ブランコから


「夜様!」
音がする、木の枝を啼かせる音。
里の師範として揮っていた槍を内に戻す。
彼に付き従う、使役悪魔に戻ってその音を追う。
「…居ましたね〜夜様」
開けた空間、木漏れ日がちらつく薄暗い曼珠沙華の花畑。
高い高い木の枝が吊るす、彼にとっては高い高い位置のブランコ。
「ちょっと!無視しないで下さいよぉ〜!夜様!」
下で喚こうが、その板に乗る彼は沈黙している。
「槍で突いちゃいますよ?」
手元に具現させる槍を、ちらちらと木の葉の隙間から零れる光に反射させた。
「それしたら、お前はもう召喚してやらん、失せろ…うつけ者」
それだけ零して、脚をゆらゆらと空中に泳がせた。
ああ、機嫌が悪いなあ、そういえば先刻、お上に呼ばれていたなあ。
成程成程、そういう事ですか。
「夜様、せめてしっかり身体は禊して下さいな」
そう笑顔で呼びかければ、キッと睨みつけてくる少年。
幼い彼に、労わりも慰めもせずに、処理だけ促す。
「早めの対処をしなければ、汚れってのは落ちませんからね!」
あはは、と軽く笑って流せば、上空から怒鳴り声。
「煩い、お前も、お上も、他のガキ共も…!」
その弾む息に、上をしっかり見上げれば、崩れるバランス。
ずり落ちてきたその少年を、しっかりと抱きとめる。
足下に放った槍は、爪先でこつりと蹴って消した。
「…ふん」
「お怪我はありませんかぁ?」
「怪我させてみ…お前クビ、解雇」
全く、幼いのにこの暴君っぷり…なかなかの素質ですね。
背の高い曼珠沙華を脚甲で掻き分けて、彼をそっと降ろす。
「夜様、お顔、失礼しますね」
マントの端を掴んで、その柔らかな頬をぐい、と拭う。
「確認と実行…同時にすんな…馬鹿悪魔」
「はいはい、ごめんなさい」
「笑って謝んな、大馬鹿悪魔」
「すいませんねえ、これは私の武器でして」
此処に来るまでに、また油揚げでも投げつけられたのだろう。
薄っすら照るその頬をひとしきり拭うと、白い肌が赤く擦れていた。
「…武器?そんなんで攻撃できんの?馬鹿らし…」
ふい、とそっぽを向く辺り、まだまだ子供だなぁ、と安心しちゃいますね。
「いいえぇ、笑顔はすっごく重要ですよ!夜様」
「ふん、だからお前はタラシって呼ばれとるのだわ…」
ニタリとして、私を見上げるその意地悪な眼。
子供心に好奇心を煌かせる、そんな光を宿している。
「女性相手なら百選練磨のタム・リンに御座いますから」
「耳痛いから止めてくれん?」
素っ気無い言葉の端に、陰りが見えた。
「…狐とタラシなら、どっちがマシよ…お前」
さくさくと朱色に埋もれつつも掻き分ける先で、立ち止まって呟く私のご主人様。
「う〜ん…どっちもある意味誉れ高いから、悩みどころですね」
顎に指を当て首を傾げれば、その少年は背を向けたまま震えていた。
「…お前まで僕を辱めんの……?」
か細くなった声に、笑顔のまま、応答する。
「人離れした霊力も、呆れんばかりのスケコマシも、どちらも羨むべき力ですよ」
ふふふ、と笑い声を語尾につける。
すると、貴方は振り返った。全てを憎む様なその仮面を崩して。
「…なぁ…僕にもその仮面、つけさせてくれん?タム・リン」




「夜様!」
音がする、木の枝を大きく啼かせる音。
里の師範として揮っていた槍を内に戻す。
彼に付き従う、使役悪魔に戻ってその音を追う。
「…居ましたね〜夜様」
ブランコの板に膝裏だけでぶら下がり、だらりと身体を反らして垂らす主人。
「何?少し疲れてるのだけど」
あぁ、機嫌が宜しく無いですね…そういえば先刻、お上に呼ばれていたなあ。
「そろそろブランコ遊びの齢では無いと思いますが?」
「煩いな、人生なんて遊びだろう?帝都守護と同じでさ」
そのダラリと下がった身体の向きに合わせて、覗き込む。
幼さを脱ぎ捨てて、危ういまでの美しさを具えた相貌が笑みを作る。
「お前の仮面、正直役に立っている」
瞳を閉じたままでも、私の気配で位置を把握していると思われる。
「笑顔は武器だ、間違い無く…」
「そうですか?生かすも殺すも夜様次第ですからねぇ」
「哂っていれば痛くない…哂っていれば舐められない…哂っていれば…」
その相貌を開く、美しい、悪魔も墜ちる闇の色。
「心を捨てられる」
折っていた脚を、ピンと伸ばして、宙に踊る主人。
そんな貴方を昔みたく、抱きとめる。
やや重くなったその御身に、人間なのだなあ、と再認識させられる。
「しかし夜様、仮面は所詮仮面ですから」
ゆっくり降ろせば、曼珠沙華の朱色は彼の足下だ。
身長も伸びて、あの揺れていたブランコも、彼にとっては既に低い。
「…」
「その仮面を剥がされた時…どう対処するかは、貴方次第ですよ」
「剥がさせるか、誰が…」
口の端を吊り上げて、ニタリと妖しく哂うご主人様。
ああ、もしかして…教育方針、誤りましたか?
「早くリンにも僕の襲名の儀を見せてやりたいよ」
クスリと哂って云う貴方の後ろ姿に、私はただ笑っていた。
「十四代目ライドウなんざ、正直容易いね…帝都の汚い空気、早く吸ってみたいな」
フフフ、と背中を揺らして哂う貴方。
「弓月の君の模試も簡単過ぎて、あれでは万年主席だよ僕」
ああ、貴方様にも…少しの希望が先にあるのですね…
「…リン?」
返答の無い私に、いぶかしむ表情の貴方が振り返る。
「はい?何でしょうかライドウ様」
「馬鹿…気が早い」
フン、と鼻で笑って朱色の海を泳いでいく貴方に…笑顔で応えた。
そうですね。仰るとおりでした、夜様。

わらっていれば…痛くない…
この先の事なんて…わらっていれば…

「僕が召喚皇に成ったら、お前をいつも傍に置いてやるよ」

ふふふ
ほら、哀しくなんか無い。


-了-

Plastic Treeの『ブランコから』より。

SS『愛<憎』を読んでいないとよく解らないと思います。しかし暗い…
ちっちゃいライドウは、里のガキんちょと同じ言葉訛り。
笑顔の仮面は育ての親からのもの。
タム・リンの前でだけは子供らしいライドウ…

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