本当に、これで良いのだろうか?
そんな意識すら、金色に光る双眸に破壊される。
「互いに、男であり、その様な…趣向も持ち合わせておらぬ」
「はい」
「君が発した台詞の意味を、今一度確認しても良いか…」
自身でも、感ずる程の眼をしていると思う。
恐い、眼を。
「貴方の仲魔にして下さい」
その手が、我の外套から滑る。
しっとりと重い外套布を捲り、腕を掴む。
「そうすれば、もう悩む事も無いです」
「悩む…我が、か?」
「だって雷堂さん…力を欲すれば、俺を悪魔としてしか見ない意識に囚われるんでしょう?」
「…」
「かと云って、友達…と云うには、感情が溢れている」
「ああ」
「…俺でさえ、感じます」
「すまない」
「だから、仲魔にすれば、雷堂さんの罪の意識も消えますよ」
期待か?罪悪か?背徳の甘美さか?
それとも…踏み入れる恐怖か?
「あ、ああ…」
微かに、震える己の指が情けない。
その指を、人修羅の頬から耳元にかけて沿わす。
掌で、顔を包み込む。
「矢代…君」
ああ、何処まで行けば良いのだ。
何処まで行けば、我は気が済むのだ。
その、少年の唇に、己の其れを重ねんとする我は…男ぞ?
ふざけている…道理に反している。
先日手を出したというのに、この期に及んでそれを引こうとさせる。
そんな、あまりに身勝手で愚かしいこの我を…
「赦して…くれ」


愛を乞う屠人


その腕を逆に引き寄せ、外套で線の細い身体を蔽った。
小さめの唇は薄く、重ねればやんわりと開いた。
其処へ、そろりと舌を這わす。
すれば、腕が更に力を入れ掴んでくる。
その、溺れた人間がすがるかの様な状態に酔いしれた。
もっと。
もっとしがみ付いて欲しい。
もっと、欲して欲しい。
「ぁ…っふ」
欲が増していく、繭が水を吸いきったかの如く。
脳内が埋め尽くされていく。
「ライドウを、我の向こうに見てはいないか?」
離した口でそう問えば、彼は息づき上気したまま応える。
「雷堂さんが、本当の事…云ってくれたら、見えなくなります…っ」
「本当の…」
「デビルサマナーとして以外の…感情の正体を…教えて…」
「や、しろ…」
「教えて…雷堂さん」
その声に、過去の様々な教えが、警鐘を鳴らす。
悪魔に、魂を取られた瞬間…サマナーとして、死と同義だと。
常に、能面のように振舞ってきた。
下手な交わりは、陰陽の乱れを生むと…身体すら明け渡さなかった。
それを機関も望んだ。
それに応えて生きてきた。
「君…が、欲しい…っ」
それを、己が手で、破壊する。
「力と関係無く、君の心が…」
打ちのめして、全てを裏切る。
「浅ましいと嗤ってくれ…その、その全てをも、手に納めれたら…」
外套の、学生服の釦を外す、ひとつひとつ…戒律を破るかの如く。
外す毎に、欲が強まっていく…
あの、手を落とした時にも似た、支配の感情…だと云うのか。
「ライドウは、痛い事ばかりする…だから、雷堂さん」
その、幼さと青年の中間でたゆたう彼の表情が
どす黒い感情を揺さぶって、攪拌させる。
舞い上がった感情が沈まぬ内に、返答した。
「優しくしよう…」



「解け…」
『駄目です』
『ライドウノ命令ダ、諦メテクレ』
その、二体の悪魔に睨めど、効果は無かった。
同じ仲魔という立場が、俺が人修羅だという意味を打ち消す。
「解かないと…」
『何だと云うのですか?ここで暴れるのですか貴方は』
アマツミカボシが嘲笑気味に首を傾げた。
「主人があんな行為に走って、情けないと思わないのかお前達は!?」
俺の怒声も、部屋の中には聞こえないのだろう。
その類の術なんかサッパリなので、俺には解ける筈も無い。
「お願いだから…」
ここで殴り殺しても、解決にならない。
自身の悪魔を増徴させるだけの行いをする上、解けなかったらどうする?
それで…雷堂に見放されるのは、嫌だ。
『おやおや、悪魔の王と成る筈の貴方が、我々なんかに頭を下げて良いのですか?』
「頼むから…」
『なりませんよ』
ぴしゃりと拒否され、俺は下げた頭を垂れたまま続きを聞いていた。
『主人の為ならまだしも…こちらの次元の葛葉の為でしょうが?そんな他人事に同情する気はありませんからね』
「…だったら、せめて俺の頭に流すのを、止めてくれよ!」
請う様に、イヌガミに視線を送る。
少しの間の後に、イヌガミが俺を諭す。
『命令…ダ』
「…」
『悪イガ、人修羅…オ前ガ主人デハ無イ』
イヌガミの拒絶に、逃げ道を失う。
「……あの…嘘つき…ッ」

“そんなに逢いたいのなら、逢わせよう…”

あの、甘い蜜に蕩かされてしまった自身を呪う。
直接逢わずとも、その姿が見れたら…
俺に笑いかけてくれたら良かった。

“僕が君に擬態して、彼に逢ってあげる…”
“君はそれを遠目に見ているんだ”

そんな約束で、二つ返事した自分が虚しい。
間接的な逢瀬…
それでも、その姿を見て、俺に対してそう話してくれているのだと。
そう知る事が出来れば良かった、のに。
いざ、展開されてみれば、まるで喜劇だ。
イヌガミの送る、部屋の中の毒々しい空気が
俺の脳内で暴れる。
アマツミカボシの擬態術で、俺の形をしたライドウが…
雷堂と、まぐわう、その声が、湿度が再生される。

《俺と、身体だけでも契約して…下さい》
(望んじゃいない、そんな、そんな事)
《だから、仲魔にすれば、雷堂さんの罪の意識も消えますよ》
(そんな簡単な訳無いだろうが…!)
《赦して…くれ》
(やめて、やめてくれ雷堂さん)
《君…が、欲しい…っ》
(俺じゃない)
《優しくしよう…》
(優しくしないでくれ、そいつは…そいつは)

「あ、ああ、ああああっ」
頭を振りかぶり、耳を塞いでも送り込まれてくる映像。
鮮明でなくとも、音が勝手に酷いイメージを作り上げる。
交わされる吐息が、俺の乏しい知識を最大限に引き出す。
ライドウにされた悪戯の端々が、記憶を掘り起こす。
『おやおや、大丈夫ですか人修羅?』
『…命令ダ、止メハシナイ』
溜息混じりのアマツミカボシと、対照的に実直なイヌガミ。
その二体の前で、俺は跪いて床に手を着いた。

《ああ…っ、雷堂さん、もっと触って》
(触らないで、触らないでくれ)
《矢代君…》
《名で、名だけで呼んで下さいっ…》
《矢代…矢代、矢代…!》
(勝手に、仲を深めないでくれ!!)

俺だって未だ呼ばれぬ、その呼び方が憎かった。
身体を結ぶ事が望みでは無いにしろ、あの様に勝手に…
全ての特権を奪われていくのが、絶望を生む。

《欲しい…ライドウのじゃなくて、貴方のが…》
《はぁ…っ》
《雷堂さんのマグネタイトを下さい》
《…良い、のか》
《注いで…今は俺のご主人様になって…下さい》
《…っ》

そのやり取りを聞いて、思わず立ち上がる。
『クク、主様もお人が悪い…どれだけ煽るのやら』
アマツミカボシの笑いを遮って、俺は扉に手を掛けた。
ビクともしない、置いた掌が、焦げる様に熱い。
「止めて!駄目だ!駄目だああっっ!!」
がくがくと、扉ではなく俺の腕が揺さぶられるだけだった。



「気分が悪くなったなら、すぐに云うのだぞ」
「はい」
どこか、薄っすら笑う人修羅を布団に倒しきる。
その脚を割れば、互いに曝す事を…普段は嫌悪する箇所が在る。
「あの、あまり見ないで下さい…」
「す、すまぬ」
「早く、欲しいんです…」
その言葉にさえ、反応してしまう。
「普段はあんな潔癖ぶっていて、こんな俺…嫌ですか?」
「いいや、そんな筈無い」
寧ろ、逆…な気さえする。
普段の…あの彼が、脚を開いているという事実だけでも
胎に嫌な熱が溜まりそうだ。
「変な事を聞くが…油等は…」
「そのまま、どうぞ」
「…肉が切れてしまうのでは」
「ライドウは、そうしてきます」
その名前に、霧が晴れる。
あの、別次元の十四代目が…と、脳が号令を出す。
「では、我が新たに切り裂こうか…」
ぼそりと、人修羅の耳元で囁いた。
愚かな対抗意識に躍らされて、本当に何もせずに…先端をあてがう。
少し、息を呑む人修羅。
「…息を、吐くんだ」
その我の告げる呼吸は、敵の得物が肉に刺さった際に
其れを抜き取る為の呼吸であった。
そんな間違った教えを彼に聞かせながら、先端を潜り込ませる。
「っ…は…」
苦しげに、布団を指で掻く彼の耳朶をやんわりと噛む。
「ひ…っ」
「力を、そのまま抜いていてくれ」
一瞬弛緩した坩堝に、深く一気に突き挿れた。
「ひああああっっ」
一際高い声をあげた彼を、そのまま掻き抱いた。
その瞬間、全てが壊れた気がした。
デビルサマナーとしての、律してきた心も。
十四代目葛葉雷堂としての身体も。
彼を友と想う気持ちも…

「矢代…俺の…好い人…」

そのまま動かず、抱きしめたまま告白した。
真の想いを。

もう、性別や人か悪魔かなどという事は、記号になっていた。
その理に反する行為にすら、酔いそうだった。
全てを無視して、彼を手に入れたこの瞬間が、至上の歓びだった。
初めて手にした、人。
この形が歪でも、初めて受け入れてくれた人。
この後、彼が本来の主人へと還ろうと、覚悟出来ている。
それだけ、今が全てだった。

腕の中で震える人修羅。
痛いのか、気持ち悪いのか、泣いているのか。
少し不安が過ぎり、覗き見る。

「矢代、どうし…」

「…っく…」
嗚咽、では無い。

「っく、っくくくく」
その食い縛る隙間から洩れるは、哂い。
「あっはははははは!!」
眼元を腕で覆い、いよいよ大口で笑い散らす人修羅。
それに、返す言葉すら浮かばずに見下ろし続ける。
「ああ、可笑しい…可笑しいっ!」
「な…」
「可笑しいよ、雷堂っ」
哂いながら、苦しそうに喋る彼。先程のしおらしさは微塵も無い。
「まだ…解らないのか…君は」
そう云い、腕をゆるゆると落としていく。
その、微かに見え始めた眼の色が…違う。
けぶる闇の様な…灰色の眼。
見覚えの有る、眼。
姿見を見れば、己の双眸に有る色…!
「まさか」
「そのまさかだよ」
そう、端的に返されて言葉を失う。
「もういいよ、解いてくれ」
そう云った彼は…するすると姿を変えた。
硝子の結露が流れ落ちた様に、鮮明になった…
「ああ、疲れた…」

少し額に汗を滲ませたライドウを、我は組み敷いていた。
「いつまで挿れてる気だい?」
口の端を吊り上げて両の脚を折り、我の肩へと掛けて押し退けた。
ずるりと引き抜かれた楔を隠す事すら忘れて
我はただ、呆然としていた。
起き上がったライドウの背は赤く滲んでいた。
「全く…後背位にすべきだった…」
顔をしかめて、襦袢を正す彼。
気付けば、彼の背にしていた布団は赤く血に濡れていた。
「愛しているにしては、見抜けぬのだな君は」
その言葉に串刺しにされた気がする。
「何の…何の目的有って、だ」
白い頭で、精一杯の問いが、それだった。
振り返り、手櫛で額にはり付く髪をかき上げたライドウが応える。
「君の云う、友愛の正体が知りたくてね」
扉の前に立ち、腕を組む。
その表情は、先程まで受け入れていた人間とは思えぬ程、強かった。
「別に…肉欲を哂いはしないが…君は随分空気に弱い様だな」
「く…謀った…癖によくも、そう…」
「ふふ、それでは彼が拒絶すれば、それすら受け入れそうだ」
「擬態をこの様な事に使うなぞ…」
「サマナーの誇り?そういう事は前をしまってから云いたまえ」
その嘲りに、血が滾る思いで学生服を掴み、肌を隠した。
「しかし…君は、本当に彼を…好い人と、云いきったな」
「結果的に貴殿に伝えるのみとなってしまったがな!」
学生服に身体を戻し終え、そう静かに怒鳴れば
ライドウは扉に手を掛け、眼を瞑った。
「ここを開けた瞬間、眼の醒める様な感情に支配されるだろうな」
その不可解な台詞を後に、何か言の葉を紡ぐ彼。
すぐに、唇の動きで術と解った。
(閉じ込められていた…!)
いつのまにやら、この部屋の出入り口は封されていたのだ。
龍のアギトにも近いその封を、恐らくライドウよりもこなせる自身が…
簡単に其れを使われていた事が、恥であった。
「君を閉じ込めていた…というよりは、浸入を防いでいたが正しい」
そう云いながら、解除された扉が開かれた。

悪魔二体…と

人に非ず…悪魔に非ず

「雷堂…さん」

本当の彼が、其処にうずくまっていた。
その両手が、赤く爛れている。
その両の眼から、一滴流れた。

「功刀君、良かったらこの後相手でもしてもらえばどうだ?」
ククッとひと哂いして、彼の真の主人がその傍へと寄る。
キッと睨み、腕を振るい上げた人修羅を
背後のアマツミカボシが受け止める。
『人様のお宅で暴れるべきではないでしょうに』
「お…前等…!」
その震える腕を、やがて力無く垂らした人修羅。
受け止めたアマツミカボシの腕が、大きく裂けている。
「御苦労」
『フフ…いえ、なかなかの演技派で』
持っていたのか、ライドウの肩に外套を掛けたその悪魔。
学帽を頭に置くイヌガミと共に、ライドウは階段へ向かう。
「後は御二方、好きにしたまえ…語らうも良し、まぐわうも良し、喧嘩するも良し…」
その言葉が、全て重い。
「まあ、今回は萎えてしまってどうしようもないだろうがね」
高笑いと共に、階段を下っていく…

その声が完全に治まった頃に、我は人修羅を見た。
向こうも、こちらを見た。
この沈黙が、どのくらいだったのかすら、分からなかった。
もしかすれば、数秒であったし、数刻であった。
「矢代…君」
嗚呼、なんだ、なんだというのだ。
我が何故、彼を好いてはいけないのだ…
何の…罰だというのだ。
「聞いて、ました…全部」
「…」
「盗み見る様で、すいません…でした」
「矢代君…!」
歩み寄れば、同じだけ離れていく脚。
「俺は…っ、俺は貴方とあんな事出来ないっ」
嗚呼…壊れていく。
過去を裏切る観念が…
諦観していた独占欲も…
彼への、穏やかな想いも…
「貴方を尊敬はしていても…交わる契約、は…俺…」
涙を流すは、人の部分でか…
「雷堂さんっ、貴方が…恐…い」
そう呟いて、駆け出す。
「待て!」
腕を掴む。
「触るなっ」
振り払われる。
「矢代っ」
再度掴む。
「止めてくれ!!」
突き飛ばされ、睨まれる。
「擬態と分かっても続けていたのでしょう!?」
「な…」
「夢見心地に溺れる貴方なら、そうした…筈だ!」
「馬鹿な…馬鹿な事を云うな!!」
そう怒鳴り返す我…
だが、冷や汗が、何故だか止まらなかった。
「今回は、ライドウがすいませんでした」
「…」
「さよう…なら」
数段飛ばしで駆け下りていく人修羅…
追う事が出来ずに…我は静止していた。
あの、人修羅の言葉に…自身を問い質す。
果たして…あの時気付いていたとして我は、云い出したのか?
どうせ、手に入らぬのなら…仮初めの縁と割り切って。
一夜の夢に酔ってしまっていたのでは…ないのか。
「う、ううっ」
よろよろと、血濡れの布団へとへたり込む。
これは…罰…だろうか。
人の親愛などに触れようとする、この己への…
任務と言い切り、殺してきた…暗殺してきた烏の餌食達が
我を泥の底へと、深く引きずり込んでいるのではないだろうか…
「愛が手に入らぬの、に…どうして」
どうしてライドウは生きていけようか?
強い思いに、生かされている。そうだとすればそれは…
表裏一体の、あの、どす黒い感情しか、残っていない筈。
「矢代…」
血濡れの布団に指を滑らせる。
「っ…く…くっ」
その血を指先に宿して、布団に綴る。
綴る。意味など無い。

《矢代》
《矢代 矢代》
《 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 》

意味など無い、呪術的な意味ですら無い。
「は…あっ…はあっ…」
そのまま綴った血文字の上に倒れ込む。
錆の臭いに包まれて、あの偽者の肉を裂いて浸入した事を思い出す。
(嗚呼…今度、は)

「今度は、君の真実の肉が、欲し…い」

爪を立てて、布団の表皮を裂いた。
泣き叫ぶ様な綺麗な音を立てて、其れは裂けていった。



愛を乞う屠人・了

↓↓↓あとがき↓↓↓
うわあ、これは酷い!!(お前が云うな)ライドウも酷いですが…
雷堂も最後辺りに怪しいですね。いよいよか?
これが本物の人修羅なら、甘いのでしょうが…
人修羅は本当に男に興味ありません!!(いえ、全員そうな筈なのですが)
しかしこれが正規ルートというのも滅茶苦茶ですね。
ライドウは今回も気分良さそうですね…(背中は痛いお)


back