「まあまあの出来か」
筆を硯に置いて、椅子に腰掛けたライドウ。
俺はそのまま放置されていた。
今はむしろ蔦が有ってくれて助かっていた。
無ければ既に突っ伏している程、疲弊していた。
(いや、突っ伏した方が身体を曝け出さずに済むんじゃないか?)
だが、もう地に伏したら、完全に負けた様な気がするのだ。
「功刀君、此方を向いて御覧」
突如掛かったその声に、重い頭を上げた。
俺を真っ直ぐに捉える、レンズ。
「な、にそれ…」
「セコハンカメラ」
自分の開いた口が閉じない。
カーテンを開け光を取り入れたライドウは、ピントを合わせている。
「何だよそれ!あんたは何がしたいんだよっ!?」
流石に暴れるのだが、蔦はビクともしない。
「完成品を撮影して何がいけない?」
「そのネガ、絶対破壊してやる」
「フィルム?駄目、此れはタヱさんから頂いたものだからね」
ここで他人を挙げるのが、腹立たしい。
一対一での撮影。
まるで、生徒手帳に貼る写真の撮影会だ。
目の前に来て、正方形の様なカメラが俺に向けられる。
「フフ、哂って御覧」
「…」
いつか絶対殺してやる。
真横を向いて、それだけをひたすら考える様にした。
「ピント合わせが難しい」
愉しげな撮影会を終えて、ライドウはようやく俺を解放した。
だが、その辺りからぼんやりとしか、記憶が無い。
泥のように、そのまま突っ伏した、結局。



「!!」
冷たい空気。
がばりと飛び起きれば、台の上に居た。
「な…んだ」
新宿衛生病院で目覚めた時に酷似していた。
俺が一瞬で覚醒した理由はそれだった。
「おお!気付いたか人修羅よ!」
あの声は…
「ヴィクトルさん、俺一体…」
「葛葉が先刻担いで来おったぞ、随分疲労困憊だったが、どうした?」
ハッとして、両手を見た。
擦り合わせてみるが、落ちない。
「ど、どうしよう落ちない…!」
「人修羅?」
「落ちない…!ヴィクトルさん!シンナーとか無いですか!?」
「どうしたのだお前」
「この墨、薬剤でもないと落ちないんだっ!!」
身体中を擦り、声を荒げて叫ぶ俺に
ドクターは手を翳し制してきた。
「待て待て!何を云っているのだ!その刻みは元からだろうが」
「え…」
「お前は既に人修羅へと戻っているのだぞ???」
ゆっくりと、指先を見つめた。
確かに…これは、皮膚に刻まれている。
墨なんかじゃ、無い。
「まだ覚醒しきっとらんのか…まあ良い、大人しく寝ていろ!」
言い残し、その場から立ち去るドクターヴィクトル。
なんだ…
人修羅に戻ったから、一応連れて来たって事か?
自身に掛けられた布が、まるで遺体にする布を連想させた。
ゆっくり起き上がり、布を纏ったまま辺りを見渡す。
此処には偶に運ばれるのだが、いつもはすぐにお暇する。
薄気味悪い、手術室か霊安室の様だから。
(ライドウの奴、会ったらまず一発顔面からだ)
暗い欲望が胎に渦巻いている。
ククッと笑って、適当に棚を眺めていた。
「…」
一冊、真新しい本が目立っている。
指を掛け、引き抜いたそれをパラパラと捲ってみた。

日・未明
帝都にて初の致命傷。
人修羅の気の緩みと思われる。
胎から胸部にかけて、大きく裂傷。
完治まで28時間。

なんだ、これ…は。

霜月ノ十日
精神感応にかなり弱い。
仲魔まで殴打しだす始末。
此方に矛先を向けた為、応戦。
やり過ぎて右上腕裂傷、関節部が剥離。
完治まで27時間。

覚えている。
これはこっぴどく怒られた時のだ…!

霜月ノ末日
目覚めない。
内腑を意外とやられていた様子。
血反吐を吐きつつ応戦していたが、卒倒。
※記述中に覚醒、結局完治までは三日に至った。

どの文にも、写真まで付いていた。
一瞬死んでいるとしか思えない、酷い状態の人が写っている。
それは、俺だ。
(これ、何だ)
更に捲ると、罫線入りのページに到達した。
何か、図が描いてある。
人の背から羽が伸びていたり、蓮の花が咲き乱れている。
シャープな線で、緻密に描かれた下に注釈の様なものがある。

背面のライン、翼を模している気もする。
各部の同一モチイフ、恐らく蓮。
※蓮華の花、仏門とインドでの神話からか?
そちらの悪魔と見合わせて解釈する必要有。

(俺、の斑紋だよな、多分)
俺の観察日記かよ。
隅から隅まで、俺ですら知らない事が載ってそうですらある。
これ、どう考えてもライドウの字だ。
それは…斑紋も完全に再現出来る筈である。
目覚めた時、あの墨で刻まれたままの身体かと錯覚した位だ。
俺について、調べ抜いておこうという算段か…
確かに、悪魔召喚皇としては重要かもしれないな。
未知の“人修羅”についての解明は。
(フン、寝首かかれない様に先手を打っとくって事か?)
あいつらしいか、と既に怒る気にもなれず
パラパラと捲り続ける。
すると、重圧な背表紙の浮きを確認出来た。
折り返し部分に変な浮きを感じる。
違和感を感じ、そこを指で触る。
(何か、中に挟まってる?)
折り返し部分を、そっと捲り取り払った。
はらり、と紙の様な物が足下に落ちた。
「…何で」
(何でこんな…何時撮った…!?)

斑紋も無い、人間の成りをした俺の
寝顔が写っていた

この写真が、あいつにとって何の得を与えるんだ?
悪魔の、人修羅の生態でもあるまいし。
おまけに人間時の能力〜だとか、そんなの無関係な就眠時。
(認めるか)
写真の中の平和そうな俺の寝顔が腹立たしい。
「認めるかよっ!」
その写真に向かって、腕に点した焔を
指先から叩き付ける。
軽い音を立てて燃える写真を、素足で踏み躙った。
一瞬、じり…と足裏に熱を感じる。
(ライドウ…)
おかしい、もう身体の毒は消えた筈なのに。
あの写真を見た瞬間、何かがこみ上げた…
急いで本を棚に戻して、脚の煤を掃った。
(あの本のページは、一体どこまで記述がされるのだろう)
先刻撮られた写真も挟まれるのだろうか。
悪魔召喚皇になったら、あんなの必要無くなるんだよな。

あれが処分されるのか…
完全なる混沌の王となった俺が記述されて、完成するのか…

ギィ、と音のする方を振り返る。
「おはよう」
『おい、寒くないのか人修羅』
ライドウに、ゴウト…扉を開けて此方へと入ってきた。
何か手にしている。
「はい、弁償すると云ったからね」
「え、ああ…」
ぶん殴るつもりが、服を受け取っている俺。
「…あんた、どの時代で買ったんだよコレ」
「アカラナ使って2003年頃で」
溜息が出る、それ位バッチリだからだ。
おまけに、趣味の良さに更に腹が立つ。
この男、脳が先を行き過ぎているのでは無いだろうか?
「今年の書初めはなかなか興奮した」
哂って云うライドウに、俺は拳を贈り返そうと思ったのに
「なあ、これ着て力制御したら、完全な人間に見えるか?」
何故か返事の期待出来ないこいつに、そんな事を聞いていた。
ライドウは、一瞬哂いを引かせたが
すぐに戻り、云った。
「見えるよ」
「そ、そうか」
「成りだけは、ね」
そう続けて、俺の耳を引っ張り顔を無理矢理寄せる。
そして、痛がる俺を無視して耳元で囁いてきた。
「だけどね、人修羅への戻り方を忘れたら、ただじゃおかない」
甘い声音で、囁く…

「今度は葛葉ライドウの血で、刻んであげよう…」

俺の身体がその言葉に返事するかの様に
啼いた気が、した。
(ライ…ドウ…)
俺は、まだ熱があるのかもしれない。
そうだ、きっと。



秘め始め・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
正月SSから派生して、何故こんな事に(笑)
筆責めという無謀な内容に挑戦しましたが、これは玉砕でしょうか?
でもあの斑紋を描いたら、絶対くすぐったいと思います。
あとライドウのストーカーレベルが更にアップしていて
本当にどうしようかと。
ところでこの話、エロいと思います???
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