻りたい。
こんな世界、一秒だって居たくない。
しょうがないから、なんて認めたく…ない!
「そうか…気をつけて」
「ええ、功刀君もね」
そのままディスコの防音扉を開けて、彼女は出て行った。
ピクシーがパタパタとスピーカーの上に腰掛けた。
『心配ね』
「でも…俺が付いてったら、彼女と正直対立しそうだ」
『違うわよっ、ヤシロが心配な〜の!』
…俺?
「彼女より俺のほうが、一応強いはずだけど…」
『そんな事じゃな〜いっ!意識的な事よっ!』
手足をばたつかせ、憤るピクシー。
俺はピクシーの言いたい事が、何となくは分かった。
しかし、このまま新田もあんな様子だったと仮定すると
俺の心は折れそうだった。
何故、一緒にむせび泣いてくれない。
人間である事がどんなに良い事だったか、この世界を拒絶して
世界を元に戻す画策すらしないのか。
「俺には…分からないよ」
『ヤシロ…』
「とりあえず銀座の話が出たから、そこに行こうか」
あの胡散臭い人(聖の事)にお願いして
ターミナルからアマラ経絡で送ってもらおう。
襲い来る悪魔達に、恐怖感が払拭出来たわけではない。
しかし、留まっていても誰にも会えない…
もしかしたらその創世に巻き込まれる。
ターミナルへ向かう途中にふと、思い出した。
思念体が言っていた台詞。
<人修羅なる男が新しい世界を創造するらしい>
人修羅…
どこかで聞いた気がする。
「俺…知人以外にも捜し物、出来た」
『なによ』
「…人修羅」
この先会えるかも知れない。
どこで特定出来るのかすら分からない。
会って何を頼むのだ?
世界を元に戻して欲しい、とか?
そんな…
夢見すぎだろ俺。
『人修羅って…それ…』
「笑うなよ」
てっきり笑っているのかと思ったが、
ピクシーは笑ってはいなかった。
なんだか様子がおかしいが、とりあえず
ターミナルのジャーナリストの所へと歩みを速めた。
ヨヨギ公園〜シブヤ・了
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