かくれんぼ
(ライドウ子供時代)
「お狐、一緒に遊ばん?」
格子窓から投げられたのは、油揚げでは非ず。
ちら、と面を上げれば、朱塗りの隙間から覗く同世代の少年達。
式を繰る呪いを、ただがりがりと藁半紙に綴っていた僕に、遊戯の誘い。
遊びと称した悪戯など度々ある事で、既に学習済みだ。
「葛葉四天王ごっこしよおぜ〜」
「なあなあお紺〜あと一人!足りないん」
人数合わせか、成る程。
折っていた膝を伸ばし、立ち上がる。
着物の衿合わせを正し、腰帯に挿した管を指先に撫ぜ、返答する。
「…良いに、待ってな…そっちに下りる」
葛葉四天王の顔も素知らぬ癖に、声高に叫ぶ。
僕に与えられたのは、ライドウの役だった。
昔より一番力を持つとされるその位置。ままごと遊びにおいて人気を博すと思われそうだが、この役目を請けたがる者はその実皆無だ。
実際のライドウならいざ知らず、ごっこ遊びでは別の意味を持つ。
「ライドウは帝都の守護で忙しいん」
「強いから仲間は悪魔しか必要ないんだわな?」
体の良い解釈。
「ほらぁ、志野田ん神社ぁさっさと行け」
聞いた事しかない“名も無き神社”に見立てた里の社。
葛葉同士の決闘を真似て、僕の袖を引っ掴む埃っぽい手。
決闘とは名ばかりの、私刑であって、悪魔も使わない。
「が、ふ…っ」
石段から転げ落ちて、それでも腰帯の管だけは確認した。
見上げて、彼等の居る拝殿内向かって、哂いかければ、薄気味悪そうに僕を見た。
「逢魔時…知ってるだろう」
砂を払って立ち上がり、拝殿内を秘密の隠れ家にした彼等を見据える。
「そろそろ、ここらに降りるに…?狐火が、ね」
まだ幼い彼等は、僕の声に表情を強張らせる。
幼い、と語る僕とて、その齢に連なるのだが。
「狐の僕が云うんだに…?フフ…」
す、と片腕を上げれば、抑えた悲鳴が遠方から聞こえた。
「其処から出れば、焼かれるに?お狐の火にねぇ…クス」
背中で指を鳴らせば、石畳の左右、灯篭に火が点った。
夕刻が作り出す影は、居る筈も無い狐の形。
悲鳴が上がって、拝殿から音が響く。
完全に格子の内側、木戸まで閉まったその様子に、笑みが零れる。
そう、こんな戯れたかくれんぼ、僕がまともにやると思っていたのか?
「おいで」
背の指先にMAGを滲ませ、それこそ狐火みたいに暮れる空へとなびかせる。
『げえ〜!アイツ等かくれちゃったの?よわい〜』
くるりと回って、灯篭の影からアガシオン。
『紺!あたしたちで殺っちゃえるのに、どうして?』
ふわふわと翅をはためかせるチョウケシン。
灯篭の先端は、未だにゆらゆらと光が揺れて見えている。
「仲魔で戦ってはいけない決まりだから」
二体を召し寄せ、唇を弧に歪める僕。
「狐影も狐火も、直接的な攻撃ではないだろ?」
『でもどうしてとーろーの上、ひかってんの!?ピカピカしてんの?』
アガシオンがくるくると旋回して、訊ねてくる。
二体とも、管に入れずとも付き合ってくれる、僕の遊び相手。
管の使えぬあいつ等には真似出来ないだろう。
「セントエルモの火」
『なぁにそれ?』
「リンに教わった」
あの悪魔、悪魔のくせに“狐火や聖エルモの火は、物質の第四の状態”とか抜かした。
“plasma”だと。
それなら、悪魔の使う魔術はどう説明するんだ、あいつ。
「だから、銀氷と雷電のおまえ達に付き合ってもらったん」
『紺って偶に難しい事云うから、良く分からないわ』
チョウケシンが肩に停まる。
『お代ちょ〜だいな、紺』
頬に極小の唇が触れて、肌から微量のMAGを掬い取っていった。
チョウケシンはそれで満足なのか、頬を染めて夕空に飛んだ。
『紺は綺麗だから、大きくなったら絶対美丈夫になるね!』
審美眼は人の嗜好でいずれにも動くが、チョウケシンよ、見えていないのか。
「僕が綺麗?…フン…視えてないだら?チョウケシン」
中はもう、土足で踏み荒らされてるのさ。
「中で僕を置き去りにする内緒話でもしてるのかね?」
拝殿の扉、施錠の南京錠を見つめ、続けて云い放つ。
「アガシオン」
狐火なんて、ふざけただけなのに…ねぇ?
「施錠しちゃってよ」
唱えれば、子鬼の壷はケタケタと笑って転げた。
電撃がカラカラと鳴り玩具が如く響いて、錠を熱で変形させた。
『コンコン!ねえねえボクえらい?』
「うん、戸締りは大事だかんね」
頭を撫で撫でして、掌からじわじわ与えたMAG。
金平糖みたいに零れた。
「では、帰ろ」
『四天王ごっこってどうなったの紺?――』
チョウケシンが不思議そうに舞うその背後、大きな影。狐では非ず。
『夜様!捜しましたよ!珍しく神社遊びに御座いますか?』
銀の髪が夕紅に染まっている。西洋甲冑も元来の色と混ざって絶妙な。
「かくれんぼしてた」
『貴方様が?それは更に珍しい事ですねえ。鬼ごっこの類は嫌がるのに』
だって、今日は追い回される側じゃなくなったからね、最後。
「チョウケシン、アガシオン、僕はコイツと帰るよ」
腰帯の管を指先に撫ぜる。この中の悪魔が、今傍に居る。
『ねえねえ、こんどはボクらとライドウごっこしよ!コン!』
『そうよお、あたし達は仲魔の役!』
そんな二体を見て、タム・リンがフ、と吐息を漏らす。
『…葛葉ライドウごっこ?』
「知らんのかリン、今流行ってるに、此処で」
『へぇ、それはそれは』
「帝都守護する化け物って、揶揄されるかパシリにされる偉大なお役目さ」
云えば、ブッと吹き出して肩を揺らした奴。
『成る程、ま、当たらずとも遠からず、ですね』
笑いながら、灯篭の上の灯をチラ、と眺める騎士。
『ささ、暮れて参りました、帳の落ちる前に庵に帰りましょう、夜様』
先刻まで、師範として駆使していたと思われる槍を片手に喚ぶ。
『狐火まで揺れておりますから、きっと今宵は魔の物がざわめくでしょう』
切っ先で、その灯を掻き消し、ふふ、と微笑む。
「…フン、そういや今宵は満月だったなぁ…リン?」
プラズマと云い放つ傍から、そんなオッカルトを語る悪魔よ。お前は可笑しい。
『ですねぇ、おまけに最近拝殿内部に悪魔が出易いとか何とか…』
涼しい風が僕等を撫ぜ、髪を掬う。
鳥居をくぐる瞬間、思わず笑みが零れた。
「そら恐ろしいな」
真夜中の、梟の声が聞けるだろうか?
明けの烏の、けたたましい鳴き声が聞けるだろうか?あいつ等に。
『子供を、喰うそうですよ?』
「へえ」
『ねえ夜様』
騎士の笑みが、僕を見下ろす。確信の表情。
『見つけなくとも、良いのですか?』
ならどうして、そんなに可笑しそうに笑う?
「僕がライドウ…鬼が如き者だからねぇ」
長い石段を、下りて往く。背後にじりじりと、有象無象の気配がしてきた。
「だから、見つけるも放置するも、僕の自由だら?リン?」
戯言に脅され、中で自己保身に祈り続ける愚かな奴等め。
群れて他を嬲るお前達に、帝都守護?それは難しいだろう?
『夜様、お怪我をされて…』
「いらん」
篭手の指先を振り払う。
「少し転げただけだ、餓鬼らしくはしゃいでな」
そう、子供らしく、ごっこ遊びで。
そう…遊びに誘われ…
普通の童の、真似を。
「僕が鬼、支配者側だから」
祈り続けるなぞ、無駄な事。
僕を嬲る、糞餓鬼共。
そのまま真似事を続ければ、あんな顛末にならずとも済んだのに。
僕に今まで行った仕打ちの、業だ。
消えろ。
消えてしまえ。
「喰われる側じゃ、ない」
階段を下りきった頃には、空に狐火。
背後の社から悲鳴がこだました…気がした。
-了-
GARNET CROWの『かくれんぼ』から。
本当は普通に遊んでみたかった
僕という子供は夕闇に消えた
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