王的血族
俺の父親と母親ってのは
そりゃあ愛し合ってたぜ。
悪魔と人間ってのがそもそもつがいに成れるってのが
まず驚くべき事実なんだが…
つまりは、だ。
作りが違うだけで、そういう感覚は同じって事だ。
好きな相手が人間だったから、悪魔を打ち滅ぼした。
相手が悪魔でも、愛してたから子を宿した。
そういうもんだ。
「…」
ダンテの言葉が、急に脳裏に甦る。
脚に付いた返り血が伝い、靴紐を赤く染め上げていた。
(行かないと…)
何故?どの様な理由があって?
そんな事は…どうでも良くなっていた。
赤い、赤い胎内を通って、下る。
生れ落ちなければ…
下層へ、もっと下層へ…
その羊水に脚が浸かり始めた頃、俺は恍惚としていた。
『さあ、あのリフトに』
『ヤシロ様、生まれる時が来たのです』
『新たなる王の誕生を…!』
周囲の暗がりに潜む眼が、俺の背を押す。
あれに乗り、子宮を下る。
其処から生まれる事が出来れば、俺は…
それに、脚を片方乗せた瞬間。
俺の脚が飛ぶ。
バランスを失った俺は、無くなった支えの代わりに腕を着き
まだ在るもう片方の脚を、翻して回し打つ。
その脚先が、空気を裂いて標的を穿つ筈だったのに…
呆気なく取られていた。
「お前、俺の話聞いてたのか?」
赤い空間に不似合いな、アイスブルーの宝石。
俺はその見覚えのある色から、眼を逸らす。
飛んでいった片足は、この半人半魔の向こう側に転がっていた。
「そんなに生まれ直したいのか?」
「…」
「お前の母親は、トウキョウに居たんだろ?」
「…もう居ない」
「お前の父親は?」
「…死んでる」
「だから親が欲しいのか?」
その、悪魔狩人に抱き上げられて
俺の途中で消えた脚が空を掻く。
「お前の母親はアマラ深界でも無いし、父親もルシファーじゃねぇだろ…」
「…」
「お前は、人間に戻るんだろ?ヤシロ?」
「…無理、だと思う…」
「何云ってんだよ、ハングリー精神が足りないガキだな…」
「でも…身体が…疼くんだよ…これが、俺が王たる証なのかって…」
俺が腕の中で喘げば、ダンテが呆れ顔を消す。
その眼が、ギロリと俺を見つめる。
俺の光る金色が、その青い石に映り込む。
「王…だと?」
「ダンテ」
「甘っちょろい事云ってんじゃねえぞ…少年」
「ダ、ダンテ…ッ」
「見てろよ…王ってのは、疼きってのはなぁ…」
“こういうのを云うんだ”
真赤に染まる身体。
コートでは無く、はためくのは…羽。
「ヤシロ…!お前は何処まで成れるんだ!?」
俺の胸を刺し、上へと突き上げる。
「がああっ!!げはぁ…っ!」
異形に変体したダンテの腕が、俺の肉に埋まる。
「悪魔の形にすら成れないだろ!?え?どうなんだ?」
「ひぅ…ひ…っ」
発言は、胸の穴から漏れて行く
「それで悪魔の王だ?笑えるぜ…」
ばたばたと、胸から赤い奔流がダンテの腕を伝い、床を打ち鳴らす。
「はぁ…っは…っ」
「なぁ、ヤシロ…お前は…親父の逆に成るつもりなのか」
「ひぐっ」
「魔将に成って、己の人間を裏切るのか…」
ギリギリと、貫く腕先の指が開かれる。
肉を割く動きに、俺は残っている脚をばたつかせる。
「裏切る勇気が在るのか…!?今後、永い時間それを悔いらんとする意思が…!!」
悔い…?
完全なる悪魔に成って、悔いる…?
ダンテの問いに、俺は胸の痛みが物質的なもの以外にも有る事を知る。
「お前は…まだまだ、人間なんだ…」
「っ、う…うっ!」
ずるり、と肩を掴まれて腕が抜かれた。
ごりごりと骨に引っ掛かりながら質量を失う胸に
俺は歯を食い縛った。
「痛いんだろ?いくら再生しようが…強がろうが、知らん振りしようが…」
ダンテの鋭利な腕が、俺の肩から背に。
「…もう一度リフトに乗ったら、残りの脚もぶった斬ってやる…」
そう云って、その硬い、冷たい腕に抱かれる。
体温の無い、悪魔。
「どうしても…どうしても悪魔に成りたいなら…」
その、異形の眼が俺を見る…
「俺の…血で成れよ」
その、予測すらし得なかった言葉に耳を疑う。
三日月の様に裂けて哂った口が、続ける。
「魔剣士スパーダの血を浴びれば、魔界を統べる力がもたらされるらしいぜ?」
「な…」
「とんだデマだ…が、一理有るな」
「ダ、ダンテ!」
「いくら半端とは云え、俺はこうして魔人に成れるんだからなぁ…?」
身体を捩ると、髪をわしゃりと掴まれた。
よく、普段からされていたそれに、今はただ戸惑う。
抱え込まれて見えない視界。
この腕の中が、今の俺の世界だった。
「堕天使なんざに従事すんじゃねえよ…」
髪を梳く指が、柔らかな感触になっていく。
「それなら、俺の血族に成れよ…そうすりゃ…」
その指が髪をやんわり掴んで、ダンテの胸元から少し遠ざける。
眼と眼が合わさる。
アイスブルーのそれと、俺の金色と。
「お前が何処に居たって、この血で呼び合える…」
もう一度、その腕に抱かれる。
赤い、布地の感触。
それ越しに感じる肌の体温。
それをまだ感じる事の出来る俺。
「ダンテ…」
「なんだ」
「脚…痛い…まだ、しっかりと、痛い」
「そうか、そりゃあ…」
耳元で囁くダンテの声。
「そりゃあ…良かった」
どこか嬉しそうだった。
転がっている脚を拾い上げたダンテは
俺を抱きかかえたまま、カルパを上がる。
「なあ、ヤシロ…」
「…なに」
「お前、好きな奴が悪魔なら悪魔に成るのか?」
「…かもな」
「人間だったら、必死に人間に戻ろうとするのか?」
「俺…それなりに必死だったんだけどね…まあ、そんな理由が出来たらまだ粘れるかも、な…」
「だったら、こうしろよ」
悪戯っぽく笑い、この半人半魔が云う。
「悪魔に成りたきゃ俺の血族に成れ。人間に成りたきゃ俺とまだつるんで動け」
「…そのどちらでもなかったら?」
「半人半魔の俺の兄弟にでも成ってくれよ」
その答えに、俺は思わず吹き出した。
「馬鹿じゃん、それどれもダンテと一緒じゃないかよ」
「おい、人が心配して云ってやりゃ馬鹿とは、可愛くねぇな相変わらず」
なあ、ダンテ。
まだしっかりと、痛覚は在るんだ。
涙だって流れるんだ。
一応人間が残っているんだ。
でも…一体、いつまであなたに迷惑を掛ければ済むんだ。
いつまで心配を掛ければ済むんだ。
また同じ世界に来て、幾度と無く絶望すれば良いんだ。
あの時…
脚でなく、この身を、胴体を分断してくれたら良かったのに…
「死んだらもう、心配も掛けないのに…」
聞こえるか聞こえないかの瀬戸際。
小さな小さな声で、そう呟いた。
「おい、お前…」
聞こえていたのだろうか。
ダンテの声が俺を呼び戻す。
「なに…」
「俺の話、聞いてたのか?」
ぐい、と寄せられて、額に感触があった。
まるで異国の挨拶。
おやすみのキス。
「おいおい、俺は日本人だしガキじゃな…」
「俺の事少しでも好きなら、生きろよ」
「…」
「好きな奴の望む事するのが、愛情だろ?」
また、髪をくしゃりと撫ぜる指。
優しい感触。
「それは半分悪魔でも、変わらねぇハズだが?」
久しい、温かさ。
ボルテクスでいつも、いつも俺を
破滅の衝動に駆るのもダンテだった。
思い留まらせるのも…ダンテだった。
今は、ただこの揺り篭に揺られてしまいたかった。
甘えてしまいたかった。
そしてそのまま眠りについて…元に戻れば良いのに。
でも、きっと繰り返すのだろうな…と思う。
また此処に来る。
でも…血を分け合えば…繋がれるのだろうか?
またその血で呼び合って、ダンテは来てくれるのだろうか?
俺をまた、探してくれるのか…?
「どうした?眠いのかお前」
「…」
「魔剣士スパーダのお話でも聞かせてやろうか?」
消耗した所為か、本当に眠たかった。
俺は遠くなるダンテの微笑混じりの声が、まだ聞こえる内に云っておく。
「二度と起きなかったら、ごめん…」
重い瞼を、下ろす。
青い宝石ふたつが最後に見えた。
「…バージル」
おやすみの挨拶では無いあなたの呟き。
その名前。
知っている。
本当の血族だと。
だから俺は…其処に入る訳には、いかないんだ…
その孤高の血には。
今はただ、眠らせてくれ…
おやす…み…
ダンテ…
また、な…
王的血族・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
ダンテ曲として薦められたALI PROJECT『王的血族』から。
“でも、きっと繰り返すのだろうな…と思う”
“また此処に来る”
これは後に薦めて頂いた前修羅の『記憶』の歌詞にしっくりきまして…
改めて、ダンテと前修羅が強く連帯しているのを感じました。
破滅衝動が相当強い前周の人修羅。
相変わらずの放浪癖でダンテを悩ませる。
しかしダンテの誘いには乗れない。
その中に強く在る存在を感じているから。
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