「……服を脱ぎ給え」
「なんでだよ、痕跡が無いか気になるのか、残念だけどそんなのは無い」
「僕も裸になる、条件が同じというのに臆するのかい」
「……何がしたいんだ、あんた」
 決まっているではないか、とっておきを横取りされたのに黙って居られる筈も無い。ルシファーによってどの様な施しがされたか、その確認の為も有るが……何よりも、僕が腹立たしかった。
「あのねえ功刀君、していないのならば真っ先に“していない”と云うよ、君は恐らく」
「そんなの憶測――」
「咄嗟に否定出来ないのは何故か……君は嘘を吐くのが得意では無いね、だからといって肯定をすれば己に不利益な流れとなる。では、やはりハッタリでも良いから否定をするか? いいや、その後に取り繕う事が出来ない……一度誤魔化そうとすれば、相手の怒りを更に買う事だけは分かる。だから嘘さえも避けたがる……結果、君は思考停止の挙句、対象の行動理念を印象操作し始める」
 ボタン穴から抜いた銃口で、人修羅の胎を撫でた。緊張なのかくすぐったいのか、身を捩られる。反論も来ないので、僕は続ける。
「“誰それがこうする筈ないだろう”“誰それの目的に自分は無関係だ”……そうやって君は常に、自分を蚊帳の外に置いた上での推論を述べる。僕も同じ様にしてあげようか?」
 大した硬さも無い胎をひとしきり撫ぞり、ホルスターに銃を戻した。両手を敢えて空にして、人修羅の学生服の狭間に親指を挿し込む。このまま左右に押し開けば、幾つかのボタンが跳ぶかもしれない。
 既に被害者面の人修羅を見下ろすと、嗜虐心と同時に反骨心が生じる。僕が気の向くまま、徒に甚振るのだと君は思っているのだろう。間違いは無い、ただし十割十分でも無い。君の思惑通りに加害者となる事が今は不服だ、でも傷付けてやりたい、銃も刀も使わずに。仲魔を喚ぶ? いや……まだ早い。
「ルシファーは、人はおろか悪魔でさえも容易く掌握出来る。だのに一介の、それもまだ青二才の悪魔召喚士を一時の玩具とした。勝負の前から勝敗なぞ分かっていたろう、それでも僕に嗾けてきた。さて何故だろうね? ああ、因みにマガタマをチラつかされた事は、一度も無かったよ」
「……単純に、人間に興味が有るだけだろ」
「そう、僕である必要は無かった。人修羅の様な手駒を欲して、近付いてきた風でも無かった。何故、僕だったのだろうねえ?」
「だって……あんたこそ悪魔みたいな性格で、身体能力で……あわよくば手下にしようとか、アッチは思ってたかもしれないじゃないか」
 もう少しだけ、僕の肉をばら撒いてやろう。君が喰い付くまで、下らない記憶の残滓を吐き捨てて。
「僕等が何をしていたか教えてやろうか? 空いた時間に待ち合わせ、まず軽食だ、パウリスターでもプランタンでも良いね。舶来品の多い骨董屋だったり、埃の積もった工芸屋でもとりあえず覗めたものさ。流行りの見世物も観に行った、建てられて間もない百貨店の絨毯を大胆に踏み、大広間にて公開されたアクアリウムや屋上の動物園などを眺めては、やれ「この生物はあの悪魔に似ている」等と僕が論じ、ルイが適当に流した」
「……何だよ、急に」
「しかし僕も帝都を守護する身、暇を持て余す事など無かった、逢瀬もそこそこに解散する事は多々有った。珍しく夜中まで時間が出来た日は、黒猫を撒いて銀楼閣にも帰らず飲み歩いた。気が向けば禁書を捲る手に手を重ね、僕から褥に誘った、フフ……いや、横になる必要なんて無かったな、何処でだって出来た」
「は……あ、あんた、から?」
 僕が引き金を引かずとも、豆鉄砲でも喰らったかの様な声を出す人修羅。何を今更怪訝に思うのか、僕を変態だの強姦野郎だのと呼んだのは、他ならぬ君だろうに。
 階段を上り切った辺りからじっと、此方を睨んでいるゴウトと眼が合った。別に構わない、何処まで聴かれようと。あのお目付け役兼監視役は、僕がどれだけ放蕩者であろうと責務さえ全うすれば、それ以上に妨害はして来ない。僕自身には興味も無いのだから、心配事が有るとすればそれは《葛葉ライドウ》に対するものだろう。
「奴は人間の形をする癖に、厭にMAGが芳醇だったからね。グラスから嗅ぐよりも、ボトルごといきたかったのさ。日々の任務や依頼の愚痴を、肴にしてね。味わい終われば情緒も何も無く、すぐに身なりを整えてまた下らぬ雑談さ。そうして次は喉を潤す為に新世界へ行き、店が準備時間に入るまでずうっとお喋り、もしくはバックギャモンで宝石を賭け遊ぶ。外に出れば夜明け直前、点灯夫がようやく闊歩し始める頃合いで、まだ空の月が白々と僕等を見下ろしていて」
「もういいっ!!」
 叫びながら片脚でたたらを踏む人修羅、打ち下ろされた麓に軽く亀裂が走っている。また自分の家を自損して、しょうのない奴。
「フフ……どうして? 訊きたかったんじゃないのかい。それとも、既に奴から聴いていた?」
「ただの、ノロケじゃねえかよっ、今のっ」
 なんだ、やはり其処か。
「おや失敬な、僕は悪友との付き合い方を語っただけだし、ルシファーは相手が誰であろうとソツ無く合わせたろうさ。敗北した事は悔しいが、それ以外に思う事など無――……」
 ブチブチと、耳障りの悪い音が伝わって来た。僕の胎辺りから手を忍ばせたらしい人修羅の手が、学生服を観音開きしていく。弾かれたボタンが壁に当たり、跳ね返って出窓を鳴らす。内ひとつは転がって往き、それを避けるゴウトが一瞬見えた。 
「背中……見せろよ」
「ボルテクスで見たろう、あの頃のままだが」
「今! 見たいんだ! ルシファーの記憶のあんたと一致してるのか、確認したいんだよッ!」
 僕は人修羅から身を軽く離し反転させ、行き止まりの窓を見つめた。外の光がすり硝子をゆらゆら輝かせ、もうすっかり日が落ちた事を認識させる。少し冷える空気の中、シャツのボタンは自ら外し……僅かに神経の繋がった学生服の、まるで肉片の様なボタンを指で毟った。
「龍も居なければ、君の様な斑紋も無い。実につまらぬ背中だよ、御覧」
 シャツと学生服の上を、まとめて床に落とした。君が息を呑む音がする、感嘆ではなく畏怖か嫌悪の色だ。
 昔から与えられ続けた罰の痕は、間近で見れば気色悪いものだろう。僕は鏡越しに、それとなくしか確認していない。
「う……うぅっ……」
 か細い呻きに振り返れば、脚を折りしゃがみこんでいた人修羅。傷跡のむごさに青褪める……そんな事は無いだろう? 君の方がよほど酷い傷を、これまで負ってきたのだから。
「馬鹿だね、ルシファーが記憶違いなど起こす筈ないだろう」
 あの堕天使が君に伝えた僕の姿に、一糸纏わぬ背が有ったという事だろう。
 そうだ、間違い無くあの男と共に居たのは、僕。
「功刀君、まさか自分の操を奪った者が潔白な聖人であって欲しかったのかい。または逆で、本当の色魔であればと? それとも、使役契約以外では性交せぬという、世俗を棄てた純粋培養のデビルサマナーか」
 いつまで経っても俯いているその顔を、髪の毛を掴み無理矢理上げさせた。泣いてはいなかった、しかし満月が如く潤む眼をしていた。
「残念ながら、君を使役するデビルサマナー葛葉ライドウの十四代目は……色恋無用、単に気分で致すのだよ。君は僕が初めてだったのだろう? 胸糞悪い理由とはいえ、あの行為を特別にしたかったのだろう? ふ、フフ……愚かだね」
 本当に、愚かだ。操だなんて不可視な概念は、精神の柱でしか無い。その人間の尊厳を折り、上に跨る為の……本能の一部を逆手に取った、弱点でしか無い。
「まあ、良かったではないか。先刻述べた通り、ルシファーが君と繋がる理由の大半が支配では非ず……今更だからね。君に有意義な力や情報を注いだのだろうよ、その事実は間違いなく特別視だ。実の所は歓んでいるんじゃないのかい?」
「ちが、違う、俺はそんな事……したつもりは、ない……本当に」
「フ……フフッ、何を云うのやら。君が否定したくとも、孔に突っ込まれて注がれれば、染められたも同然なのだよ」
「俺は、あんたとしか……したつもりは、無い」
 人修羅のその訴えに、目許が引き攣った。真意が何か、考えたくも無い。
 理不尽な穢れを疎み、虚栄の様な潔白を唱える君が……酷く気持ち悪い。
「意図が分からぬ、許せと云いたいの? 別に僕は怒っているつもりも無いけど?」
「契約の時に……云ってたじゃないか」
「……何」
「俺の“これから”は……ライドウが作る、って」
 云った、確かに僕の台詞だ。「君のこれからは、僕がどうせ作るのだから」と……あの時、人修羅の燃える金の眼に射抜かれながら、まるで誓いの様に唱えた。これからの予感に胸を躍らせていた。合法的に奪える相手……弱者でなく、強者を約束された半人半魔だ。僕が支配者として君を手に入れたあの快感……思い出せば、また蘇る。
「よく憶えているではないか、本当に隅々まで記憶が戻ったのだろう。となれば、他にも色々と僕に云いたい事が有るだろうね」
「いッ――」
「でも、先に君に特別を与えてあげる」
 目線を合わせる為に、しゃがんでやる。MAGを意識的に滴らせた舌先で、食い縛った唇を舐めてやった。
 人修羅の眦が赤い……それが恥か悪魔的な生理現象かは知らぬが、最早どちらでも良い。
「……特別……」
「そう、特別だよ……矢代」
 名前を呼べば、水鳥の様に身体を震わせた。斑紋の縁が脈動の様に、一際輝いた。その単純な反応に、僕は酷く苛まれる。
「肉体の繋がりとやらにそんなにも意味を持たせたいのなら、人としての操に重きを置くのなら、僕がそれも全部奪ってあげる」
 何処か放心していた金眼が、すうっと鋭利になっていった。云われた事をようやく噛み砕き始めたのだろう、その不穏さに血が冷えた筈。本当に、ボルテクスの頃から迂闊過ぎる。

「ルシファーが呆れるくらいに、何度だって僕で塗り潰してやるよ」

 僕は笑顔で唱え、人修羅の馬鹿面をひとつ引っ叩く。
 ジンと熱を持ったままの手で、携えていた管を抜きかざした――……


-了-

↓↓↓あとがき↓↓↓
寸止め第二段。
SS「汚点(三部作)」を読了していると、ライドウの過去のあれこれは理解し易いです。
怒っていないと云いながら、絶対怒ってるでしょ夜。

最近文章レイアウト(改行控えめ、段落下げ)などをして掲載しているのですが、問題無さそうならこれで今後書いていこうと思います。

↓余談↓
タイトルの《連結》は「互いの記憶・認識の合致」「肉体の繋がり」のイメージで。



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