「夜?まだ生きてる?」
呼びかけつつ、傍に舞い降りた。
手脚が可笑しい事になっている、きっと折れ曲がったのだろうね。
ずれた学帽を、裸足の爪先でくい、と掃う。
「君、帽子無い方が素敵だよ?」
返事は無い。まだ呼吸で手一杯なのかな。
「ねえ夜、綺麗な顔をしているね」
血塗れの頬、それが月光に照らされて、ぞっとする美しさだ。
乱れた黒髪は、もがれた羽の烏みたいだ。
「悪魔召喚皇なぞ目指さずに、人の仔として生きれば良いだろう?」
「…る、さい」
「ヤタガラスの生まれだから、闇の道を選ぶの?」
「カラスの、為な訳、ある、か」
「どうして悪魔を駆るのかな?」
「奴等を、潰す為、だ!」
ぐ、と指先を動かす君、しかしその腕は宙でぶらりと揺れただけに終わる。
「はは、無理せずとも良いのに、夜」
傍に屈んで、その腕をくい、と掴んでやる。
「っ…!」
「動けぬならば、ぼくがエスコートして差し上げよう?」
折れているであろう箇所を、羽先でするすると撫ぜてあげると、吐息が漏れた。
「は、あ、あぐっ、あァ…」
いや、これは喘ぎかな?
どちらでも良いか、ぼくが愉しければ。
「悪魔の全てを駆るのならば、当然僕も含むよね」
ぽい、と、床にその腕を、飽きたかの様に放って立ち上がるぼく。
苦痛に顔を顰めたライドウを見下ろして、下の衣を完全に脱ぎ捨てる。
ふわりと纏う薄い羽衣を煌かせて、ぐんと伸びをした。
「はぁ、ようやく君にお披露目出来たよ」
完全に頭の角も生え切り、感覚もすっきり目覚めた。
ぼくを見上げる君の眼が、ゆるゆると開かれている。
「何枚…」
「何が?」
「羽…何枚……」
「全部見たいの?我侭だね、夜は」
その、裂けたホルスターの胸元、邪魔な管も無いからね。
「見せてあげる?」
くっ、と軽く踏んであげた、爪先で。
「がぁああっ!」
ぱきり、と肋骨の音、まるで木管みたい。
「綺麗な音」
「ぁ、あっ…ル、イ」
「もっと生やせば良い音が奏でれるかな?ふふ」
ずるり、ずるりと生やして、君の胸上でステップをした。
「なんだ夜…あんな口振りだから、少し期待したのだが」
血反吐を吐いている、肺に刺さったかな?
「悪魔召喚皇は…まだ遠いね夜?」
ああ、でも葛葉の霊力があるのだから、まだ死なないよね?
「がっ!!あぁぁッ!!がぁッ!!」
高慢な人間、デビルサマナーめ。
ぼく等を使役し切れるとでも思っていたのか?
愚かな奴等だ…
中でも、十四代目葛葉ライドウ、紺野夜。
「君はね、一度こうしてやりたかったのだよ」
自ら動けぬ人形と成り果てたその身体を、やんわりと抱き上げた。
「ぅぐ…ッ」
それだけでも酷い痛みを伴う人間の身体は、不便だろうね。
「アバドン事件の頃から…目を付けていたよ…君に」
薄闇の眼が、ゆっくりと僕を見る、隠さぬ憎悪を纏って。
「きっと気が合うと思っていた…」
「は…ぁ……っ」
「案の定、合った。会う度に話も弾んだね?」
「だま、れ」
「綺麗な君の身体に、魔力を注ぐのも悪くなかった」
「は…ん……好色、天使、めが」
「君の滾る憎悪と、飽くなき力への欲求が…とても興味深かったのだよ?夜」
ちら、と見上げた先に、象徴を見た。
「しかし、君は人の皮を被ったぼくの同類だと、よくよく解った」
羽を広げ、魔力の矢をその象徴に降らせる。
騒々しい音を立てて、巨大な十字架が崩落した。
消えた薔薇窓から射し込む月光が、丸く照らす其処に鎮座した。
「罪深いよ、君は」
抱き抱えたライドウを、其処に横たえた。
磔刑みたいに、十字架を背に寝かせて、ぼくはやや満足だった。
「神々の敵、だよね?」
「…それ、が、僕の仕事……」
「私情を含んでるよ?どう見たってねえ…」
「デビル、サマナーは」
「君の存在意義?」
一緒に寝そべり、その濡れた前髪を指先に梳いた。
「本当に全ての悪魔を使役出来たのなら、君は神そのものだよ」
優しく梳く指で今度は、ぐい、と髪を鷲掴みにする。
「高慢に奢る君を、貶めてやろうか?夜」
いつもの君みたく、今宵はぼくが哂おうか。
「!?」
「指輪どころか、奪ってあげる?」
指先に点した焔を周囲に撒いた。
燭台の蝋燭が一斉に照らし出す、罪人の君が辱められる舞台を。
「いつも思っていたよ、偉そうにねぇ…君という奴は」
釦を外さず、服を引き千切った。
内部で崩れているであろう君の薄い、それでいて筋肉の張った胸。
その隆起の上下する間隔が狭くなる。
「…めろ」
「何?」
「やめ、ろ」
「いつもあんなに気持ち良さそうに蕩けていたのに?」
返せば、頬を紅潮させたライドウ。怒りか、今更な恥か。
「解っているかい…君はね、ぼくから注がれるのを赦されていたのだよ?」
「何が…だ」
「意識的に主導権を握っていれば、君は愉しいのか、成る程、我侭だね」
首筋に、舌を這わせれば、いつかみたいに吐息が漏れた。
「使役してる、つもりになっていたか?」
「あ、ふ……ぁ……」
「馬鹿は、君さ、夜」
滑らせて、吸う、強く、吸う。
君の白い肌に、今宵の恥を残してあげる。
そんなぼくの確信的な愛撫に、君は呻く。
「吸う、な、貴様…ッ」
ああ、本当に我侭だね。吸えと以前は命令してきたのに。
「そうだ、いつも君が動いてばかりで、申し訳無かったからねぇ」
ライドウに跨り、上から見下ろす。
睨みつつも、その僅かに見え隠れする恐怖、凄い…
ぞくりとする。
「人型の時より大きくしてあげようか…?」
羽衣をわざと取り払って、局部を見せ付ける。
眼前に直視してしまった君は、一瞬息を止めた。
まあ、だろうね。君の御上達よりは立派だと思うよ?
「ルイ、君、さぁ…」
「何だい?」
「上級天使、みたいだけど…」
ごふっ、と咽ながら、続けたライドウ。哂っている。
「たかが人間の僕に、何を見ていたのだ…?」
まだ
「気紛れにしては、よく友達ごっこ、してくれたよねぇ?ク、クク…」
まだ哂うのか?人間。
それとも、この葛葉ライドウという烏の人形は、精神崩壊している?
「友達、ね」
その哂う頤を、指先に掴んで、口を開かせる。
眉根を顰めたライドウ、ああ、その顔は好きかもしれない。
「いつもの君が望むまま、注いであげよう」
その綺麗な顔を、跨いであげた。
開かせた口に、瞬時に埋め込む、男性の象徴物。
人間の男にあるソレを、天使のぼくがわざわざ君の為に象ってあげたのだよ?
「感謝してね?夜」
ぐぐ、と最奥まで一気に突き刺す。
以前の場所より更に奥、その狭い器官を坩堝に見立てて、抉りこんだ。
「ん!んぅうぐぼぉお!ぉぐぉおおッ!」
獣みたく喉奥を鳴らすライドウが、白目を剥きそうな程に見開いている。
ビクンビクンと、手脚が動いている。
折れた役立たずのそれ等は、まるで君の屠った蟲みたく蠢いてる。
「友達料金で、良いよ、夜、ふふ、っ」
先端を奥に当てて、そのまま放ってあげた。
君、これ好物だろう?浅ましいMAGの中毒者め。
すると、先端に生温かいものを感じて、仕方が無いからずるずると抜いた。
そのままにしては、脆弱な人間は窒息するからね。
「グボェエエッ!!」
噴水みたいに吐寫物を出すライドウ、折角注いだMAGが台無しだろう。
「勿体無いね、ほら、ぼくのMAGだよ?」
まだ咽返る君の頭を掴んで、無理に横を向かせる。
十字架にも垂れたその残滓に押し付ける。
「舐めなよ」
「っは、っあ…ぐ」
「美味しいのだろう?」
「お、前……堕、天使?」
そんな事、今考えてるのか?ライドウ。
「こんな、とこで、油売ってりゃ…見捨てられるよ、ねぇ?」
「!」
「人間が妬ましい?駄目天使」
「…」
「僕も、聖人面する、天界の奴等に、反吐が出るよ」
「夜」
「特に、神とかいう偶像にね!!」
「愚弄するな、人間風情が…!」
(あの御方は、偶像では無い)
「誰が寄越すか、夜、君なぞに…」
この金色は、ぼくのサタンの証。
天使の己を封じ込め、過去に置き去りにした決意の証。
ああ、一瞬でも、君に共鳴したのが間違いだった。
面白い人間も居るのだと、感じていたよ、夜。
「穢されたいのだろう?」
ずるり、と全ての羽を広げて、君を威嚇した。
裂いた衣の破けた隙間に、埋め込んで、中に突き入れる。
肉を割り裂いて、ぶらぶらと糸の切れた人形みたいな脚を抱えた。
身体を折り曲げられ、結合する箇所が良く見えるだろう?
これ、君が好きだった体位だよ?夜?
交わる箇所に混沌を感じるのだろう?そう云ってたね、君。
「ねえ、どう?実際」
「んっ、あ、あっあぐッ」
「これが最後のまぐわいかな?ねぇ?」
「ル、イ」
「もうあの悦楽の表情が見れぬのかと思えば、それも残念だねぇ」
「て…る」
「何?」
犯される君の眼が、それでも強く光る、闇の中でも闇色で。
「いつか、使役して、や、る」
その台詞に、ぞわり、と身体が疼いた。
ああ、本当に口が上手いね、ライドウ。
その云い方、此処で殺す訳にいかないではないか…ねぇ?
「それは愉しみだ」
「ん、ぐぅ、ぅっ」
「餞別に、強いのをどうぞ?夜」
どくりどくりと、中に注ぐ。
痙攣する指先、一瞬指輪をしてる方の手を絡ませた。
「いつか君も手に入れるだろうさ、金の光を、ね」
そう、確かに感じた。
いつか、更に力をつけた君が…
金色の眼を持つ猛き悪魔を連れて、ぼくに挑む姿。
でもね、その悪魔とて、ぼくの支配下にあるのだよ?
悪魔である限り、ね。所詮白か黒なのだから。
「残念…この指輪も、お預けだ…」
朦朧としているライドウに向かって、云い放つ。
「里のみ潰したい…と、その程度の欲望では揺るがぬよ…お前の魂は、ね」
何かを云おうと口を開いた君。
だが、そこから発されたのは赤い血。
「すべて憎いのなら、造り変えてしまえ…己の舞台から…」
ずるりと引き抜いた瞬間、ぐたりとなったライドウ。
血と精で濡れる十字架は、君に相応しいよ…
「さあ、まだまだ君は踊れるだろう?」
絡ませた指先から、魔力を分け与えた。
再生を促すそれが表面化する前に、上体を離す。
「ぼくに立ち向かえる存在を君が手に入れたら、ね」
そんな悪魔、ぼくが欲しいくらいさ…
全てを覆す、トリックスター。
「ではね、夜…また逢えたら遊ぼう?」
その形の良い唇に、ひとつ別れのキスをした。
噛み付く事も出来ずに、君はぼくを睨むだけ。
「愉しかったよ、君との逢瀬」
羽をはためかせて、ただの丸窓と化した薔薇窓に飛んだ。
「ル…」
背後から、君の声がした。
「ルシファー…」
なんだ、やはり気付いてたのか。
クスリと笑いが零れて、ぼくはそのまま飛び立った。
(ああ、貴方の云う通りだった)
確かに、人間は、面白い…
ヒエラルキーに縛られない、浅ましさが、天使よりも。
彼の眼の様な闇が、悪魔よりも。
月光に飛ぶと、夜風が心地好かった。
地上に小さくチラつく光のひとつ、場所からして新世界だ。
脳裏を過ぎる、デビルサマナーとの戯れ。
「絶交、かな」
呟いて、ソーダ水の味を思い出しつつ滑空した。
ケテルまで、飛んで帰りたい気分だったのだ、今宵は。






『おい、ライドウ』
「何でしょうか」
『あまり夜遊びし過ぎるなよ』
一瞬何か解らなかった僕は、相当疲れていたのか。
外套の襟をくい、と正し、ゴウトに向き直る。
「男の勲章では?」
『おいおい、それでも本当に葛葉四天王かお主…』
「情愛の証です、フフ」
哂って糞みたいな台詞を吐く僕、気味が悪い。
『おい!依頼は!?』
「もう済ませましたよ、雑魚をブチ殺す依頼なんて瞬間に終わりますから」
我ながら凶悪な物云いで返答し、銀楼閣の扉を閉じた。
もう呪詛の解け始めている黒猫に、気分がざらつく。

深夜でも迎え入れてくれるミルクホールの灯り。
ベルを鳴らして入ると、皆が僕を見て、すぐ視線を戻す。
良くも悪くも、著名なのだ。
「マイヤーズのダークラム」
「かしこまりました、葛葉様」
マスターに告げてから、テーブルに着席した。
灰皿を引き寄せてホルスター裏から抜いた煙草を咥える。
添え付けのマッチで火を点けると、途端に毒で空気が美味しくなった。
取り出した手帳に、最近の依頼に関する記述を施す。
(紅蓮属が足りぬな…何処で勧誘しようか)
先数日間の予定、合体の予定を練る。
「どうぞ」
マスターの声と同時に、手帳の傍に置かれたグラス。
ペンを持つ指を、咥えていた煙草へと移して、灰皿にそれを置く。
「有り難う御座います」
礼を述べると、マスターは会釈した。
…が、何か違和感を感じる。
「どうされましたか?葛葉様」
「僕は二つ注文したろうか…?」
「いえ、いつものお連れ様の分でして」
呼吸が止まった。
「あ、もしや、今宵は来られませんか?あの異国の方」
慌てるマスターに、綺麗に笑顔を作ってなだめる僕。
「お気になさらず、御代はしっかりと払わせて頂きますよ」
「いえ、此方が勝手にした事ですから」
「フフ、お気遣い有り難う御座います、テーブルに座った僕が悪い」
テーブルから離れていくマスター。
視線をその背中から、眼の前のソーダ水に移した。
そう、あの男、いつもソーダ水だった。
手帳を閉じ、煙草の燻る火を揉消す。
(首筋が、熱い)
立ち上がり、化粧室に向かった。
今宵も美しく磨かれたタイルと鏡。薄暗いランプの下でも判る。
広い鏡の前で、外套の襟を開いた。
続けて、制服の詰襟を…
鏡の中の僕、亡霊みたいな白い首筋に赤い痕が咲いていた。
数日経ったろうに、どれだけ強く吸ったのだ、あの天使。
ああ、酷く、苛々する。
今こうして生きているのすら、情けだろうが。
「…フ、フフフ」
外套の衣嚢に先刻入れたマッチを取り出す。 それを擦り、胸元の煙草を新たに取り出し、火を点ける。
そういえば、この煙草もあの男に勧められた銘柄だったな。
確かに、以前僕が常用していたものより、美味しい毒だった。
燻る紫煙、吸い口からひと息吸い込む。
窓が僅かに開いているのを確認して、煙を吐いた。
「っぐ、げ…っ、げふっ」
痛む喉、まだ身体の数箇所は完治していなかった。
喉元を抉られた記憶が、背後の個室から更に抉られて甦った。
「僕は、カラスの巣を、焼き尽くそう…」
紫煙を見て、それを燃える里に昇る煙と夢想した。
「落丁した頁を、埋めれる、僕ならば」
止まれるか、この道を。
「その金色より猛き金色を、使役してやる…」
闇に墜ちている事は、もう承知済みだ。
「ルイ、君の縋っていた偶像は、どうして君を見限ったか解る…?」
首の赤い華に、ゆっくりと煙草の先端を近付ける。
「奢り高ぶったからではないの?君がさぁ…」
ジリ、と首の鬱血は、焼けていく。
赤いそれは、火傷になって、痕をすり替えていった。
「何処かの誰かみたく、ね」
鏡の中で哂う誰かみたく。


堕天使よ。
愉しかった…それは間違いない。
何を云っても、互いに面白可笑しく解釈して、哂い合った。
こんなにも僕に似た奴を、見た事が無かったから。
だが、求めるものは違うのだ。
君も僕も、互いを尊重し、同時に嘲笑っていた。
もう、此処に築かれる関係は、ひとつ。
「ルシファー……」
(里の次に、お前を消す)
汚点を煙草で揉消して。
外套に閉じた。
もう、何者にも心を赦さない。介入は、赦さない。


帰路の塵箱に、胸元から取り出したる煙草を、潰れた箱ごと捨てた。
上空の冷えた月に、六枚羽の影が一瞬見えた気がして立ち止まる。
「ルイ!」
自然に口から発された。
しばし見上げ、唇を噛み締める。



きっと、最初で最後の友人だった。



汚点(後編)・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
似た者同士、結局相反する。
嫉妬と羨望に埋もれた共感。
憎悪に消えた友情ごっこ。

これだから人修羅を取り合う両者。
人修羅には絶対云いたくないだろうと思いますね。この過去。
根性焼きでキスマークを消すとか、流石は夜。

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