アマラ経絡〜ギンザ



−こんなに何かに疎まれた事など無かった。−

公園で出会った怪しいジャーナリスト《聖》に
ターミナルというこれまた怪しい装置で転送してもらった。
此処は『アマラ経絡』
他者を寄せ付けない思念体達が棲む処。
大気からなだれ込む紅い光が眼に痛い。
聞けばコレがマガツヒらしいが…
これ以上、彼等から聞く気になれなかった。

「別に俺はあの人と違って詮索趣味は無い」
『あの人って、ヒジリ?』
あまりにも此処の思念体達に拒絶され続けたので
思わずピクシーに語りかける。
「ここの思念体、俺以上に警戒心強いな」
ピクシーは俺の台詞にケタケタ笑い、
『うっそ!ヤシロは隙だらけだってぇ〜』
と微妙に傷つく台詞を吐いた。
確かに、聖からあの雑誌を受け取っている時点で
隙だらけかもしれない。
心なしか、この経絡の悪魔達も覇気を感じないというか…
流されて存在しているような雰囲気が漂う。

<待て>

声が響く。
聖だ。
<その先、何か居やがるぞ>
「悪魔ですか?」
<定かじゃねえが、悪魔だとし…たら……>
「…」
『ハイ、切れた〜』
返答も無くなり、ピクシーが野次を飛ばす。
『アイツ、色々一方的なんじゃない?』
「今は頼りにする」
それに…
数少ない《人間》だしな…


『ウォ ウォマエェ マガツヒ ヒトリジメスルキ』
「だから!しないって言ってるだろっ」
その希薄空間に居たのは、火の玉のような怨霊のような…
敵意剥き出しだ。
ピクシーが『ああっ!』と何か分かったような反応を示した。
『スペクター…』
「ここのボスって事?」
『みたいね、ま 他人を気にしないココだと無意味な感じだけど』

「スペクター…俺たちが此処から出る為に、一旦どいて欲しいだけだ」
『ソウヤッテ ダマスノカ ウ ウォマエェ』
話にならない…
ガクツチが満ちていないのにコレだ。
最早戦いは避けられないだろう。

『ウォマエェ キエロ!!』

スペクターの叫びを皮切りに、火が足元を覆う。
纏わり付いた炎がスニーカーを焦がす。
そのまま後方に宙返りしつつ、空気を蹴り上げ振り払った。

炎を纏うスペクターが群れを成し始める。
『ああいうヤツは数が増える程まずいよっ』
『ドレヲ ネラエバイイ?』
ピクシーとシキガミの声に
「一体ずつ潰す、同じのを狙えっ」
言い放つと、既に身体が動いていた。

皮膚の焼けるような感触がするが、
この位なら簡単に治癒していく。
気にせず殴り飛ばす。

『ウォオオ オマエ クウ!』

スペクターを幾つか減らしは出来たが、残った奴等が一所に集まり
轟々と巨大な体躯になる。

『合体した!?』
ピクシーが熱にやられ、後ずさる。
俺も正直熱く、動きが取り難い。
悪魔の身体とはいえ、焼けるようだ…!
「くっ…」
近くに行っても、これでは隙を付く事さえ出来ない。

『モエロ!モエロ!』

炎が舞い上がり、津波のように押し寄せた。
アナライズした脳内が、その技が何たるかを警告した。
(邪霊蜂起…!!)

俺は咄嗟に弱っていたピクシーとシキガミを見た。
シキガミなんてもう地に着きそうな位消耗していた。
(馬鹿だ俺!シキガミは火に弱いんじゃないか!)
何をのうのうと戦場に駆り立てていたのだ。
「シキガミ!ピクシーもだ!還れっ!!」
『!』
『ちょっ、ヤシ--』
俺の良く分からない力で、2人を前線から離脱させた。
魔の盟約か、主人である俺の意思で存在をその場から退場させる事が出来る。
無駄死には避けたい。
間一髪で2人は炎に呑まれそうな瞬間に消え、俺はそのまま喰らった。
「ああああッ」
熱いっ!
赤く爛れたような皮膚が滑る。
血なのか、俺のマガツヒなのか見分けがつかない。
思わず転げる。
薄紅の汗が額から鼻先に滴る。
高熱に浮かされた様に、身体のバランスもおかしい。
まともに戦えない。

『ウォマエ クウ』

動かない俺にスペクターが接近してきたのか
熱さが濃密になる。
「はあ…はあ…」
空気すら薄くなる感覚に襲われる。
ここで終わってしまうのか?
高尾先生にも確認出来ず?
それとも、意味の分からない夢がようやく終わるのか?
(…なんだ)
なんださっきから。
嫌に冷たい。
ふとポケットを探る。
回復道具かと思ったら、適当に突っ込んだソレが出てきた。
ソレの、場の空気を読まぬ冷たさに一縷の望みを懸け
握り締める。

(火炎無効)

はっとして握り拳を開き、ソレを見る。
待ち望んでいるかの様に蠢いている。
息を呑む音が自身から聞こえる。
俺は《シラヌイ》のマガタマを舌先に捕らえ喉奥に喰らい付かせた。
「…!ぎっ…ひぐ」
まさかあの悪夢を自ら体現させてしまうなんて。
とは思ったが、このままスペクターに消されるのは願い下げだった。
うずくまり、出来るだけスペクターがいぶかしむ事の無い様に
俺はマガタマを喰らう。

すると。
「あがっ!ぐぅううッ!!」
身体の中が逆流するかの様な感覚。
胃液の酸っぱさは無いが、代わりに身体の中身が引きずり出されそうだ。

『ナンダ ウォ ゥオマエェ!?』

スペクターが異常な俺に危機感を覚えたのか、炎を火の粉の如く放ってくる。
俺に全て命中した炎は、肌に当たったそばから弾ける様に四散していった。
(なんともない)
俺は、逆流してシラヌイと入れ替わりに這い上がってきたマロガレを見た。
この蟲が俺の体内を創っているのか…
悪魔の身体を。

『ウォマエ ヘイキ ナノ…カ?』

炎の中に立つ俺を見てスペクターは一瞬停止した。
「もう俺の邪魔をしないなら終わりにするけど?」
格下と認識している俺に言われ、燃え上がるスペクターを見て。
殺しあうしかない。
と悟った。

シラヌイのおかげで空気感すら別物だ。
炎を掻い潜り、奴に拳を叩き付ける。
脚ではスニーカーのソールが焼け、ゴム臭が気になるので身体で打撃を与える。

『フザケル ナァアア!』

いよいよ炎が効かないのを理解したスペクターは
体当たりをしてきた。
捨て身の攻撃に一瞬たじろいだが、今は独りだ。
攻め続けた方が有利。
「舐めるなあああっっ」
引き絞った腕を、蜂が刺すかの様に突き立てた。
腕を纏わりつくのは炎だと思われる感触。
火炎無効状態の俺には羽毛の感触だ。
「はあっ……はあっ…」
スペクターの中心を突き破った俺は、そのままよろけてへたり込んだ。

『イツカ… ゼッタイクッテヤルゾ…!!』

そんな声が聞こえたかと思った瞬間には、腕の重みは消えていた。
俺はかなりダメージを蓄積していたらしく、なかなか動けなかった。
(傷薬…)
ポケットを探る。
2個位は消費しても大丈夫そうだな。
思いながら、全身にある爛れた皮膚を薬で拭う。
悪魔専用かは謎だが、見た感じは完治した。

腕をかざし、念じ唱える。
「来い、ピクシー」
雷鳴音と共にピクシーが姿を見せた。
俺を見るなりすぐ飛んで来た。
『ヤシロっ…!』
彼女の顔が疑惑のものに変わる。
「どうしたの?」
『身体…ヘイキなの?』
「ああ、薬で間に合ったから、休憩地まで温存していいよ」
『そんな問題じゃなくて…』
「どんな問題?」
『炎、熱かったのに…』
マガタマを飲み干し、吐き出すあの瞬間。
獣の様に喘いでみっともない、無様な俺を見せたくない。
そんな人間の欠片も無い俺を、見られたくない。
「なんとかなったよ…シキガミには、しばらく休んでいてもらおう」
『そらさないでよッ!話!』
食い下がるピクシーにカッとなり、睨みつけて叫ぶように言い放つ。

「また一歩悪魔に近付いた!それだけだっ!!!!」

自分の怒号に驚く。
唖然として、落ちかけたピクシーを咄嗟に両手で掬い上げた。
ピクシーはどこか、震えているように見えた。
「…申し訳ない、君が悪い事なんか何ひとつ無かったのに、ね」
心配してくれる悪魔に対して、元人間がこの態度だ。
馬鹿げてる…
なんて…勝手な生物なんだろう。
悪魔を卑下出来るのか?
ここの住民達に疎まれた俺は、悪魔だから…ではなく
俺という一個体だという時点で…?

眩い光の射す出口と思われる通路に出た。
声がそこに響いてくる。
<無事だったようだな>
「聖さん」
<悪魔が板についてきたんじゃあないか?>
「!!」
俺の強張るのが伝わったか、ピクシーが何もない空間に向かって
嗚咽にも似た声音で叫ぶ。
『アンタなんかにっ…何が…何が解るってのよッ!!』
「ピクシー」
『あのヒゲもういっぺん死ねばいいのに…ッ』
「君の声は聞こえて無いんだから、無駄だよ…」
しかし気になった。
ピクシーの《もういっぺん》という言い回しが
まるで聖が、既に死人のような言い草だ。
「もう…行くよ」
『ヤシロ』
彼女のうらめしそうな瞳が俺を貫く。
彼女は…
何かを知っていて、俺に黙っている気がする。
確証は持てないが、気がする。
だからといって彼女に信頼を寄せない訳では無い。
失いたく無い…

そのまま俺達は出口から無事、ギンザへと侵入する事になる…はずだった


『どうしたライドウ』
「…いえ、アマラの流れを元から利用していたおかげで追跡が可能でしたが」
『ふむ…まさかこんな処まで追って行くとは、予想外だったが』
「行動可能な範囲なら目を離すつもりは無いです」
『お主、最近執着が酷くないか?』
「そうでしょうか、いえ、まあ確かに…」
『あやつがスペクターと交戦中に、お主は眼が笑っておったわ』
「…」
『いいか?あまり囚われるでないぞ』
「無論、心得ております」
『まあ、折りを見て接触を試みようではないか』
「ええ…彼がメノラーを手にしたら」
『…フ……ライドウ、今回は失敗だったかもな』
「何がですか」
『この依頼を受けた事が、さ』
「報酬に何を要求しようか、考えるだけで胸が躍りますよ」
『どうだか…どれだけの物を貰ったところで、労力に見合わぬやもしれんぞ』
「実は…もう考えてありますから」
『車椅子の老人はその要求、呑みそうなのか?』
「ま、無理でしょうから想像しているだけです」
『…どうだか』



アマラ経絡〜ギンザ・了





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