次の決闘の相手は、場内が別の意味で活性化する風貌だった。
豊かな胸を隠しもしないで、刃を振るう。
俺ですら目のやり場に困る。
悪魔だけど、人型女性。
これも、さっきみたいに殺しあうのか。
(女性相手とか、これじゃアイツ絶対やりずれぇよ…)
嫌な予感が頭をめぐる。
『さっき…』
「ひっ!ビビッたあ…!な、なんだよ」
隣の悪魔が急に口を開くもんだから
体が反射的に躍る。
『オルトロスとの交戦中に、彼の一瞬動きが止まった』
「おるとろ…さっきの化物?」
名前なんて知らないので、聞き返すと
その悪魔は頷いた。
『動きを止めた時、彼は何を捉えたか分った?』
「い、いいや…全然」
『あの瞬間、お前を見ていた…』
「え…俺…?なんでだよ?」
『お前が気になって、動きが停滞した』
「…」
『お前にさっき言った台詞から…推測しないのかい?』
さっきの台詞…
<見ないで欲しい>
ってやつか?
何故?
「…残酷な事をするから?」
『ま、近いだろうね。思うに…お前が悪魔だったなら、見られても平静で居られたのではないかな』
「……ああ…そう…か」
悪魔に言われて気付くなんて。
これこそ今更ってやつだ。
矢代は、真面目な奴だった。
『表情で分らないのか?』
(嫌そうな顔は…確かに、最初目が合った時にしてた)
『殴る時も普通に見えるかもしれないけど、苦痛そうだ。肉体的にも…』
「精神的にも…って事か?」
『そのとおり、御覧』
悪魔の綺麗な指先を辿ると
ヤクシニーなる悪魔と交戦中の矢代が居た。
避けてばかりで、なかなか攻撃出来ない。
味方の悪魔は何故か減っている。
(仲間を減らした…!?)
『ヤクシニーの魔法が弱点だから、引っ込めた』
また俺の心を読むように、隣の悪魔が語る。
(下手な事考えない方が良いかも…)
ゾッとしつつ矢代に向き直る。
刃物を鳴らし、迫るヤクシニーの殺気は凄まじく
場内が異様な雰囲気に包まれる。
なかなか攻撃に踏み入れない矢代に、痺れを切らせたのか
妖精が魔法で仕留めようとする。
しかしヤクシニーは電撃魔法にかなり警戒していたようで
宙返りしてかわしつつ、妖精の眼前に着地する。
すくむ妖精は、振り上げられた刃の餌食になるかと思ったが
矢代が背後から飛びかかり、羽をかすっただけで済んだ。
「どこ触ってんのよッッ!」
ヤクシニーが叫ぶ。
なんと、矢代は反射的に手を退けてしまった。
『な!』
「バカっ!」
俺と、隣の悪魔ですら予想しなかった事態。
いくら女性型といえども、悪魔だろうが!
そのままヤクシニーは高笑いで矢代を切りつける。
胸部に紅いラインが通り、血が迸る。
「ぐうッ」
よろけて、しかし対象は見逃さず2撃目に備える。
「ピクシー!」
『ジオッ』
妖精の雷撃にヤクシニーは飛び退き、そして
意外な方向へと走る。
「ガラ空きだよ!!」
その先には一角獣がいた。
矢代がすぐに後を追うが、ヤクシニーは刃をしゃらんと鳴らし
「ザンマ!」
刃の先から刃が生まれたように、流れていく。
その疾風は一角獣をズタズタに引き裂いた。
白馬が鮮血に染まり、嘶きと同時に掻き消えた。
「くそっ」
間に合わなかった矢代を振り返り、ヤクシニーが笑う。
『甘ちゃんだよホント!アハハハハハッ!』
悪びれもせず、やってのける辺り<悪魔>らしい悪魔だ。
「矢代!そんな奴女性じゃねえよ!悪魔だよ!同じに考えるな!」
俺の声にヤクシニーがピクリと反応する。
『女性じゃない…とかぬかすのは、どこのクソガキだあああ』
髪を振り乱し、烈火の如く怒り狂うヤクシニーを見て
火に油を注いだ事を俺は後悔した。
『アンタを虐め抜く為にねえ!邪魔な奴等は消す!』
言いつつ今度は妖精を集中攻撃し始めた。
上手い事攻撃に転向出来ない矢代は、妖精を守りつつ逃げてはいたが
いよいよ妖精自身も消耗が激しくなり、矢代は手をかざし
妖精を退避させた。
「ええっ!アイツ何やって…!」
『攻撃出来ない責任を感じたのではないかと思うけど』
隣の悪魔の冷静な分析通り、かもしれない。
いい加減腹括って殴っていけよ!
勿論気分の良いものでは無いが…
『ほらほら!ほらあッ!』
ヤクシニーが勢いづいて、刃を躍らせる。
と、横一閃された太刀筋を
矢代は屈んでかわし、ヤクシニーの足元にぶつかっていった。
いや、それこそ何処触ってんだという感じだが
見事ヤクシニーはバランスを崩し、地面に尻餅をついた。
そこに矢代が突っ込み、馬乗りになった。
意を決した拳が振り下ろされようとしたその時
『きゃあああ!』
ヤクシニーが悲鳴をあげる。
「!!」
矢代の拳は、ヤクシニーの頭の横にめり込み
地面が割れる。
ヤクシニーは確信的だ。
女性の悲鳴で、反射的に拳を退けたのだ。
(あのバカ!!)
柵に爪が削られる位に、俺はしがみ付いた。
息が詰まりそうだ。
案の定、矢代は蹴りで振り落とされ
ヤクシニーが居たポジションに、逆になってしまった。
『どんな気分?』
「…」
ヤクシニーは刃を交差させ、矢代の首を捉える。
動いたら首がさっくりである。
『アタシはね、すごく興奮してるよ!』
両手は押さえつけられ、封じられていた。
悪魔だからか、女と云えどもかなりの腕力らしい。
そのままグリグリと、膝頭で矢代のみぞおちを
体重をかけてなじる。
「っつ…」
身動きが取れないところに、じわじわとかけられる。
その鈍痛に矢代は目を白黒させていた。
『アンタ、遠目で見た時から思ってたけど』
いきなりヤクシニーが矢代に頭を寄せる。
ぐっと刃の隙間が狭まる感覚が、緊張を生む。
『クク、カワイイ顔してる』
「!!!!」
心の中で俺が矢代の代わりに叫ぶ。
(おいおいおいおい!!)
ヤクシニーが、交差させた刃の上から
矢代に噛み付くようなキスをした。
いや、なんかキスとかそんなのじゃなくて
「っん、ん…ぐッ!」
顔を真っ赤にし、喘ぐ矢代。
空気を奪うような、苦痛を与える接吻…
恥か酸欠か、どちらで顔を赤く染め上げているのか。
矢代の口の端から、唾液がつうっと零れた。
場内がどっと沸きあがる。

ヤっちまえ!
ヤっちまえ!
ヤっちまえ!

(え…殺…?まさか…犯?)
瞬時にどちらか、とか考えてしまった低俗な俺の心を
また隣にいる悪魔が、ご丁寧に読んでくれた。
『犯せだと思う』
「ま…っじかよ」
耳を疑うコール。
えっ、逆じゃなくて?
矢代がヤクシニーに?
おいおい…
これが元の世界なら
童貞卒業おめでとう矢代君。
とか冗談めかして言えたものを。
こんな、大衆(悪魔だが)の前で
拷問に等しい。
「ひでぇ…っ」
それしか言えなくて、思わず目を背けた。
俺は、あいつがそんな事してるのも
ましてや、されるのなんて見たくなかった。
既に悪魔なのに変な話だが、あいつが…
俗っぽくなるのが、気分が悪かった。
『おい、見なくていいのか?』
「嫌なんだよ、あんなの…」
心を読んだり、つついてきたりとか
なんともお節介な悪魔だ。
と思っていたら、つんざけるような悲鳴が聞こえてきた。
女とは思えぬ、雄叫びに近い声。
『面白い事になってる…』
隣の悪魔は、さも愉しげに述べた。

ヤクシニーは床に転げ周り
のた打ち回るという表現が正にピッタリだった。
赤い液体を吐きながら
あーッあーッ
と悲鳴をあげ続ける。
「な、なにが…」
わけも分らず呆然とする俺は、矢代の方を見た。
彼は、持ち主の放置した刃を掴んで退けた。
(…えっ!?)
口の周りを、真っ赤に濡らした矢代が佇む。
小さな子供が食べ散らかしたように、べっとりと。
おもむろに横を向いて、プッと吐き捨てた。
赤い、塊を。
「まさか!」
明らかに
<舌>
矢代は。
ヤクシニーの器官の一部だったそれを
床に吐き捨てたのだ。
場内のコールはざわめきに変わる。
「俺を!」
一緒に行ったカラオケでも聞いたことがないような
大きな声で矢代が叫んだ。
鎮まる場内。
「俺を…見世物にするな」
唸るような声。
明らかな殺気。
矢代を取り巻く空気が変わった。
ヤクシニーに接近していく矢代。
我を忘れて、発狂したように叫ぶヤクシニー。
容赦無く振り上げ
降ろされる拳----

クラクラとしていた俺は
そのままぷっつりと記憶が途絶えた。

気付いた時には、あの牢屋…
赤鬼の赤い色彩に一瞬びくりとしたが
揚々と喋りだした赤鬼に胸を撫で下ろした。
『オメーぶっ倒れたんだよ!だ〜から言ったのによォ』
ゲラゲラと笑う赤鬼に、正直言い返せない。
あの時、凶暴な空気に負けて
俺は卒倒したんだ。
許容量はとっくに越えていた。
「あのまま、どうなったんだ?」
裁判の行方を知らない俺は、あまり心配せずに確認した。
『あのモヤシがトール様に認められたぜ』
やっぱりな。
あのままヤクシニーを殺して。
トールにも勝った、らしい。
『お、ちょっくら行ってくるわ』
赤鬼が呼ばれたのか、のしのしと扉へ向かう。
俺はぽつんと牢に残され、矢代の姿を思い起こしていた。
口を真っ赤に濡らした、修羅の如きその姿を。
あのまま、俺を前にしても
識別出来ずに、喰われるんじゃないのか。
そんな事を思い、身を震わせた。
『おい人間!オメーに面会だぜ!』
赤鬼の声に弾かれたように、顔を上げる。
「…よ、新田」
「!!」
その姿に反射的に身を強張らせたが
コイツはたじろがない。
体の所々が、破けたように傷ついた…矢代が立っていた。
「応援、ありがと」
そう言って自然にはにかんだ。
このナチュラルさは、本当に元のままだ。
血濡れの肉体以外は…
「い、いや、大した声援も投げてねぇけど」
俺は答えるしか出来ない。
自分から意見が出てこないのだ。
「見たろ、どうやって戦ってるか」
いきなり核心を突いた矢代に、心臓が縮む。
続けて言う。
「立派に悪魔、だろ…」
こいつ、自分で言っておきながら…
(傷ついたような表情すんなよ)
「矢代、俺はその…」
理由が無いと、上手く台詞すら浮かばない。
俺は、一番の接点である先生をここで使った。
「先生を、その力で助けてやってくれよ!」
なんて上手いんだ俺。
コイツを否定せず、思いやりあふるる良い生徒の回答。
「ニヒロが攻められたら…先生も終わりだよっ!」
懇願する俺。
(いや…なんか)
そんな俺を見つめ、クスリと笑う矢代。
「新田…お前そんなに先生の事、心配してたんだな」
相変わらずのお人よしで
「分った、ニヒロに戻ってみるよ」
と続けた。
(それが言いたいんじゃなくて)
「ああ…宜しく頼むぜ」
と、俺はそれだけはハッキリ口にした。

ニヒロへと旅立つ矢代を見
俺は頭が、真っ白になって
へたりと床に座り込んだ。
その背が、廊下の扉から消えた時
俺は床をガツンと殴った。
静かな空間に反響する乾いた音。
自分に…腹が立つ…
本当に、一番に助けて欲しいのは
先生じゃ……無い。
トールと対峙していた時に、叫びたかったのは

 助けて!

 俺を!

 俺を助けて!

先生より何より、俺を。

この、地獄の世界から
(助けてくれよ…矢代ぉ…)
膝を抱え込み、涙を流す。
幼稚だって、解ってる。
ただ、矢代が
先生という接点無しで、俺の為に動いてくれるか
それを知るのが怖かった。
助けて!と言えば、助かるかもしれない。
でも、リスクを冒してまで俺の為に
矢代は動いてくれるのか?
先生という接点を強固にしたのは、他ならぬ俺。
なのに、今更…
先生より自分を!という自身にも嫌悪感が湧く。

でも、無理…なんだ。
俺は、俺はこんなに怖かったのか。
矢代に見捨てられるのが。
首を横に振られるイメージが、頭をよぎって離れない。
あいつは、そんなに薄情じゃない。
でも、でも…
<おい、ふざけんなよ新田>
この台詞。
怒ったような笑ったような不思議なトーンの声。
どちらか一方のトーンで聞く事になりそうで。
怒りに震える、俺を蔑んだトーンで。

寒くなった俺は、膝を抱きかかえて
沈むように眠りに落ちた…




マントラ軍本営・了



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