「大した報酬でもねえのに…」
オレのぼやきに、一瞬でガンを飛ばしてくるイザボー。
ヨナタンはイザボーを嗜めつつも、オレを諭す姿勢だ。
「そう云うなワルター、締切が近い納品依頼なんだ」
「依頼とかクエストとか御大層に云っちゃってよ、頼んできたのはガキんちょだろ」
「君は報酬で依頼を選別するのか?遺物を探す、ただそれだけの事も選り好みするのか?」
「だってなあ…安い仕事じゃ食ってけねえぜ実際問題」
遺物を探すとか云えば簡単に聴こえるが、道中の悪魔はそんな事情知ったこっちゃねえ。
探し物が見つからない限り、オレ達の労力は費やされる一方だ。
「ラグジュアリーズの連中は慈善活動がお好きなこった、な〜フリン?」
脇道を眺めていた背中に声掛ければ、黒い髪がふわっと揺れた。
上等な黒馬の尻尾みたいで、目の前で揺れているとついつい追いそうになる。
「慈善活動…」
「そーさ、慈善活動。“一日くらい浪費したって、喰うモンに困らねえ”からそういう発想が出来んだよ」
「一日くらいなら僕等だって困らないと思うけど」
「あのな…今のは喩えっつうか」
「そんなにお前の村は不漁だったのか?」
「いや、もいいわ…」
フリンから目を逸らしても、在るのはやっぱりしょげた緑達。
日光をマトモに浴びてないんだから、当然の話で。
痩せた作物が獲れるなら…と、一応足を運んできたが、やっぱ駄目なモンは駄目だ。
「新宿御苑でも駄目となると、他に樹が茂ってる場所なんか有ったろうか…」
「ほら見ろ、安請け合いするとガッカリさせるだけだぞ」
「しかしワルター…あの贋物の樹、君も見ただろう?」
喋りながら、わらわらと追いかけてきたマンドレイクを剣先で往なすヨナタン。
「もっと立派な、あの子供達から見せて貰った絵本にあった様な、しっかりした樹をあげたいのだよ」
わっぷわっぷと池で溺れるマンドレイクを一瞥してから、橋を渡りきったあいつ。
後から続いたオレは、橋上からじっと悪魔達を眺める。
「餌を欲しがる魚みてぇのな」
「…溺れているんじゃないのか?」
傍に来たフリンに、ニヤッと笑い掛けてから手を翳した。
悪魔から授かった力を、握った拳から滴り落とす。
熱い雫がマンドレイクの花を轟々と燃やすと、ジュウっと悲鳴の様な音を上げて水に沈んでいった。
「おほっ、やっぱアギで充分だったな」
「トドメを刺す必要有ったか?」
「溺れてるなんてフリかもしれねえぜ?こうやって覗き込んでたら…突然…こう!ピュって跳ねて襲ってくるかもしれねえよ?」
すっかり焔を消した拳を開き、おちゃらけてフリンの額を掴む。
当然振り払われ、ジトっとした眼がオレに刺さる。
「魚じゃあるまいし。植物だろうマンドレイクは」
「植物つーか悪魔だしな」
それでも、イザボーみたいなギロリって感じでは無く、何処か遠い眼つき。
こいつは、普段からそうだ。ともすれば睡魔に襲われているんじゃあないかってくらい、平静な視線。
(こいつの眼、そういや緑色だな)
フリンの眼の中に深緑が見えて、此処よりも植物が多そうだな…とかボンヤリ考えた。
いやいや植物って何だ、と、直後自身につっこむ。
「ちょっとお二方ぁ…?遊んでないで、真面目に探して下さる?」
「ぉわッ!出たあっ!サタンクロース!」
横から割って入ってきたイザボーに、マンドレイクより大げさな悲鳴を浴びせてみれば。
呆れた、と云わんばかりの眼を投げかけてきた。既に怒る気も失せたんだろう。
「サタンクロースでなくってよ、サンタクロースよサンタ」
「サンタもサタンも似た様なモンだろ、此処の連中にとっちゃ」
「違いましてよ、サンタクロースは幸福を届けてくれて、聖夜にしか訪れないの。聖夜にはねっ、皆大切なパートナーと……ぅふっ」
「ははあ、サンタってあれか?所謂カミサマってヤツ?」
「えっ…?サンタさんは、違うんじゃないのかしら…?」
「トウキョウの奴等の云う“神様”ってのはてんでバラバラだよな、他宗教なのかよこの国、わけわかんねーの」
首を傾げたまま、オレの問い掛けに答えを出せずにいるイザボー。
脇から聴くだけの態度を決め込んだフリンには、元々答えを期待しちゃあいなかった。
「いや、それは一理有るぞワルター。そもそも今回話題に挙がっているクリスマスという祭りも、起源は宗教的なものであり、その割には国が一丸となって行事として楽しんでいた形跡がみられる、つまり―…」
オレ達よりも先を進んでいた筈の男が、何故か背後から返事をしてくる。
どうやら御苑をぐるりと一周してきたらしく、それでも手ブラな所を見る限り、目的の遺物は無かった様子だ。
「よっ、お疲れ好青年。モミの樹に匹敵するのは有ったか?」
「「お疲れ」じゃあないだろう?全く……因みに、妙に立派な樹が有ったから接近してみれば…バロウズが爆笑し始めたよ」
「ははッ、悪魔だったか?」
「そういう事だ」
「そりゃあお疲れ」
地下街のガキ達に見せられた、ボロい日めくりのカレンダー。
時計で判断してめくられるその暦の上では、どうやら明日がクリスマスイブなる日で。
遺物に時折見られる“折り畳み式の傘”みてえなクリスマスツリーとやらを例として見せてもらったが、あんまり御粗末なもんだからオレは笑っちまった。
水の通っていない葉は、所々折れ曲がって変なクセがついて。
幹は伸縮性でツルっとした素材で、これなら確かに場所を取らないし腐らない。
それでもいよいよガタがきて、劣化した所からポッキリいっちまったんだと。
《クリスマスツリーを探して欲しい》という依頼内容だったが、どうしてオレ等は本物の樹を探してるんだ…?
ラグジュアリーズで意識の高いおぼっちゃまは、可能な限り高い規格を求めるから面倒だ。
「まぁしかしよ、街中探したってそれっぽい遺物は無かったもんな…案外劣化していないニセモノすら、見つからずじまいかもしんねえな?」
「娯楽用品だとすれば、僕等が探すより以前に回収されている可能性が高い。こんな世界では、子供の手には届かないかもしれない…」
「ま、別にいいんじゃね?サンタってのも、地下街まで来ねえだろ。だってあれ、絵本だと煙突から入ってきてたじゃねえか」
「実在の有無では無いよワルター、こんな環境だからこそ、子供には夢をあげなくては」
よくもまあ、真顔でそんな台詞が吐ける。この男は、ある意味凄い。
凄いけどな、同時にオレの奥底から、こう苛々が沸き立つのは…こりゃあ性質の違いってヤツか?
この依頼は切り上げよう、と口にしそうだった俺の熱を、瞬間に冷ます一声が浴びせられた。
「モミの樹なら、キチジョージの森に群生してる所が在ったけど」
一斉に見つめられたフリンは、少しの間の後に「もう少し早く云えば良かったな」と呟いた。
飴と無知
久々に訪れた森は、相変わらず淀んだ空気に靄がかかった有様で。
此処で昔は遊んでいたとかフリンは云うが、想像も出来やしない。
「雑魚って、雑魚過ぎると力の差も判らねえで突っ込んで来るからメンドクセエよな」
「じゃあ逃げるか?」
「でも回り込まれたらムカツクからな、たたっ斬るか」
のっそりと路を塞いで見下ろしてくるスプリガンにガンを飛ばしつつ、フリンに答えた。
イザボーほど刺々しい眼差しは出来ないが、売られた喧嘩を買う意思は見せつける。
召喚する労力の方が上回ると思い、仲魔も従えずに手にした剣をチラつかせた。
「一太刀で逝かなかったら、召喚してやるぜ」
相手はドルミナーを放ってきたが、一息早く読んで背後に駆ける。
サムライの制服を通り越して、じんわりと生暖かい魔力の波が肌を撫でていくが、肉体が踏み止まる。
隙さえ突かれなければ、睡眠誘導なんざ目じゃねえ。
「へっ、獲ったぜ」
頸椎と思わしき場所を目掛け、飛び掛かって突き立てた。
ある程度抉り込み、其処から薙ぐようにして切っ先を抜いたが…噴き上がるのは体液ばかりで傷が見えない。
暴れるスプリガンから一旦身を退き、二撃目を即座に斬り込もみに再び奴の足元へ。
(布が…!)
スプリガンの纏っていた薄汚い布が、まだオレの刀身に残っていた。
鈍い感触が腕に伝わる。弛んだ布地に切っ先は阻まれて、相手の肉に喰いこんでいかない。
まずい、と感じた時には、視界を暗くさせる気配。
咄嗟に上を見上げれば、悪魔の太腕が振り下ろされようとしている。
その腕が真上を目掛けてくるのか、それとも退いた先を読んでくるのか―…
そんな思考が足を遅らせ、オレは中途半端に後ずさるだけに終わる。
「頭を庇え!」
てっきり頭をわんわんと、激しい衝撃が響くモンだと思っていたが。
オレの頭どころか、鬱蒼とした森に響いたのは無機物の駆動音。
重なる様にしてスプリガンの呻きが轟き、周囲の枝葉を震わせた。
ギュイイイイゴリゴリゴリ、と、悪魔の腕を食い止めながら回転刃を喰いつかせているフリン。
受け止める二本の脚は、微かに震えながら幾度か草を踏み替える。
肉片や体液がぶじゅぶじゅと煩く舞い、姿勢を低くし頭を庇うオレにも、それ等は降りかかる。
粘着質な音が静まると同時に、切断されたスプリガンの腕が跳ねあがって、付近の茂みにガサリと落下した。
戦意喪失だろうか、布も片腕も失せて身軽になった悪魔は、ポンポンポーンと数回跳ねて木々の奥に消えて往った。
「は…お疲れ」
「…はぁっ……はっ…怪我…無いか」
「ありがとうよ、助かった」
よっこらせ、と立ち上がり、真正面からフリンを見た。
両者の足下に居たオレも大概だが、武器を揮っていたフリンもそれはそれは酷い有様だ。
厚めの前髪に、べったりと…色々付着して滴っている。
「お前の…ソレ、なんだっけ」
「…?……チェーンソー、だっけ…」
「なんつうか、お前そんな得物ばっかだな…はは」
「今回は鈍器じゃない」
「はははっ、ディエス・イレより更にエグい」
「どうして笑ってるんだ、間に合ったから良かったものを」
「いや、悪ぃ悪ぃ」
スプリガンの体液は、赤というより紫に近くて。フリンの白い襟巻を染め上げていた。
制服の中に着る胴着といい、どうしてもっと汚れが目立たない色にしないんだ。
「雑魚だからって油断した、オレが悪かった」
自分の襟巻を外して、まだ綺麗な裏側を使ってフリンの額を拭ってやる。
御苑の時と違い、今度は振り払われない。真摯な姿勢が伝わっているのか…そう思えば、なんとも云えず心地好い。
額から、頬…首筋まで、青い布地を滑らせていく。
黙ってされるがままのフリンを見ていると、以前聴いた兄貴分の視点と入れ替わった気分になる。
イサカルに面倒をみてもらっていた時も、こういう表情だったのか…とか。
「もういい、お前の巻物も汚れるぞ」
「オレんのは汚れ目立たないから、気にするなって」
「…サムライの制服は、面倒だな」
「だろ?こんな小奇麗な布地の服、洗濯が面倒だし汚れも目立って、気苦労絶えねえぜ」
「一応気にしてたのか、そんなに着崩してるのに」
「ま、一応な」
仕上げに鼻先を摘まんでやれば、流石に今度は手で払われた。が、少しだけ笑っている。
こいつの笑ったり怒ったりを殆ど見ないから、間近で其れを見ると…珍しく綺麗な魚か鳥か、そういうのを見つけた時の気分を思い出す。
眼の色の翠緑は…かつての森の色なんだろうか。
「しっかし、イザボーが居なくて良かったぜ。絶対さっきの、ひでえヒンシュク買っただろ?」
ラグジュアリーズ二人には、ツリーの飾りを引き続き探して貰っている。
華美なものにはとんと疎いので、オレはこっち側。
久々にミカド国の空気を吸いたい、なんて気持ちも有ったのが正直な所だが。
「でも彼女が居てくれたら、お前もあんなに調子に乗らなかった」
「…そっすね」
バッサリ切り捨ててくるフリンの横顔を覗くと、まだ何か云いたそうな雰囲気だ。
それでもなかなか二撃目が無いので、オレからなんとなしに喋る。
「フリンは…サンタクロースとか、どう思うんだ?」
「どうって、何がだ。煙突無くても、通気口から来れると思うぞ」
「いや違えっての!……サンタってよ、何者だと思う?どうも話とか聴くと、良い子にプレゼント配って回るジジイらしいじゃねえか。しかも空飛ぶソリだぞ」
「…伝承の人物だから、それこそ神の遣いとか、聖人が元になってる…おとぎ話みたいな物だと…そういう本も沢山バラ撒かれてただろ」
「んで、知ってるか?どうも悪い子には…“黒いサンタ”が来るらしいんだよ」
「黒い…?サンタクロース?」
「いやまじで、あん時バロウズにちょいとリサーチさせたらさ、関連する電子書籍とやらが引っ掛かってよ…翻訳させたらそういうのが載ってたんだよ」
「普通のサンタとどこが違うの」
「嬉しくねえプレゼントを置いてくんだとよ、炭袋とか…イモとか」
「イモって何」
「何って…ジャガイモの芋だよ」
「良かったじゃないか、農作物で」
「本気かぁ?ガキにゃつまんねえブツだろ、だってよ、芋とか…!」
キチジョージはオレの村よりも貧しかったのか?芋如きで喜ぶなんて…と一瞬不憫に思ったが。
悪魔の体液に濡れた髪を結い直すフリンが、微かに肩を揺らしている事に気付く。
なんだ、可笑しいと思っているのか、こいつも。
「善悪の基準が分からないけど、悪い子には等しく芋なのか?」
「特に悪いガキのベッドには、豚の臓物がぶちまけられるんだってよ」
「鮮度が良ければ食べられる、良かったな」
「いくら綺麗なモツだって、寝床には困るだろ!お前どんだけ冷静なんだ」
「とっくにモツを浴びた様な状態だろ、僕等。冷静さは保てられる」
「…ま、それもそっか」
以前サバトが行われていた辺りを通り過ぎ、高低差の激しい一帯を抜け、更に奥に進んだ。
屍鬼と化したイサカルを打ちのめした場所まで来たが、フリンは無言だった。
「…地下街の中でよ、一番素行の悪いガキと一緒に、クリスマスの夜を明かすんだよ」
唐突な俺の語りにも、黙って耳を傾けてきた。オレにくれた一瞥で、そう判断出来る。
「黒いサンタが来たらまず交渉して…んで、多分向こうからキレて襲ってくるから、それをブチのめして仲魔にすんだよ!」
「妙に気にかけてると思ったら、仲魔にしたかったのか?」
「だって…強そうだろ?黒いサンタとか、聞くからに」
「どうやって良い子悪い子を判断するの」
「そこなんだよ問題は」
「…ワルターが子供と判断されれば、黒いサンタが来るかもな」
そりゃどういう意味だ、と軽く肘で小突いてやった。
軽く触ったのか、フリンのガントレットが起動音を発したが、直ぐスタンバイ状態になる。
バロウズは触った人間を識別出来るのか?一体どうやって?
「判断の基準とか、決められないよな。なあ…思わねえ?」
「…善悪の?それとも子供と大人の?」
「オレ達の基準だと、まあ…ガントレットの儀式を済ませたら、大人みたいなモンだろ?でもそれだって国の決め事だしな」
「…かもしれないな」
「結局は囲いの中のお偉いさんが、勝手に決めた基準だ。作り物なんだよ、規律とかよ」
背の高いモミの樹は更に奥らしい。木々の隙間から、立派な樹木の群れが見え隠れする。
悪魔が蔓延ろうとも、堂々と構えている植物達。きっと昔から変わらないのだろう。
フリンが幼い頃から見てきた景色、そのままなんだろう。
「見ろ、これは作り物じゃない」
その声に見上げれば、本当に立派な、まさく大木と云うに相応しいモミの樹がそびえ立っている。
「これが一番背が高い」
「すげえな、でもこんなにデカいとなるとどうやって運ぶつもりだ?」
「そういう時の為の、悪魔召喚プログラムじゃないのか」
「おっ、そうでしたそうでした。ってそうだよなぁ…オレも漁の時には今後、悪魔に任せるかな。魚の死んだ目ぇ見なくて済むし」
「村に…帰るのか?」
「まさか、云ってみただけだよ」
ガントレットを操作しながらオレに向けた眼が、少し怪訝な雰囲気だった。
何か気に障ったか?村に戻るだなんて、冗談でも云うモンじゃなかったか?
ナバールと同じでサムライを辞めるのだと、勘違いされたか?
「折角サムライに選ばれたんだ、みすみすお役目棄てる気は無いぜ」
「…そうだな、成れなかった奴の為にも頼む」
召喚しながらそう答えるフリンに、オレは何と返して良いか分からなくなった。
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