「身体が軽い」
そう云いながら、ライドウは細身の刀を突き出してくる。
「もう掃除されたのかな?やはり寄せ集めは駄目だね」
クスリと哂ってその刀は上に薙いでいく。
我の頬に血が跳ねた。
「棄てたのは貴殿だろう…!何故今になって」
カマエルの剣が、我の太刀に合わせてライドウに振るわれる。
角度を変えて、両方の刀身を絡めるライドウ。
ニタリと哂って、舌なめずりした。
「クク…だからとて餓鬼の様にそれを拾うのか」
「…物の様に云うな!」
「僕等だって棄てられ、拾われたのだろう?」
しゃらりと金属音を残して
「だから、僕等なんざ“物”なのだよ…」
アルラウネの蔦に腕を絡ませて、跳躍し後退したライドウ。
それを追う様にして、カマエルが滑空した。
「…!!」
ハッとして、その軌道の先を見た。
蔦から腕を解いたライドウが、地に降り立ち駆ける先。
血濡れの人修羅が、そのライドウに振り返る。
カマエルは間に合わぬ。
銃では怯まぬ。
我は慌てて、叫んだ。
「矢代君!!逃げろ!!」
嗚呼、彼は竦んでいるのか?
唖然として、ライドウを見つめ立ち尽くす彼。
いいや、それとも…それともまさか
逃げようと…しないのか?
「人修羅…!!」
搾り出す様な苦々しい声音でライドウが呼ぶ。
彼の伸ばした指先が、人修羅の頬に触れる…!
その怖ろしい瞬間を迎えようとした
その時。
「…!!」
ライドウの指先が、人修羅の頬をかすめて下降していった。
何が起こったのか、そのライドウの背後を見るまで分からなかった。
『十四代目葛葉ライドウ…』
ライドウの身体に黒い影がまとわりついていた。
その姿、まるで黒装束…
『役目を放棄して、ひとつの悪魔に執着する程愚かしい事は無い』
『愚かなり』
『名を継ぐに相応しい働きを見せよ』
(なんだ…アレは)
人の影にも見える。
何故か、知らぬでも無い…そんな気を感じる。
「くそ…放せ…っ」
ライドウは、黒い影に身体を戒められている。
傍のアルラウネは、怯えて寄れない様子だ。
その影達の黒に、紛れて何かが遠方から寄って来る。
…黒猫。
『…ライドウよ、今回は勝手が過ぎる』
向こうの童子…
その黒い影達を見上げて、フッと鳴いた。
『葛葉の亡霊の声が聞こえるか?』
「ゴウト…」
『お主の責務を忘れたか?』
「…いいえ、憶えておりますよ」
『代えも置かずに帝都を離れるとは、随分と無責任だな…』
「…」
羽交い絞めにされて会話するライドウ。
それを呆然と見つめる人修羅に、我は急いで駆け寄った。
カマエルが警戒しつつ傍に滞空している中
人修羅の肩を、自らの外套で覆う。
「矢代君、しっかり意識を持て」
「…っ!!」
我の声にビクリとして、人修羅は視線を合わせた。
「…行き、ましょう」
唇を引き結んで、身体を完全に向き直らせる。
「雷堂さん、置いていきますよ?」
外套から抜け出て、君は階段へとかなりの速さをもって駆けて行く。
そうして我の眼の前に、黒い鉛を纏うライドウが残り、眼が合った。
「…」
我に向けられるそれは、紛う事無き…殺意。
「すまぬな」
我は謝罪の意が入らぬその言葉を投げて
カマエルを連れ歩き出す。
そう、駆けなかった。
この場は、勝ったから。
『そちらの葛葉雷堂よ』
と、黒猫の声。
こちらの業斗では無い。彼は眼の前にいるから。
『人修羅…こちらのヤタガラスが貰い受けるやもしれぬが、それまでは預け置く』
「…譲らぬ場合は如何なるか?」
そう我が、聞き返せば…激情もせずに答えた。
『そちらに赴くやも知れんな』
「…そうか、承知した」
…あの童子は、人修羅をどう捉えているのだろうか。
ヤタガラスに置くべき悪魔、と思っているのか。
十四代目の使役する悪魔として、許していたのだろうか。
そんな事を思いながら、我は其処を後にした。
傍の業斗が、階段を軽々と上りつつ云う。
『フ、あちらの童子…十四代目に屠られなければ良いのだがな?』
そうだ、あちらのライドウにしてみれば
邪魔された、のだ。
葛葉の亡霊…とやらを、導いて十四代目を連れ戻しに来たのか。
(嗚呼、哀れなり葛葉ライドウ…)
まさか、あの瞬間、入る邪魔がカラスとは。
彼の憎悪は、きっと増しただろう。
我は安堵したが、眼の前で掴めなかったのは…
(さぞかし…)
口元が歪む。
(さぞかし、口惜しいだろうに…)
我は、ライドウを食い止めた…あちらの童子に感謝していた。
急いて大群を連れ、消耗していたライドウに感謝していた。
揺れていて、呼べば我の元へ来る人修羅に、感謝していた。
そう、感謝していた。
この笑みは、そういう歓びだ。
きっとそうなのだ。
そう感じて、笑顔で階段を上がって行く。
君の背中を早く見たい。
その頬に触れたい。
ライドウがかすめて触れ得なかったその頬に
早く触れたい。
心が躍って、足取りも軽く
我は昇っていった。
そう
天にも昇る心地だった。
錯覚?
いいや、間違いなく
我は功刀矢代を…好いていた。
悪魔と人間のどちらを?そう聞かれたが…
――友達だと、少し上の兄貴みたいだと、慕っていました
君は、人間に焦がれている。
同じ様に暗がりに居て、陽を望む我と…共鳴していた。
我は…ただ、君とそう在りたい。
と、思っていたのに。
影に…我の影に打ち勝つには、抜刀せねばならなかったのだ。
抜き身の欲望で挑まなければならぬのだ。
友人が欲しい、では負けるのだ。
功刀矢代が欲しい、という欲求で挑まなければ。
嗚呼、君の友情を強請る、その柔らかい想いが可愛らしい。
罪悪感で我に従属する、その慈愛が眩しい。
ずるずると、日毎に増す想い。
あの短い触れ合いで芽生えたのが、今となっては悦ばしい。
我は…
人に焦がれる悪魔の君が好きで。
自己犠牲の精神を翳す、人間の君が好きで。
その狭間で足掻いて縋ってくる…君が好きなのだ。
そして合わせた指は、間違いなく欲求を呼び起こした。
きっとその肉も好き…なのだろう。
嗚呼、錯覚が確信へと変わる…
これが恋焦がれる、という感覚に等しいのなら
君という高嶺の花しか知らぬ、この己に感謝している。
それを手折るを夢想して
甘美な感覚に浸る。
狂っている?いいや、我は帝都を守護するデビルサマナーなり。
正常に、責務を果たして、生きればそれ相応。
そう、ヤタガラスにも感謝…している、きっと。
ライドウとは、違う。
何も、悩む事は無い。
そう、我は
ライドウとは…違う。
人修羅…功刀矢代
嗚呼
悪魔で男の君に
恐悦至極に存じます…
恐悦至極に存じます・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
超開き直った雷堂!!
漢らしいこの潔さ(いや、少し怪しいが…)
ライドウと違って、密やかに嫌味なのが特徴かと。
というか…雷堂だけがノーマルでは無い気がしてきました。
(本当に人修羅しか知らないんだな)
きっと『その名を紡げ』の性的ショックが大きかったのだと思います。
そして人修羅…実は依存している、かなり。
でも認めたく無いのだろうと思います。
そして…本当にゴウト、殺されなきゃいいね、と思います。ガクブル…
ライドウ…これは次回爆発か?
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