ゴールデンタイムラバー
(ライ→修羅凪)
大丈夫。
まだ大丈夫だ。
斬られた脚の腱も、ハイピクシーのディアラマで繋がり始めている。
俺が不安な顔をしたら、傍の彼女はどう思う?
疎い俺だってその位分かる…
「功刀さん…」
休憩と称して、神経を研ぎ澄ませていた俺に
デビルサマナーの少女が声を掛けてくる。
「お怪我の様子は如何ですか?」
「ええ、ハイピクシーのおかげで…そろそろ動けます」
胸を撫で下ろす優しいサマナー。
あの男とは大違いだ。
あの冷たく煌く刀が、俺の肉を裂く光景がフラッシュバックする。
それだけで震えた身体を押さえつけ、じっと考える。
いつも俺は独りだから、流れに任せていた。
でも、今は違うんだ。
この優しいサマナーの少女を勝たせなければ。
下手な自尊心はもう棄てた。
そう、必要なのは…
勝つ自尊心。
「行きましょう、凪さん」
すっくと立ち上がり、俺は凪の眼を見る。
「あっ、はい!」
管を確認していた凪は、それ等をしまって返事する。
俺は、主人を乗り換えた。
契約が希薄になった…あの日。
「君が愚図だからとばっちりを受けた、功刀君」
“本当に、この出来損ないめ”
伏せって寝台に横たわるライドウにそう云われて…
俺は俺で、いよいよ堪忍袋の緒が切れた。
机の上の管を、いつもと逆に俺がライドウに投げつけた。
やり返される前に、飛び出した銀楼閣。
そこに丁度訪れた…十八代目葛葉ゲイリン。
“功刀さん!お元気でしたか?ファイン?”
その優しい笑顔に、俺はころりとヤられてしまった。
もう、うんざりしていたから、丁度良かったのだ。
堕天使が何と云おうと、ライドウが追って来ようとも。
俺が今欲しているものをくれる…
この女神の微笑みに、俺は微笑み返して墜ちていくのだ。
彼女の勝ちを得る為なら、微笑みを得る為なら
いくらでもポジティヴに成ってやる。
俺は地面に敷いたパーカを掴み、ポケットを探る。
中に在るのは…禍つ魂。
「功刀さん、それ…」
舌を出し、それをその先に垂らす。
横目にちらりと凪を見れば、黙って見守っている姿。
俺はそのマガタマを、舌先に包み口内へ放った。
嚥下と同時に込み上げる、既に宿っていたマガタマ。
それを咽つつ吐き出せば、背中をさする掌の感触。
「はあ…っ、凪、さん」
「これしか出来ず、自分は足手纏い…のセオリーです」
「凪さん!」
そのさする手を、振り向いて掴む。
吃驚して俺を見つめる彼女に、俺は強く云った。
「この手が、俺を強くしますから…足手纏いな訳無いです」
ああ、あの男には無いその手を、俺は望むのだ。
「えっ、その…」
少し赤面して云い淀む凪の…その向こう側に。
影法師。
「きゃ!」
「失礼しますっ!!」
凪を抱き締め、思い切り横に跳ぶ。
銃撃音…硝煙の臭いが風に乗って俺達の方へと流れてきた。
「よくもそう、女人にべたべたべたべた…」
茂みの奥から、聞き覚えの有る声。
いや、聞きなれた声。
俺は凪を庇いつつ降ろし
その声のする方へと脚を翻して、蹴り上げた。
降り注いでいく光弾の雨を、剣撃の圧で掃うその声の主。
得物を持つ悪魔との合わせ技か、いつもより大きな守備範囲。
(本気出しやがって)
そんなに気に喰わなかったか。
俺は哂って駆けて行く。
大丈夫、まだ許容範囲。
「毎晩の様に遊女を抱くあんたは何様だ?」
アイアンクロウで緑を引き裂く。
葉を舞い散らせ、ライドウとヨシツネが左右に跳ぶ。
(挟まれる)
俺はすぐ上空の木の枝へ、飛び、それを掴む。
すると脚の爪先を、ギリギリで刀の切っ先がかすめていった。
「君の事も抱いたろう?」
悪魔の声と同時に、飛び交う銃弾。
俺を苛む、特殊な鉛。
それを避けつつ枝から枝へ、新体操の様に。
(見える)
軌道が見える、相手の動きが分かる。
これなら、凪を勝たす事が出来る…!
(なんだ、全然平気じゃないか)
込み上げる哂いを抑え、ポーカーフェイスを意識する。
そのまま地へと飛び降り、凪の傍へと降り立つ。
…つもりだった。
「ぐっ、がっ…う」
哂いでは無い、別の何かが込み上げる。
うずくまる様に、凪の傍に落ちた。
「功刀さん!だ、大丈夫ですか!?一体…」
ハイピクシーを急いで召喚する彼女に、俺は笑って答える。
「凪さん、大丈夫ですから…」
そう、まだ…まだ呪いは身体の全てを蝕んでいない。
強いマガタマは、俺を喰らう。
呪いに洗われて、より一層悪魔へと進化する俺の身体。
でも、呑まなきゃ勝てない。
代償に人間を手放す俺は、盲目かもしれない。
欲しいのは、完勝。
俺が貴女を勝たせたいだけじゃない。
俺があいつに勝ちたいんだ。
「これは凪君に感謝しなくてはね」
ライドウの、愉悦に歪んだ声音。
「悪魔の君と殺り合うなんて、久々に興奮出来そうだよ…」
抜刀し、その刀身を回し構えたその男。
俺は、負けじと哂い返してやった。
「あんた、身体本調子じゃ無いんだろう?」
「君なぞ、本調子で無くとも斬り伏せる事が出来る」
「へえ、云ってくれるじゃん」
「君こそ…今喰らっているマガタマ、美味し過ぎて身体が拒否反応しているのでは?」
「結構イケるよ、あんたの動きが緩慢に見える」
応酬に意味など無い。
戦局がこれで変わる訳でも無い。
互いに肝心な事は云わず、間合いを計る。
(あと2、3分でマガタマを吐き出す)
でないと、俺の身体が完全に蝕まれそうだった。
でも、それを顔に出してはいけない。
ギリギリの戦い。
読まれては、負ける。
『ディアオーラ』
こっそりとかけられた、ハイピクシーの魔法。
凪の支援を背後から甘受して、俺はふっと笑顔が浮かんだ。
(これでいくらでも無理出来る)
「喰らって寝てろ!葛葉ライドウ!!」
俺の眼が、光る。
重心を失ったかの様に、ぐらりと蠢く身体。
内で暴れる悪魔が、かつての主人を捉える。
その姿に向かって放たれる魔の一滴。
当たれば勝てる。
外れたら致命的。
「後悔するが良いよ、人修羅…!」
マグネタイトを帯びた刀を構える奴が見えた。
初めて逢ったマントラの
あの時の視線で絡み合う。
もう、あの時の滾る殺意は無いのか?
なれ合いが不安定にさせたのか?
そう思っていたであろう俺達が、久々に会話した…
(待っていて、凪さん)
勝利の美酒は、共に味わおう。
敗北の苦汁は俺だけで呑み干そう。
この殺し愛を済ませたら。
貴女に悪魔として飼われて、愛に生きよう。
それで良いんだ、もう…
光と爆ぜる音が轟いた。
騙し愛?
誤魔化し愛?
愛反する者共よ。
彼等の結末を知る必要は無い。
先に極刑が下る罪人は、どちら?
ゴールデンタイムラバー・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
人修羅曲として薦められたスキマスイッチ『ゴールデンタイムラバー』から。
勝つには代償と負けん気が必要
凪に感じるのが正しい愛
ライドウに感じるのが真実の愛
きっかけが欲しかっただけ?
使役の主従ごっこは繰り返されるのか?
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