烏の印〜シカケ〜
「いいか、しばらくそのギプスは外すなよ?」
ドクターの声が遠い。
俺は心が半分何処かに飛んだ状態で、その忠告を聞いていた。
「しかし、その断面…よほど鋭利な得物を持った悪魔とみた」
ねめつける様な視線が、俺の左腕に注がれた。
「…まあ、そんなもんです」
俺は答えながら、ちらりと横に視線を流す。
黒い外套の書生が、壁に寄り掛かって腕組みをした。
「断面が美しい程、処置もし易いだろう?良かったじゃないか」
それもそうだ、と相槌するドクターヴィクトルを見て
ああ、やはりあのサマナーは真実を伝えていないのか。
そう納得した。
「さあ、戻ろうか功刀君」
ニタリ、と哂ってライドウが外套を外した。
俺の肩にそれを纏わせ、背中を押す。
「歩ける、手首から先なんだからギプスだって邪魔なだけだ」
「いくら治癒が早いとは云え、分断された肉体を繋ぐのは容易では無い」
「…何が分断された肉体、だ。あんたがやった癖に…」
纏う外套が、鉛の様に重く感じる。
道すがら、ライドウを糾弾せども
当の本人はしたり顔で傍を歩く。
「変に力を放出しては手首から崩れる可能性があるからね…」
「…」
「ま、大人しくしている事だ…」
(手首から、崩れる…)
己の左腕を見れば、真白な石綿。
消え去ったぬくもりが、一瞬頭を過ぎったが
それをすぐに振り払った。
探偵社に戻ると、ライドウが俺の空いた腕を掴み
自室へと引き入れる。
「片腕では不便だろう?」
そう云いベッドへと座らされる。
「何だよ、あんたから施しを受ける気は無いぞ」
「少し待っておいで」
俺の意見をさらりと無視して、離れていく。
その姿を見送りつつ、ふと思い出していた。
こうしてこの後、階段を上がってくる書生の額に
傷痕が在れば良いのに…
と、幼稚な期待を抱いた。
(いや、御都合主義だろ…)
そんな自分に嫌気がさして、深く溜息を吐く。
「フ…運気が逃げるぞ」
溜息を見て云ったのか、戻ってきたライドウにそう掛けられる。
「あんたの仲魔になってから逃げっぱなしだよ」
悪態に笑顔で応え、ライドウは手にしたグラスを差し出してきた。
「何、これ」
「鎮痛剤」
そのグラスの中の液体は、何か少し沈殿している。
「毒じゃ無いだろうな」
「まさか…まあ、多少御法度とされる草は入れたが」
麻薬入りかよ。
呆れを通り越し、むしろ感心してしまう。
「あんた、本当にそういうの詳しいよな」
「人の身は痛みに敏感だからね…その腕、人の成りをしている際は痛むのだろう?」
その指摘に、ずきりと傷が反応する。
「あんたにしちゃあ、お優しいアフターケアだな」
「僕がした事だからね、さあお飲み…嫌なら口移しでも構わないが」
ずい、とそれを突きつけられ
本当はその液体を、ライドウに引っかけてやりたい位だが
腕を奔る痛みに負けて、グラスを思わず取る。
誰も見ていないなら、悪魔に成っていれば良いものを…
でもそれは、それは俺のプライドが赦さなかった。
口を付け、口内にそれを流し込む。
舌に熱く溶け込むその液体に少々不安を覚えながら…
「不味い」
そう云って、空いたグラスをライドウに突き返す。
「さあ、ゆっくりお休み」
受け取るライドウが、妙に優しげな笑顔で口にする。
その声音に含まれるモノに、俺は敏く反応する。
「…何考えてるか知らないけど、俺はそんな事云われて寝る程、あんたに従順に…」
呂律が回らなくなってきた。
「…くっ」
天地が揺らぎ、それが視界の流れの所為だと認識する。
寝台に倒れこんだらしい俺に、覗き込んでくるライドウ。
「鎮痛作用は本物だから安心したまえ」
「な…に」
「睡眠作用が主だけどね」
フフ…と哂うライドウを眼に焼き付けさせられ
俺はずぶずぶと泥沼に嵌っていく様に眠りに落ちた。
(…雷堂さん)
ギプスに包まれている筈の手が、温かい。
ふと、傍を見ればこちらを心配そうに見つめ
手を握る雷堂。
それに酷く安堵して、ぱぁっと笑顔が咲く。
「雷堂さん、俺…」
上半身を起こそうと身体に力を入れる。
しかし、動かない。
ぎょっとして身体を確認する。
おかしい…何も無い筈。
見えぬ恐怖に、じわりと冷や汗が滲む。
そして再度眼を寄越した先に、雷堂は居なかった。
「は…っ…!」
がくり、と頭が振れ、目を醒ます。
しんと静まり返る部屋。
左腕は、ギプスに包まれたまま。
(夢…)
なんて恥ずかしい内容だ。
もし、ライドウに覗かれていれば、蹴り起こされていたであろう。
そして上半身を起こそうとした…が。
「…っく…おい、冗談だろ」
思わず独りごち、身体を強張らせた。
身体が、動かない。
寝台に縛り付けられているかの如く。
ふと、視線を投げた天井に何かを確認した。
何か…紙が貼られている。
明日日没迄に戻る
そう、一文書かれている。
(あの…野郎っ…)
俺が好きに動けないよう、先手を打っておいたのか。
また依頼か何かしらだろうが、このまま動けぬ状態に
俺はふつふつと怒りがこみ上げる。
俺の自由は、全く無いのかよ…
手が治るまで、こんな事が続くのだろうか…
唇を噛み締めて、横に項垂れる。
もういっそ、このまま本当に寝てしまうべきかもしれない。
眼を閉じ、俺は意識を空にした…
月が照らす街道を、その闇に紛れるかの様に闊歩する。
傍らを歩く黒猫が鳴いた。
「分かっている」
そうとだけ応えて、探偵社の扉を開ける。
無用心なのは此方も同じで、深夜だというのにすんなり開く。
そっと階段を上がれば、どうやら所長は不在の様子。
事務所兼応接室を通り越し、更に上階へと上がる。
取っ手に指を掛け、引き開けようとしたが…
金属音すら立たずに、びくともしない。
「…」
『解け』
黒猫にぴしゃりと命じられ、その取っ手を両掌に包む。
伝わるかすかな魔的な脈動に、脳裏を呪紋が過ぎる。
「」
口の中で其れを紡げば、空気が鳴る。
その瞬間、取っ手は軽い音を立てて動いた。
視線をくまなく配し、警戒しつつ室内に入れば
寝台に仰向けに横たわる…人修羅。
「おい、早いじゃんかあんた」
此方を見ずに、ぶっきらぼうに声を投げられる。
「何、それとも俺を騙して試してた…とかそういうオチか?」
そのまま続く言葉に、近付いてから答えた。
「今晩は、矢代君…」
「!!」
ぐい、と首をこちらに傾ける人修羅。
その、月明かりに光る双眸が見開かれる。
「ら、雷堂…さん」
震える声に、こちらまで感化されそうに成る。
だが、それを押し殺す。
「動けぬのか?」
「は、はい…あの、雷堂さん、此処に居ない方が…」
その人修羅の焦る申告を無視して、指を伸ばす。
「失礼する」
「っ」
人修羅の額から、つう、と掌を沿わせて滑らせる。
肌を滑る他人の肉に、落ち着かぬ様子の人修羅。
それに変な気が頭をもたげぬ様、集中して続行する。
と、一部に強く引かれる箇所が在った。
(胎…いや、背か)
しゃがみ、その寝台の下に腕を潜らせる。
指先でその、見えぬ底を探れば
ジリ…と熱を感じた。
それを無理矢理掴み、毟り取る。
(思った通りだ)
取った物を、暗がりから出せば
硝煙の様に燻る符が、己の手に掴まれていた。
人修羅がゆっくりと、上半身を起こす。
「それ…」
「呪符だ…初歩的ではあるが、なかなか嫌らしい場所に在った」
途端、我の手中からそれを取り上げ
人修羅が眼を光らせる。
「あの、男…ッ」
ブワッ、と魔力が立ち昇ったかと思えば
その握られた符は、一瞬にして消し炭になっていた。
その炭化した指先の飛沫を、フッと吐息で掃う人修羅。
「は…ぁ…はぁ…」
急な魔力の解放に、少し息を荒げる人修羅を見て、気付く。
「その腕は…?どうした」
「いえ、何でも…ないです」
「そんな筈無いだろう、治癒する身体の君が…」
「何でもないです!帰って下さい!」
叫び、俯く人修羅。
「お願いだから…帰って、雷堂さん」
「…」
「迷惑かかるだろうし、俺は雷堂さんの友人には成れないから」
我の前に立ち、そう告げた…
その表情は、窺わなくとも分かる。
「今宵は…君を迎えに来た、矢代君」
その我の言葉に、ゆっくり顔を向ける彼。
「…迎え、に?」
「ああ、そうだ」
「何、云って」
「我等の機関へ来てもらう、人修羅…!」
そう云い、抜刀する我を
驚愕の瞳で見つめてくる人修羅…功刀矢代。
「ら、雷堂さん、どうしたんだよ」
「冗談では無い事、分からぬか」
「…分かり、ますよ」
じり、と後ずさる人修羅に
その抜刀した刀を傾け云う。
「黙って付き従うなら、手荒にはせぬ」
「随分なお迎えですね」
その彼の、窓から射す月明かりに出来た影が動く。
しばし睨み合う。
我は一瞬、窓の外へ目配せをする。
すると、人修羅の影…以外の影が床に映り込んだ。
それにすぐ気付く人修羅が、ハッとして窓を振り返る。
『ドルミナー』
天使の囁きに、がくりと膝を折る彼。
その身体が床に伏す前に、咄嗟に腕を差し伸べた。
どさり、と我の腕に身体を投げ出す彼の
その少し苦悶に満ちた表情を見て
…何も思わぬ筈が無かった。
「御苦労、戻ってくれ」
窓外の仲魔に帰還命令を出し、管が熱くなる。
胸元へと戻ったのを確認して、人修羅を抱き上げた。
『こうも首尾良くいくとは、些か不安だな』
足下で業斗が呟く。
「すぐ発つ」
そう返し、ぐったりした肢体を抱え銀楼閣を出た。
こちらの世界ではコウリュウなど呼べる筈も無く
担いだままの移動を余儀無くされる。
肩に当たるギプスを見て、疑問が頭を過ぎるのだが
それを問う事も今は出来ない。
『かなり歩くな』
「致仕方無い、我も鍛えている…この程度問題無い」
すると、余り舗装されていない道中
背後から光が射した。
「こんなだらだら続く道でお客さん、歩きかい?」
振り返ると、黒い車…
(辻待ち自動車…)
タクシーと云うやつである。
「この時間じゃ電車だって出ちゃいない、どうだい?」
その運転手の呼びかけに、ちら、と業斗を見る。
業斗は『好きに選べ』と此方に判断を委ねた。
「…頼む、志乃田まで」
そう云い、開かれた扉から後部座席へと乗車する。
急ぐ必要性を感じ、この選択をした。
「志乃田?そりゃまた遠い」
運転手の言葉に、金銭面の確認をしようかとも思ったが
普段からそれなりに所持しているので、それを流した。
暗い夜道を、ヘッドライトが照らす。
傍の人修羅は、かなり深く睡眠を強制されている。
それもそうだ、定期的にドルミナーを重ねている
これが本調子の彼では、上手くいかなかったろう…
そんな事を横目に思いつつ居ると
「随分大きな荷物ですなぁ」
運転席からの言葉に、沈黙で返す。
「おまけにこんな時間に志乃田たぁ、物好きですな」
「…余り客を詮索するのは、褒められぬな」
そう云い返せば、運転手はカッカと笑う。
「その悪魔…何処から盗んで来たんでさぁ?」
「…!」
その台詞、悪魔という単語に、思わず銃を握る。
「…何者だ、貴様」
低く威嚇すれば、さほど動じない運転手がアクセルを強く踏む。
加速する車体の揺れに、傍の人修羅がとさりと寝そべる。
「お客さん…葛葉ライドウの偽者、だろ?」
「…」
「俺達ぁ雇われてその悪魔、人修羅を監視してるんですぁ」
「…何者に雇われて、だ」
「そりゃあんた、何者でもない…」
「十四代目葛葉ライドウ」
その答えに唖然とする。
(こちらのヤタガラス関係者…では無さそうだが)
「管に入っちゃいねえが…まあ、だから“雇われ”なんでさぁ」
…悪魔、か。
車窓に写る景色に、嫌な暗さが混ざり込む。
『このまま、その悪魔を置いてきゃUターンしてやっても良いですぜ?』
「そのつもりは無い」
『だったら…異界までノンストップですぁ!!』
更に加速し、辺りが轟々と気味の悪い物へと変貌する。
『おい雷堂、引き込まれたぞ!』
傍の業斗の恫喝に、いよいよ銃を引き抜いた。
途端、急に旋回するタクシー。
その反動で、寄った身体が扉に激突する。
『お降りの際は足下にお気をつけ下さぁい!』
そう叫んだ悪魔の声と同時に、その扉が開かれた。
「ぐっ!」
地表に放り出される身体。
追従して放られてくる人修羅の身体を辛うじて受け止め
そのまま転がり込む。
『雷堂!』
猫らしく、容易く着地した業斗が声を掛けてきた。
「大丈夫…だ」
すぐに立ち上がり、外套の埃を掃う。
人修羅がまだ意識を失っている事を確認し
タクシーへと向き直る。
『異界へ到着〜』
そう云い、こちらをライトで照らし上げる。
「…オボログルマか」
『へへ、その“人修羅”を連れまわす偽者が居たら報告しろって仰せ付かっているんでねぇ…』
そのオボログルマの背後にも、光る双眸が幾つか。
『報告で金、連れ戻せばマグネタイトの報酬』
『あの高飛車なサマナーのマグが吸えるなんざ、滅多にありつけない御馳走ってやつだ…!』
『そもそもその悪魔は将来的に、我等の王になる存在らしいじゃないか。他の世界に持ってかれちゃ困るんだよ!』
口々に叫ぶ悪魔達を一頻り観察し、抜刀した。
「それは残念だったな…」
『何がだ!?』
「あのサマナーは元から吸わせる気なぞ無いに等しい…」
人修羅の強さを知っての事か、この悪魔共。
返り討ちに遭うに決まっている。
そして我が反撃せぬ筈も無い。
つまり…
「自らのマグネタイトという甘い餌で釣っているのだ、あのサマナーは」
そう云い、太刀をおおきく振るう。
これがあのライドウなら、タクシーが遠方に在った時に
既にタイヤを銃撃していただろうが…
(我は銃は好かぬ)
薙ぎ払い、欠損した自動車のパーツが舞う。
「邪魔だてするなら斬り伏せようぞ!」
そう唱え、召喚したサンダルフォンの風で一掃する。
横転したオボログルマに巻き込まれた他の小者。
その悪魔達の弾かれた方面に、空間の裂け目が生じている。
業斗が駆け寄り、促す。
『あそこから出れそうだな』
「ああ、早くこのような場所からはお暇したいものだ」
寝そべる人修羅の砂を掃ってやり、抱えた。
その裂け目から本来の次元へと帰還する。
『しかし…お主が来る事、推測されておった様子だな』
「げに恐ろしい、まさか管に入れずに使役しているとは」
おそろしい男だ。
流石、悪魔召喚皇を目指すだけあって…中々に狡猾。
悪魔を従え、出し抜く術は真似出来ぬ。
その男が、追ってくるのだ…
自然と脚が早くなる。
先ほどの悪魔達、一体くらいは報告へと回っている可能性が有る。
きっとライドウが来るのも、そう遠い刻では無い筈だ。
『急げ雷堂よ、あの神社から勝手に行けるのは後少しの間だぞ』
「ああ…」
こちらのヤタガラスの隙をついて、我の所属するヤタガラスを置いた。
その力でアカラナへと還る。
普段なら依頼すればして貰える事も、人修羅を担いでは無理というもの。
こちらの世界のヤタガラスとて、人修羅を欲しているのだ…
暫く黙り、歩く事に集中した甲斐あって
名も無き神社へと脚を踏み入れた。
その鈴緒のふもとに、黒い装束。
だが、それは我の世界の者。
「十四代目、その様子だと…上手くいったようですね」
「問題無い、早急に開き回廊へ赴く」
そう簡素に告げ、異界を開かせる。
ふと、抱き抱えた人修羅の顔を見る。
これが、全く違う機会に訪れるのなら良かったものを…
そう感じずには居られなかった。
「十四代目、これで良いですか」
「ああ、有り難う」
物資係から受け取った符を、ベルトに下げた帆布袋に入れる。
「しかし、珍しいですね、符を要求されるなんて」
「最近使う機会に見舞われましてね…」
クス、と笑い返して踵を返す。
「給与からツケで」
「了解しております」
背後にそう挨拶して、其処を去る。
縁側に通ずる板の廊下を歩きつつ、空を眺める。
いよいよ夜が明けたが、気になるのは人修羅である。
正直、符を使うのは慣れなかった。
というのも機会が実際無いからだ。
経験が薄いのは、腕に直接影響する。
こればかりは、あの雷堂の方が上だろうと思う。
素早く印を結ぶ辺り、その力量が窺い知れる。
(だから不安だ)
入用でヤタガラスの本殿へ来る事になったのだが…
縛り付けるには、やや簡易過ぎる結界だった。
“あれ”を解く事なぞ、容易いだろう。
一応強く効果が出る場所に施したのだが
あんな箇所に気付かぬ程、あの男も愚鈍ではあるまい。
いっそ、何処か知れぬ処に幽閉でもしてしまおうか。
一瞬そんな甘美な夢想に取り憑かれる。
『葛葉ライドウ…』
突如来る、その声に抜刀して構える。
人の囁きとは、違ったからだ。
『おお、恐い…報告にあがっただけです』
その声のする方へと視線を流す。
「…外の河岸に居ろ」
鞘に刀身を納めつつ、そうとだけ返し歩みを再開した。
此処はヤタガラスの本殿なのだ、立ち話には向かない。
そして…おそらく予測している内容の報告、だろう。
「…では、人修羅は運ばれていた、と?」
『はい、眠らされてんでしょうか…自発的じゃあなさそうでしたけんど』
彼岸花に囲まれた中、密会する。
各所に散った悪魔が報告に来るのは、そう珍しくも無い。
依頼の際、これが早期解決の要なのだ。
依頼達成の頻度が四天王中濃いのも、是に有る。
そうでもしなければ、金遣いの荒い自身が辛い。
「…そうか、では約束通り」
そう云い、銭を渡す。
『へへ、ありがとうです』
はした金でも悪魔は結構喜ぶので助かる。
「さて…」
辺りから気配が消えたのを確認して、草の上に腰を下ろす。
(どうしたものかな…)
赤い花に包まれて、空を見る。
(向こうのヤタガラスの規模が分からぬ事にはな…)
手元の花を手折り、指先で弄ぶ。
(まさか自分の世界より早く、あちらの烏に持っていかれるとは)
少し、盲点だったかもしれない。
全く…縛り付ければ、今度は向こうの雷堂が盗み取る。
本当に、何故僕の邪魔ばかりするのやら…
「雷堂…」
ぐしゃりと、掌で赤を散らせた。
地に落ちるその欠片が、血の様でありマガツヒの様でもあった。
「こんなに多くをその指定時間にか?」
「ああ、頼んだ…ドクターヴィクトル」
頭を抱えて唸ると思いきや、流石マッド。
ククク…と笑い、ガッツポーズまでしている。
どうやら俄然やる気に火が点いたらしい。
ヴィクトルに依頼したのは、五振り程の刀。
「しかし、どれも結構強固なだけあって値が張るぞ葛葉?」
「幾らでも出すよ、ドクター」
その為の金だ。
「だから、是非とも頼むよ…」
「大太刀に負けない強固な刀」
どの様な烏にとて、負けはしない。
それに付き従うのが天命であっても、赦しはしない。
いざ、始まるは鬼山伏狂言
悪鬼羅刹の如くシテを勤めるは
このライドウか
雷堂か
烏の印〜シカケ〜・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
視点は人修羅→雷堂→ライドウです。
『烏の印』は前・後編で構成します。
前「シカケ」、後「留メ拍子」で。
ちなみに…能と狂言はちょっと(かなり?)違うので
私の適当な使い方に、突っ込みを入れてはいけません。
後半は激しくいきたいと思います。
これは前置き、です。
雷堂さん、今回もごめんなさい。
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