『ねえ伯爵……クズノハライドウは何が効くの』
頭のすぐ傍で声がすると思いきや、セエレが私を拾い上げて馬の首に乗せておりました。
どうりで、つい先刻からスカスカと空を蹴っている心地がした筈です。
『んなモン断定できませんよ! 人間は装備で耐性を替えてきますからねェ! 全く姑息な』
『あー、召喚してる』
『ぬぬぬ……アルラウネと……モー・ショボーですか? ハハァ、思ったより安心かもですねェ、あんな低位の女子供を此処で出してくると、はぁああ〜っッ!? 』
ちょっと待って下さい、自身の絶叫に驚きましたよ。
いやだって、唐突に景色が横転したのですから!
片脚に重く圧し掛かるは馬の首。 背からセエレの軽い気合いが聞こえ、ぐぐっと持ち上がる馬。
しかし、暴れる脚に絡まる緑色の茨蔦。
それを視線で伝えば、件のアルラウネがいやらしく微笑んでいるではありませんか。
『ねーえ、今ワタシの事、馬鹿にしたでしょ? 聴こえるんだからぁ……そーい、う、の』
『ボクはしてないよ……』
『確かにそうね。 それじゃ、そっちの骸骨だけバラしちゃおうかしら』
なぁに余計な事を云っているのですかセエレェェ!
とりあえずこの状況を脱し、ヤシロ様に追従せねばなりません!
私は燭台を翳し、蝋燭の先を吹きつけました。
しめしめ、私の思い通りに蔦へと焔が零れてくれましたよ。
拘束の緑はジリジリと焼け千切れ、自由を得た馬が嘶き暴れます。
アルラウネの再び伸ばしてくる茨を、見た目からは想像もつかぬ程の軽いこなしで躱し。
この機動力なら何とか行けそうですね、絡む茨は私が焼けば良いだけです。
後は我々が手下連中よりも先へ進み、ヤシロ様を補助しつつ、あわよくばあのデビルサマナーを――……
「良い馬ですね、セルロイドの艶が上品だ」
『えー本当? ありがとう……』
はぁぁ!? 何ですか今の会話はぁ!?
気付けばアルラウネの傍に、黒づくめの男が……あ、あれはクズノハライドウ。
何故ヤシロ様を追わないのだ!?
「人修羅に追いつく事など容易い、先ずは従者の足を潰す事が肝心かと思いましてね」
『訊いてもいないのに、説明するんじゃぁありませんん!』
「そうですか? それにしても先日は有難う御座いました、お陰ですんなりと人修羅が――」
『でぇすからッ! 云わずとも良いと云っているじゃあないですかああッッ』
あまりペラペラと語られては困るのですよ、私が干渉した事に良い顔をしない連中も居る事ですし!?
何より、人修羅としてルシファー様の手の内に降りた結果に、私が直接関わったという事を……
ヤシロ様に知られたく……あ、アレ?
「貴方の望み通りになった訳ですよ伯爵、少しくらい歓んでも宜しいのでは? 本より、悪魔に信用などアレはしておらぬでしょう」
『それはそれ! これはこれ!』
「フフ……概ね同意しますよ、僕も割り切る性質でしてね」
ふわふわと浮かぶ仲魔共が、クズノハの左右を固めました。
完全に此方へと向いておりますね、大いに結構。 少しの間だけでも、引き留める事が出来れば良いのです。
勿論、負けるつもりも毛頭御座いませんが。
『馬なんか褒めてないで、ワタシ達を鼓舞しなさいよぉライドウ』
『そーだよっ! 早くヤシロ様の脳味噌吸いたい!』
これまたきゃあきゃあと……一人足りないですが、なんとも姦しいではありませんか。
しかもモー・ショボーの発言は聞き捨て成りません、何としても喰い止めなくては。
『人間如きに従属しおって、アナタはそのまま人間界でカニ味噌でも啜ってなさァい!』
『なによっ、このガリガリ! あんたなんて吸う所も無いじゃん! 脳無し〜』
少女の剣幕と共に吹き荒れる疾風、確かにモー・ショボーにしては強風ですね。
馬の固い鬣がミシミシと音を立て始めると、私の背からぼうっと熱い光が溢れました。
普段のセエレが滅多に使わぬラクカジャです。
それは我々全体を包み、風のヒリつく感覚を幾許か和らげました。
『伯爵ミシミシいってたもんね……』
『エッ、私だったのですか!? 』
『自覚ないのか。 どうしよう、突撃する? 火を撒いても煽がれちゃうよ……』
『どうもこうも無いでしょうが! 噛み付いてでも足止めするのですよ!』
『はいはい……よい、しょ、っと』
ようやくヤル気になった様子のセエレが、私の背中でスラリと武器を取り出しました。
馬の背から引き抜いた鉄棒を掲げており、その影が燭台の灯に揺れ踊ります。
棍の代わりという事です。
『魔界魔法が効かないなら、殴るしかないね……』
『そぉいうコトですッ! 突撃せよ、狙うは使役者ただ一人! 使役される連中なぞ、サマナーが倒れさえすれば立ち往生するに決まってますからねぇ!』
煽がれる事を前提に、まず私が突破の為の焔を撒き散らします。
モー・ショボーがザン系にて煽ぐ……かと思っていたのですが、アルラウネが氷塊を吹きつけて参りまして。
そうですね、場合によっては煽げば火力が増しますし。
すっかり抜刀したクズノハは、マントを焦がす事も無く我々を迎え撃ちます。
『セエレ! アナタの方がリーチ有るでしょーに! はよツッコミなさい!』
『だってアナキストの首と伯爵が邪魔だもの』
『んじゃ私が後ろに乗りますよ!』
『あれって人間界のカタナでしょ? 昔触った事有る……あれ打ち合う物じゃないから、正面は避けるね』
『ねえ! アナタさっきから聴いてます!?』
側面での最接近を意識し、やや大回りにぐるっと近付いて往くという。 この状態はさながら回転木馬……
セエレの一振りは、先ずクズノハの得物へと向かいました。
鉄棍が刃を舐める様にして、先端を微かに交わらせるだけの接触。
激しくぶつかり合うか、または擦れる音が響くと思ってましたので、ホッとした様なガッカリした様な。
私も伸び来る茨蔦を振り払うべく、焔を撒き散らします。
アルラウネに引火しては不味いと見たか、あの凶鳥の小娘はジッとしておりまして。
おやおや、これは召喚する組み合わせを見誤ったのではないでしょうかねェ? デビルサマナークズノハよ。
しかし、攻め時と踏んだ私とは裏腹な軌道で、景観が流れます。
セエレが馬の胴横を軽く蹴ったのです、これは退けという合図。
『今ならクズノハに届いたでしょうに!』
『返事は後……』
先刻絡まれたセエレの鉄棍は、焦げた蔦の残骸をくっ付けたまま頭上に閃きます。
あまり距離を作ってしまっては、銃撃される可能性が有りますからね。
私はいつでもマハラギが撒ける様に、馬の首を盾にしつつクズノハの手元を凝視しておりました。
あの武器……刀は両手で扱う物、指の挙動を観察していれば動きの予測くらい出来ますよ。
『ねえ伯爵、クズノハ本気じゃない』
『なぁにを今更!』
『彼の欲しているものが此処には無い……』
セエレには人間の望むモノが、おぼろげに視えるのです。
鮮明では無い上、事象なのか物体なのかすら判断がつかない事もしばしば……
それでも一定の信頼は寄せておりますよ。 こやつめ、妙にカンが良いのです。
ですが! 私にだってクズノハの欲望の矛先くらいは分かります!
『きっと我等をさっさと往なし、ヤシロ様を追いたいのでしょう! 気が散っていてくれて好都合!』
『違う、なんかこう……慌てる必要も無いって方の』
『やはりヤシロ様の追跡を優先するつもりですかねぇ? しかしクズノハも所詮人間、しかも人間という生物は足で上るのでしょう? この馬は飛べますし、すぐに足止め再開ですヨ』
と、此処で件のデビルサマナーが動きました。
一歩、二歩……真っ直ぐ武器を構えたまま、後退する仕草。
ええいさっさとするが良い、私も早くヤシロ様の元に駆け付けたいのですから!
『追い駆けたいのならば、そうしたらどうですかぁ? あっという間に追いついて、引き摺り下ろして差し上げましょう!』
「僕の方からも忠告致しましょう、早く降りるべきだとね」
するりと刃を仕舞ったクズノハが、再び銃を手に取りました。
私は核を砕かれなければ、骨の器なぞいくら欠けても構いませんし。
セエレも蜂の巣になる前には、奴の懐に飛び込んでくれるでしょう。
『負け惜しみは見苦しいですよクズノハ、撃つのなら撃って御覧なさ――』
唐突に響く銃声、見事に私の台詞を掻き消しました。
全く、此方が喋っている最中に射撃とは無礼な奴……
『あっ、アナキスト……』
『何ですかナンですか! この馬は血も通っていないのでしょう!? 穴の一つや二つ……』
セエレの声に馬を見下ろせば、確かに脚を被弾した様子。
もたつきはするでしょうが、コレは痛覚も恐怖感も持ち合わせぬ造魔。 機能する限りはこき使うのが当然!
『ほらセエレ! さっさと突撃なさ――』
まぁた私の台詞を遮って!
って、あ、あらら? 視点が低く……
『アナキストの脚が……』
くしゃんと蹲った馬は、がくんがくんと首を上下に振り乱します。
弾かれた様に私は飛び降り、その折れた馬脚を覗き込みました……
でろりと黒い脚の脛が、見事に爛れて凹んでいるではありませんか!
『融けている!? あの男、特殊な弾でも撃ち込んだのですか!? 』
『確かに熱には弱いよ……それでも硬質な物は先ず弾く筈だけど……ラクカジャもかけたし』
物体の焼けた臭いが、骨鼻腔を掠めました。
この臭いに既視感を覚えた私は、何やら重要な事をしでかした心地に襲われたのです。
「セルロイドの艶が上品だと申し上げたでしょう……じっくりと脚を炙ったのは、何処の誰でしたかね……フフ」
慌てず騒がず、寧ろじっとり虐める様な人間の声。
脚を炙った……という箇所を、私は改めて脳内再生させました。
『あああああ〜ッッ! 蔦を焼き切った際のぉぉ!? 』
そうです、そうですきっとアレの時です!
弾や魔法ならば、すぐに払い除けられたものを。
馬脚に巻きついていたソレを、じっくり焼いたのは私です!
セルロイドは焔にがっちりと絡まれて、あの時既に融け始めていたのです。
アルラウネの茨蔦は、足止めに使われたのでは無い。
焔を扱う私が焼切ると踏んでの……つまりは罠だったという事です!
其処に一発撃ちこまれたので、完全に馬の脚が割れたのでしょう。
『なぁんにが“良い馬”だ! 真っ先に狙っていたという事ではないかぁ! ついに馬脚を現したなぁこのデビルサマナーめが!』
『足を潰す事が肝心って、さっきクズノハ宣言してたよ……』
『アナタは黙ってらっしゃい!』
『馬脚を剥き出しにされたのアナキストだし……』
『それはコトワザです! 比喩です! To show the cloven hoof.(割れたヒヅメが現れる)の方です!』
『アナキストは山羊じゃないよ、馬だよ』
『120%どうでもいいですゥゥ!! 』
馬に私のディアをかけたものの、まぁ玩具クオリティといいますかナンといいますか。
脚の一本をぐらんぐらんさせたまま、よろよろと起き上がり……他三本も怪しい痕が残ったまま。
泥船に乗っているに等しい状態と云えましょうか……
『ボク等も足で上らなきゃだね』
『……しがみ付いてでも止めますよ! ほらっ、突撃ですーッ!』
『自分で走るの久し振りー』
なりふり構って居られません。 私は燭台の焔を轟っと揺らめかせ、タルカジャを唱えました。
持久戦は難しい。 馬の使えぬ今、機動力も誇れたものでは御座いません。
そんな我々に残された道は、身一つで壁となる事、それだけなのです!
「フフ……大した忠誠心だ」
『貴様よりも昔からヤシロ様を眺めていたこの私に! 全くとんだ戯言ですねェ!』
指先の骨に燭台を噛ませ、クルクルと回せば鬼火が私の周りを浮遊します。
カチカチとこの歯を鳴らし、号令の様に敵を取り囲ませるのです。
アギと比べやや神経を使いますが、ある程度の追尾力がこの火共には備わっているのであります!
『しつこい火ね』
「お前はもう戻って良い」
『まだあの骸骨サンを、ビッシバシしごいてないわ』
「どうせ、いつか再びまみえるさ」
ステップで私の鬼火を躱しつつ、セエレの棒術を鞘で受け流し……
そんなにも忙しない中で、クズノハは召喚を平然とやってのけるではありませんか。
アルラウネと入れ替わりに現れるは、巨大な体躯のツチグモ。
建物の入口前に佇むだけで邪魔くさいというのに、また何だってこんな悪魔めを。
「五十九階まで伝ってくれ給え」
『この塔をか? ライドウよ。 こりゃあ眺めが良さそうだのぉ、振り落とされるなよ!』
まさかこのデビルサマナー……
建物の“中から”上る気は、元々無かった!?
我々がしていた様に、騎乗しているのです、アッチはツチグモですが。
蜘蛛という生物は、壁を這うでしょう……まさか。
『さ、させませんよォ!』
糸を伸ばしている連中の頭上へ、私の鬼火を向かわせます。
自分でも煩いと感じる程、カチカチと歯を鳴らしました。
モー・ショボーがザンで鬼火を吹き飛ばすのが見えましたが、その一瞬をついてセエレが投擲します。
放たれた鉄棍は補助効果もあって、かなりの威力を帯びている筈。
小娘の風壁にも穴が開くでしょう!
『ハアァァッ!? 』
『伯爵……!』
唖然としていた私を、セエレが庇って床に転がりました。
礼をするより先に、納得いかぬとこの口がカタカタ喚いてしまいます。
ツチグモに乗るクズノハが、投擲された鉄棍を受け止め、更には投げ返してきたのですから!
『ど、どどどうやって受け止めたのだ!? 人間の掌では焼け爛れても良い筈ですよォ!? 』
『MAGの光が見えたよ……綺麗だった。 あれでほんの一瞬、得物や自身に防御膜を作ってるんだね……』
『感心してる場合ですかァ!』
『あの時も……カタナの一番弱そうな所を狙おうと思ったんだけど……受け流されちゃうから、打ち込めなかった』
『あぁ、だからあんなに寄っては離れを繰り返していたのですか?』
『召喚されている仲魔が回復魔法を使う可能性を考えると、武器を壊した方が早いからねー……まあ、ボク達の足を先に壊されちゃった訳だけど……』
近くの床に突き立つ鉄棍は、セエレの投擲と同程度の魔力を滲ませており。
上空から下方への物理考慮を省いたとしても、異様なまでの攻撃力……おぞましい、たかが人間のクセに。
『ああいうのと初めて戦ったよ……あれは戦闘訓練を受けた人間……ヤシロ様と正反対……』
『褒めなくて宜しい! ああ畜生めえぇ〜もうあんな所まで……』
残り僅かに追尾していた鬼火も、ふわりふわりと風に追いやられていく様を確認しました。
私はモゾモゾとセエレの腕から飛び抜けると、塔の入口から侵入します。
『わ、エレベーター、なんかボコボコだね……コレ動くのかな?』
『…………階段で行きますヨ』
『わあ、人間気分……』
『嬉しくないわァ!』
『ねえ、後でちゃんとアナキスト迎えに行くから、伯爵も付き合ってね……修復に必要な素材はね、えっと……』
ええい、黙って足を動かしなさいな。
私の倍は長い脚だからって、気楽なもんですね!
ああヤシロ様……あのサマナーの妨害を受ける前に辿り着けているのでしょうか。
すぐに我々も駆けつけます、どうか御無事で!
『ねえ、フロアマップ見た? 五十九階ってレストラン有るんだって……お茶してからアナキスト迎えに行こ?』
『そこはアナタすぐに迎えに行ってやりなさいよおォ!』



執心雇用・了

↓↓↓あとがき↓↓↓
人修羅vsライドウまで書き切れませんでした…倍の長さになる可能性があった為、今回はここでキリとします。
ビフロンスの語りが本気で長い訳ですが、長編における人修羅(功刀)の状況がこれで大体判明した事となります。ただ、これは現在までであり、今後は割とトンデモな展開が続く予定です。
あくまでも真3のマニアクスクロニクルなので、その二次創作である様に意識して書いていきたいです。
って、これじゃライ修羅目的で読んで下さっている方には、物足りないかもしれませんが… とりあえず次回は人修羅とライドウしか出ない勢いなので、軽く御期待下さい。
セエレの馬から生えているポールを武器にさせたのは、完全に捏造&妄想です。この連中の物理攻撃がイメージ湧かな過ぎて、少々止まってました。


↓ここから本気で雑談↓

序列46番の地獄の伯爵
「皆様は「三國○双3」を御存知でしょうか……そう、あの孔明がビーム出すゲームで御座いますよ! あれの曹操をメインキャラとして使用しておりましてねェ、まだ成長しきっておらぬ状態で『宛城の戦い』を迎えた訳ですよ。 どういう内容か説明しますと「めちゃんこ強い呂布から逃げつつ、ゴール地点まで逃げる」というのが、そのステージのクリア条件です。 しかしですね、ゴールに到着したのに、クリアにならなかったのですよ! いやもう、座標がズレているのかと思いウロウロしましたしィ?他の敵も全員倒してありますから、やり残しも無い筈ですよぉ? 何故かゴールにならないのでス!恐らくバグってやつですねぇ、納得いきませんがァ! と、そうこうしている間に、現在のレベルでは到底勝ちようも無い相手《呂布》が追いついてきちゃいましてね……「あーこれは死んだな」と悟り顔になりつつも、私は悪あがきをしたくなり…乗馬状態で逃げつつ試行錯誤しておりましたが、なんとか「一方的に攻撃出来る方法」を編み出したのです! それはですね……「武器をひたすら振りながら一定の角度にカメラを合わせ、呂布の周囲を最短距離でひたすらぐるぐると回り続ける」という方法です! いやハタから見たら意味不明な図ですが、これが効果抜群! 本当に一方的に討ち取れちゃいましてねェ!いやー愉快愉快!それ以来、あの方法をメリーゴーランドと呼んでおりまして、あのバグ事件は「曹操のメリゴ」という名称で身内一同に親しまれております。

序列70番の地獄の君主
「うーん120%どうでもいい……」