鮮血の誓い


来た来た
ようやく来た、可愛い悪魔。
ぼくの剣よ。

赤い毛足の長い絨毯に埋まる君の靴の、なんと軽い事。
未だに纏うその、人間の着衣は、受胎の日を忘れぬ為か?

「ヒトの世では、365の陽の廻りが一段落とするそうだったね」

暗い、この広間に、君は金色の眼を光らせる。
ぼくの指輪と御揃いの、良い色をしている。
ひとつ、微笑んで、指を振り翳す。
一瞬、君はその眼を鋭くしたが、判断して動かない。
ぼくの指先から放たれた焔が、入り口の燭台に踊る。
連なって、円形に広がる壁を伝って、燭の輪が部屋を囲む。

「誕生日おめでとう、矢代」

掌を合わせる、ぱちぱちと、乾いた音が高い天井に昇る。
ぼくを見て、すぐさま囲む悪魔一同が倣う。
その拍手喝采に、戸惑いを隠しきれない君…

「あ、の…閣下、なんですか、これは」
「突然呼び出したから、また天使狩りとでも思ったかな?」
図星なのか、息を詰まらせる。
未だに狩る際、その腕が迷うのを知っているよ。
「祝って頂いて申し訳無いんですが、俺の誕生日は…」
「何を云っているのだい、矢代…」
くい、と指先で呼ぶ。
君は重い一歩を踏み出して、やがてすたすたと寄り来る。
音を吸う絨毯の上、その諦観めいた眼が、とてもいじらしいよ。
まだ少し幼さの残る顔に、微笑んで教える。

「君が二度目に生まれた日から、一年経ったのだよ…矢代」

震える睫、唇を咬むその仕草は、何かな?
「だから、この星の位置と刻限の日を、君の祭日にしよう?」
黒い、撥ねた髪を撫ぜる様に、掌を頭にそえてあげると
君は一瞬震えてから、吐き出す。
「ありがとう…ございます」
少しは、振りが上手くなったかな?
それだけでも、この一年という周期は、彼を変えてはいる様だ。
「さあ、何が欲しい?極上の血?魔具?部下?」
いいこいいこをしながら、優しい声音で君に問う。
その視線を、ゆっくりとぼくに向ける君…
「あ…」
「なんでも望んで御覧」
その眼が、強く揺らめく。

「人間に…戻りたい…」

ああ、やはり。
一年なぞ、一瞬だからな…何も、変わってはいなかったか。
「何?もう一度」
頭を撫ぜていた指を、その繊細な髪先に潜らせて、鷲掴む。
「っいえ、あの」
「もう一度」
云わねばならぬと、そうさせる微笑で、君に教える。
「人間に」
その台詞の途中で、先刻までぼくの居た椅子に放った。
軽く、座らせてあげたつもりが、その背凭れすらへし折って、君は着席した。
「ぅげほッ、が…」
折れた先端が胎に刺さり、少し座りづらそうかな?
その傍にすぐ飛んで、首の角を掴んで座り直させる。
そんなぼくの手を煩わせまいと、利口な君は自身の脚で立とうとする訳だ。
その立派な姿に、周囲の雑兵共も、歓喜に打ち震えているよ?
「さあ、もう一度」
「っか…閣下…」
「真に望むのは?」
黒い茨のドレスが、相変わらず美しいよ。
それに奔る赤は、君の細々として、それでいて強固な肢体に似合いだ。
「俺…人間に…っ」
その口が紡ぐ前に、喉に爪を一閃させる。
君の白い喉から噴いた血が、赤い絨毯を濃く染める。
周囲の悪魔が、その魔力が吸われていく床を羨み、喉を鳴らす。
「矢代、次の誕生日もお祝いさせておくれ?」
「ひぅッ」
喉を押さえ、ガクガクと震える君。
潰された喉から出でる返答は、風の音。
「さあ、君の望むものは何?」
ぼくの差し出した掌を、潤む金眼で見つめた。
差し出すは鮮血の、指先の証。
「(閣下の傍に)」
そう、唇の動きが呟く。
跪いたまま、その指をぼくの指先にそわせる。
引いて、掌に服従のキスをした。
沸く周囲の闇達。

「おめでとうございます!」
「お誕生日おめでとうございます!ヤシロ様!」

その頬を伝う涙。
そう、そんなに嬉しいのだね?

可愛い可愛いぼくの悪魔…


鮮血の誓い・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
妖精帝國 『鮮血の誓い』から。

紛う事無き閣下×人修羅。
曲SSというよりは、ある方のお誕生日に捧げたSSです。
此処の閣下は、過保護なようでバイオレンスです。

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