“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”
とまでは云わないが、己の立ち振る舞いに常に意識を傾けるのがステップアップのセオリーだ、と。
師匠は口を酸っぱくして、私に云ってくれていたものです。
あれから、常にそのイメージを浮かべて動いてみるのですが。
私には、常に余裕がありません。
「師匠、本当にそんな四六時中、ずうっと花で居られる訳ありません…!」
天斗樹林の厳しい路を掻き分け進む折、よく私は返したのですが。
しかし、その樹林で後日、花を見てしまったのです。
駆けようが、乱れの無い呼吸と脚。悪魔召喚で、両手に更に花。
(二体同時召喚…!)
黒い花、此方に迷い無く、真っ直ぐに歩み寄って来る。
そういえば、話に聞いていた…
仲魔を二体同時に繰る、無敗を誇る里の狂鳥、通称狐。
この人があの…



chaosの零余子



「凪君」
ハッと振り返ると、あの時と同じ花が私に哂っていました。
「どうしたのだい、決まらない?」
「い、いえ!ソーリーです!OKOK!ショートケェキとモンブランで!」
慌てて言葉も無理矢理投げかけ、先輩に笑顔を見せました。
ショウケェスを指差す私に一瞥くれてから、カウンター越しに注文する先輩。
店員のお姉さんも、頬がほんのり紅くなって林檎みたいです。
ケーキの箱を受け取る際、私に向いたその眼は、少し尖っていましたが。
(やっぱり、男女ではカップルに見えるのでしょうか…)
それは私も嫌なのです。
だって、私の方が華が無くて…
戦っている時以外の、こういった公共の場でさえ、隣の花に劣るのです。
「そんな量で足りるのかい?凪君」
「や、止めて下さい先輩!誤解を招くセオリーですっ!」
クスクス、と店員の笑う声に、恥ずかしくて心臓が踊りました。
先輩が一足先に進み、その手でドアが既に開かれています。
小さく会釈して通る際、その綺麗な手を見つめました。
相変わらず、白くて綺麗な手指です。
以前、葛葉修験闘座に入る時に、血を頂いた事を思い出していました…
「どうして刀のタコも作らず、こんなに綺麗に維持して居られるのですか?」
思い切って訊いてみると、先輩は自慢気も見せずに云うのです。
「凪君、君は武器を力のままに振るっているのかい?武器は重力に逆らわぬ、指で扱い易いでは無いか」
「うーん…一応型を習って、力の向きとか…流れ?そういうのはポイントとして掴んだつもりですが…」
「一番力を篭める瞬間は、振り被った最後の一押しだけで良いのさ」
「その瞬間摩擦する箇所に、出来ませんか?タコが」
「それは君、タイミングというものが合っておらぬ。そうでも無ければ、得物の柄の素材を替え給え」
「きゃっ」
突然、私の手を掬い取り、軽く指で揉む先輩。
こっちから触れば平気なのですが、これは不意打ちです、先輩の奇襲攻撃というヤツです。
「妙に傷が多いね、刀をかわした際に出来る傷とも違う様だけど」
「ええと、この傷は…」
同じ様な箇所に幾重にも、確かにこれは不思議でしょう。
でも、ちょっと云えた内容では無いのです。
「プ、プライバシーです、これは秘密のプロセスです先輩」
「へえ、まあ良いさ…女性は秘密のひとつでも有った方が、陰が出来て宜しい」
(ジーザス!しかし先輩、残念な事に大層な秘密では無いのです…)
帝都の賑わいは、私のガサツな振る舞いを厭に目立たせて、偶に辛くなります。
それにしても、私から手を振り切る訳にもいかず…
困った事に、先輩の指がまだ掴んでいるままなのです。
きっと手首から先を見たのなら、先輩の指先…やや骨っぽいですが、女性のそれにも感じられそうで。
何故美人は指先まで美人なのか。
(ああもう先輩…!)
一体いつまで繋いでいるつもりなのでしょうか?役得というより、既に拷問に等しいです。
先刻から、周囲の女性達の眼が…
これは、悪魔の野に放たれた時よりも、身体中に突き刺さる感覚。
反対側の手が無意識にぎゅう、と、ケーキの箱の持ち手を締めます。
「おい」
と、あまりに周囲の視線が痛くて俯いていた私に、声がかかりました。
それは聞き覚えのある声。私の胸を締め上げる、この持ち手よりもぎゅう、と締められているでしょう。
「何だい功刀君」
「何だいじゃねえだろあんた、その手」
銀楼閣の門の前、柱に背を預けていたあの人が、眼元を引き攣らして先輩を糾弾します。
今回の袴はくすんだ色目のグレーに、プルシャンブルーのインクを溶かし込んだ様な…
逢う度逢う度、綺麗に着こなしていますね。自身で着付けされているのでしょうか?
見目で貴方を想う訳ではありませんが、まず逢った瞬間は、そのいでたちに心を奪われるのです。
(はっ、い、いけません)
こういう瞬間に気を抜いているのです、しっかりしなさい凪…!
きっと口元がにんまりとしていた事でしょう、花弁のだらしなく広がった花は間が抜けています。
隣の優雅に咲く花を意識して、私も背筋を伸ばしました。
「違います功刀さん、これはちょっとした事情があっての…」
「凪さん、早く離した方が良いですよ、其処から毒が回る」
冷ややかな視線で、私と先輩の手を分断する功刀さん。
何ともいえず嬉しくもあり、流石にそれを顔に出せないまま、私からやんわりと指を動かしました。
「酷い云い様ではないか功刀君」
「間違った事云ってないだろ、意識しなくてもMAGってのが流れるなら、影響しないのが一番じゃないかよ」
「では、君も凪君と接触するのは宜しくないという事になるね?」
「…あんたみたいに、異性に無遠慮に触れたりしない」
眉間に皺を寄せて、ブーツですたりと私の前に歩み下りる功刀さん。
先輩のトランクをどすん、と地面に降ろして、じろりと横目に睨んでいます。
「あんたが戻るの遅いから、ゴウトさんは先に駅行ってるってさ」
ああ功刀さん、それはこの凪めがケーキ選びに時間を割いてしまった所為なのです。
しかしそんな事、やはり云い出せる訳も無く。
ニタリと哂う先輩が、私の代わりに答えたのです。
「それは失礼したね、何せ新作ばかりで、ねえ凪君?」
「……ノーコメント」
「ショウケェスの花々の薫りに中てられ、少し酔っていたのさ」
不思議そうな顔をする功刀さんに、それ以上追求しないで下さい、と念じました。



「ふう」
『お疲れっ、凪』
「良かった、皆さん喜んでくれて」
ケーキを村の方々に配り終えて、福禄荘のロビーで一息。
帝都のお土産を、私から笑顔で受け取ってくれるのが今では嬉しいです。
肩にとまったハイピクシーが、一呼吸置いてから、うりうりと肘で私の頬をつついてきました。
『ちょっとちょっと、今回は人修羅も居るんじゃん、どーゆーコトよ』
「どうもこうもハイピクシー、あの方の行動を決めているのは先輩ですからね」
『どーすんのよ、貴女今夜は屋敷に帰らずにココで寝泊りすんの?』
「ど、どうしてですか!」
『おかしかないわよ!“いつも屋敷に一人で寂しいでセオリー御座います〜”とか云って布団に潜り込めばオッケーよ!』
「今の説明全部がクレイジーです!」
ぐっ、と拳を握り瞳に炎を燃やすハイピクシーですが、私にそんな大胆な事が出来ると思っているのでしょうか?
椅子に深くもたれて、肩の妖精の翅を軽く撫でました。
「先輩と同室でしょう」
『いっそライドウも含めて川の字で寝たら?』
「先輩の部屋に、夜中に入るのが怖いのです…」
『何ソレ、あいつオオカミなの?』
「ち、違います!ちょっとしたトラウマが……アポリオン騒動の頃に一度、先輩の寝ている布団に近付いたのですが…」
ハイピクシーが息を呑む音が聞こえてきました。
続きを云おうと、唇を開くと…

「凪さん、こんな場所で悪魔と会話してると、部外者から見たら怪しい人ですよ」

言葉を呑み込んで、その声の方向を咄嗟に向きます。
無理な体勢で、思わずごきりと首が鳴って痛いです…
「く、功刀さん…!」
「無理してこっち向かなくても、凪さん」
小さく失笑して、私の座る椅子の傍まで来ると見下ろしてきました。
「俺がこの辺まで来れば問題無いですか?」
「は、はい…っ!!」
あまりにだらしなく座っていた事を思い出し、咄嗟に立ち上がると。
ずず、と後ろに押し出された椅子がゴッ、と音を立てて功刀さんの腰にヒットしたのです!
(ジーザス!オーマイゴッド!仏様!)
虫取り網で縦横無尽に、運喰い虫を掻き集めたい衝動に駆られます。
「いっ…」
「ちち違います!姿勢を正そうと…ご、御免なさい功刀さん…ッ!」
袴の脇をさすりながらも、おかしそうに眼を細めた貴方に、やはり胸がときめくのが事実です。
痛そうなお顔も拝見出来て、ああ…これはいけない感情です、凪。
「大丈夫ですから…そんな謝らなくていいです」
「は、はい…!」
と、気になって周囲を見渡してみます。
仲居さんは奥に行っていて、このロビーにはふんわりと屋外の温泉の香りが漂うだけです。
私達しか居ない。
『ライドウはぁ?』
私の心を代弁してやったという眼をしながら、ハイピクシーが功刀さんに問い掛けます。
「何か用事が有るとかで、ふらっと外出て行きましたよ」
『ふぅーん……で、凪に何の用?』
ああもう、そんな余計な事しないで下さい!
きっとこれは“別に用事があった訳じゃない”で返され、交渉にも発展しません!
一人で脳内会議する私でしたが、思わぬ言葉が降り注ぎました。
「暇ですから、凪さんに少し案内して貰おうかと思って…その、この辺とか」
「えっ」
「すいません突然……迷惑なら、上で適当に寝てますから俺」
「ええっそんないえいえ!!是非!是非この凪めに案内させて下さい!」
まさか、悪魔にも交渉を持ちかけられた事の無いこの私が。
(相手から来てくれるなんて…っ)
色んな意味で頬が熱くなります。
『やったじゃん凪』
一言残して勝手に管に戻って行くハイピクシーに「暫く出て来なくて大丈夫」と命じようとした私は、浅ましいです。




「…で、あちらの花子さんは九死に一生を得たという訳です!」
「へ、へえ……御存命で何よりですね」
案内、と云っても、思えば何を案内すべきだったのでしょうか?
もしかしたら、功刀さんはこの村に興味なんて無くて…
それなのに私、ついつい舞い上がって、福禄荘を出た瞬間に門の草木から紹介し始めてしまいました。
村と、その周辺を回り、異変が無いかを毎日チェックしています。
それと同じ流れで、楽しくも何とも無いダラダラしたエスコートをしてしまったのでは…
「…す、すいません功刀さん!もっと簡単なプロセスで良かったですか!?」
「いえ、どうせ暇ですから…俺こそ付き合わせてしまって、すいません」
「そ、そんな事!」
このまま引き返して、福禄荘に戻るべきでしょうか?
でも、そうしたらきっとお部屋に帰ってしまいますよね?
焦る脳内、私の眼はおろおろと宙を彷徨い、困窮した際に縋るいつもの一点に集中していたのです。
「……何処、見てるんですか」
「えっ」
「凪さん、今ぼうっと何処か見つめていましたよね」
「えぇ…っと……あれです」
半分無意識だったので、指摘されて改めて認識するのでした。
視線と共に指先を差せば、功刀さんはその方角を向きます。
「樹?」
「はい、三本の杉が見えるでしょう?あそこに……」
これも、案内には不要な内容でしょうか。
しかし、私が云いたくなったのです。ひとりのデビルサマナーの事を、知って欲しくて。
「あそこに、私の師匠との思い出が眠っているのです」
「師匠?…先代、の?」
「はい、十七代目葛葉ゲイリン」
功刀さんにとって、デビルサマナーは憎い存在なのでしょうか?
使役される側…とはいえ、契約あっての事。
双方に思う事有って、初めて成立する関係。決して、損だけでは無い筈…
徐に歩き出し、傍の“人修羅”という悪魔に話し続けます。
「ライドウ先輩から聞いてなかったカテゴリーですか?今回、お墓参りに来てくれたのですよ」
「え、あいつが…?」
訝しそうにする功刀さんに、教えてあげます。
「師匠と先輩は、相容れない部分も勿論有りましたが…それでも私は、先輩が師匠の事を嫌いで無かったと、そう思ってます」
「どうしてそう思えるんですか…」
「ライドウ先輩が、師匠に擬態した事があったのです。その時、術と仕草のあまりの完成度の高さに驚きました…けれど」
「…けれど?」
横を向いて、功刀さんの眼を見てみました。
人間に擬態する貴方は、薄暗い色の瞳をしている。
同じ様に、擬態がお上手です。その対象への意識が強くなければ、精密さは欠けるでしょう。
「なんとなく、違ったので、凪には判りました」
「なんとなく、ですか…」
「師匠は、控えめながら堅く揺ぎ無く…そして…寂しそうな雰囲気、です」
「ライドウは?」
「…直接、本人にもあの時云ったのですが…先輩は…」
擬態を見破られた時の、先輩の意外そうな顔を思い出します。
生意気な後輩に正体を当てられ、それでも悔しさ等は見せてませんでしたね。
「先輩は、猛々しく…それでいて澄みきった雰囲気…なのです」
「あいつが澄んでるだって?気味悪いですね」
「同じ葛葉ですが、それぞれのセルフが有るでしょう。擬態していようとも、やはり違うのです」
違う、けれど…先輩の眼は、師匠を哂ってはいなかった。
「少し冷えてきましたね、帰還のプロセスを取りましょうか」
この盆地、夕暮れの訪れも早いです。
石段を下って、湯治場を歩きます。
家屋の窓から零れる灯火に、胸がほんのり温かくなる…
「私は、師匠の夢を継いだのです」
「…だからって、葛葉も継ぎたかったんですか?ヤタガラスのサマナーって、マトモじゃ先に精神が壊されそうじゃないですか」
云ってから、はっとした眼になり、少し申し訳無さそうにする貴方は優しいと思うのです。
「功刀さん、例えばこの村ですが、帝都と比べ物にならないくらい小規模ですよね。それでも私にとってはサイズの問題では無いのです。持てる力を尽くして、与えられた範囲を精一杯護る、それがマイセルフ…」
漂ってくる薫りに、湯の花が脳内で舞います。草木の薫り、源泉の薫り…やはり素敵な村です。
確かに薄暗い、余所者には手厳しいところがまだあります。
それでも、少しは開けたでしょう。あの騒動で、槻賀多の暗部に光が当たって、照らされた筈…
心のびやかに…師匠の護ってきた此処を護りたいのです。
「…すいません」
「く、功刀さん、別に謝って欲しいというセオリーではなくて!」
「先代ゲイリンの事、見た事無いけど…きっと誠意ある人だったんですね」
「は、はい!大好きでした…!」
「…頑張って、とか気休めを云いたくないですけど。その人に師事出来て、十八代目継げて…良かったですね、凪さん」
薄く微笑む貴方を真正面から見て、私の真摯な心は折れそうでした。
こうやって、稀に逢ってお喋りして、心がときめくと…
デビルサマナーで良かった、と、思考してしまう。
そうでも無ければ、逢えなかったですよね?私達。
その為に、ゲイリンを継いだ訳でも無いのに…
「あっ…く、功刀さん少しばかりウェイト!よもぎのお団子を買って参ります」
特に看板を出している訳でも無い和菓子屋の前で、私は功刀さんに呼びかけました。
足を止め、周囲を軽く見回すその姿を見て、私は思わず笑みが零れます。
「此処、お団子作られているのですよ」
「え…一般の住居かと思ってました。看板とか無いんですね…客引きもしてない」
「常連さんは村の方だけですからね、ふふっ。いざ参らんのセオリーです」
待たせてはいけないので、颯爽と私は購入します。
師匠も好きだった、この村のお団子。
温泉で蒸す饅頭よりも、周辺の野花から作った物がデリシャスらしいです
よもぎのお団子…桜のお団子…ああ、涎が出そうです。
普段は自分用とお供え分だけですが、功刀さん達にも買わなくちゃ…
(こういう時にしかお給料を使わないのだから)
開きっ放しの扉から小走りに飛び出て、柱に背を預けていた功刀さんに駆け寄ります。
「お待たせしました!」
「え!?そんなに食べるんですか…」
「ち、違います誤解ですっ!!」
パーラーの二の舞で、なんだか気が滅入りそうです。
そんなに私は大飯喰らいに見えるのでしょうか?
まあ、少し二の腕とか、お腹とか、気になってますが。
「明日、師匠のお墓にもお供えするんです」
「ああ…そうか、すいません」
「ノンノン、謝罪ばっかりで宜しくないですよ功刀さん!はい、コレどうぞ!」
紙の袋からがさりと取り出して、ひとつ渡します。
少し躊躇いつつも、受け取る功刀さん。
あ、と思い、小さく問い掛けます。
「もしかして、擬態中は飲食駄目でした?」
「いえ…外で食べ歩きって、少し行儀悪いかと思って」
な、なんという事でしょうか……
この村では、私は当然の様にしてしまっていました。
「だ、だって、一口サイズです、から…っ」
「“サイズの問題”じゃないですよね、こういうのって…」
(さっき自分で云ったセオリーでしたあああっ!!!!)
シャープ過ぎるツッコミに、涙が出そうになるのをグッと堪えました。
購入して軒先で頬張った私に「どう、美味しいかえ?」と訊いてくるおばさまに「OKOK!」とサムズアップしたり。
まあ、そんな日々だったので。来客の前という事をすっかり忘れていたのです。
「ううっ…その通りです功刀さん。物は座って、然るべき所で食べるのがスタンダードでしたね…」
私の落胆が過ぎたでしょうか、功刀さんの眉尻まで下がり始めて。
しかし、一拍置いてから功刀さんの袖が揺れました。
「…うん、薫り、凄いしますね、ヨモギの」
「あ…」
男性にしては小さな唇に、渋い緑のそれが呑まれてゆきます。
はたいてあった粉が付着した唇を、舌でぺろりと軽くさらう姿に…どきりと私の鼓動が。
「ん…これだったら、まあ、買ってすぐ食べたくなる気持ちも解りますね」
嚥下して、私を見るその眼はどこか優しいのです。
ああ、貴方の中のアイデンティティを崩してしまったかもしれないのに。無理をさせたかもしれないのに。
それでも、私は理解してくれた事の方が強く響いてしまって。
励ましてくれた事実が、嬉しくて。
「でしょうでしょう?ふふっ、帰り道でのデリシャスプロセスなのです!」
「帝都より足が無いでしょうから、見回りしたらきっと疲れますもんね、此処。甘いものは必要だと思います」
甘えていますね、全く…私は……
「…ところで凪さん、さっき渡してきた時に気になったんですが」
「は、はい!?」
「指、どうしたんですか?妙に細かい傷が多い…」
思わぬ指摘…!しかし、此処は白状してしまうのが良いかもしれませんね。
「実は、買い食いばかりもどうかと思い、最近は功刀さんを見習って自炊しているプロセスなのです!」
「…まさか、包丁傷?」
「ど、どうして笑っているのですか!?」
「いえ…やり易い刃物で斬るのが良いかもしれませんね、小太刀とか…別に、猫の手を添えなくても良いし」
「そうなのです、あの手が苦手なのです」
やはり熟練者…傷の様を見て判るのですね。
はぁ、と溜息しながら功刀さんの前を歩きます。
よく師匠にも云われたから、自覚はあるのです。
“お前は背伸びするクセに、対する姿勢が固い。そのプロセスでは折れてしまうぞ?”
師匠…
“プロセスは余裕が出来てから綺麗にすれば良い、出来る様にとりあえずやってみる…そこからのセルフ修行が肝心…”
思い出せば思い出すほど、なんだか泣きそうになってしまうのです。
居なくなってから、気付く事ばかり。背伸びして転びそうになって、それを先輩達になんとか支えて頂いて。
「凪さん、別に気落ちする事じゃないですよ」
「でも…情け無いセオリー…男女の違いを云いたい訳ではありませんが、一応身体は女…料理のひとつも出来ないだなんて」
背後から、隣に移る功刀さんの気配。
遠くに山の影が見えます。とても静かな、宵の気配。
やや白い貴方の肌が、鮮明に浮かぶ。
「最初から上手な人なんて…居ない。料理の工程を見られる事なんて滅多に無いですから、まずはやり易い様にやってみるのが上達のコツですよ」
どきり、と跳ねました。この鼓動は、ときめいた類ではなくて。
あまりに師匠と云っている事が近かったので、リフレインが酷い…
功刀さんと師匠の性質は、あまり近いと思っていなかったのですが。
「…?今度はどうして凪さんが笑ってるんですか」
「いえ…ふふっ。明日、功刀さんも良かったら師匠のお墓参り、来ませんか?此方の名も無き神社に…墓石が」
「え、いいんですか、俺こそ部外者ですけど」
「先輩と“悪魔以外”を紹介するのは、初めてなのです」
「初めてが俺なんかで…夢枕で怒られたりしません?」
「いいえ、リスペクトのセオリーなのです、功刀さん」
少し嬉しそうに目許が笑う。そう、私は貴方を悪魔として、よりも…

「私の…とっても…大好きな人なのだと、師匠に紹介したいセオリーです」

流れ出た言葉は還りません。
互いに歩みは停止して、この沈黙が怖いです…
見つめれば、擬態した功刀さんの穏やかな色の眼が私を見つめ返しました。
「明日、御一緒しますね、凪さん」
少し照れた様子で、その後眼をすぐに逸らされてしまいましたが。
拒絶されなかった喜びが、私の中で既にMAGを躍らせていました。





修行の成果を見せる日の前日は、いつもそわそわして寝付けない。
昔からそうで、「グンモーニン、師匠」と早朝、顔を合わせても。渋い顔で云われたものです。
“何が良い朝なのだ凪よ、その眼のクマ…さては、また力を抜かずにベッドインしたプロセスか?”
明日はお墓参りなのに…どうしてこんなにも寝付けないのでしょう。
いよいよ朝の光が窓から滲みます。
福禄荘の、先輩達とは別の空いているお部屋。わざわざ借りたというのに。
(どうしましょう、好きだなんて云ってしまいました)
あれからすぐに福禄荘に到着して、別れてしまったので…功刀さんが本当のところ、どう思ったのかは謎のまま。
今日顔を合わせたら、何と挨拶しましょうか。
バッドエンドならスルー…
グッドエンドなら、また微笑み返してくれる?
でも、先輩に知られるのも、少し怖いのです。
葛葉四天王ともあろう者が、そんな感情にうつつを抜かして…しかも、先輩の仲魔に対して。
呆れを通り越して、怒りを買うかも。それは予測のカテゴリーなのです。
アポリオン事件の頃。
勢いのまま、睡眠もせずに興奮状態で、先輩の枕元に立った事をぼんやりと思い出していました。
告げてから発てば、赦されると思ったのです。
「……」
襖の向こう、気配。
寝込みに訪問するのは危険です。以前私がそれをして、先輩の峰打ちをガツリとアキレス腱に喰らった事を思い出します。
あの時の仕返しに来たのかと、一瞬考えてしまいましたが。
先輩なら、気配を殺して来ますよね。
 たしり たしり
襖の下の方から叩く音がしました。
掛け布団をそっと除け、後ろ手に太刀を握って襖に寄ります。
いつでも行動出来る様に、浴衣では無く軽装で寝た甲斐がありました。
「どちら様でしょうか」
『早起きだな、十八代目ゲイリンよ』
「…ゴウト様?」
意外なお声に、警戒しつつもするすると襖を細めに開けました。
冷えた廊下の空気がさあっと入ってきて、視線を降ろせば黒い影。
翡翠の眼で私を見上げ、愛らしい猫のお顔のままで、重く声を吐きます。
『すぐに出る支度をしろ』
「…一体、何かトラブルでも?」
『否、お主の簡単な試験をこの後より開始する』
「……テスト、ですか?これは随分と抜き打ちですね」
『決断を迫られる時というのは、心の準備なぞ出来ておらぬだろう?』
「納得のセオリーです」



次のページ>>