亡國覚醒カタルシス
『ヤシロ様、お気分が優れませんか?』
私がそう問えば、ヤシロ様は視線を投げてくれました。
いやはや、その黄金の眼のお美しい事この上も無く
それにうっとりとしつつも、私はこの御方の気分を良くして差し上げたく思い
あれやこれやと薦めるのであります。
『そのテーブルの上には、お菓子が御座いますよ』
「…味、よく分からないんで」
『悪魔にはとても甘露な血菓子で御座いますよ』
手を擦り、ヤシロ様の前に躍り出る私。
『上等の聖職者の血を絞って、薬草で煮詰めたシロップ!』
「…」
『死産した赤ん坊の小指だけで作った干し果実!』
「…」
『お硬い物がお好みでしたら、骨の…』
「ビフロンス伯爵、要りませんから」
口元を押さえられ、何故か貴方様はお顔を顰められました。
その姿を見るなり、私は何か悪い事をした気分になり、不安に蝕まれるのです。
『どうすれば、ヤシロ様のお気分を良く出来るのでしょうか…!』
私の些か焦りを滲ませた声音に、少し困った様なお顔をされる貴方様。
憂いたその横顔で窓の外を見つめられ、口を開かれるのです。
「あの趣味の悪い決め事、まだやるんですね」
その窓には、十字の影。地平線に刺さる様に立っております。
それは磔刑の為に立てられた十字架に御座いまして…
何者が架けられるのかと申しますと…
「ビフロンス伯爵、あなたでは止めさせる事は出来ませんか?」
『いいえトンでも御座いません!あれは貴方様に楯突いた愚か者に相応しい!』
「俺は望んでいません、あんな…気味の悪い見せしめなんか」
怒気を含ませそう語る貴方様は、静かな水面の奥底に熱流を渦巻かせており
それにいち早く気付ける信者の私は、これまた冷や汗を流す心地なのです。
『い、いえいえ、ヤシロ様、あれはそもそもルシファー様が決められたので御座いまして』
この御方を寵愛される我等が魔帝、ルシファー様がそうせよと唱えたのであります。
私には信じられませんが…ヤシロ様を来る日の王と認めぬ輩が存在するのです。
嘆かわしい事に。
その輩共が、ヤシロ様に牙をむき、ざまあみろで御座いますが敗北する訳ですよ。
すれば、お優しいヤシロ様はトドメを刺す事をしないので御座います。
しかし、それでは面目が立たぬと云う事で、ある時からその罪者を磔刑にする事と成りました。
まあまあその観客達の日々日々増えゆく事!
楯突く愚かな愚想の持ち主達は、その十字を見て畏怖し
私を筆頭とした信者は笑顔でその十字架を、敬謙な殉教者の如く見つめるので御座います。
我等が、偉大なる、お美しい王を想い…!
「分かりました…閣下に申し立てますから」
と、突然の貴方様の一声に、私は在るかも知らぬ心の臓を縮こまらせます。
『ル、ルシファー様がヤシロ様をいくら御寵愛されているとは云え、それは少々!』
「来る度に挑まれるならまだしも、あんなのを見せられるのは気分が悪い」
『しかし“罪には罰”で御座いますから』
「悪魔がそれを云うんですか…」
颯爽と歩かれるヤシロ様の、そう云われた時の蔑んだ笑みが、これまた格別!
悪魔がお嫌いなのも、これまた魅力的な一因に御座いまして…
いえいえ、此れが大事なのですよ、本当に。
そうして閣下の御前に臆する事無く姿を見せる貴方様。
私の様に矮小な者は、数歩下がりつ見守る次第であります。
「閣下、何度か申し上げたのですが…」
「ああ、未だに見るのが嫌なのか?小鳥の様な心臓だねお前は…」
金糸の如き御髪を揺らし、うっそり優美に微笑むルシファー様に
ひざまずくヤシロ様は果敢にも叫ばれました。
「あの磔刑、趣味が悪いと思います…止めて、くれませんか?」
おおおお!なんとはっきりとした意見の仕方!
これは歴代の、魔将ですら不可能ではなかろうかと思いますね私は!
私は在るかも知らぬ生唾を呑み込みます。
して、閣下がその御声を紡がれました…
「フフ、あれを提案したのは君のサマナーだぞ?矢代…」
サマナー?するとアレですか?14代目クズノハライドウに御座いますか?
ほうほう、何処の馬の骨と思っておりましたが、なかなかに良いご趣味であります。
確かに、あのサマナーは狡猾で聡明、おまけにこれが強いという悪魔じみた人間でして
ヤシロ様を使役するなぞ、恐れを知らぬ愚行を堂々とやってのける阿婆擦れで御座います。
しかし私は評価しているのですがね、これでも。ええ、これでも。
「ラ、ライドウ…が?」
「ああ、そうだ…そして、なかなかに面白いと、私は思うが…ねぇ?」
嗚呼ああアア!震えておられる貴方様の後ろ姿を!黙って見守るしか無い私を
どうか、どうかお許し下さいヤシロ様!
私の泣きを知ってか知らずか、ヤシロ様はすっくと立ち上がり一礼して駆け出されます。
その憤怒に満ち満ちたお姿に、思わず凱旋の如く道を開けます。
「夜と喧嘩しないようにね」
閣下の、想いの込められた声が、ヤシロ様を背から押します。
私も続いて礼をして、追従致します。
ああ、きっと貴方様はあのサマナーと、この後戦うのでしょう。
この城に、定期的に来て頂けるのは嬉しいのですが
是非いつかは、報告に、では無く
永住しに来て頂ける事を…信者一同お待ちしております。
それまで私共は、あの蒼穹の十字を見て待ちましょう。
貴方様に楯突く愚か者は、鏖されるべきなのです。
きっとそう在るべきなのです。
亡國覚醒カタルシス・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
ライドウ曲として薦められたALI PROJECT『亡國覚醒カタルシス』から。
陶酔しきった悪魔の信者ビフロンス
出てきます、長編に(笑)
磔刑はライドウの指図、流石…
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