尖った手口
俺の肩に掛けられた羽織り。
豪奢な、魔獣の鞣革。
込められた魔力をまだ感じる
死んでいる筈のその皮から。
「いい、要りません」
両側から掛けてくる悪魔に、其れを剥がして突き出す。
困惑顔の従者。
魔界の城で、俺は…多分我侭だった。
『ですが、ヤシロ様』
「このままでいいです」
『新月にしか姿を見せぬ霊獣の毛皮ですよ、纏うは不服ですか?』
「…獣臭い、悪魔臭い」
突き放して、俺は謁見の間が見える窓にしな垂れた。
あそこに居る、閣下…この城の城主。
俺を殺して、生み出した張本人。
その姿を見ると、未だに畏怖する。
同時に、怨めしくもあり、縋る対象でもあった。
(…いつか、越えなければいけないのに)
あの堕天使の前に立つと、やはり竦んでしまう。
親に逆らえぬ子の様に。
悪魔の血が流れるから、その姿が恐ろしいのか。
俺だけでは、勝てる筈無い…
だから…ヒトの手を借りるのだ。
飼われる犬に成って、今は嬲られても
いつか…飼い主の手を咬んで、喰い千切ってやる。
そして云ってやるんだ
“こんなに強くしてくれて有り難う…最果てに立つのは俺だから”って。
あの人間の悪趣味な使役…
与えられる偶の飴も、普段の鞭を鋭敏にさせる為の悪戯でしかない。
そう、それだけ―――だ。
『おいライドウ、それは何だ…見た事も無い銃だが』
僕の手の中で、しっとり輝く銃身。
鉛色…だけで無く、艶やかな暗黒色。
「内緒にしておいて下さいよゴウト」
口の端を、いつもの如く吊り上げて
僕はその内に弾を装填して、その金属音、連結音に微笑む。
『禍々しいな』
「割り出した情報から、ヴィクトルに作成してもらったのですよ…」
『情報?』
クスリと哂い、その筒にくちづける。
「半人半魔にも効果覿面な鉛…を吐ける銃ですから」
うっとり語る僕に、ヒゲを奮わせるゴウト…
『飼い犬を殺すつもりか?』
「制御出来ぬ飼い主ほど罪深い者は居ないですから」
しかも愛すべきダブルアクションのリボルバー。
どう使おうか?
云う事を聞かぬアレの頭に押し付けて、脅迫しようか?
宣言通り、咬み付いてくるなら…殺すよ?と。
空の弾倉五発の後に…きつい一発を容れて置いて。
五回ビクつく君を見下しながら、嘲笑って…
最期、パン、と一発お見舞いして云ってあげる。
“死刑判決、忘れてた?”
嗚呼…頭を押さえ、のたうつ君が瞼の裏に…
そう、君は手駒、既に捕らえてあるのだから。
僕が悪魔召喚皇となる瞬間、君諸共…
ひっくるめて、全てを掌握してやる。
半人で在りながら飼われるのは、どんな気分?
でも、放す気はさらさら無い。
愛玩動物への感情…だが、愛など無い。
依存?執着?それは、愛と違う?同一?
この罪に、答えなど必要無い―――
憂鬱な、我が共犯者よ
「おかえり功刀君」
「…」
眼の奥に、暗い闇を携えた悪魔召喚師が
半人半魔の少年を迎えた。
「報告はどうだった?閣下はご健勝で?」
「…いつもと同じだよ」
微笑む悪魔召喚師。
その指を、人修羅の肩に掛ける。
咄嗟に振り返る人修羅に、クスリと哂い掛けた。
「獣の毛が付いていたよ…」
「…」
黙ってそれを指先で摘まむ人修羅が、怪訝な表情をする。
「肩を抱いて欲しかった?おかえりと共に」
「ふ…っ、ふざけるな!」
払い除けるその半人半魔は、少し赤面しつつも…
振り向きざまに伸ばした爪を、こっそりと引っ込めた。
同時に、悪魔召喚師も…外套の中で掴んだ銃を、するりと放した。
先に極刑が下る罪人は、どちら?
尖った手口・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
ライドウ曲として薦められた椎名林檎『尖った手口』から。
“共犯者”
とてもこの二人に似合う言葉。
暗く焔立つ、両者の野望、執着…
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