(来た)
感じた気配と同時に、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
外套をはためかせ、着地した書生。
此方を見るなり呟く。
「大きな扉だったので、多少乱暴なノックの方が良いかと思ってね」
「それは親切な事だ」
「君も、あんな素敵な花道を用意してくれて有り難う」
「歩まなかった様子だが」
「勿体無くてね、欄干で満足した」
その応酬に、ライドウの背後に居るヨシツネが震え上がっている。
『恐ぇよあんた等…』
悪魔すら辟易する憎悪の入り乱れた挨拶。
「ラ、ライドウ」
我の背後で、申し訳程度に囁かれた声。
「…へえ、功刀君…鎖も結構お似合いではないか」
心配の声を発するのかと思いきや、そんな冗談を飛ばすライドウ。
それに一瞬声を詰まらせた人修羅は、続けて今度は叫ぶ。
「ふ、ふざけんなっ!誰の所為だと思ってんだ馬鹿野郎!」
「元気な様でなにより」
クス…と哂って、我に視線を移すライドウ。
「君にも礼を云わないとな…雷堂」
「何の礼だ」
「まさか、ヤタガラスを叩く予行練習が出来るとは思わなかったよ」
そんな事をさらりと云ってのける姿に、背筋が凍る。
「あの人修羅を囲う結界も、君が?」
「…ああ、そうだ」
「では、解いてもらわないとね」
鞘から刀身が抜かれる音がする…途端。
「ネビロス!」
その弾かれた様に叫ぶライドウの声に、咄嗟に抜刀し
眼前に構える。
握る太刀が煌き、指先に緩やかに振動を伝える。
どうやら呪殺を放たれた様子だ。
「準備が良いじゃないか、それは?」
その笑みを絶やさぬライドウに、少し恐怖しつつ応える。
「呪殺耐性のを用意した、貴殿が使わせると思ってな」
本気で殺しに来る、そう思ったからだ。
「では、純粋に舞おうか」
そのライドウの言葉が、両者の合図と成った。
床を蹴り、駆け寄るライドウに対して太刀を構える。
「サンダルフォン!」
一声掛けて、命ずれば
テンペストが我の背後から向かい風の如く凪ぐ。
予め召喚した仲魔に支援させつつ、太刀でライドウの刀を穿つ。
「っ」
「…砕かせてもらう」
今回ばかりは、刀の綻びも気にせず叩く。
偶に、ライドウの外套から覗く鞘が気になる。
(数本帯刀している)
我の太刀に対応すべくか…
それを確認する仕草を見て、ライドウが目敏く云う。
「その前に、君の刀が折れるかもな?」
「…笑止!」
払い除け、その転がる身体に両断するかの如く斬り込む。
その刃先を寸前で避けたライドウ。
振り下ろした大太刀が床に喰いこみ、ビキビキと亀裂の奔る音がした。
横を見れば、視界の端で銃を抜くライドウ。
「ドミニオン!」
『マハ・ブフ!』
その方向に向かって、仲魔に吹雪かせれば
発砲をする事も無くホルスターにしまうライドウ。
狙い通りになり、心の中でしめた、とほくそ笑む。
銃身に詰まった氷の粉が命中精度どころか
内部で銃の発射自体を駄目にする可能性があるのだ。
あそこで撃つなら、銃等持たぬ方が良い。
「君はとことん銃が嫌いなのだな!」
云いながら、打ち付けてくるライドウに刃で返す。
「お引取り願おう、葛葉ライドウよ!」
「僕の仲魔を回収したら即行で還る」
「人修羅は、渡さぬ…!」
鍔迫り合いになると、互いに一歩も退かぬ状況となった。
「ライドウ!お前、話し合うとかしろよ!」
遠くで叫ぶ人修羅に、張り合うライドウが叫び返す。
「この状況で応援のひとつも満足に出来ないのか君は」
「誰が…っ」
恐らく、どちらを応援すべきかも彼は考えられぬのだ。
「気を散らせて良いのか!?」
そう渇を入れ、一歩踏み出して押し切る。
受け流されはしたものの、ライドウの刀はバキリと中央から折れ崩れた
すると、即座に腰から新たな刀を抜刀するライドウ。
「まだ足りない?」
そう云い、もう一本抜き取る。
「ヨシツネの真似事ではあるが、銃が使えぬならこれも良い」
「ぐ…」
二振りで来られては正直きつい。
細かい振りに、身体が裂けていくのが解る。
床に飛び散る血に、焦りが生じる。
大きく横から下ろして打ち込めば
その脇を掻い潜り片方の刀が突き出された。
「ふ!ぐぅっ!」
奥歯を噛み締めて、その焼け付く痛みに耐える。
今は、一刻も早く引き離す事を優先せねば。
更に胎に刀身を抉り込ませてくるライドウに
背後からテンペストが襲い掛かった。
轟々と巻き込み、裂くその圧に
なびいた彼の外套の端が舞い千切れる。
巻き上がる彼の血が、我の頬にピピッと跳ねた。
それでも尚、互いに退かぬ。
「二人共!もう良いだろ!雷堂さんも…!逃げられたとか適当に理由作ってしまえよ!?それじゃ駄目なのか!?」
結界内で叫ぶ人修羅に、叫ぶ我等。
「「駄目だ !!」」
ぎょっとする彼に、二人して怒鳴った。
「へえ…君もか、気が合うな」
「だが、貴殿とは相容れぬ…!」
「同感!」
ライドウの刀が、我の胎を大きく割き斬る。
同時に我の刀が、受け止めていた彼の刀を砕いた。
その先に在る彼の脚をたたっ斬る様にして喰い込ませる。
『主様!』
『おい旦那!受け取れッ』
交戦していた遠方の仲魔が各々叫ぶ。
ライドウのヨシツネが、背から抜いた刀を此方に投げつける。
膝を付き、脚の肉で太刀を受け止める他無い彼の傍に
それが突き立った。
「させるか!」
靴先でそれを蹴り飛ばすより早く、ライドウが抜き取る。
「脚癖が悪いな…!」
哂って、だが苦しげに呟き
ライドウがそれを一閃する。
胸部に裂傷が奔り、外套が足下に落ちる。
だが、組み直した大太刀を再び打ち下ろす。
「その…脚、微塵にしてくれようか…」
同じ箇所に打ち下ろし、骨まで抉り込ませるつもりで肉を斬る。
「っぐ…あっ」
額に汗を滲ますライドウが、両手にした刀を腕に沿え
太刀を押し上げる。
「っ、馬鹿力が!」
「貴殿程、器用で無いからな…!」
弾いた瞬間、もんどりうって互いに刀を取り落とした。
脚が縺れ合って、その後考える事は同じであった。
拾うより早く、相手の身体に飛び掛り
拳を顔面に叩きつける。
ライドウが、割けた我の胎に脚を抉り込ませて来る。
しかしそのライドウの、膝から腿にかけても深い傷が在るのだ。
互いの傷を抉り合う状況に、血と汗とマグネタイトが飛び散る。
「野蛮人っ…」
「貴殿の様な性癖の持ち主に、云われる筋合いは無…いっ」
「人のもの勝手に盗みだして、よくもいけしゃあしゃあと…!」
「人修羅はものでは無い!」
「僕が使役する僕の悪魔で僕の物だッ」
「餓鬼か!」
「自我すら持たぬ君がだ!」
血みどろで、眩暈すらしているのに
互いに語気は荒くなる一方だ。
「お…い、功刀君!君の責任だからな…」
ぜえはあと息を荒げ、ライドウがそう叫び
震える指で管を抜こうとする。
それを食止めんと、その指に噛み付く。
ライドウは眉根をひそませ、跳ね除けようとする。
しかし、それを噛み付く指から固定する。
「人修羅に…選べぬなら、此処で最後まで立っていたクズノハライドウが、その主権を握れば良いだろう?」
荒い吐息でそう吐き出したライドウに、怒りが湧く。
思わず離した口で、それを露わにする。
「我は彼のサマナーである事は望まぬ!功刀矢代そのもので在れば、どの様な形でも、良いっ!!」
そう叫ぶと、結界の中の人修羅が固まった。
「ラ、ライドウ!もう止めろっ!」
初めて鮮明に、意思表示する人修羅に
一同の視線が注がれた。
「俺、ライドウの仲魔のままで良いから…だから雷堂さんをこれ以上、ボロボロにしないでくれ…」
(違う、それではヤタガラスの命に背く事になる)
「矢代君…!それでは駄目だっ」
唸る様に叫べば、下でライドウが突然哂いだした。
「何がおかしい!」
睨みつけ、そう問いて更に掴みかかる。
「友情?お涙頂戴か?ふ、くくく…」
さも愉しげに哂う彼に、悪寒が奔る。
この、酷い状況において、何がそうさせるのだ?
「最後まで…御愉しみは取って置く主義なのだがね…っ、げほっ」
血反吐を吐きながら、哂うライドウに対して
今現在、優位に立って居る筈の我が…浮き足立つ様だった。
冷や汗が滲む。
その只ならぬ予感に。



「ライドウっ」
叫べども、出れぬこの空間に苛立ちがつのる。
あのままでは、どちらかが確実に致命傷を負う。
雷堂は、勿論傷ついて欲しい訳無い。
ライドウは…
(あいつは、俺の目的の為に、まだ必要なんだっ)
そう自分に言い聞かせて、正当化する。
別に、大事だとかなんて、これっぽっちも考えて居ない。
どちらも死ぬのは困るのだ。
突如哂いだすライドウに、良い知れぬ不安が背筋を伝った。
「これ以上揉み合っては、僕の身が危ういからね…」
「何を隠し持っている…貴殿」
その様子に、息を呑む。
「功刀君…もう治っている筈だよ、その手首」
いきなり向けられた矛先に、戸惑いを隠せない。
「だったら、何だ」
「両の腕が在れば、結界が内から破れはしないのか?」
そう云われれば、するしか無いだろう…
こっちを振り返る雷堂を尻目に
微妙に納得いかぬ形でそのギプスに手を掛けた。
ガリ…と割れ目を指で入れ、そこから掴み引き抜く。
「…」
だが、妙な感覚がした。
その、羽化するかの様な、白い肌が明るみに出る瞬間
ライドウが薄く哂った。
「…な」
動悸が跳ね上がる。
「…んだよ、これ」
ずるずると、外殻が指先に向かって脱がされていくと。
おかしい。
明らかに、おかしい。
悪魔の状態に成って居なければ、気付かなかったかもしれないのに。

「どういう事だライドウッ!!」

俺の左手首から先に付いているのは
只の人間の手、だ。

俺の手では、無い。
「あ、は…あ〜ははははっ!!」
気でも狂ったかのように、大声で哂うライドウ。
馴染んではいる、動きもするが…
手首から先に斑紋は続いていない。
「何が…」
その俺達の様子に、唖然とする雷堂が口を開く。
「は…はっ…何か知っても…げほっ…後悔、するなよ?雷堂」
口元の血を肩で拭い、ライドウが仲魔を胸元に誘う。
その目配せに、納得いかぬ様子のヨシツネとネビロスが従う。
「貴殿…何のつもりで」
「僕の仲魔にだって、聞かせたくない事だからな」
ニタリと哂うライドウが、息を吐いて続けた。
「雷堂…君の握り締めた彼の手を、僕が斬り落とした」
その言葉に、雷堂が静止する。
俺の記憶を、掘り起こす説明に吐き気がする。
「ラ…ライドウッ…貴殿…」
「だから、付け替えたんだよ…」

「細胞から培養してもらった僕の手をね」

だらり、と左腕が垂れた。
それを聞いた俺の血の気が、引いていく。
「どう、功刀君、管を扱う際にも見栄えする様な、美しい骨格をしていると褒められた手だぞ…?」
自らの左手を空に翳して、指先を伸ばすライドウは
まるで見つめる先に夢でも見ているかの様にうっとり語った。
「う、ううっ…うっええ」
まるで意識が拒絶反応を示すかの様に
事実を知った俺が、その場にへたり込む。
「これで名実共に、僕の一部と成った訳だね?そうだろう矢代?」
その名を呼ばれ、身体を震わすしか出来ぬ俺に
立ち上がり、近付く影が在った。
「…矢代君」
その声に、ふと面を上げた。
「雷堂…さん」
「…その様な理由で…だったのか」
「…」
「そう、か」
そう、渇いた声でぽつりぽつりと呟く雷堂に
彼の仲魔が駆け寄る。
『主様、その傷を…!』
「戻れ、サンダルフォン、ドミニオン」
『し、しかし!』
「戻ってくれ、頼む」
懇願にも聞こえるその声音に、悪魔もとい天使達が帰還していく。
静かになった一帯に、俺達三人が取り残された。
「功刀…君、我は、まだまだ修行も経験も、他者との交流も…不足していた」
突然の雷堂の発言に、俺は訳が解らずにその顔を見つめる。
「今回の件とて、ヤタガラスの命と、自らを正当化した」
「そんな事は」
「この様な…弱い、弱い我を…赦してくれ」
その手に握り締められた大太刀が、ぐらりと持ち上がる。
俺はへたり込む脚を、奮い立たす事すら出来ず
呆然と、その雷堂の姿を、口をぽかんと開けて見ていた。
その、振り上げられた太刀の向こう側で
よろめいて立ち上がるライドウの
酷く嬉しそうな笑みが垣間見えた。




雷堂の振り上げた、腕の隙間から
人修羅と眼が合った。
彼が何を思ったかは、定かでは無いが…僕はとりあえず
今の気持ちをそのままに、口の端が吊り上がる事を自重しなかった。

「うあああああっ」

ごとり

一瞬だった。
人修羅の悲鳴が、宵闇を引き裂いた。
振り下ろされた大太刀は、見事にその手首を一刀に斬り落とし
床にはごろりと手が転がっている。
そう、形だけは僕の手が。
赤い飛沫を一身に浴びて、ゆらりと振り向いた雷堂。
その顔面に、赤い雫を滴らせて
僕を見た。
(…!)
確かに、哂った。
彼は、哂っていた。
『お…い明』
僕の背後からの、その声は聞き覚えのある…
出入り口に、黒猫の影。
僕のゴウトは元の次元だから、間違いなく業斗童子だ。
何より真名で呼び掛けている。
『お主』
「業斗…俺…もう、駄目だよ」
哂いながら、その眼元の傷を伝うかの様に
つう、と光る雫が流れた。
まるで幼い雰囲気の口調になった雷堂が
がたり、と大太刀を床に落とす。
「もう、己を抑える事すら出来無い…っ」
そう云い、足元の人修羅を向く。
「やし、ろ」
名を呼びかけて、膝から折れてその場に崩れ落ちた。
苦悶の表情で、しかし驚愕して雷堂を見つめる人修羅。
傍に佇む黒猫が鳴く。
『これ以上粗相をされては困るのでな』
何か術を施したのだろう。
倒れた雷堂はぴくりとも動かない。
「業斗殿は愛弟子にも手厳しいな」
と哂いながら云えば
翡翠の瞳がこちらを射る。
『其処の元凶を連れ、さっさと去ね…!』
「良いのですか?ヤタガラスからの命令でしょうに」
『俺は人修羅を置く事が良いとは、到底思えぬ』
「私情、入ってませんか?」
クスクスと僕が哂えば、毛を逆立てる業斗童子。
『此方の雷堂もおかしくされてしまった…今回は何も望めぬだろうて』
汗と血飛沫で、ぐっしょりと濡れそぼった雷堂を
見下ろして黒猫は、苦々しげに吐いた。



「…なあ、あんたさ、何の為に俺に自分の手つけたんだ」
帰還し、業魔殿にて新たに処置をしてもらう人修羅の傍…
僕は読んでいた本から、人修羅にその眼を向けた。
「ギプス取って、他人の手だったら驚くかと思って」
「…そこまで幼稚な理由じゃないだろ」
項垂れて、睨みつける金色の双眸に
僕はクスッと微笑む。
「だったら?何と云って欲しいのだい?」
「何と、って…俺は理由を聞いてるんだよっ!雷堂さんだって、あんな…」
そう云い、口を噤んだ人修羅。
バツが悪そうに、そっぽを向いた。
「君の反応が見てみたかったのは確かさ」
ぱたりと、閉じた本を脇に置く。
「くそ…悪趣味通り越して、人間の屑だろあんた」
「どうぞお好きに。だがね…今回ので収穫は在ったかな」
「…何だよ」
腕を吊るされたままの人修羅が、こちらに視線を投げてくる。
「あの次元の葛葉雷堂も…僕と同じだという事が解った」
「…ち、がう、違う」
「云いきれるのか?」
「…」
「この舞台は、皆気が狂れているのさ」
立ち上がり、未だ癒えぬ胎の傷を少し押さえる。
指先に掴んだ本を扇に見立てて、重心を低く保つ。
「烏の印を結んで掛けいま一祈り祈らう」
人修羅を向き、二回、拍子を踏んだ。
「今回は、是にて閉幕」

悪魔召喚師と人修羅の狂いし夢幻能は
まだまだ続く


烏の印〜留メ拍子〜・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
雷堂さああああああん!!!!
とりあえず雷堂FANの皆様、大変申し訳ありません。
ここまでアレだとパラレルにすべきかとも思いましたが
別に普段から酷いか、とも思い
どちらで捉えて頂いても良いか、となりました(おいおい)
今回はエゴにまみれた空気を醸し出しましたが如何でしょう。
人修羅はどっちつかず
ライドウは毎度の如く
雷堂は責任転嫁
皆に責任が在り、皆が被害者です。
あ、勿論最後に付けたのは人修羅の手ですよ!
またあれでライドウのだったらギャグですね。
しかし、コレ果たして続きが書けるのか?


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