未來のイヴ
(ライ修羅)
「アンドロイド?」
ライドウの発する単語は、時々嫌に未来的だ。
「あんた、人造人間の概念持つ時代の生まれだったか?」
業魔殿の、書物を整理しながら(させられながら)
俺はライドウにいぶかしげに声を掛けた。
「在るさ、Andreide…未来のイヴ」
梯子の上から返事が下りてくる。
高い位置の悪魔文献は、俺にはどういじって良いのか分からない。
番号順に揃っている下の棚を、俺は受持って埃を掃う。
「未来のイヴ?何だよ、それ」
「ヴィリエ・ド・リラダンの小説」
「誰?」
「仏蘭西人作家…何だ、君の時代では著名で無いのか?」
ライドウの動かす本達が、俺に向かって嫌がらせの如く埃を降らす。
俺は少し咳き込んで、其処から離れる。
「知らな、げほっ!…おい、下見て落とせよっ」
「素晴らしいのに、学校の指導教材にすれば良いのだよ」
「聞け!」
相変わらずのお構い無しっぷりで、奴が手にしている本を数冊投げてくる。
俺に“受け取らないとどうなるか解っているな?”という視線を同時に投げて。
「御苦労」
「…ちっ」
空中でバラけたそれ等を、俺は反復跳躍しつつキャッチする。
地に一冊でも着けば、埃では無く鉛が降って来ると思う。
「これ何処に置けば良いんだ?」
「一番左の棚の上から二段目」
「梯子は?」
「跳んで入れろ」
「…」
俺を何だと思っているんだこのデビルサマナー。
「あのなあ、悪魔だって何でも理想に応えられると思うなよあんた」
俺は不満を云いつつ、地を蹴り指定された本棚の上段へと跳ぶ。
一番上を指先で掴めば、フェルトみたく埃の感触。
それに眉を顰めながら、上から二段目の空きを探す。
「理想に適わぬから、創造したのでは?」
向こうから、暗く静かな空間に響くライドウの声。
「何を?」
俺は少し乱暴に、片手にした本を突っ込み聞き返す。
すると奴はまた口にした。
「アンドロイド」
奴はまた云う。
「それ、あんたはどういう風に気に入ってんだ?何でも云う事聞く奴を指してる?」
はん、と少し馬鹿にして笑ってやれば、ライドウは本棚に手を突っ込みつつ語る。
「ヒトは、酷い欠陥だらけだと思わないか?」
「…俺に云うなよ」
「フフ、君はヒューマノイドかな?」
「どういう意味」
「“人間もどき”」
そう哂って云うライドウに、俺は最後の一冊を思い切り振り被って投げつけた。
それをばすり、と音を立てて受け止めたライドウ。
俺は本棚に引っ掛けていた指を開いて、下降する。
すれば、先刻まで居たところを鉛が滑空していった。
金属の残響が空間に広がる。
「業魔殿で発砲すんなよ」
「いや失礼、欠陥だらけでね」
「此処に居る人修羅とデビルサマナーどっちの事?」
「さあ?」
「その本、入りきらないから」
「あ、そう」
嫌味が飛ぼうが鉛が飛ぼうが、日常茶飯事なのだ。
「L'Eve future…」
「え?」
「未来のイヴはね…なにもS・Fでは無いのだよ」
梯子の上から、ライドウが呟く。
「アンドロイドなんて、まさしくSFだろ?」
俺が安直に思考すれば、ライドウは鼻で笑う。
「アダリー(理想)をヒトが創造するのは、神への冒涜だ…」
「あんた無神論者じゃないのか?」
「一般的な見解だよ、悪魔合体だって理想に近づける為に繰り返される業だろう?」
「…まあ、確かに、俺は好きになれないけどな」
腕組みして、あぶれた本の山に寄り掛かる。
「云ってしまえば…僕と君だってアンドロイドさ」
そのライドウの台詞に、俺は「はあ?」と素っ頓狂な声を上げる。
「だって、そうだろう…?君は幾度も繰り返させられ、理想へと近づけられていく」
「…」
「ボルテクスという実験場で、失敗の君は記憶ごと廃棄処分」
「発想が悪趣味」
「有り難う」
「で、あんたはさしずめカラスの作ったアンドロイド、ってか?」
俺の揶揄も嫌味だが、奴はくすりと哂って答える。
「そうだ、葛葉という素体に容れられた僕と云う情報」
「カラスの手足?」
「創造主に隷属の日々さ」
「実験場は?」
「帝都(とかい)」
そこまで聞いて、俺は思わず胎を抱えた。
そんな俺を、ライドウは見下ろして問い詰める。
「どうした?捻子でも外れたかい?」
「っくく…いや、だってあんたさ、“安全性”と“服従”は具えてないだろ?」
「!」
「だから、アンドロイドには遠いって」
「へえ、君はやはりそれなりの知識は有るのだね」
ニタリ、と哂って、ライドウが梯子に腰掛けたまま脚組みする。
「あんたの入れ知恵のお陰で、最近妙に思想がデカダンスだよ」
「クク、結構結構…」
手をぱん、と数回重ねて埃を掃うライドウ。
その組んだ脚のまま、梯子からしな垂れる様に背をしならせていく。
そうしながら俺を見つめるその眼は…俺に理想を求めている。
ぐらり、と梯子から離れて此方に舞い落ちてくる黒い烏を
俺は両腕でがしり、と受け止めた。
腹立たしい事この上無いが
俺の思考回路は使役され始めてから狂っているので仕方が無い。
斑紋光る腕の中で、帽子のつばを掴んだライドウが哂って言葉を吐く。
「それでこそ、僕のイヴ」
-了-
ライドウ曲として薦められたALI PROJECT 『未來のイヴ』から。
明治にはもう書かれていたなんて…
学校の指導教材にすれば良いのに…
強請り、存在し得ないイヴを求めるある種の恋愛小説
人修羅も葛葉もアダリーへのアーキタイプ
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