愛と誠


その花弁がふわりと舞い吹雪く帝都。
その桃が傍の少年に降り掛かる。
「俺が此処に居て良いんでしょうか…」
その迷いが見え隠れする弱い声に、外套から出した手でその手を握る。
「どうか迷わないで欲しい」
「…」
「君の為に此の刃で、咲き誇ろう」
更に強く握り締める。
揺れる眼に、自身の眼を重ねる。
「君の為に散ろう」
もう、退く気は無い。
なれば、君をこの帝都に置こう、と決めたのだ…
その帝都を、護ろうと決めたのだ…
「雷堂さん、でも…」
薄い唇が桜の彩を映す。

と―――

その彼の背後から、桜の雨が吹き付ける。
まさか、こんな街中で…!
「矢代君!」
彼の手をそのまま引き、胸に抱く。
外套で覆い隠せば、我々の眼前に現れしは巨大な蜘蛛。
「ら、雷堂さん!苦しい…」
その胸からする声にハッとして、腕を緩める。
「下がっているんだ」
「!土蜘蛛…」
その彼の表情は、あの蜘蛛の向こうを見ている。
前へ出ようとする彼を制して、太刀の柄を握る。
「此処で悪魔に成る訳にもいかぬだろう?」
彼を背後に、そう語りかける。
悪魔が見えぬ街人は、荒れる花吹雪に不思議そうな顔をする。
「雷堂さん!俺も…っ」
「君は黙って護られていれば良い…」
ちら、と振り返りその髪をくしゃりと撫ぜた。
「男にさせて呉れないか、矢代」
そう、君を護ると決めたのだ。
もう悪魔の力を揮わずとも、生きる事が出来るのだと。
決してこの道が、間違いでは無いと己を信じる…!

石畳が隆起し、砕けて散る。
桜吹雪が千々乱れ、蜘蛛の脚が襲い来る。
避けつ、刃を閃かせれば蜘蛛の肉を抉った刀身から伝う体液。
「雷堂さん!!」
「心配無用だ」
その脚から駆け登り、胎の上から大太刀を振るい下ろす。
蜘蛛が崩れて、地に着いた。
一先ず、これで…と思った矢先
此方をはらはらと見つめる人修羅の背後に影が見えた。
『おいお前さん、勝手に抜け出して良いと思ってんのかよ』
煌く二振りの光が、彼に降ろされる…!
「っ!ヨシツネ…!」
背を斬られた彼が、よろけつつも間合いを取って跳躍する。
「矢代君!」
腰のお飾りの銃を引き抜く。
こんな時、腕が試される。
舞う桜吹雪を突き破りつつ、放たれた銃弾が掻い潜る。
彼の脇を潜り抜け、向こうの悪魔の烏帽子に喰らい付いた。
『けっ、おめ〜の弾に当たるたぁ思わなかったぜ』
ずれた烏帽子をくい、と直すヨシツネが不敵に笑う。
それを片目にしつつ、人修羅に両腕を伸ばす。
「また触れるを、赦して欲しい」
そう云い、その身を横抱きにして持ち上げた。
「ゎ!っら…雷堂さんっ!?」
「場所が悪い、存分に動けぬ」
彼を、まるで姫君の様に抱き上げたまま駆け抜ける。
『待ちやがれ!おい人修羅!お前ェおかしいだろっ!』
そのヨシツネの声が追ってくる。
腕の中の彼が、その声に小さく震えた。
「惑わされぬと…我について来れば良い」
腕の中にそう告げる。
見上げる彼の顔が、赤い。
舞う桜の照り返しか?
「お、俺自分で走ります!」
「手負いの君に、そんな事はさせたく無い」
「俺も何か」
「君は…ただ微笑んで居てくれ」

此方を怪訝な眼で見やる雑踏を抜け、路地裏に入る。
その陰りで、脚を止めて人修羅を降ろす。
「ちょっと、恥ずかしいです…さっきから」
「何が?」
「…色々です」
そう云い、ふい、とそっぽを向く彼の項
赤い筋が眼に入り、それが先程の傷と知る。
「この体たらく…君を果たして護れるのだろうか」
ふと抱き寄せて、その傷に舌を這わす。
「…ちょ…っと雷堂、さ」
「すまぬ…傷を作らせるは、在ってはならぬ事と云うに…」
抱いた彼の御髪に指を絡ませ、此方へと向かい合わせる。
「この帝都で、ずっと暮らせば良い」
「はっ…ぅう…っ…んっ」
今度は、傷ではなくその桜の香の唇に。
光り射す建物の陰の向こうに、行き交う人も桜吹雪も誰も知らない。
この陰で紡がれる睦言。
「この春の桜を、また迎えよう、君と…」
ひとひら、舞い込んだ桜の欠片が君の髪に。
「でも、さっきみたく…あいつの仲魔が」
「幾数、幾度と現れようと、迎え撃とう」
「…今度は、ライドウ本人が来ると思います」
「君の事は渡さぬ、絶対に…絶対に!」
掻き抱き、その香を吸う。
心に、春が訪れる…
「この瞬間も、先も我の全てを君に捧ぐ」
「このままじゃ、殺される…」
「その瞬間までが、全て君に捧げれるのなら惜しくは無い」
刹那を、運命に。
この感情を何とする…
猛る胸中は、己を奮い立たせる。
護ろう、君を護ろう全てから…
この真摯な想いが、我に何でもさせる。
その道が血に染まっていようとも…
「君の為に、悪魔は使わぬ」
「それじゃあ勝てない…っ」
「君も、悪魔にさせはせぬ」
「あなたの為なら、俺…別に構わないんです、悪魔でも」
その金色の眼が潤みを帯びる。
上気した君に、心が躍る。
「矢代…」
「あなたの悪魔でいさせてください」
嗚呼…春、だ。
爛漫の春が、この陰に訪れる。
向こうに見える桜吹雪より、甘く香るこの路地裏で…

誓い合う
愛と誠

君の髪の花弁一片のみぞ知る―――


愛と誠・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
雷堂曲として薦められたALI PROJECT『愛と誠』から。
雷堂の仲魔に成った人修羅。
襲い来るライドウの悪魔達。
恥ずかしいまでに真っ直ぐな想い。
帝都に狂い咲く春桜。

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