ギンザ大地下道


…あ…れ?
アマラの路を抜けたハズだったのに。
俺は今どこに居るんだ?
(まさか迷った?)
いや、聖もあそこから抜けれそうと言っていたのだが。
急にくらりとして、脚がよろよろと歩みを止めない。
吸い寄せられるように光に呑まれたら此処に居た。
そういえば仲魔の気配も感じない。

紅い光が立ち昇り、胎動するような空間。
もう今更どのような場所に来ようが、ボルテクス界だから〜で
済ませて納得する自分がいる。
俺…いつからこんな異常な世界を受け入れ始めたんだ。
仲魔もいない危険な状況なのに、それすら納得出来る。
とりあえず出口を模索していると、
部屋の中央に、穴の開いた柱のようなものがあるのが見えた。
何故か
そこに吸い寄せられるように、顔を寄せる。
そうしなければいけない。
いけないんだ。

見えるはずの無い奥の奥。
暗闇に包まれた舞台。
劇の始まりと言わんばかりの開幕。
(身体が…動かない)

舞台の上には、車椅子の杖をついた老人。
黒い喪服の淑女。
淑女が俺に語りかける。
メノラー…なる物を揃えよと。
俺はわけも分からず、この束縛から早く脱したくて
答えを出していた。
「やってくれますね、矢代君?」
「は…い…」
まるで魔法にかかったかのように、すんなりと引き受けてしまった。
メノラーが何かも、この老人達の正体も不明瞭なのに。
ぼんやりと答えた俺を見て、老人の口元が笑った気がする。
どこかで見た笑みだ…

「あっ」
気が付けば、何かを携えて俺は覗き穴の前に居た。
これが…メノラー、か?
《王国のメノラー》
らしい。
燭台だったのか…
しかしコレ、持ち歩くには不便では。とか思った矢先
身体に溶け込むようにして消えた。
召喚と同じ感覚で念じると、手元に戻る。
悪魔って便利だな、と自嘲した。

開いた奥の丸い扉から、出ると
いつのまにやら、ターミナルで聖に顔を覗き込まれていた。
「おい、大丈夫か?」
一応、心配そうにかがんでこちらを見ている。
「うぅ…はうっ!?」
ゆっくり身体を起こすと、首がゴリっとなって思わず声をあげる。
「お前首の後ろの突起がごりったろ今!ギャッハハ」
大人気なく笑いまくる聖に、やり場の無い怒りを微妙に感じつつ
改めてこの首の突起にも、感覚があった事を感じる。
「それ不便そうだもんな、仰向けで寝るのは難しいよな」
「っ…」
しかし想定外に痛く、正直涙目になっていると思うので
聖には悪いが顔を合わせずに会話した。
「このターミナルは…ギンザ?」
「ご名答」

どうやら、あれから予定通りにギンザに通じてくれたようだ。
ピクシーも召喚出来たので、異常は無いはず…
泉で仲魔と自身を治療して、情報収集する。
どうやらニヒロという勢力が、氷川と高尾先生の属する組織の事らしい。
高尾先生…
学校では人気のある教師だったな。
俺は妙な扱いに、自らは近寄り難かったが。
<矢代君、あなたはお父様を亡くしているそうね>
<だからそんなに責任感が強いのかしら>
<あまり気負わないでね、先日の面談でも君のお母様、心配してたわ>
突然せきを切って記憶が溢れる。
実際、よく気にかけてくれていたな。
あんな…東京受胎を起こす人物には思えない。
新田は、先生がこの世界を望んだと知ったらどう思うのだろうか。
そもそも、先生は…
あの世界が嫌いだったのか?
教師として生徒を教育する。皆に慕われる。
そんな日々を壊してでも望んだ世界だったのか?


その後話に聞いたギンザ大地下道に行ったものの、
マネカタが監視するゲートで足止めをくらい
折り返し再びギンザに来る事になった…
『マタ オナジトコロニイクノカ』
悪魔合体をして誕生したイヌガミも新たに連れて…

(悪魔合体…か)
悪魔の俺が?と思ったが、俺は合体の系譜に入れないらしい。
合体させられる側ではなく、させる側らしい。
「いくら主人とはいえ、生殺与奪まで…」
『そんな事言ってたらこの先大変よ』
ピクシーの言うには、勧誘も良いが
考え抜いた合体で、術の継承を自分の思うとおりに出来るから
…との事だ。
そこで挙がったのがシキガミとダツエバだった。
「でも…」
『ダイジョウブダ ガッタイシテモ オナジ』
『心配せんでええ!新たに生まれるだけじゃて!』
シキガミはスペクターの件で、申し訳ない事をした。
ダツエバなんて仲魔にして間もないのに。
「ごめん…」
合体…
2人の意識はどうなるのだろう。
統合され、別人格が生まれるのだろうか?
しかし、シキガミは言っていた。
『キオク カスカニノコル ラシイ』
良く分からないのは、彼等も同じだろう。
だが、主人の望むままに合体をさせられるのは
嫌ではないそうだ。
俺はまだ、こうして良心の呵責に苛まれながら合体させているが
いつか、何も感じずに淡々と儀式を命ずるのだろうか…

『ドウシタ ゴシュジン』
イヌガミに声をかけられ、はっとした。
『本当、合体に気を使いすぎじゃない?』
ピクシーは何が原因かよく解っている。
笑い返すなんておためごかしも無理なまま
「ああ…」とか適当な相づちをした。
『ほら!先生に会うまで死ねないでしょ!悪魔に合体が罪なんて意識は無いんだから!』
「じゃあ、今からしようとしている事は?」
ピクシーがぴたりと口をつむぐ。
今、酒場を出て裏口へと回り込んでいる俺達。
目的は「窃盗」

ギンザ大地下道での足止めをなんとかしようと、口聞きをしてくれる対価として
《オサツ》を用意しなくてはならない。
所謂千円札とか、そういう類だ。 それを所有していると噂の、
酒場の飲んだくれ悪魔ロキに先程交渉したのだが
『20000000マッカ用意しろ』
とかぬかしやがった。
明らかに法外な金額。
取引するつもりなんて最初から無いのが分かる。
「その金額はとてもじゃないけど無理です、何か…交換条件とか…提示出来ませんか?」
俺が少々怒気を込めて聞いたのを感じて気を良くしたのか、こともあろうに
『カラダで』
等と発言したものだから、カッとなって拳が出ていた。
『おーおー、人間ってのは凶暴でヤんなるぜ』
拳を余裕で
グラスを傾ける手の、指で止められた。
注がれた酒は零れてすらいない。
「…普通の奴相手ならこんな事しない!カラダとか…あまりに失礼じゃないです!?」
もう色んな意味でムカムカして声を荒げた後、思った。
(そういえばコイツ、人間って)
『お前、人間だろ?まあ、元人間ってトコロなんだろうが…』
舐める様に見てくる、おまけに
『下半身まで模様入ってんの?』
と言いつつ人のズボンを下げようとして来たのだ!
これには流石の俺も、周りの迷惑など考え無しにテーブルごと蹴飛ばした。
ロキの開けたボトルは中身を撒き散らし、絨毯の色を変えた。
『結構短気だなお前』
ロキは怒るでも無く、持っていたグラスをこちらに突き出した。
中の酒は俺の顔面にモロにかかり、アルコール臭が脳髄まで響きそうだ。
『コレで頭でも冷やせ、ククッ』
「黙れっ!もう2度と頼まない!」
周囲の視線も痛すぎる。
自分の行動も浅はか過ぎる。
居た堪れなくなって、バーカウンターに迷惑料として全財産叩きつけて
酒場を後にした。

『ちょっとちょっとお…あんな仕打ち受けたんだから』
『ヤットケヤットケ』
ピクシーとイヌガミはなんと乗り気だったようだ。
つまり、ロキの宝物部屋に裏口から
[侵入→物色→窃盗→見張りが居れば抹消]
というとんでもなく悪魔めいた事をしようとしているのだ。
しかし、あの悪魔(本当に悪魔だ)と思わせる
あの人を馬鹿にした態度。
思い起こすだけで顔が火照る。
「今回は、私怨有りでやる」
正直に発表すると、ピクシーとイヌガミはやんややんやと盛り上がった。
『でもアタシ、あんなにヤシロが感情的になったの初めて見た』
「そうか?こないだも君に怒鳴ったりして…」
『あれは感情的とか、そういうのじゃないよ』
「ま、確かにロキに対しては腹立たしさが先立ったのは事実だな」
『アハハッ、どのみち全財産投げちゃったんだから盗るしかないよ』
そのとおりだ。
窃盗とか行為は最悪だが、この際ロキ相手にだけ見逃して頂きたい。
それくらい俺は腹が煮え繰り返っていた。
もしかしたらぶっかけられた酒で酔っているのかもしれない。


「よし、通っていいぞ!」
トントン拍子に進み、見事に強盗殺人した俺は
ガラクタ集めマネカタにお札を渡した。
そして預かった手紙を門番に見せて、ゲートを突破した。
『やったじゃない矢代』
ウフフ、と蠱惑的な微笑みでアメノウズメが寄りかかってくる。
「は、はあ」
この悪魔、合体で生まれたものの
今までの悪魔より大人で正直扱いに困る。
『ちょ、寄りすぎだっての』
ピクシーが姑のようだ。
いよいよ大所帯になってきたので
単純に移動の際は独りになろうか…と丁度考えていた時だった。

ビリつくような恐怖感。

鼓動が早まる。
カラダが認識する…(メノラーに反応している)
視線の先でマネカタが腰を抜かして「死神だああぁ」と呻いている。
メノラーを集める…老人と淑女がしてきた依頼。
奪われたから取り返せ、と言っていたような気がするが。
つまり俺からも回収しに来たって事か?
警戒して進むと、急にガクンと床が抜けた。
否、床に呑まれた!?

永久とも一瞬とも言えるような、落下の先に待っていたのは
360度雷鳴轟く荒野…
そして眼前に現れたのは、妙な格好の骸骨。
(闘牛士?)
『貴公もメノラーを持っているとお見受けしたのだが』
これまた急な問いかけに思わず頷く。
『しかし、実力が備わっていて、この舞台に立っているのやら…』
カカカとしゃれこうべが笑う。
「何の為にここへ呼び込んだ?」
敵意にはこちらも敵意を以って接する。
ム…と引き締まる闘牛士。
どうやら悪魔はハッタリも大事らしい。
『このマタドールがそのメノラーを生かしてやろう、寄越すのだ』
「俺も頼まれてるんでね…そう簡単には渡したくない」
交渉決裂という事だ。
『ではその資格があるか見せて頂こう!』
火蓋が切って落とされた。


(赤のカポーテ?)
マタドールか踊るように翻ると、彼の周囲から空気の擦れる音がする。
(俊敏になった…そういう術か)
明らかに動きに差がある。
それ程の能力向上を見過ごすわけにはいかない。
「今のを相殺しろ!」
『アオーォン』
示唆しただけだがすぐ伝わった。
イヌガミの声がこだまして、煙にまくようなブレスを放った。
フォッグブレスだ。
完全な相殺といかないまでも
マタドールの俊敏さはマシなものになった。
『小癪な奴め!マハザン!』
マタドールが叫ぶと同時に突風が吹きぬける。
それは刃のように皮膚を裂いていき
風と一緒に血が舞い散る。
イヌガミは厳しそうだが、ウズメはケロッとした顔で
『ウフフフッ、メディア』
と全員を一斉に回復した。
衝撃無効である彼女にはそよ風だったようだ。
『ラクンダ!』
ピクシーも防御を柔くする術を間髪入れず唱えた。
俺はそれを確認すると懐に飛び込んだ。
胴体は生身だろうか?
衣類に身を包んでいて定かではないが、出来れば
弱い所を狙いたいのだ。
肉体があれば臓腑を狙うのが良い。
蹴りを一撃、胸部目掛けて放つ。
感触は、軽いような重いような。
だが少し裂けた衣類から、暗闇が覗く。
(正真正銘ガイコツ…)
多少なりとも、そんな相手は精神的にやりやすい。
肉感的な敵を相手にするのは未だにきつい。
打撃とこちらの術の攻めに、なかなか良い流れを取っていた矢先。
『思ったよりやるな、しかし、これならばどうかな?』
サーベル片手にマタドールは紅いマントを翻す。
何かを唱えて…
途端。
周囲の仲魔の雰囲気が変わった。
嫌に好戦的というべきか、攻撃に夢中で隙だらけである。
そんな俺も、酒の酔いが本物かと思うくらい火照ってきた。
逆上せ上がった感情は、後先の考えを遮断させる。
分かっている…
これは挑発だ。
頭で理解しつつ、刃を振るう彼の元に飛び込んでしまう。
「うおおおっ」
マタドールのサーベルを掌で受け止め、マントを掴み引き寄せる。
上手く受け止めれたから良いものの、掌から
バッサリいっていたかもしれない。
血で滑るのを必死で受け止めて掴み続ける。
自分自身に冷や冷やしながら、そのままマタドールに飛びつく。
馬乗りになり、骨を殴打する。
こちらが骨折しそうな位硬いが、効いているはず!
なにせ挑発を喰らったこの身は力が沸き上がっている。
だがこのまますんなり、という訳は無かった。
マタドールは剣に魔力のようなものを込めて叫ぶ。
『血まみれになれ!』
(血のアンダルシア!?)
それが何か判断は出来たが、
どういった攻撃かまで察知出来ない。
次の瞬間衝撃ではなく、斬撃が襲ってくる。
分かっているのに一撃でも多く殴りたい俺は、上から退かない。
「がふっっ!!」
俺は何撃目かに吹き飛ばされ、地を滑りながら伏した。
防御面を徹底的に下げられた身には致命的だ。
口内が鉄錆の味でいっぱいになる。
『いつまでも上に乗って、行儀がなってないと言うべきか』
マタドールは素振りして血糊を払うと、カカカと笑った。
『積極的と言うべきか?』
その嘲笑すら挑発のようで、痛いやら苦しいやら
更に交戦意欲が増すような、興奮するような…
「くっ…!」
起き上がろうとすると、全身に激痛が走った。
自分でもまさかと思いつつ、もう一度地に伏せってしまった。
『クッ、カカカカ!冷静になれなかった自身を呪え』
「あがっ!」
マタドールが今度は逆に馬乗りになってきた。
これから何をされるのかという恐怖からの圧迫感か
空洞のはずの身体が重くのしかかる。
息苦しさと血で喉が詰まりそうだ…!
俺は口内に溜まった血を、マタドールに向かって吐きかけてやった。
悪魔になってから、本当に行儀が悪くなったようだ。
『貴公…』
怒りに震える闘牛士を見上げて、ニタリと口元を吊り上げる。
そんな事すら、自然にやってのけた。
『いいだろう…染め上げてやろう』
サーベルの切っ先が鼻先に添わされた瞬間。

『メディア!』

急に声が聞こえたと思いきや
伏せっていた状態から復帰したウズメが、自己判断で全体を回復した。
先程の血のアンダルシアによって、危機的だった面子は回復の光に包まれた。
指令も無しに動いた仲魔に気を取られたか、マタドールは一瞬ウズメを見た。
その瞬間を狙った。
肺から力を込めて、熱気を押し上げる。
気付いたマタドールがこちらを向いた瞬間に、今度は灼熱を吐き出してやった。
ついさっき、覚えたばかりのファイアブレス…
マタドールの衣類が燃え上がり、すぐに消えたものの効き目はあったらしく
上から退いた彼はサーベルを取り落とした。
『ジオっ!』
ピクシーがそのサーベルに電撃を放ち、上手い事遠方に弾いた。
俺は回復した身体を良い事に、そのサーベルへと跳んだ。
それを掴むと、平たい部分に掌を当てかざす。
それを下側から膝蹴りにした。
カッターの刃のようにパキリとはいかず、ミシミシと砕けた。
そして柄の部分だけをマタドールに放り投げ
「行儀が悪くて申し訳ないな」
と、彼の背に一言告げた。

『貴公が舞台に相応しいと言うのなら…くれてやろう』
逆に放り投げられ帰って来たのは、燭台だ。
(メノラー…)
『基礎のメノラーだ』


急に空気が変わった。
辺りは荒野でもなく雷鳴でもなく。
一面壁で、空気が貫ける音がオォンオォンと静かに響く空洞だった。
「大地下道に戻ったのか…」
ふぅ、と胸を撫で下ろす。
突然で、マガタマすら適当だったから危険だった。
『怖かったあ〜ちょっとヤバかったわよね』
ピクシーがキャーキャー飛び回る。
よくそんな元気があるものだ。
『ブレス ツカレタゾ…』
「ああ、よくやってくれたイヌガミ」
消耗の激しいフォッグブレスで、疲れ果てているようだ。
弱点の衝撃を連発されなくてホッとした。
シキガミの時の事を思い起こさせたので、不安が大きかったが…
「そうそう…アメノウズメ、あそこでメディアが無かったら危なかった」
俺は恩人に声をかけた。
『勝手にやっちゃったけど?』
「問題無い、助かった。ありがとう」
ウズメは口元の笑みを色濃くする。
『ワタシとした事が、熱くなっちゃったのは反省点ね』
ホホ、と扇子で口元を覆い声を出して笑う。
「確かに…挑発って、あんなに効果がハッキリと現れるとはな」
『ヤシロが1番挑発にのってたよ!』
ピクシーに言われてドキリとした。
「なんだって?本当に…」
『いやぁねぇ、自覚無かったの?ンフフッ』
ウズメにも言われ、情けなくなってきた。
『オマエラ シュジン イジメルナ』
イヌガミが吼えるので、女性陣はようやく鎮まった。
とりあえず、1度戻って整えなおしてからイケブクロに行こう。
そのくらい疲れた…


『おいおい、結局何も分からんかったぞ』
「流石に、魔人との戦いまでは覗き見る事は出来なかったですか」
『しかし、戻ってきた奴を見たか?最近無茶しているな』
「分かってきたのではないでしょうか?」
『何がだ?』
「どこまでなら傷を負っても大丈夫か否か」
『成る程…大人しそうに見えて案外厄介な』
「それとも酔っていたか」
『おいおい、本当にあれだけで酔っていたらお笑いだぞ』
「香りで酔う人も世の中存在しますから」
『フ…ロキに殴りかかった時はシラフの癖にな』
「彼は性的な側面において潔癖な感じがしますからね、ロキはその逆鱗に触れたのでしょう」
『…』
「なんですその眼は」
『ライドウ、あまり奴を怒らせるなよ』
「人聞きが悪いです」




ギンザ大地下道・了





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