「ど、どうしよう!彼絶対酔ってたよ!?」
「みたいですね」
「いくら下に雪積もっているからって、怪我してないかな?」
慌てて上にコートを羽織ろうとする鳴海を制止する。
「僕が行きましょう、少し野暮用も有りますから」
「お前、仕事納めなんだろう?」
「あんなの言葉の綾です」
酒も入っているし、外の寒さも気にならぬだろう。
そう思い。残りの酒を瓶から直接流し込んだ。
『うっわ!本当ライドウの旦那は強いのら〜!!』
「お前は弱すぎる」
ヨシツネにそう告げ、ソファに放った外套を取る。
管と刀、銃も一式装備して、階段を下りる。
ゴウトは座布団の上で丸くなって寝ていた。
「よいお年を、ゴウト」
クスリと笑い、寝ている猫に会釈してから銀楼閣を出る。
あの事務所の窓下は、こっちだな…
思い辿れば、其処には何かが積雪を抉った様な痕跡。
ああ、人修羅は此処に落ちたな…
なら簡単だ。
其処から続く足跡を辿れば良い。
薄く月が照らす雪道を、白い息を吐いて歩く。
あんな半裸で飛び出すとは、酔っているのかはたまた…
力が制御出来なくなったのか?
(折角下着を剥ぐまでツモろうと思ったのに)
少々意気消沈であった。


「功刀矢代君」
「う」
「君は酔っ払いの中年か?」
電車駅で突っ伏して、なんとも枯れた光景である。
「うぅ…此処、何処だよ」
「駅」
「げえ…なんで…」
どうやら完全に酔っていたらしい。
おまけに人修羅へと身体が変容していた。
「こんな所で年越しする趣味が有るのか君は」
「…無い」
「だったら、さっさと起きてついてきたまえ」
転がる彼を蹴飛ばし、踵を返す。
背後から呻き、吐く音が聞こえた。
背をさすってやるような優しさは、彼には無用だろう。
寧ろ吐いて楽になった事を感謝して欲しい位だ。
太鼓を懐から取り出し、金色の竜を呼ぶ。
辺りの雪が反射して、まばゆい金を揺らす。
『正月料金だぞ14代目』
「フフ、申し訳ありませんコウリュウ様」
冗談を交わして、その背に乗る。
「功刀君、早くしてくれ」
「ちょ、待てよ…まぶしくて…」
ふらふらしながら、人修羅がコウリュウに跨った。
『酔っ払いか、落ちても責任は取らぬぞ』
「大丈夫です、簡単に死にませんから」
彼に代わって勝手に答えておく。
そのまま上空へと舞い上がり、外気が頬を切る冷たさで叩きつけてくる。
人修羅は本調子で無いらしく、少し肌寒さを感じている様だ。
「何処行くんだよ」
「初詣」
はあ?と素っ頓狂な声をあげる人修羅を放置して
コウリュウに依頼した行き先を待つ。


「ああ…確かに、神社、だな」
納得したのか、落ち着いた人修羅が辺りを見渡す。
名も無き神社は、大晦日のこの時間だというのに無人だった。
「雪化粧で普段とは違う装いだろう?」
「あんた、偶にいやに詩的でムカっとくる」
「それは失礼」
ニヤリと返し、賽銭箱の前まで来る。
後に続く人修羅がポケットに手を突っ込み
「俺、本当に何も持ってない」
少し悔しげに云う辺り、彼がこの様な事を気にする類の人間だと分かる。
「僕が君の分まで入れておいてあげよう」
懐からお金を取り出す。
僕の手元を見て、人修羅が口を開けて停止した。
「それ、一体いくらだよ」
「五萬円」
ぶっと噴出す人修羅を尻目に、隙間から落とし込んだ。
「どんだけ羽振り良いんだよあんた、普通五円玉とか…」
「五体満足」
「え?」
「五体満足でいれるように、五萬円入れている」
「…ああ…五と(満・萬)で?」
「帝都に来てから、正月はそうしている」
「…」
黙る人修羅。
またどうでも良い感傷に浸っているのだろうか。
僕が見つめると、ハッと振りかぶって口早に喋る。
「お、お参りしよう!あんな大金入れたしな!」
そして鈴緒を揺らし、でかい音で手を合わせる。
「おいおい、最初の合わせからそんな大音立てて…故人の霊まで呼ぶなよ」
「え?何が?」
まあ、彼は未来人だから風習には疎い可能性が高いな…
そう決め付け、手を合わす。
「地方とか目的でバラバラだろ?拍手なんてさ…」
思いがけぬ傍の彼の台詞が、少し面白かった。
「へえ、君は結構聡明な所も有るから好きだよ」
「気持ち悪い」
その悪態も終わらぬ内に、鈴の音に寄せられたのか
黒い装束姿が何処からとも無く現れた。
「あっ」
鳴らしてしまった張本人が、しまったという表情で此方を窺がう。
「別に、怒っていないよ」
用が無いなら帰せば良いだけの事。
ヤタガラスの使者に、その旨を伝えようと口を開く。
「14代目葛葉ライドウ、今年もお勤めご苦労様でした」
「ええ、貴方こそ。いつも時を選ばず呼んでしまい申し訳無い」
相変わらず良く回る口に、我ながら感心する。
と、其処で彼女から差し出されたのは2枚の用紙。
「何でしょうか?」
「御神籤です、14代目…と、人修羅」
自らの名称が囁かれ、人修羅の気が張る。
警戒しているのか、微量の魔力が胎動している。
「籤というのは、自身で引き当てる物では?」
「この2枚は、お2人の為に用意された物です」
無表情な口元は、見たところで意味も無い。
「では、一応受け取っておきましょう」
使者の寄越してくる1枚を、かじかんだ指先で摘む。
そして素早くもう1枚を、彼女の片手から奪い取った。
「人修羅には僕から渡しましょう」
「…」
「僕の番犬ですから、指でも喰われかねませんよ?」
薄ら寒い笑みを、浮かべていたと思う。
使者は黙って、それを流した。
「では良いお年を」
僕はそう告げて、背を向けた。
「…よいお年を、14代目」
返事と共に気配が霧散した。
「全く…ヤタガラスの連中は正月休みも無いのか」
人修羅に奪い取った側の1枚を渡す。
「呪符では無い様だから、安心すると良い」
「そ、そうか」
警戒を解き、指を伸ばす人修羅。
彼が受け取ったのを確認して、自分の御神籤とやらに目を通す。

天にます月読壮士
賄はせむ
今夜の長さ五百夜継ぎこそ

なんだ…“夜”とかけているのか、この和歌は。
ツクヨミよ…供物を奉げるから…夜を延ばせと…

脳裏に
人修羅を贄とした…
自身の姿が連想された。
多くの悪魔の死骸の上に立つ彼を
その背後から絡め取り、意のままにする…

(馬鹿馬鹿しい言葉遊びだ)
そもそも此れは恋歌では無いのか?
深読みするだけ無駄である。

「ライドウ?」
人修羅の声で、ふと我に返る。
「君はどうだったの?」
そう聞けば、彼は首を傾げて唸った。
「いや、これ…良く分からないな、御神籤とは別物だと思うんだけど」
「だろうね、これは嫌がらせだよ」
「嫌がらせ?」
「そ、ヤタガラスの」
「何で?」
「恋歌が書かれていた」
それを聞くなり、人修羅は身体を震わせて口元を綻ばせた。
「何だよそれ、あんた誰かに恋でもしてんのか?」
さも可笑しそうに笑う彼を見て、逆に問う。
「君は人修羅として生を得てから、そういう感情はあるのかい?」
彼の眼が、一瞬揺れて、すぐ沈む。
「いいや、無いよ」
「そう」
「こんな状態じゃ、恋だの愛だの云い合う相手なんてまず考えも出来ない」
スラックスのみという
いつもの姿の人修羅が、足元の雪を蹴り
渇いた笑いを浮かべた。
「新しい年も、何も変わらないで生きているんだ、きっと。老けもしないで、時間さえ忘れてな」
「悪魔は老いぬからね」
「さっきやった麻雀だって、きっとすぐ忘れてしまう」
「…君の御神籤には何が書かれていたの?」
人修羅の手に握られたその用紙に指を伸ばす。
彼は拒みもせず、それを突きつけるようにしてきた。

世のなかを憂しとやさしと思へども
飛び立ちかねつ
鳥にしあらねば

(嫌味…)
流石ヤタガラス。
「なあ、それ何が云いたいんだろうか…」
胸に何かつかえたかのような表情の人修羅。
ああ、彼より強き者などなかなか居ないと云うのに
いつも不安を抱いて生きているのだな、この悪魔は。
その歌を要約して、簡潔に伝えた。
「…この世が辛く嫌でも、鳥では無いから飛び立っていける筈もなし、と」
「それが云いたいのか?ヤタガラスは」
「さあ?でも此れにはそう書いてあるね」
「…単純だな、ヤタガラスって」
てっきり憤慨するかと思ったのだが、人修羅は自然と笑っていた。

「鳥が羽を休めるのだって地上なのに」

動悸が跳ね上がる。
其処に、人修羅の眼の奥に闇が視えた。
カグツチ塔で下された言葉の通り
彼の中は混沌が広がっているのだろうか。
その少年の風貌からは想像出来ぬ程の、観念。
「君が、僕に付く限り…」
彼の、その御神籤をその掌に握らせる。
耳元で囁いた。
「汚い地上で、愉しい夢を魅せようか?」
「夢…」
熱に浮かされたように、呟く人修羅。
「人のフリして遊びに興じ…悪魔の姿では殺し合う」
「矛盾してる」
「僕はサマナーとして帝都を守護し、悪魔召喚皇を目指して烏を屠る…」
「それも矛盾だろ」
「人修羅という存在は?」
「…酷い矛盾だ」
自虐になったとしても、そう云わざるを得ぬ。
彼は意外と長い睫を伏せ、自らを矛盾した存在と云う。
云わせたのは、僕。
彼の耳元から、籤を握り締めた掌まで
僕の指先を滑らせる。
「矛盾しているものほど、愉しいものは無いよ」
「…」
甘んじて受ける彼は、何を思うのか。
偶に、ほんの偶にだが、この様に触れても跳ね除けない。
まだ酒に酔っているのか?
「君は飛べないの?混沌の悪魔」
挑発するかのような声音で、哂って囁き、手を放す。
彼は御神籤を、その目の前まで指で持ち上げ
静かに眼を瞑る。
「ヤタガラスをどうしたいって訳じゃないけど…」
開く眼が、暗い空気に映えて金色に輝く。
同時に指先の籤は、赤い焔へと変わり
一瞬にして仄暗い炭になる。
「烏よりは高く飛べるよ」
その人修羅の声に、高揚する僕の意識。
唇から自然と紡がれる感嘆の言葉。
「ははっ、そうでなくては!」
舞う灰をひと吹きして、人修羅は叫ぶ。
「でもあんたを踏んで舞い上がるんだよ、ライドウ!」
「分かっているさ、僕は君に乗って飛んでいるのだからね!」
互いの心が解り合える気がする。
これは錯覚なのだろうか?
「年明けと同時に血祭りの舞踏会といこうか?」
「良いよ、さっきの脱衣分、ぶっ飛ばしてやる…」
ああ、今年最初の殺し合い。
殺し合いという名の戯れ。
麻雀では鳴かない彼も
僕との戯れでは啼き声をあげるのに。

「“啼き始め”にしてあげる」

先刻入れた五萬円が無駄にならぬよう
刀の柄をきつく握り締めた。




啼き始め・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
あけましておめでとうございます。17:09 2010/1/1現在。
しかし…ギャグだけのつもりが、やはり後半の様に…
もはや私は、彼らを喧嘩させなければ書けないようです。
麻雀については、私も人修羅レベルなので今回大変でした。
脱衣をもうちょっとさせるべきだったかと、悔やまれます。
本気で啼かせるエロス展開も考えましたが
それでは秘め始めになってしまうので(要望あれば考えますが)
ライドウは、賭け事には超強い設定です。
和歌は「万葉集」からです。御神籤に和歌が載っているタイプが在るそうで
良いなあ…と思いまして。

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