禁じられた遊び
「はあ…っ」
窮屈で、苦しい。
「意外と似合っているのが…くく、滑稽」
ライドウの声が、俺の圧迫を更に重くする。
「何で…俺が」
胎を締め付けるコルセット、腕周りがきついドレス。
「おい…っ」
「最先端の洋装だよ、シルクタフタ」
「擬態させろよっ」
「端のブレードの装飾が美しい」
「それか女性悪魔に…っ」
「ねえ功刀君、人形遊びは経験が無いのかい?」
俺の意見なぞぶっ飛ばして、ライドウは俺に問う。
俺は身に纏わされたドレスやピンヒールで、死にそうだ。
「んなの…無い」
「僕も無いが…よく小耳に挟むだろう?人形の扱い」
そう云い、外だというのにこの男は俺の首のチョーカーを引っ張る。
それがまるで首輪の様に、引かれるままに俺は脚を躍らせる。
「ひっ、ひぐっ」
「ふふ、舞踏会の事前練習には丁度良かった?」
一方的な社交ダンス。
俺は呼吸困難のまま、そのステップに無理矢理合わせられる。
「人形の首を、挿げ替えたり、無理矢理に異性の服を着せて嗤ったり…子供はするのだろう?」
ライドウが愉しそうに、手綱みたくリボンを引きつつ云う。
その、銀糸のリボンが、朦朧とする俺の眼には鎖に見える。
「君は、僕の悪魔なんだから…黙って着せ替えられて、体をいじられていれば良いだろう?」
「お、俺を…仲魔にした…理由にならない、っ」
「君はやはり青が似合うな、その斑紋の光る奔流も涼しい色をしているからね…」
「触る…なっ!」
引かれたリボンが背の編み上げに引っ掛かり、圧迫感が和らぐ。
レースアップが解けていく感触。
冷やりとした空気が、背中をなで上げる、と同時に…
ぴしりと痛みが奔る。
「駄目だろう、君が下手に動くから…」
「誰の所為だ…」
このまま板胸を曝しては、本当にただの変態だ。
俺は背に腕を回すが…こんな背後の編み上げなぞ出来っこ無い。
「君は不器用なのだから、僕に頼みたまえよ」
そう云ってくるライドウの、暗い笑みが見える。
「…」
「ほら、それともまだおしろいが足りない?お粉が足りない?」
その言葉の意味する事を知り、俺は冷や汗が額に流れた気がする。
「今度は身体に叩く事になるかな…」
「た、たの…む、ライドウ…」
震える声で、苦々しく吐き出す。
にしゃり、と哂うライドウが確信犯という事は分かっている。
「そうそう、このサマナーである僕が人形の持ち主なのだからね…」
そう云うライドウに、背の紐を取られる。
時折入る指遣いは、嫌がらせだ。
「人形の着せ替えは、人形自身には赦されていないのだから…」
悪魔の声…
俺は、羞恥に震えて俯いていた。
「頬のおしろいが、薄くなってきているね」
「!」
「丁度下の赤みが浮いてきて…頬紅みたいで可愛らしいね?功刀ちゃん?」
「こ、の…っ!!」
涙すら滲みそうだ。
この…この男は、俺を強かに殴り、打ちうけた。
それもわざと、人間の成りをしていた時に、だ。
俺の身体には見事にその痣が残ったままで、そこにこの女装。
悪魔に姿を戻せば一瞬で痣など消えるのに…
この男は、俺を組み敷いておしろいを滑らせた、粉をはたいた。
赤い、赤い華を…無理矢理雪で覆い隠すのだった。
「ああ、使役する女性悪魔にさせるより、余程面白いな」
「…」
いつか、その骨まで、バラバラにしてやる…
靴が擦れ、軋む脚先。
無理矢理エスコートされる俺。
「舞踏会会場に、到着」
その笑みに、一瞬ドス黒いものが混じるライドウ。
戦いの予感に、疼いているのだろう…
その、鹿鳴館みたいな建造物は…何故だか歪んで見える。
「此処…」
「そう、悪魔のダンス・パーティ、いざ参らん」
絢爛豪華な装飾も、どこか薄暗い。
臙脂色の絨毯が、乾いた血の様に床を埋めている。
「ライドウ、空気が…」
「流石に分かる?そう、異界だよ…」
だとしたら、この館に脚を入れた瞬間には
もう異界に呑まれていたという事になる。
「此の館、異界からの影響を受けて、被害者が出ているのでね…」
「何で?」
「残留する思念が、悪魔を呼び込んでいるのだよ…」
「思念…それが何か分かっているのか?あんたは」
そう聞けば、振り返り、急にうやうやしく俺の手を取るライドウ。
その気味の悪い行為に、俺は口元を引き攣らせる。
「青いドレスの女性ばかりが悪魔に喰われる…」
その、ライドウから発される単語が俺の脳内に引っ掛かる。
“青いドレス”
自身を見下ろせば、間違いなく青い。
「まさか!俺を囮にするってのかあんた!」
「そうでもなければ人形遊びなぞ、幼稚な遊びはしないが?」
戦慄く俺の手を引き、絨毯を舐める様に歩んで行く。
もう、既に悪魔の気配は在る。
警戒しつつ、しかしこの俺の姿がそれを萎縮させる。
「なんで他の悪魔にさせないんだよ…」
「他の女悪魔に?まあ男悪魔だろうが結論は同じだ」
「あんたなりの結論、云ってみろよ」
「従わせる悪魔に、主従より上の好意を抱かせては困るのでね」
その台詞に、俺は「はあ?」と素っ頓狂な声を思わず上げた。
横目に俺を見て、その眼を俺に見せ付けるライドウ。
黒い、純粋な闇が美しい双眸に、俺は少し動悸がした。
「お芝居だろうが、悪魔は主人からの言葉を魂で受け取るものだ」
「はあ…つまり、俺なら、あんたのお芝居に付き合おうがそれは無い、って事か」
「ご名答」
「…当たり前だろ、あんたの芝居なんか、そもそも上辺だけだし」
「へえ、云ってくれるな」
「まあ、俺がまずあんたの告白に一喜一憂する筈も無いだろ」
「だから君を今回伴侶役に仕立てて、連れてきたのだよ」
「むかつくが、依頼主も待ってるんだろうからな、仕方、無い…」
そう云いつつも、俺はこのひらひらする布を早く棄ててしまいたかった。
こんなの、女性か、それか綺麗な男性でもなけりゃ着こなせないだろ。
そう思い起こし、改めて恥が昇って来る。
「さあ、広間に着いたし、躍ろうか功刀君?」
そのライドウの声に、視線を移した。
薄暗いので、あまり分からないが…開けた空間に出た事は分かる。
「ほら、この手をお取り…」
伸ばされる手、指先が、くい、と俺を招く。
死の舞踏に。
「…ちっ」
淑女にあるまじき、舌打ちでその手を取る。
その瞬間、広間を照らす灯り。灯り。アカリ。
びくりとして、上を見上げる俺の腕に指を這わせて哂うライドウ。
「ほぅら、釣られて来た…」
ウィスプの様な、ジャックランタンの様な…大小系統様々な悪魔が広間を囲う。
灯りを点して、ぐるりぐるりと回る。
何処からか、ピアノの音まで響いてくる。
「な、ちょっと待てっ、俺踊りなんかっ」
「僕にゆだねて、黙って使役されて居て」
右?左?前?後ろ?どちらに動けば脚を踏まない?踏まれない?
俺のたどたどしい脚を、うまく踏まずにステップを踏むライドウ。
黒い外套が躍り、俺の青を覆い隠す。
壁に張られる鏡が重なり合って、俺達が何十人にも映り込む。
悪魔達は、映らない。
俺は、ぼんやりと…霞んでいる。
「もう少し愉しんでいたいところだが…そろそろ親玉を招待しようか?」
ピアノが変調し、甘い、ゆったりとしたものに変わる。
「青いドレスの女性に怨みでも有るのかな…?その女性が愛に応えると、広間が闇に染まり…
食い殺されている女性の死体が残るのだと」
少し、ヒールの高いローファーを鳴らすライドウが云い哂う。
「ど、どうすんだよっ」
「その場面を、今から再現すれば来るだろう?」
嫌な予感しか、しない。
ライドウが、俺の前にひざまずいた。
周囲の灯りも、ピアノも、それを見てか…いっせいに止む。
まさか…
「君が好きだ…功刀矢代」
きた
「さあ、此の手を取って…返事を紡いで?」
なんだこの狂った舞台は
「さあ…功刀君」
云わなければ、終わらない
「嘘では嫌、好きと云って?」
終われ、終われ、こんな…こんな!
俺なら、何も意識せず、紡げると思っているこの男が…憎らしい。
その手を取り、俺は薄っすらと…多分笑って呟いた。
「殺したいくらい、好き」
その言葉に、俺を見上げたライドウが…口の端を吊り上げた。
途端、俺の手から、腰にその指を滑らせる。
「跳べ」
そう耳元で囁かれ、俺は無意識に脚を跳ねさせた。
俺を抱きかかえる様に、共に跳躍したライドウが翻り抜刀する。
さっきまで居た中央シャンデリアの下では、大口を開けた悪魔がこちらを見ていた。
『青イ…ドレスノ…ハ、オレ…ノ!!』
唸り、間違いなく俺に殺意を向けてくるその悪魔。
『ホカノ、オトコニ…ワタサナイ…ワタサナイ…』
その言葉、なんとなく悪魔の妄執に、察しがついた。
周囲で回る悪魔達が、今度も俺達を囲む、逃がさまい、と。
「では愛しき人修羅よ、本当の舞踏を見せておくれ?」
傍で哂うライドウに、俺は侮蔑の眼差しを贈る。
それに笑い返すように、ライドウは刀を一閃する。
ずるり、と俺から青い纏いが床へと滑り落ちていく。
それを皮切りに、窮屈な、あれこれを俺は引き千切り投げ棄てる。
魔力が疼いて、俺の開放感を助長させた。
斑紋が青白く光る、いつもの、姿。
「鏡じゃ見れないんだ、しっかりと、俺を見てろよ…憎らしいご主人様?」
俺はそう云い、床に顔を覗かせる悪魔に向かって駆け出した。
もう、鏡に俺は映っていなかった。
禁じられた遊び・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
ライドウ曲として薦められたALI PROJECT『禁じられた遊び』から。
人修羅女装。
ライドウがさせるのは囮の為だけか?
偽りの告白。
狂おしい舞踏。
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