「そもそも、アカラナ回廊を現場提示する時点で堅気で無い」
『だな』
先刻の残骸も散り散りに消え去った回廊を往く。
「悪魔まで寄越すとはな、同業者かもしれぬ」
『…云いたい事はそれだけか?』
俺の問いに、視線だけで返す雷堂。
歩みは止めず、だが気は逆立つ。
「…依頼主が人修羅を口にしたのは、確かに気になるが…」
外套に腕を忍ばし、視線を移す。
「生憎、我は連れたくとも叶わぬのでな」
引き出した管から、翼を持つ悪魔…もとい天使が形を作られる。
二体を両傍に配し、雷堂が鋭く叫ぶ。
「其処に潜む者!姿を見せろ!」
その叫び声が、闇に呑まれていく。
だが、しばしの間が在ってから…
全身がヒリつく程の、強大な波動に震えた。
『な…何奴だ』
「…」
毛を逆立てる俺より一歩前に出て、太刀を構える雷堂。

「はあ、お前いつから趣味変わったんだ?」

気の抜ける様な、軽い口調が返ってくる。
階段下からゆっくりと上って来る。その力は、強いというのに。
(どうするのだ雷堂よ)
俺は、傍の黙りこくる召喚師を見上げた…




人の形はしている。
だが、人では在り得ぬ魔力。
光る眼が、こちらを刺す様に貫く。
(どう出るべきだ…依頼してきた位なのだ、向こうは我を把握している…)
威嚇か?まず、銃に手が伸びる。

「なに迷ってんだよ、さっさとガツガツ撃ってこいよ挨拶代わりに」

まるで、銃で迎えるのが当然とでも云いたげなその声。
「!!」
すると、急に前方の影が揺れる。
赤い外套に、黒皮のベルトが物々しい。
「結局俺から挨拶かよ」
発砲音にしては大きいそれが、耳に響くのを聞きながら横に避ける。
回廊の床が容易く抉れる。
(なんて破壊力の銃だ)
避けた先に待機していたサンダルフォンに身体を受け止められる。
『主様!向かいましょうか!?』
「待て!こちらから行くべきで無い!」
仲魔を制し、向こうを見る。
「依頼され参った葛葉雷堂だ、貴殿、一体何が目的だ?」
やや口早にそう告げれば、一瞬の間の後
「ぶっ…お前、何だよその話し方…口が悪過ぎて矯正でもされたのか?」
明るみに出てくる、その姿…
銀糸の様な髪、大柄な体躯の…異国人?
青い瞳が光る。
「折角人が呼び出してまで落し物届けてやろうってのにな?」
「…落し物をした覚えは無い、そして貴殿の事も知らぬ」
そう返答すれば、口をニィと歪ませた。
「おいおい、すっとぼけんな…物は分かって無くても、俺は忘れたとは云わせねぇぜ」
脚のホルスターに銃を納め、ずいずいとこちらへ向かって大股で来る。
「っ!」
威嚇射撃を放つ、引き金を躊躇いがちに引けば…
「痛って」
「な!?」
まさか、威嚇のつもりが…その異国人の脳天に見事命中した。
これで死んでは依頼どころでは無い。
「お、おいっ!」
銃を手にしたまま、思わず駆け寄る。
だが、異国人は傾いた頭を、首をバネに逆に振った。
まるで耳から水抜きでもするかの如く、ひゅっと空を切る音。
からりと、銃弾が床に投げ出された。
(あ、頭に埋まった弾を…!?)
解る事はひとつ、この男…人間では無い。
「相変わらず頭とか狙ってきやがる…可愛気の欠片もないサマナーめ」
「ち、違う!そのつもりは無かった」
武器を構えつつも、そう訂正した。
それが滑稽だったのか、向かい合わせる異国人は大口で笑う。
「おい、ミスって脳天か?随分銃の腕は落ちたんだなクズノハ!」
「…待て、貴殿…勘違いしていまいか?」
足下の業斗が鳴く。
この既視感に…二人して思う事は、恐らく同じである。
「改めよう、異国の方…我は、貴殿の知るクズノハライドウでは無い」


「…はぁ、平行世界、ね」
「貴殿が接触を試みたのは、この世界では無い方のライドウだ」
まるで人修羅の時と同じ。
勘違いである、完全に。
「確かに…あのライドウと違って、お前は真面目くさいな」
そう云い、我の学帽をぽんぽん、と上から掌で叩く。
その幼稚な扱いに、思わず羞恥する。
「おい待て、その様な事をされる齢では無い」
「はっは!面白いな、ヤシロと全く同じ事云いやがった!」
「!!」
そう、だ…この依頼主…“人修羅”と発言が在ったのだから
彼を知らぬ筈が無いのだ。
「ヤシロが来るかと思って、ちょっとばかし浮かれてたんだがな…お前の世界には居ないのか?そういう存在が」
「…居らぬ」
どれだけ欲しても、居らぬ、そんな存在が各世界に転がっていては確かにまずいが。
我の気心など知らぬ異国人が、赤い裾を脚で翻す。
「俺の仕事も知らない…って事だよな」
その呟きに、項垂れた頭を上げる。
「俺は悪魔を狩る…デビルハンターのダンテ」
「デビルハンター…」
「ま、何でも屋してるのが基本なんだがな…しかしフツーに仕事してりゃあ、まあ悪魔関連のヤマにゃバカスカ当たるぜ?」
腕を組み、鼻で笑って語るダンテ。
(デビルハンター…)
悪魔を駆る我と違い…悪魔を狩る。
「しかし、我々も霊力で常人よりは頑丈だが…貴殿も人間にしては…」
「ああ、そりゃお前、俺は半人半魔だからな」
「は…っ、半人…半魔」
功刀矢代と、同じ…彼と同じ。
この回廊で、初めて逢った記憶が甦る。

“本当は、人間なんです…本当に、本当に!”
“ご、ごめんなさい…ぁあ、久しぶりに笑った”

女々しい程に、鮮明に思い出せる。
哀しげな顔、朗らかに笑む顔。

「おい、大丈夫か?」
「…」
「心此処に在らず、って感じだぜ?お前」
ダンテの声に、帽子のつばを掴み深くかぶる。
「…何故、此処へ依頼と称して呼び出した?」
急に雑談から本題へと入り、デビルハンターの顔になるダンテ。
「まあ、来る次元をしくじったから、この件は保留でも構わないんだが…お前が何か心当たり有るならくれてやっても構わないぞ」
云いながらに胸元を探る。
黒皮のベストが、動きに合わせて鈍く艶めく。
そうして取り出されたのは…酷く見覚えのある物だった。
『お前の時計ではないのか?』
業斗の呟きに、我も思わず息を呑む。
取り出された其れは、回廊の薄明かりを反射して光る…懐中時計。
「それは…何処で?」
「巡り巡って俺の処にきやがった…これを持っているとだな、悪魔がわんさか出てきやがる」
「魔具か?」
「さぁな…おまけにその悪魔の類が、まぁ所謂、堕天組っつうかな…暗い奴等ばっかでな」
「…」
「モリソンの野郎に一度バラさせたんだが…ああ、俺の仕事仲間だ。で、そのバラした中の文字盤裏に刻まれてる名前見て、ぶっ飛んで来たワケだ」
何故か、心臓が早く鼓動する。
「何と…刻まれていたのだ」
ダンテが、我の眼を真っ直ぐに見て、口角を上げる。
その唇の紡ぐ形が、その人物の姿を脳裏に描かせる。

“ ヨ ル ”

ヨル…夜…紺野夜
和名のヨル、なのか定かでは無いが、恐らく、彼だ。
葛葉ライドウ…

そうに決まっている、どうしてか?
それは…自身のホルスターベルトに下げた物が語る。
黙って、我は外套に手を潜らせて、それをじゃらりと見せた。
見るなり、口笛を吹くダンテ。
「 BINGO!平行世界のお前も持ってんなら、多分あいつのだよな?」
我の手にする其れは、真鍮色をして…透けた内部で動く歯車を渡る飾りは太陽の形。
ダンテの手にする其れは、冷たい銀色をしている…
「少し…見ても構わないだろうか?」
「ああ、良いぞ」
すい、と寄越された其れを、ぱちりと開く。
案の定…月の飾りがくるりと踊っていた。
もう、直感的に思った。
これは、紺野夜の物だ。
そして、これを持つ我々の真の繋がりを…一瞬にして連想させる。

平行世界?
同一体?
…本当に?

…本当に?

「…これを、我からあのライドウに渡しても、良いか?」
『おい、お前勝手に…!』
業斗の嘶きさえ、今は聞こえぬ振りをする。
デビルハンターはフッと笑う。
「厄介払い出来て助かったぜ、渡してやりな」
その言葉を貰い、我は冷たい輝きを放つ其れを外套のポケットにしまう。
「有り難う…責任を持って、彼に渡す」
「じゃあ、俺はもう用事は無ぇ」
踵を返すダンテの大きな背を、何も意識せず見送る、その瞬間。

「ああ、一件在ったな」

その背の、身の丈程もある大剣の柄が握り締められる。
ハッとして、自身の背の大太刀を抜刀する。
全く間に合っていない。
『雷堂!』
業斗の叫び鳴きが一瞬聞こえる。
(やられた…っ!!)
そう思い、思わず反射的に眼が瞑る。
だが、痛みは無い…
食い縛った歯を、ゆるゆると浮かす。
ダンテの顔が、すぐ眼の前に在った。
「その右眼…どうしたのか聞いて無かったな」
冷酷に輝く水晶色の眼に、零の距離から射られる。
あの大剣で切ったのは、眼帯だけ…だったというのか。
その技量に驚愕しつつも、この現状に我に返る。
「お前、アイツから…ヤシロから採りやがったのか?おい」
「ふ…っ」
顎を、皮手袋に包まれた指で強く掴まれる。
痛い程に、右眼へと注がれるダンテの視線。
其れは…鏡に映る、我の眼と似ていた。
「ちが…う…」
「じゃあお前の右眼に入ってるのはどうしてだ?その魔力…勘違いじゃあ無え筈だ」
「彼、が…」
嘘を吐いた。本当は、奪ったも同然なのに。
「彼が…呉れたのだ」
「…」
「フ…フフッ…哀れな…我の為に…微笑んで…」
どうして、これを語りつつ我は口元が緩むのだ?
この…デビルハンターが、ついぞ得れなかった物を…得ている…
そんな、浅ましい、醜い優越感、か?
「…ヤシロは、元気にしてるか?」
「あのライドウに、痛い位の過保護な…使役を受けている、と認識している…」
「…だろうな、ハッ」
どこか、遠い眼をしてダンテがひと笑いする。
「お前、気持ちは解らんでも無いが…悪魔の眼なんざ毒だぞ?」
「知って…いる…」
苦しい姿勢に、声が上擦る。
「人間辞めたいのか?優等生なんだからそのままで良いだろ」
「かはっ……ほ、本当に、欲しいものの為に…得ることは、罪…か」
「…墜ちてるぞ、お前…どっかの誰かだな、まるで」
「今の我には…相応しい…っ…」
哀れみか?それとも…同胞を見つめる眼か?誰かを見ている…気も、する。
そのまま、デビルハンターが、我の右眼にくちづけた。
「じゃあな…ヤシロ」
指を広げ、我の身体を解放した。
膝から床に着いた我は、情けないが魔力の圧に震えていた。
だが、口元が上がってしょうが無い。

(得れている…我は、彼を)

去って行く赤い悪魔の背を、暗い双眸で見つめる。
高揚する…心の中に赤く滾る玉鋼。
それが、刃へと研ぎ澄まされる。
諸刃の…

(あの強き魔人にすら得れなかった…ライドウすら得ていない彼を…)

外套の中の懐中時計が、心を冷ましてはいたが
それすら歯止めが利かぬ程に、右眼があつい。

「矢代…今度は、どこを呉れるのだ?」

逢いに行く口実が出来た我は、ポケットの中の月を掌握した心地に酔っていた。
背後で、業斗が舌打ちをした、気がする。

すぐに、入れてある依頼を完遂しよう。
すぐに、そちらの世界へと赴こう。
すぐに、君の下へ。

すぐに…君の、哀れみか、憎しみが、欲しい。
嗚呼、狂おしい程に。


太陽と月に背いて-明星・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
なんというゲスト…
しかし、考えていた展開に持っていくには、適任でした。
この辺から捏造設定入りますが、そんな無理の無い程度に。
ポリシーとしては、読み易い捏造(…いやいや)
雷堂、相変わらずイっちゃってますね…
業斗もいよいよヤバイと感じてきた様子…しかし帝都は護っています。
この後、ライドウ篇-夜闇-に続きます(続くというか、その頃ライドウは〜みたいな)
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