Poisoner



「では、この依頼は無かった事に」
云い放ち、席を立つライドウ。
ちら、と俺は遠目にそれを見る。
「おい!待てよ!!何でも怪し事なら解決してくれんじゃないのかよ!?」
向かいに座っていた男が、怒号と共に立ち上がる。
「ええ、オッカルトなら」
綺麗に微笑むライドウ。
あれは営業スマイルだ。
「どう考えたって悪魔の仕業だろ!?」
食い下がる男、写真を差し出して、喫茶のテーブルに指で打ち付ける。
それを見て、ライドウは少し呆れた様に笑う。
「それは先程も拝見致しました」
「これ!ほらココに写ってるの!悪魔だろうが!!」
俺の眼でも、何となく視える…
っぽい、ソレ。
「しかしですね、この様な悪魔は知りません」
「未確認の奴じゃねえのかよ!?お前の知らない奴とかよお!!」
スーツをきっちり着込んだ男は、それに似つかわしくない態度。
きっと、ライドウが書生の姿だから…舐めている。
「…逆に」
「あ?」
「逆に、貴方を売り渡しましょうか?」
と、いきなりライドウが
その声音を変える。
写真をすらりとした指先に捕らえ、その面を男に向ける。
「此処、御覧なさいな…」
空いた指先で、その面の一部を指した。
「なんだよ」
「此処に、この悪魔と云われるモノが映りこんでいますね」
「それがどうした!」
「悪魔はね…鏡などには映らないのですよ」
そう云って、写真を突き出した。
口を開けたままの男に、続ける。
「悪魔より、人間の方が犯罪率高いの、御存知ですか?」
ライドウが、そう云った瞬間。
その男は拳を振り上げた。
俺は肩が一瞬強張ったが、別に助ける義理も無いし
ライドウがさせるなら、それで構わないだろうと思った。
周囲の客がすこし振り返って、彼等を見る。
だが何事も無かったかの様に、穏やかな喧騒へと空気は戻る。
「ちっ、もういい」
「御足労感謝致します」
大人しく殴られたライドウは、ただ哂っていた。
殴った男は、店の扉のベルを鳴らして出て行った。
俺は、カウンターから外れて、ライドウの向かいの席へと座った。
「あんた、仕事は真面目だよな」
「仕事?」
「帝都守護」
「…ああ、それ仕事では無いから」
着席したライドウは、テーブルの隅にある手拭を掴み
冷やの入ったグラスへと押し付けた。
「仕事だろ?」
「趣味」
水滴を吸って、冷たくなった手拭を
先刻打たれた頬に添えた。
「あんな奴、訴えてやりゃいいのに」
俺がお品書きを手にして、ぼそぼそと呟いていると
向かいのライドウは少し哂った。
「大丈夫さ、刑事さんに今頃御用となっている筈だから」
その言葉に、俺は文字から眼を離す。
「…どういう事だよ、それ」
「風間刑事には、もう写真の複製も渡してあるからね…」
「なんで」
「餅は餅屋」
「違う!何で刑事さんの手柄にすんだよ!鳴海探偵社の手柄にすれば…」
俺が声を張ると、ライドウはニタリとした。
俺は…なんと無く、解った。
「ねえ、僕が捜査に使うのは…悪魔だけじゃないの、知っていた?」
ライドウの背後に見える窓の向こう
スーツの男が数人に取り囲まれているのが見えた。
「毒を喰らわば皿まで」
そう云って、ライドウは俺からお品書きを取り上げた。
「手柄で釣っておくのさ…有益な情報を流してくれるからね」
「おい…」
「富・名誉・愛欲ですべて釣れる」
哂い続ける、黒い外套。
「クク、美味なれど毒だがね…」
そう呟いて、手を挙げ女中を呼ぶライドウ。
気付いた女中がすぐに此方へと歩み寄る。
「珈琲と、向かいの連れの冷を替えて頂けますか?」
なりを潜めた、黒い影。
そんな微笑で、女中に頼む。
「はい、かしこまりました…」
きっと、ライドウの顔に見惚れている。
俺の脳裏を、ライドウの言葉が駆け巡った。

あの依頼主…悪魔に罪を着せた、富を得んとする窃盗。
刑事…情報漏洩して、己の名誉。
女中…たった一目だというのに愛欲にのぼせた視線。

「毒で成り立っているからね…」
「陰気な野郎だな…あんた」
俺の嫌味すら美味しい。
そんな表情で、向かいの書生は営業スマイル。
「パラケルススも云っているよ、毒の無いものは無い、とね」
「あんたは毒しか無いだろ」
toxicology(トクシコロジー)
こいつにだけは絶対教えたくない。

「嗚呼、カフェインが美味しい」

毒を呑んで、ライドウが哂った。
窓外で、男が手錠を掛けられた


-了-


ライドウ曲として薦められたALI PROJECT 『Poisoner』から。

私のライドウのイメージ
毒を生かす、toxicology(毒性学)
すべての欲と毒を利用する

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