闇に光る斑紋を灯りにし、キーを挿す。
そして各所を照らし、安全点検をする。
いちいち細かいとは思うが、これが日々の事故を避けるのだ。
(流石にセルスイッチじゃないな、キックでかかるのか)
ヘルズエンジェルのなんて、動力も何も、という感じであったが。
一通り確認し、斑紋を消して人の成りに身を擬態する。
「お待たせ功刀君」
背後からの声に、ようやくと思いそちらを見やる。
「遅いなあんた、化粧でもして…」
その口が、何となく開いたまま塞がらない。

襟を立て、前を肌蹴た外套。
学生服の隙間から覗くのはサラシか?
極めつけは高下駄、それも派手な鼻緒。

「あ、あばばばば」
「そ、バンカラ」
「ばばばバカじゃないのかあんた」
「バカじゃなく、バンカラ」
くすっと笑い、俺の脇から腕を通す。
ハンドルを取り、そのまま二輪に跨った。
「では、喧嘩しに行こうか功刀君」
そのとんでもない格好と発言に、俺は二の足を踏む。
「依頼じゃないのかよ」
「果し合いと云う名の依頼」
「依頼じゃね〜よバカっ!そりゃあんたが勝手に買った恨みだ!」
「果たしてそうかな…?」
その含みに、俺は一瞬突っかかりを感じたが
くい、と引かれた指に反応して後部座席に跨った。
高下駄を器用に引っ掛け、ライドウが蹴り上げてエンジンが回転する。
「と、ちょっと待て、あんたの運転?」
「君、場所分からないだろう?」
「そりゃあ、そうだけど」
(恐いな…そもそもこの時代に免許は必要無いんじゃ…)
そして夜、と、条件は悪い。
果し合いの決戦地へ着く前に、事故ってしまうのではないか?
メットですらない、学帽のライドウの頭がそれで割れたら
それはそれで面白いのだが。
そうしたら俺は、指を差して笑ってやる。
静かな夜の帳を、擦れた振動音を出して動き出す。
「ほら、しっかり肩を掴みなよ」
ライドウの勧告に、俺は納得出来ずに無視する。
こいつにしがみ付くなんざ、俺のプライドが許さない。
すると、その意を解したライドウがアクセルを捻った。
「振り落とそうか?」
その声とほぼ同時に、砂煙をあげながら角を曲がった。
あきらかに速度超過。
脚でニーグリップしたところで、重心移動に逆らえない。
「ライドウっ!」
思わず叫び、その黒い外套越しに思い切りしがみ付く。
それに気を良くしたのか、フフッと哂っている。
「メットも無いのに!無茶するなよこの馬鹿!」
「男性が女性をタンデムさせたがる理由も頷けるな」
「人の話聞けっ!」
視界も悪いのに、危険運転というやつだ。
(あーヘルズエンジェルの方が安全運転だった)
今になってそう思う、ライドウの運転は根性曲がってる。
「それとも、君…タンデムなら凪君とかの方が良かったかな?」
前方からそう茶化され、俺は瞬間それを想像した。

功刀さん!風を切って走るセオリーです

その甘ったるいイメージに、思わず沈黙してしまう。
しがみ付かれたら、きっと暖かくて、柔らかいのだろう。
(柔らかい?何がだよ、何が…)
勝手に妄想が侵攻してゆく、俺の脳内は混乱した。
「…凪君の事は先代から任されているのでね、危険な乗り物には、残念ながら乗せれないな」
と、途端に加速するライドウ。
俺に振っておいて、どうやら勝手に切れている。
無茶苦茶我侭だなこの男。
「そりゃあんたみたいな男より、凪さんみたいな人の方が…」
「君、そもそもタッパが足りないのではないか?」
「なっ」
「大正の僕より低身長だろう?栄養足りてないならマグでも分けようか?」
「人が気にしている事を、よくもそう…」
「あの悪魔狩人の方が似合うだろうな」
こんな時だけダンテを挙げる。
いつもは俺が話に出すと、どことなく不機嫌になるというのに。
「さ、そろそろ喧嘩の会場に到着するよ」
「よ、じゃなくてさ…本当にあんたって喧嘩三昧だな」
「誰の所為やら…」
そう云い、クラッチ側の手を懐に忍ばせたライドウ。
淡い光が途端に溢れ、イヌガミが姿を現す。
「念の為、君にはこいつをお供にさせよう…頼むぞイヌガミ」
『ライドウハ?』
「僕は勝手に暴れたいのでね、放っておいてくれ」
『リョウカイ』
そう交わされた内容から察するに、ライドウは喧嘩に悪魔を使わない
そういう事、らしい。
全く、博打や喧嘩は意外と正々堂々としている。
『ヨロシク人修羅』
「イヌガミも苦労するな」
『好キデヤッテイル』
その性格、やはり主人に似ていくのだろうか…
先刻ゴウトに云われた事を思い出し、少し身震いした。

闇夜を裂いた二輪が、停車する。
ライトはそのままに、その河川敷を照らしあげる。
「うわ、喧嘩っぽい空気が、既に!」
『何人カ、居ルナ』
俺とイヌガミが遠巻きに見届ける。
そこに颯爽と歩み寄るライドウ。
長く伸びた影が、相手側に重なる。
眼を凝らせば、向かいに居るのは昼間、探偵社に来た書生。
「ようやく来やがったか!功刀矢代!!」

「…は?」

その相手書生の第一声に、俺は固まった。

「俺等んとこのお譲が、あの探偵社に居候してる野郎に一目惚れしたとか…」
「で、お譲が思い切って其処の所長に聞きゃあ、その名前が挙がった訳で…」
(勘違いじゃないかよそれ!!!!)
俺は大声を上げて、その場に割って入りたかったが
ライドウから鉄拳制裁を受けそうなので、それを堪える。
「しっかし弓月の君の生徒たあ思わなかったが」
「お譲の云うのと…ちぃと印象が違うが」
「来たって事は受けて立つ、って事だよなぁ?」
(そりゃ印象も何も、別人だ)
「お、おい、イヌガミ…ライドウ、何を思ってこんな」
『…読ンデミルカ?』
そう云い、くるりと旋回したイヌガミが、波動を出す。
その振動が俺の脳を震わせた。
ライトに照らされる彼等の心の声が響く。

《お譲の面喰い!畜生…っ、ボコボコにしてやる!》
《高下駄から覗く脚が、妙に白くて…気が逸れるな》
《本当にこいつで正しいのか?ま、いいか》

相手側の、勝手な意見がずしずしと脳を刺し
俺は勘違いと身勝手さに辟易した。
一方、肝心のライドウは…
(ああ、あいつの精神力じゃ、流石のイヌガミも読めないか)
俺もそうしているのだ、読まれたくないので壁を張っている。
弱い頃には出来なかったそれが、今は無意識の内に出来ている。
そう思っていた矢先、それはすんなりと脳裏に侵入してきた。

《バンカラ同士の喧嘩…やってみたかったんだよな、フフ》

「…おい!」
『流石ライドウ』
俺の身代わりになってくれたのか…?と
一瞬でも思った俺が愚かだった。
考えてみれば、俺の“出会い”という可能性の芽を摘んだ、とも取れる。
「では、これで決着がついたら探偵社には金輪際近付かないで頂こうか」
ライドウの声が響いた。
「勿論、そちらのお嬢さんにもお伝え頂こう」
それを皮切りに、火蓋が切って落とされた。
それはそれは、もう喧嘩、そのものだった。
刀も銃も使わないライドウは、どんなものかと思ったが
こう…なんと云ったら良いのやら。相手は三人なのに、それを物ともしない。
薄ら笑いさえ浮かべて、殴り殴られ。高下駄で華麗に蹴りを喰らわせる。
「うわ、何にも心配いらないな」
『ライドウハ、ヨク喧嘩売ラレル』
イヌガミの言葉に、納得しながら俺は聞いていた。
『同ジ、サマナーカラモ、ヨク売ラレル』
「え、そうなのか?」
『…』
それ以上語らぬイヌガミが、それの意味する重さを物語る。
ああ、やっぱり…サマナーからも売られるのか。
その喧嘩は、刀で斬り合い、悪魔が飛び交うのだろう。
こんな、幼稚なじゃれ合いでは無い。
妙に愉しげに、不良書生を満喫するライドウを見下ろし
俺は心の何処かで理解をしてやれた、気になった。


「ああ、いい汗かいた」
相手方をフルボッコにして来たライドウを迎える、俺とイヌガミ。
「銭湯行くなら一人で行けよ」
「この時間はやっていないからね」
そう云い、外套の泥を掃う。
「イヌガミ、有り難う、戻ってくれ」
『リョウカイ、オヤスミ』
「御休み」
サラシに忍ばせた管に、イヌガミを戻したライドウ。
二輪のシートに腰掛けて、脚を組んだ。
「なあ、あの果たし状…俺宛だったんだろ?」
「そうだが、何か?」
「…なんであんた、教えてくれなかったんだよ」
そう、睨んでやれば、哂うライドウ。
「仲魔の面倒を見るのがデビルサマナーだろう?」
「あんたなあ…面倒というかそもそも…」
云いかけて、俺は止めた。
分かっている、そんな事。
そんな俺を見て、鼻で笑うあいつが云う。
「斑紋姿を見られては、悪魔である君が暴かれる…営業と誤解され、その臀部が他の人間に触られるのもおぞましい…そして…」
俺の腕を引き寄せ、眼を真っ直ぐに見つめられる。
「君が勝手に想われるのも、宜しい現象とは云えぬからな」
どこか、そのライドウの仄暗い眼に囚われて
俺はすぐに反論出来なかった。
「サマナーとして、君に降りかかる火の粉は掃わねば」
「…だから、喧嘩ばっかりなのか?」
「ああ、現在も堕天使と喧嘩中」
その答えに、俺は一瞬息を呑んだ、が…
「…ぷっ、何だよそれ」
思わず吹き出した。
大真面目に云うライドウが、少し可笑しかった。
「そもそもその堕天使だって、神様と喧嘩中だろ」
「そうさ、世から喧嘩が消える日は無い」
「馬鹿みたい…さ、もう済んだなら行こうライドウ」
おれは発進を催促する。

帰路につく俺達を、白んできた空が迎える。
ボルテクスの空に似た、その白っ茶けた空気を
のんびりと二輪で駆け抜ける。
靄が町を覆い、薄暗い中を。
俺はどこか、肌寒い気がして、前の外套を掴んだ。
「速度は落としているが」
「…少し冷える」
「どうせ見えぬから、悪魔に戻ればどうだ?」
「…念の為」
その腕を、腰に回して、背に頬をつけた。
「眠いのかい?」
そう問われたので、そう云う事にしておこうと思う。
回答せず俺は眼を閉じて、モーターと鼓動の振動に意識を向けた。
「功刀君、起きているのか定かでは無いが、一応云っておこうか」
前方から流れてくる声を聞く。
「従順な君は、正直気味が悪い」
一瞬指に力が入りそうになるのを抑える。
「と、云うよりだね…君とは喧嘩していなければ、気が済まない」
なんだよそれ、と突っ込みたい気持ちを抑える。
「僕は喧嘩が、戦う事が大好きだ」
知っている。
「女性の柔肌も、博打も喫煙も好きだ」
腐ってるな、とは思いつつ流す。
「戦う事を嫌う、潔癖で、おまけに男である君とは相容れない」
重々承知である。

「…だから、君と居るのは愉しいんだ」

その呟きは
モーター音に掻き消された。
そういう事にしておこう。



ライドウ喧嘩祭・了

↓↓↓あとがき↓↓↓
えっ…なんだか、甘い?何故?
そしてギャグ、パンチ力の無いギャグ。
バンカラ姿のライドウが描きたかっただけ、駄作乙。
そしてタンデムさせたかったという…もう無茶苦茶。
ライドウは相変わらず、人修羅を独占したがる。
何気にこの話、悪魔や人物の個人名だけなら登場最多かも。

back