ぬけがら


切れかけたネオンが眼に痛い。
ジジッ、と熱を急速に冷やす雨粒がその光を揺らす。
コートの重みがじわりと増して、その初見の店に雨宿りに入ろうと決めた。
レンガ造りの階段を数段下り、地階の扉を開いた。
薄暗い店だ、客も大して入っちゃ居ない。
カウンターの椅子にドカリと腰を下ろして、マスターに一声。
「ストロベリーサンデー」
渋い顔を更に渋くしやがって。
仕方が無いので適当に繕う。
「レモンハート」
「あいよ」
「今度までに置いとけよ、ストロベリーサンデー」
濡れた髪、首を振るって露掃いすれば、無精髭のマスターがまた眉間に皺。
そんなお上品な店でも無いに、その程度赦せよ。
チラ、と視線で訴えれば、準備に戻っていった。

「おい、そのカスタムはオーブ3000は欲しいところだ」
「此処を清めた銀に替えるだけで?」
「手に入れるのが楽だと思ってもらっちゃ困るなあ」
「僕が見ない顔だからと云って足下を見ておいでで?」
「あン?」
「半分の1500にして頂きたい」

おいおい、後ろの席。
そりゃ決裂だな、そもそも1500は安い。

「ふざけた数字叩き出してんじゃねぇぞガキ…」
「その教会聖銀で出来たロザリオの価値を逆算しただけです」
「はぁ?」
「ロザリオ5個程度の部品、ロザリオ5個分の額をオーブに換算させた」

おいおい、考えた事も無かった。
足りねぇなら悪魔をブチ殺しゃ済む話だったからな。

「労力はっ」
「含めてこの額です、だって貴方、教会から横流ししてるのだから容易いでしょう?」
「な」
「悪魔のくせに、やり口が小心者ですね…?ククッ」

哂いが響いた。
同時に感じる殺気に、背のリベリオンが微かに啼いたが無視する。
手を貸す必要は全く無いだろ?

テーブルの割れる音がビギビギと歪に空間をこだまする。
肉を斬る音がして、液体が埃っぽいフロアをリズム良く叩く。
マスターが悲鳴を漏らしてカウンターの奥へと引っ込んだ。
あんなイカツイ割に、チキンハートだ。
「おい、そういや俺のレモンハートは?」
問い掛ければ、まだ割られてもいない瓶がポン、と置かれている。
おいおい、とそれを腕を伸ばし取ろうとした。
とっくに逃げた他の客数名。
ちょいとばかし死臭がするが、この位なら酒の味は変わらないだろう。
空間にうねる魔力。この辺ではお目にかかれないこれまたネオンカラー。
さっきから眼に痛い色ばかりで仕方無い。
チラ、とその問題のテーブル席を振り返る。
ホムロムシラと…黒いマント。
(案の定…)
薔薇を纏うナイスバディな美女が、冷気を放った。
ホムロムシラが、壁際まで吹き飛ばされてパキパキとアイスになる。
焔が鎮火すると、奥からひょこっと顔を覗かせたマスターが叫ぶ。
「おい!まだ悪魔が居るじゃないか!!」
「ああ、居るな」
「あんたデビルハンターのダンテだろ!?」
「ほぉ、俺も有名になったモンだ」
「狩ってくれよ!!お代は良い、いや、寧ろ金なら出す!」
それを聞き届けて、未だ覇気を治めないリベリオンを無視したまま呼びかけた。
「だってよ、クズノハ、しまってやれ」
氷像と化したホムロムシラに刀を突き立てた影が、俺を見た。
まだ形の鮮明なソレを足蹴にして、砕いたそいつは哂って唇を開く。
「デビルハンターダンテ、ご無沙汰ですね…」
あの金属の管にナイスバディを戻したクズノハライドウが、歩み寄る。
ビビったマスターはまたまた奥に引っ込んだ。
「隣、宜しいですか?」
「勝手にしろ」
「では失礼」
すらりと椅子に乗り、脚を組んだクズノハ。
返り血を、俺に出された布巾で勝手に拭きやがった。
「どうしてお前が此処に居るんだ?迷子か?」
「まさか、貴方の通った穴かは存じませんが、道が繋がっていたので」
「こっちの悪魔まで狩るなよ、俺の仕事が減る」
「先刻動きもしなかったサボリ魔の癖に?」
本当にコイツ、何も変わっちゃいねえ…
呆れて怒りすら湧かない。
「で、この辺で出張仕事人か?」
「僕の方では入手不可能な素材が多いですからね」
「だからってお前、1500は無ぇだろが」
「そうですね、70,000持っていたのだから、承諾すべきでしたね」
フフと哂ったクズノハ、本当お前が悪魔だろ。
辺りを視線で確認したクズノハが、アッシュトレイを引き寄せていた。
俺は目敏くそこを撥ね付ける。
「煙草なら外で吸え」
奴の胸元を探っていた指が止まった。
「へぇ、嫌煙家?意外でした」
「分かったなら外に出て吸え」
雨降ってるがな。
「では、そろそろお暇させて頂きます」
血だらけの布巾をポン、と端に改めて置いて、クズノハは指を伸ばす。
その細長い指で事もあろうか、俺のレモンハートを掴んだ。
「おいおま…」
俺の声を無視して、割りもせずに瓶にキッスして直接かっ喰らいやがった。
原液は軽く40度を超えている。子供の飲み物でない事は明瞭だ。
が、見事に半分以上をひと息に嚥下し、その喉笛を蠢かしていったクズノハ。
「ご馳走様」
「おいおい、タダ呑みか?」
肘を着いてせせら笑えば、瓶を置いた手で、今度はマントを探った。
其処から取り出したのは、冷気を纏うシルバー…
ハッとして、ジロリと奴の眼を見た。
「お前…結局払わずに入手してんのか」
「既に死んだのなら、有効活用してやれる者が持つべきでしょう?」
あの凍った野郎から、いつの間にかくすねていやがった…
その氷の笑みで、今までやり過ごしてきたのか、デビルサマナーめ。
「これをお代に」
そう云って、冷めた聖銀を俺のすぐ前にコツリ、と置いて席を立つ。
まだパーツにすらなってねえのに、なにがお代、だ。
「もう数口しか残ってねえぞ、この酒」
「ロックで割れば増えます」
「しかしそりゃ厳密に云えば増えて無ぇ」
「氷ならあちらに」
クスリと哂ってその視線が指した先には粉々のアイスデビル。
もう溜息しか出ねぇ。二度と来るか、こんな店。
店の扉が開く音と同時に、湿った雨のリズム。
「おい」
背中を向けたまま呼び止めた。
水の音は消えない、まだ扉は開かれている。
もういい、このまま、聞いてしまえ。
「アイツ、元気か」
「I'm pass out」
「んな訳無ぇだろ、返事出来てる」
振り返ると、ニタリと哂ったその綺麗な顔面。
その哂いに、思わず問う。
「What the hell did you do to him?」
ンフ、と相槌してる黒い悪魔。
吊り上げた口が紡ぐ、酷ぇスラング。
「ex?」
俺がリベリオンに指を伸ばしたその瞬間、高笑いで扉が閉まった。
ようやく我を手にしたか、とでも云わんばかりに啼くリベリオン。
悪ぃな、出番はもう終了だ。
「Damn it!」
吐き捨て、残りのレモンハートを飲み干して
間接キッスとか、そんなどうでも良い事にすら腹が立つ。


雨のリズム。
まだまだ続きそうだ。
水溜りに映る月が輪切りになる。
黒い影が、待っていたかの様に俺の店の前に佇んでいた。
「ネオン、切れかけてますが?」
「知ってる」
「そんなに仕事が無いのですか?」
「だったら、お前が雇ってくれるのか?え?クズノハライドウ?」
いつぞやの半人半魔の少年……アイツみたく。
「僕は1マッカでは駄目でしょうか?」
「良い訳無ぇ」
「フフ…」
「鍵なら開いてるぞ、ずぶ濡れになった客は上げれん、さっさと入れ」
同業者を招き入れた。久々の客。
微かに奴から感じる、アイツの記憶を手繰り寄せて、隙間に埋めたい。
アイツの寂しげな眼を、月を見る度思い出す。
そんなぬけがらの俺は、雨を言い訳に
アイツの主人を店に上げた。

まだ消えるな、雨のリズム。


-了-

↓↓↓あとがき↓↓↓
椿屋四重奏『ぬけがら』から。

珍しいダンテとライドウの組み合わせ。
前修羅をやはり忘れられないダンテ。
それを知っていて、優越感に浸るライドウ。
「I'm pass out」⇒「僕、酔いつぶれてるから」
「What the hell did you do to him?」⇒「アイツに何をした?」
「Uh-huh(相槌) ex?」⇒「ああ、元彼の事?」
「Damn it!」⇒「くそっ」
ってニュアンスのスラングでした…かなり適当ですが。

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