穿つ様に手脚を撥ね付ける触手は、刃物の如き鋭さ。
触手の先に彼のMAGが視えた。
それを甘受しつつ、もう一歩踏み込む。周囲の檻が沸く。
その展開が気に喰わないのか、ライドウが銃を構えた。
「僕もお前が嫌いだよ」
その弾道を読み、剣を構える。少し後退し、警戒す。
頭と心臓だけは避けたい。そう思っていた矢先、帽子がぶわりと風に舞った。
放たれた弾丸は軌道を変えられ、カラリと床に跳ねる。
カマエルの巻き起こした風の補助だった。
「チッ」
舌打ちし、ライドウは真上に右手を上げた。
上空に舞った我の学帽を連射して撃ち抜く。憎悪に滾ったその八つ当たり。
「カマエル、助太刀感謝する」
『お気になさらず…ディアラマ』
ついでのように身体を癒され、手脚を痺れさせる熱が冷めていく。
「イチモクレン!」
叫ぶライドウ、空になった銃を此方に投げつけてきた。
それを剣で真っ二つに迎え入れ、改めてライドウを見る。
『ぅぅぅううるる』
「もっと吸え!まだ動いていない触手が在るだろう!」
『ァァアアアアヘェエエエ』
「ほら!喰え!僕を喰らえ!啜り給えよ!!」
背筋が凍る。
酷く眼が血走ったイチモクレン、恐らく保有MAGが限界突破している。
それは精神と肉体の飽和を意味する。
それに気付かぬライドウでは無い筈だが、恐らく殺意が上回っている。
「ライドウ、貴殿の肉体が持たぬぞ」
「煩…い、僕の肉こそ僕の所有物そのものだろうが…っ」
あの心が一瞬脳裏を過ぎる。
そうか、貴殿は己を個人でなく固体と視るのか。
寂しい奴め。
「人修羅もか?」
「当然だ!」
「なれば、我は業罪深くとも貴殿を斬るのみ」
我もな。
『くぅぉらぁあああああ!!!!ヘヴン状態ぃぃいいいいい!!!!』
ビクビクと血管らしきものを浮き立たせ、イチモクレンがのたうつ。
もうあの様子では、命令を聞く頭も無いだろう。
緩くなった触手の槍を掻い潜り、充血した巨大なレンズに剣を突き立てた。
咄嗟にライドウは回し蹴りしてくる、それを脇腹に喰らって、吹っ飛んだ我。
「ふっ…う、ぐぅッ」
リリムの檻にぶち当たって崩れ落ちる。
『やっだ〜ちょっと、此処でドンパチしないで!あっちいってよぉ!』
「ぐ…すま、ぬ」
謝る義理が有るのか釈然としない中、強く握るまま離していない剣に安堵する。
よろりと格子を掴み立ち上がれば、弓月の君の白シャツを濁したライドウが居た。
向こう側に、裸足のまま。
「くそ、この量でくたばるか…雑魚」
爆ぜたイチモクレンの残骸を、その素足で脇に蹴り飛ばして哂う。
『ひぃっ』
残骸の行き先の檻から悲鳴が聞こえる。
間違いなく、この瞬間、観客達はライドウを畏怖した。
「ふ、あははっ、人修羅ならこの程度の量…軽く飲み下すのにさぁ…」
再度視えなくなった視界によろけるのか、無理に繋げた身体がさせるのか。
ふらりとライドウは哂いながら、確信を有して我に告げる。
「ねぇ雷堂?お前もそう思うだろ?」
その姿に、よくも廃人にならぬものだと、逆に感心する…
「我は知らぬ」
「何がだ、はぐらかすな」
「本当に、だ…」
「繋げたくせに!繋がったくせに!!アレと同じで何故本当の事を云わぬのだい!?」
「それが真実だからだ!!我は人修羅とは繋がっておらぬ!」
この応酬、最早イカレている。
いつの間にか宴もたけなわ、野次も消えていた。
同じ声が響き渡る、この地下、狭い世界に。
本当に左手以外丸腰となったライドウが、見えておらぬ筈の我を睨む。
どうしてか、彼の狂気の左手と、我の魔の右眼が共鳴している気にもなる。
「信じるものか」
ライドウがぽつりと発した。
「何故アレを傍に置いて、使役の契りを結ばないのか、理解不能だ」
斑紋の左手で、乱れた前髪をかき上げた。
我よりも妖しげなその美貌が零れて、暗闇に色を流す。
「お前ばかりが望むものと繋がって契るのか…身綺麗なまま」
彼は眉根を顰めて、哂った。
「僕の相手は烏の豚か!?今しがたのイチモクレンか!?なぁ雷堂!!」
左手を振りかぶって、まくし立てる。
「っ…は、はははっ……お前は…ずるい」
我が今まで彼に云ってきた言葉の雨が、今弾かれて降り注ぐ。
「愛だ何だと、馬鹿みたいに喚き散らせて、その花畑な頭が羨ましいね」
“信じられない”“ずるい”
我がライドウに抱いていた感情は、ライドウが我に今、抱いている。
「貴殿に信用が得られるとは思っておらぬ」
「僕も同意だ、お互い様だろう?」
「愛にすら気付けぬ貴殿に、大事な人は渡せぬ」
「そこまで気障だとタラシの僕も辟易するな」
そこまで云うと、左手を眼前に翳し、押し黙るライドウ。
(どう出る…)
あの左手はアイアンクロウを軽々放つ、警戒する必要が有った。
『ら、雷堂様』
背後からの天使の声に、背を向けたまま返事する。
「どうしたカマエル」
少しの間。それに疑問を抱き、再度声を掛けようとした。
『申し訳有りませんが、わたくしの主は、天におわすあのお方なのです』
「…何を突然」
『いよいよ帰還命令が下りました、貴方様も、遅れて参られる筈…』
振り返ろうとすれば、頭蓋に押し付けられる銃口の感触。
ビクリとして動きを止めれば、カマエルの声が続いた。
『では後は任せるぞ人間』
その言葉、我の背後に向かって発していた。
白い羽が舞って、天使の気配が消えゆく…
同時に、手元の剣も消え、握り拳になった。
その掌に汗が滲む。
背後からの声に、喉の渇きが酷くなる。
「大事な人を渡せないの?雷堂は」
肩のやや上から、回される腕。
外された銃口は、その腕の片方が手先に掴んでいた。
「そうかそうかぁ、お前もそういう感情有ったんだねぇ」
冷や汗が額から、睫を濡らした。
「あれ?泣いてる?」
違う、が、泣きたい位に恐ろしい。
向かいのライドウが哂って云う。
「鳴海所長、手筈通りに動いてくれなければ困る」
背後から「あはは、ごめんねぇ」と笑い声。
訳が解らない。何故この人は、我に銃を突きつける?
また、以前の様に奈落に突き落とされるのか、それを笑うのか。
「き、貴殿…所長と、何を」
震える声で問えば、ライドウはクスクスと哂う。
「此方の鳴海所長は、どうやら天界と内通している様子だったからねぇ…」
(上の人間!?鳴海所長が…?)
カマエルの言葉が甦る。我は上に求められるメシアだ、と。
「だから、お前を上にさっさと連行する手伝いを、僕はしたまでさ」
「な、な…」
「邪魔だ、さっさと地上から消えてくれよ、葛葉雷堂……日向明」
「…う、ぁ、ぁああ、き、貴殿…ッ」
「ク、ククク…ァァハハハハッ!!人助けも人掃けも出来て一石二鳥だ」
高らかに哂って、胎を抱えるライドウ。
その瞬間、首にひやりとした感触が奔り、息を呑んだ。
「悪いねぇ、雷堂…業斗ちゃんとか普段居るし、最近お前忙しかったろう?」
首に巻かれる、繊細な細い鎖。
「なかなかきっかけが訪れなくてさぁ、上から急かされて俺板挟みだった訳」
しゃらり、と煌く、ロザリオ。
「おお、意外と似合ってんじゃん!俺の彼女の物だけど、受け取ってくれよ」
心臓が、爆発しそうだ。
このロザリオに、罰せられている、我が身が。
「あぐぉ…ッ…」
途端、奔った衝撃に脚がよろめき、視界が揺れた。
笑う鳴海が、胎に入れた膝を抜いて肩を掴んでくる。
倒れそうになった我を掴んだまま、ゆさゆさと揺さ振る。
「でもね、上に渡す状態までは指定されなかったんだよねぇ」
「ぅ、げほ…っ…」
「どうせ上に行けば、それなりの力も得れるだろうしぃ?今位良いよな?」
「がぁっ!」
「だってお前は雷堂十四代目だろう?人類平和の為に上で頑張れよ?」
「ぅグッ」
胎に何度か膝を入れられ、反吐を吐いた。
視界がぐわりと揺れて、緊張と恐怖が脳内を支配した。
「ご、ごう、と」
「おいおい雷堂、業斗ちゃんは此処に今居ないでしょ?」
無意識に呟いたのは、師へ求めた救いだった。
(そうだ、此処に業斗は居らぬ)
「猫ちゃんが居ないと自我も無いのかぁ?本当にメシア?」
「いっ!」
肩から外れた手、そして突如突き飛ばされて、仰向けに床に寝た。
強かに後頭部を打ち、眼を瞑る。
馬乗りになってくる鳴海の笑顔が、今までで一番愉しそうで、思わず叫んだ。
「鳴海所長!!我は貴方にずっと謝罪したいと今まで付き従ってきたのだ!!」
「ふぅ〜ん、だから沢山他を殺した?俺の持ってきた依頼通りさぁ」
「貴方の気が晴れたら、もうそれで構わぬと、我の手なぞ血で染まっても別に」
「じゃあさ、それがもしヤタガラスの命令じゃなかったら?」
「…え」
「だからぁ〜…解らないの?本当に鈍いよなぁお前さん」
ロザリオを指先で弄ぶ鳴海が、破顔して我に述べた。

「今までの殺し、別にヤタガラスの命令じゃないよ」

開いたままの唇が、ふるふると戦慄く。
呼吸を忘れて、その声の意味を理解しようとしない、防衛本能が。
「俺が勝手に拾ってきた、裏の仕事だよ、所謂マジ物の汚れ仕事!」
「…」
人修羅が云った“命令だから仕方が無い”という寂しげな笑顔の赦し。
(ヤタガラスの命令ですら無かった)
「だからさ、お前はただの人殺しだよ、雷堂」
にっこりとして云い放つ鳴海の向こうで、ライドウが哂った。
「…ぁ、あ、ぁぁあぁぁ」
嗚呼、人修羅よ、矢代よ。
我は、何も見破れぬ、愚かなただの…人殺しという事だそうだ。
君の赦しでは足りぬ業、罪穢れ。
それで眼の前の人間に赦されるなら、と…
考える事すら放棄して、暗殺に手を染めたのだ。
ヤタガラスという機関に、すべて横流ししてたのだ、罪を!
我は、矮小で愚かで!君に赦してもらう価値すら無いのだ!!

「ぁぁああああああ〜ッ!!!!矢代ぉおおおおお!!!!矢代ぉおお」

なら如何して、この様に醜く助けを求める?
今、この世界に我を赦してくれるとしたら…
望まぬ殺戮を求められる、君だけだと思ったからか?

ああ、もう、助けてくれ。
壊れる、本当に壊れる。

「ちょ、雷堂ってば子供みたいだねぇ〜」
「鳴海所長、ドクターや人修羅は…」
「ああ、大丈夫、上の天使達が此処と広間は遮断してるから」
「貴方、しっかり業斗の声も聞こえていたのでしょう?」
「どうかな〜それは内緒」
「フ、性悪……僕と同じ」
上から見下ろしてくる者達は、如何して我を攻撃する?
「はい、これ君のホルスター…胸と腰のね」
「どうも、これで眼は視界を戻せる…」
「え!?視えてなかったの?にしちゃ強いよね、雷堂より絶対強いね」
「ま、数ヶ月次元に差が有りますから…ねぇ?雷堂?」
未だ叫び続ける我に、そう呼びかけたライドウがいよいよ癪に障ったか
頭を素足でがすりと蹴り飛ばした。
「んぶッ」
「その名、いい加減呼ぶの止めてくれ給えよ…」
衝撃で舌を噛み、口内に鉄錆びの香りが充満する。
荒れる呼吸を正す事もままならず、横向きにただ震えた。
乱れた前髪が視界を遮って、涙を隠した。
召喚の気配を感じる、恐らくライドウが仲魔に眼でも診てもらっているのだろう。
「さあ、どうやって遊ぼうかなぁ?」
所長の声が、無邪気な子供の様だった。
それが酷く恐ろしくて、圧し掛かる圧を何倍にも増幅させる。
「な、鳴海、所長は……我を殺したい、か」
「殺す?う〜ん…ちょっと違うなぁ」
首を捻って、あ、と思いついた様に顔を明るくした鳴海。
「ただひたすら汚したいだけかなぁ」
絶望。
「もっと殺させたかったし、お前を集団に暴行させるのも考えたしぃ?」
背筋を、蛭が這い上がるかの様な。
「あ〜ごめんごめん!殺しよか犯される方がマシだった?雷堂?」
「や…」
「ああ、解ってやれなくて悪いね雷堂…!」
「や…め」
「どっちも甘受出来るよねぇ?立派な十四代目だからねぇ〜?」
「鳴海所長!!鳴海さんっ!!赦して!お願いだ!俺は殺したく無かったんだあぁっ!」
暴れる我の腕を、傍からライドウが脚で踏み躙る。
「ああ、君の無様な姿が拝める内に視界が戻って良かった…フフ」
腰から抜刀した刀で、我の掌と床とを串刺しにする。
「ひぎぃぃいいッ」
「これくらい功刀でも耐えれるよ…少しは声を抑え給え」
「っぐ、あ、外道……め」
もう片方の掌も同様、懐刀で射止められた。
「で、鳴海所長、如何されます?」
ライドウは鳴海の顔を覗き込む様に問う。
「上に渡す前の…この瞬間を待っていた」
「貴方のお好きにどうぞ、半殺しなり犯すなり」
恐ろしい会話。
「ど、どうし、て」
我はもうそれしか云えず、鳴海の笑顔を見上げた。
「憎いんだよ、お前がさ、雷堂」
「ぅ、ぅう」
「メシアになった奴に殺されたのなら、俺の好い人も浮かばれるかな、って思ったよ?」
「我は、上には行かぬ…上なぞ知らぬのにっ…何も、何も知らぬっ」
「でもね、それ以上にさ、お前が苦しんでいるのを見たいんだよね」
どうして、そんな笑顔なのか、いつも疑問だった。
それが晴れたあの日から、贖罪を尽くしてきたのに…
「手はもう血だらけだし?やっぱ次は身体かなぁ」
学生服の釦がブチブチと音を立てて取れていく、神経が切れる音の様に。
「ぁ、ぁぁ、いやだぁあぁ…我は、我は決して他とは繋がらぬ…」
開かれていく胸元に混乱して、掌に喰い込む刀をギチギチ云わせる。
「何が他とは、だ……僕とまぐわった事すら忘れたのかお前?」
嘲笑ってライドウが腕組みのまま、高い視点で見下してきた。
すると、癖毛を揺らして上の鳴海が彼に向き直る。

「じゃあさ、君が犯しちゃってよ」

一瞬眼を見開いたライドウ。
唖然として声が出ぬ我。
やがて、口の端を吊り上げたライドウが返答した。
「良いですよ…」
嗚呼、この煩い音は何だ?歯をカチカチと鳴らす我か。
そんな唇に、冷たい物が挿し込まれた。
「ん、ぐっ」
指で弄ばれていた、ロザリオだった。
鳴海を見上げた、その眼は穏やかに、愉しげに、心地好さげに。
「ほら、こういう時のメシアの十字だろ〜?」
嗚呼、吐き出す事も出来ない轡。重い十字架。

「さ、神に祈りな、雷堂」

その手で十字を切って、我の上で微笑んだ。



十字轡・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
次回の流れが容易に読める。
まあ、どうなるかはお楽しみに…
ライドウは目的の為なら誰とでも取引します。

気が動転した時の一人称“俺”はわざとです、雷堂。
それにしても、雷堂に怨みでもあるのかという最近の展開。

おや?もしや皆様…集団暴行される雷堂の方を見たかったですか?
これは失礼(子安ボイス)