謁見〜ニヒロ機構
まだズキズキする。
酷い疲労感と、吐き気。
昔だったらこれを「熱」とか言っていたのだろうが
原因は嫌になる位解っていた。
(ピクシーと会話したい)
還り着く思考はそれだったが、頭に警鐘が鳴る。
<ピクシーの知人?>
ダンテと対峙した際のピクシーは、おかしかった。
互いに認知していた。
俺を除いて再び集結した、感じだったのだ。
彼女は「ダンテの言う事を聞くな」
のように叫んでいたが、俺は参っていた。
得体の知れない2人に打ちのめされて
ピクシーは関係者の可能性が有る。
おまけに、気配は感じないが
あのライドウという男、ついてくるとか…
どうしたものか…
このまま回復の泉で癒されたら、すぐにでもゴズテンノウに謁見しに行こうか。
歩みを止めるとライドウが姿を見せそうで。
(恐い?)
認めるのすら狂おしい。
恥ずかしい?
そうだ、俺は。
完全に敗北したんだ…
-敗北したんだ-
『何を考えているのだ、おまえ』
現実に引き戻された。
『我にはわかるぞ…今その方、力への執着がその眼に宿りおったわ』
「俺は、そんな支配欲みたいなものは持っていないです」
巨大な像。
足元のマネカタはマリオネットのよう。
これが、ゴズテンノウ…
確かにマガツヒの塊のような、目に痛いほどの波動。
直火でもないのにジリジリと肌を焦がす感覚がする。
『フフ…ハハハ!』
いきなりの笑い声。
轟音が空気を痺れさせる。
『見ておったぞ、本営前の戦いもな』
「えっ」
裁判ではない?本営前の…事か?
『これまたよそ者だが、なかなかに強き者達よ!それに比べおまえはどうだ?満足だったのか?』
初対面でこれか。
圧倒されていた筈が、その言葉に俺は反射で答えた。
「なじられる為に、こんな高いとこまで昇って来たつもりはない!」
像は形を変えぬのに、空気の揺らめきがそうさせるのか
笑って…笑っている。
『負けん気は強いようだな、だがそれではマントラでは生きれぬわ…ハハハハ…』
酷い。
最近本当に、こんなのばっかだ。
『だがな、その方、内に秘めたる力は見逃せぬ』
「だから…なんです?ここに居て、働けと?」
ぎぃ
ぎぃ
ぎぃ
(…何の音だ?)
視線を背後にずらす。
『報酬をやらんとな』
「!?」
音は台車の音。
報酬が乗っていて重く、歪んでコロがぎぃぎぃ鳴っていた。
「あ…ぁ…」
台車の上は、土くれのようだったが
赤く滲み出る、光の粒子が物語る。
霊園や本営前で見た、残骸…
俺は首だけで振り向き、固まってしまった。
目を背ける事は赦されない気がした。
『良い状態で運ばせたのだぞ、謁見中でも構わぬ…それ、喰らえ』
ビクンビクンと痙攣する様子は、普段と同じ。
でも…
(半殺し?なのかこれは…)
数体の、マネカタのようなモノが乗っている。
死の台車。
「お断り、します」
『ほう、仲魔を多く従えれる力があれば充分と?』
「違う…」
『フハハ!欲深いヤツめ!ではまだ足りぬと言うのか?』
「いらない!必要ないです!俺は、マガツヒが無くても生きていける…!」
怒りを買うかと思ったが、ゴズテンノウはさも意外そうにした。
ただ、それだけだった。
ニヒロの話をその後して、俺はそのまま帰された。
帰りの階段であの台車の行方が気になり、ふと足を止める。
『おこぼれ貰えるなんてラッキーだな』
『どうも謁見した奴が蹴ったらしい』
『信じらんねー!』
何となくしか聞こえなかったが、そんな感じの会話。
大勢のバイブ・カハが群がっている。
啄ばんだクチバシに、土のような肉のような物が挟まっている。
台車の端から、赤い光がだらだら止め処なく溢れる。
「う…」
気持ち悪い。
俺は走って、何も無い方へと向かった。
階段の陰に屈み、空気を吐く。
だが、吐きたいのに吐けない。
俺はもしかして、既に胃液すら無いのか?
「く…そ」
やり場の無い悲しみ、怒り。
言葉にすればそんな単純な単語になるが…
俺はひどく凶暴な気分になった。
ピクシーを召喚していないのをいい事に
ソレを開放したくなった、急激に。
『なんだお前』
『しっしっ、よそ者の分はね〜んだよ!帰れ!』
台車に舞い戻る。
俺は、おこぼれを頂戴しに来たと勘違いされ罵倒された。
だが、無視してバイブ・カハ達の群がる台車に向かい
思い切りファイアブレスを放った。
ごうごうと燃え盛る、鳥と台車と…
供物達。
バイブ・カハ達の断末魔が呪いのようだった…
程なくして、黒く炭化したそれ等。
近付いて、マネカタだった物を手に取る。
サラサラと黒いような白いような灰が、砂になって空気に解けた。
ビルの上空を吹き抜ける、ボルテクスには殆ど無い風が運ぶ。
「駄目だ…俺は」
本当に、無力なんだ。
マネカタを助けたい、という大義名分が有った訳でもなかった。
思い入れがあった事もそう無い。
でも、謝りたい気分だ。
無駄死にさせた俺は、罪深いのだろうか?
そして俺は、やはり力を求めていたのだろうか?
見上げれば、カグツチが近い所で満ちていた…
『矢代、最近あなたピクシーと喧嘩でもしたの?』
ニヒロ機構内部で、突然アメノウズメから飛び出した台詞。
俺は、コッパテングを殴り殺した際の羽を
身体から掃っている所だった。
「喧嘩?別に、喧嘩じゃない」
『そう?最近呼びたがらないわね〜って、他のコと話していたのよ』
それ以上追求しない辺り、彼女は子供では無い。と思い知らされる。
そう。
ようやくヤクシニーの、忌まわしい感触から離れ
大人女性体悪魔を普通に召喚できるようになったのだ。
「ピクシーは最近、戦力的に前線には向いていないから」
『それを言ったらあなた、合体させてないからよ』
ウズメの鋭い指摘に、口ごもる。
確かにその通り、図星だ。
俺はピクシーを合体させるのだけは、気が咎めるのだった。
初めての仲魔の形を、そのままにしておきたかった。
悪魔に情けは無用と思いつつも、彼女への思い入れは強く
彼女が違う悪魔になるのを想像すると、酷く寂しい気持ちになる。
『まぁ、ワタシ達はあなたの方針にあくまでも従うのみよ』
ウフフフと口元で艶やかに笑うウズメ。
「やれやれって感じだな、敵わない」
苦笑して返す。
悪魔と普通に話している自分も、かなり可笑しいのだが。
『あら矢代、そっちじゃないわ』
と、ウズメに話を戻された。
足元を見ると、先程悪魔に装置をいじられ
足場が組み替えられた箇所に到達していた。
『グゥ…トオマワリ メンドウダナ』
イヌガミが唸る。
「俺が皆みたく飛べたらな」
ジャンプの飛距離はそれこそ、学校の走り幅跳びの
2倍はいける自信があったが
生憎助走できる広さも無く、意外と足場の間隔が開いている。
この深い底に呑まれたら、マガツヒと溶けてしまうのだろうか。
俺の脳裏に突然、閃きが奔る。
(これ、帰りに適当に操作しておけば…)
ついて来ているかもしれぬライドウが
足止め出来るのでは?と。
いや、しかし。
こんな事であの男が戸惑うとは思えない。
(やめた)
無駄か、と諦め足を動かす事に専念する。
中枢部に繋がると思われる仕掛けの解除。
その為の『キーラ』なる杭のようなものを収集…
なんとも骨の折れる。
ライドウは、こんな俺を哂って見ているのだろうか。
(…脚が痛い)
もう完治している筈だろ。
虚弱な精神に苛立つ。
先程の悪魔も苛立ちの原因だ。
なんだか、酷く気分の悪くなる魔法をかけてくる。
(なんなんだムドって…)
『おいおいお前、今なんと言った』
「彼、ムドの効果が分かっていないようです」
『まずいだろう、ここは呪殺魔法ばかり飛び交う場。予防しなければひとたまりも無いぞ』
「マガタマ…という物で防げるかもしれませんが、その効果を持ち合わせたマガタマがあるか不明です」
『そもそも仲魔の前では替えたがらないのだろう?無謀な』
「自尊心の塊ですからね」
『それを先日ズタズタにしおった癖に、いけしゃあしゃあと…』
「とりあえず見守りましょうか」
『言葉の使い方が違う気がするのだが』
『マテ!マテーッ!』
『んもう!意外と早いのねぇ』
『んぐぐ!』
いや!タケミナカタは無茶だろ!
「お前は一旦還れ!タケミナカタ!」
俺はキウンを追跡する面子から、問答無用でタケミナカタは外した。
キウン…
視た瞬間、名前は認知出来たが
魔法が…
(またムド?)
ここの悪魔達の流行だろうか。
直接的なダメージが無いから、状態に異常を引き起こすタイプなのだろうか?
「くっ、何処に逃げ込んだ」
曲がり角で見失ってから、広間に出る。
あいつが最後のキーラを持って逃走している。
当然戦うつもりだ。
ただ…
この多くの扉のどれに隠れたのかは、分からない。
『扉…たくさんあるわねぇ』
ウズメの溜息のような台詞。
「ひとつずつ開けるか?罠かもしれないけど」
『オレタチニ アケサセロ』
イヌガミが気を遣ったのか、そんな提案をした。
「いや、結局戦力が削がれる」
(誰で開けようが似たような結果だ)
俺はこんな時、酷く無鉄砲になると思う。
罠で死ぬ事は無いだろう。
そんな安穏な思考が自分を駄目にしている。
分かっているのに。
悪魔になって脳が熔けてきたのか?
俺は仲魔に一瞥くれてから、扉を勢い良く開け放った。
その瞬間。
キウンが見えた気は、した。
飛びかかるつもりが、何故か身体が沈んでいく。
深い眠りにつくような、そんな…
「全く…成長著しいかと思えばこれか」
『誰、貴方』
「ご婦人、その少年はムドの事を認知していなかったのですよ」
『ええっ、もう…うっかりさんね矢代!』
『キウンハ ホカノトビラニニゲテッタゾ!』
「少し貸して頂けます?」
『あっ、丁寧に扱って!』
「功刀君…功刀君…君は悪魔のまま、こんなにも情け無い死に方をしてしまうのか?本当に愚かしい」
『ブジョクスルナ!』
「フフ、失礼。まだ完全に逝ってないから、こうして呼び戻すのだよ」
『貴方、本当に誰なの?矢代のお友達?』
「平たく言えば」
『ねえ、ムドを防ぐ方法を持つ仲魔は居ないのだけど…どうすべきかしら?」
「ムドに関しては、僕が適当にテトラジャをかけてあげますよ」
『オマエ ニンゲンダカラムリ』
「仲魔がいるのでね、呪殺の壁をかけてもらってもいいのだけれど。僕の手持ちでなんとか出来る」
『あらお優しい』
「彼も蘇生させますね。ただし…条件が」
謁見〜ニヒロ機構・了
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