あれから、幾年…
また、朱に染まる時期となった里。
「最近のアレに教える事なぞ、あるか?」
給仕の装束が、荷を腕にしたまま、私に伺う。
『悪魔への造詣も、既にお偉方と同程度培ったと思いますよ?』
「だろうなぁ、最近紺色が外の悪魔とつるんでるの、ちらほら見るんでな」
『出来れば、内密に願いますね?』
里の外と通じる事は、基本的に禁忌なのだから。
しかし、密告されたとて、あの方にとっては既に痛手では無いのだろう。
「報告して俺に得があんのか?いやぁ、無えな」
『でしょうねえ』
「狐の祟り、っつうのも…あるしな、それに…」
その装束の口元が、ゆらりと歪む。
「敵に回すよか、何か持ち出して…傘下に入っとくべきかねえ」
『へえ、まだ一介の候補である者の傘下にと?』
「あの能力なら誰も文句無え…いずれ葛葉四天王だろうさぁ、恩を売っといて損はねえ」
へらりと笑って頭巾を被り直す男は、まだ笑いを潜めなかった。
「それにあの容姿だったらぁ…なぁ?男里の此処にゃ、美味しく映るってもんだ」
『生憎、主人にその様な感情は抱きませんのでねぇ』
離れ、帰路に就く。
『それに、女人には不足しておりませんので、私』
「け、悪魔は羨ましいな〜ぁ」
文句を吐かれ、それに穏やかな笑みで返してやる。
(皆、酔っている)
皆が皆、ではないが。この里の一部は既に、主人を崇拝していた。
葛葉の…それも高位、ライドウの席は、もう見えている。
そう、あの方の望んだ、席が。
暮れる夕映えに、陰る時刻の美しさを感じる。
西からの陽は、ずっと貴方の住処を照らしているから。
それに照らされる貴方の横顔が、影になって美しい。
(私も、酔っている?)
自嘲して戸を開けども、姿は見当たらない。
どうしたか、また手酷い遊戯に呼び出されたのだろうか。
ふと、机を見れば…何かの用紙。
『おやおや』
帝都の師範学校の、問題用紙…だろうか。
束になったそれ等は、隅から隅まできっちりと埋められている。
帝都…やはり、あの方は、ライドウとなるのか。
ヤタガラスも、いよいよ止められないという事か、準備を進める様子が伺える。
じわり、と高揚する…が、同時に訪れる、この焦燥。
何故か、悪魔のこの体を…寒く感じる。
『…夜様』
呟いて、秋空の下、駆け出す。
実る畑、戦ぐ稲穂、人間の営みの傍を駆け抜け、里の外れへと。
きい
きい
『夜様』
馴染んだ音は、昔よりも鈍い。
板の支える重みが、たわわに実った証拠。
「何をそんなに慌てているのだい…リン」
吊り上る唇には、幼さは無い。
縄に着物の袖を絡ませ、しな垂れる様は舞の様ですらある。
「どうした、御上様方が呼んでいるのか?フ…」
『いえ』
何故だろう、理由を探せば、一応思い当たった。
『帝都に往く事になれば、色々お話しておかねばなあ、と思いましてねえ』
「今更?」
『えぇ、老婆心なれど』
笑って云いながら、その背面にさくさくと、朱色を掻き分け寄る。
やはり、予想通り伸びたその上背に、くすりと笑みが零れた。
『この板に乗り上げるのも、既に簡単でしょう』
「だな…お前の腕が無くとも、容易に漕げる」
私の腕が、それを聞いて少し距離を置く。
そう、これが、丁度良いではないか。
『ライドウの十四代目となれば、私の力も不要でしょう』
呟いて、微かに揺れるブランコを離す。
「リン、お前は……」
昔より、少しばかり低くなった、艶の増した、その声を聴く。
「里に使役されているのか」
『いいえ、貴方様の悪魔で御座いますよ、ふふ、どうされました?急――…』
縄に絡む腕が、解けたと思った瞬間…腰帯に携えられた小太刀に伸びた。
自衛の為の模造刀とはいえ、MAGをその切っ先に滲ませる貴方が振るえば、凶器。
背後に跳躍すれば、自らの銀の髪が宙にはらりと微小舞った。
その一閃を確認し、手に槍を喚ぶ。
「なればその槍、仕舞えよ」
板から飛び立ち、宙返りで私の甲冑へと目掛け、蜂の如く刺してくる。
『夜様、不意打ちは卑怯ですよ!』
「お前がまず教えた事だろうに、フフ…悪魔には、容赦せずとも良いと、ねえ?」
私を朱色の絨毯に押し倒し、哂う貴方は…妖艶だ。
「僕もね、今日はお前に用が有って…待っていたのさ、リン」
見下ろしてくる、その眼は…いつか見た、貴方の湿った眼。
小太刀を私の首元に押し当てたまま…その付け根、耳元を、舐め上げて往く。
曼珠沙華より、下手すれば赤い舌。
『おやおや、どういった御戯れで?』
「…あの、豚共に、聞いたのさ……」
ああ、もしや…あの日、私が見ていたという事実が露見したのか?
笑って待ち構えれば、しかしそれは意外な方へと転がった。
「悪魔との、契約の術を、ね」
『ほう、あの好色烏達も、偶にはまともに講釈するのですねえ』
「僕を犯しながらではあったがな、フ、フフッ……」
云いながら、貴方の指は、その紺色の着物に潜って往く。
白い首筋が、暗がりに浮かび上がる。
赤い唇が…輝く目元が。
『…化粧、してますか?』
「判るかい?いつぞやの雑誌を参考に、記憶から掘り起こしたよ」
いつにも増して妖艶な…その瞼。
瑠璃色だろうか、翡翠色だろうか。
「チョウケシンの鱗粉…僕の血の口紅……外面から交渉の成功率を上げてみた」
ああ、どうりで魔の香りがすると思ったら。
『いやぁ、お美しいですよ…夜様』
純粋に賞賛して、伸ばした篭手の指先で、その黒髪をすい、と撫ぜた。
昔、撫ぜれば憤慨したその頭を、ゆるりと。
てっきり、また同じ様に私を罵るのだと、そう思ったのに。
「僕と」
あの頃と違う、微熱混じりの囁き。
「僕と、結べ、リン」
合わされた唇から、リャナンシーと酌み交わす酒よりも強い…上品な味がした。
弄る指は、あの老烏達に仕込まれたのか、甲冑の隙間を縫って、滑り込む。
「ん、んぅ…ぷ、は」
やがて放し、ニタリと微笑む顔は、どこか愉悦に歪んでいた。
何故だろうか、こんなに美しいのに、こんなに芳醇なMAGを湛えた肢体なのに。
『貴方と…まぐわえ、と?』
「そうだ、命令だ、お前のサマナーである、この僕の」
『どういった理由で御座いますか?』
微笑んで酷く冷静な私に、きっと苛立ちを燻らせたであろう貴方。
小太刀を頭の横にぐさりと突きたて、一輪曼珠沙華が落ちた。
「何故?理由が無ければ出来ぬ命令か」
『そうですねえ、私、同性と興じる訳ではありませんから』
「そんなに魅力も無いか」
『いいえ、そこいらの女人より、そそりますよ?合格ですよ?』
あはは、と笑う私の頬を、白い手が鋭く薙いだ。
じん、と頬が痺れた。痛覚より、視覚に訴える、その光景。
「管に…入れず、ひたすらに、MAGを注いでやる」
私を叩いたその手を握り締め、眉を顰める貴方。
「裏切れぬ様、胎から血で…契る為だ」
その台詞に抱いたのは…充実感と…背徳。
『夜様、私は既に裏切っておりますから、結ぶのは止めた方が良いですよ?』
「…何だと」
『私は、貴方が始めて突き破られたあの日…あの刻…』
上に乗る体が強張った、言葉を待っている。
『ずっとお傍に居りました、この身を隠して、ね』
絶望するだろうか、蹴るだろうか。
妙に浮付いた私は、何処かで貴方が私を突き放せば、と思い、告白をした。
そう、すれば…きっと後で楽だから。
「へえ、見てたのか」
『ええ、助けに入りもしませんでした』
「あの晩、やたらに甘やかしてきたのは、それが原因か」
『ですねえ』
ぐ、と噛み締めた唇に、貴方の怒りが滲む。再度張り上げた拳と声に、意識を委ねた。
「だったら!尚更僕を抱け!!」
久しく、子供の様に声を張り上げる様が見れて、少しばかり嬉しい。
「望まぬ豚に犯されて!どうして望む使役悪魔には拒まれる!?」
肩で息をして、その衿を崩し、私というしもべを糾弾するデビルサマナー。
「お前で胎を埋めろ……埋めろ…埋めて、くれ」
震える声。打たれた頬に、貴方の黒髪の甘い薫りがくすぐる。
「管に入れずとも、僕の傍で、僕を護れ…」
か細くなった声と、私に縋りついたその背中も…もう青年なのに、か細く感じた。
ああ、あの日、貴方に教えて頂いた名を、呼ぶ私は…歓んでいたのか。
『夜様…名も体も、使い様、ではありますよ…確かに』
背骨を撫ぜる、一瞬びくりとした体を、地より押し返す。
朱色の波が波紋を作って、貴方の視線を一身に感じ…笑みが零れた。
『肉を繋げ、互いに結ぶは、禁忌です』
ぎし、と、しっかりしているが細い手首を掴む。
馬乗りで、その美しく冷たい相貌に、私の髪が今度はくすぐる。
『その強い契約で、MAGを吸われ続けるのですよ…?管に入れる事も出来ずに』
「…リン」
『おまけに、人間であるデビルサマナーと…悪魔ですよ?人間と悪魔のまぐわいです、異端です』
「もう、悪魔とさせられた事ならある」
『違います、貴方の精をMAGと注ぐのです、穿つはサマナーの貴方です』
冷たい風が、互いの髪を凪ぐ。
それが通り過ぎるのを待って、口を再び開く私。
『繋ぎ注いで、胎に血で印を結ぶ…呪いにも等しい、互いを縛る戒め…』
「だが、そうすれば…僕の支配から逃れる事は難しい、だろう?」
『ふふ、貴方よりその悪魔が強くなったが最期、サマナーの貴方は枯渇するまで吸われるでしょう』
はっとしたその眼を見つめる、やはり、美しい黒曜石。
私の笑顔を映し出す、その一心不乱に我侭な双眸。
どんなに汚されても、此処まで上り詰めた…私の主人。
『それでも良いなら、手ほどき致しましょうかね…』
ぐ、と両手の戒めを強くする。
「リン」
『まず、眼から縛るのです、正面より捉え、呼吸を合わせる』
「おい、リ――…」
『眼から、次に唇』
「あ…」
『……まだ、呼吸は合わせたままで、相手の呼気を吸い、体内のMAGと共鳴させて』
「…リ、リンッ!!」
もう近年、ずっと哂って御上を受け入れていた貴方が…
私からの、たったひとつの接吻で、怯えた。
いつも余裕の顔で、私を…周りの事も、この世を哂っていた貴方が。
この瞬間、瞼を強く瞑ったのだ。
ぞわりと突き抜けた甘美な事実に、悪魔の自分を…感じる。
もう、これで満足だ。
『ふふふ、冗談に御座いますよ、夜様ってば〜』
両手の戒めを柔らかにすれば、瞬間腹の辺りを蹴られた。
その涼やかな素足を見て、周囲を探せば…やはり落ちていた下駄。
黒塗りに、朱色の鼻緒が艶やかなそれを拾い上げ、素足で華を踏みしめる貴方へと差し出す。
「…冗、談」
『ええ、そう、冗談に御座います』
跪いて、その御脚に、片方ずつ、捧げる。
『私が貴方に抱く欲求は、貴方が私を忘れなければなぁ、と、その程度ですよ、ふふ』
その程度、とはよく云ったものだ。酷く、重いであろう。
忘れ得ぬ…という楔。果たして、如何なのだろう。
『夜様、その禁忌を犯す相手は…よく選定しなさいな。それほどまでに手に入れたいのなら、ね』
立ち上がり、まだ一応、私の方が背の高い事にどこか安堵した。
『もしそれを契ったのなら…』
乱れた貴方の黒い前髪を、梳かす…この自身の指が、あの御上達と違う事を誇りに思う。
『その悪魔に、心まで囚われぬ様に』
「…まさか、僕が、悪魔に?フフ、利用価値が高いならば、繋ぐ為に…可能性はあるが」
哂う貴方に、真摯な心で宣告させて頂く。
強い依存は、身の破滅を呼ぶ。きっと、私の云う通りになるであろう。
『目的を成就させたいのなら、その悪魔を最後に殺しなさい』
私は、貴方の覇道の邪魔をしたくはないのです。


畦道を、既に月光が照らしていた。
庵に帰れば、また明日という時間の区切りが訪れるであろう。
そうやって人間は積み重ね、悪魔を置いて往くのだ。
『しかし夜様、ホント、お綺麗ですよ!それで喰っていけますよ』
茶化して語りかければ、フン、と鼻で哂う。
「当然だろう?武器に出来るものは磨くに限る」
『あの問題用紙も拝見しましたが、まあまあよく出来てらっしゃいます』
「順位の出る事柄では常に頂点に居たいのでね」
『欲張りですねぇ』
「欲求が失せた瞬間、堕落が始まるからねぇ」
ああ、もういつもの貴方だ。
着物を翻し、宵闇に、名の通り美しく佇む姿。
いつか散った…昔の主人を思わせて、少しばかり胸が震えた。
『しかしですね、己から誘う事は、出来るだけ避けて頂きたいです!心配で心配で』
「性行為なんて、そういった理由しか無いだろう?支配という――」
述べる貴方の眼の前を、きらりと、何かが光った。
立ち止まり、ふ、と哂う。
「絡新婦…蜘蛛か」
『おや、こんな低い処に……大雨でも来ますかねえ?』
「迷信だろう」
『朝の蜘蛛は好かれ、夜の蜘蛛は殺されますね』
「朝蜘蛛は天の御使い、夜蜘蛛は獄の者、というアレか?」
樹の腕から、畦の曼珠沙華に架かったその橋を、ゆっくりと眺め見る貴方。
『ま、正確に云えば、朝蜘蛛は晴れた日に巣を作って縁起が良い、夜蜘蛛は闇夜に浮かび上がる斑と、新たに生成される巣が気味悪いという事で殺されていただけですがねぇ』
「お前は本当…悪魔の癖に、オッカルトと現実の行き来をするでないよ」
『おや、いけませんか?貴方に仕える様になってから顕著になったのですよ?』
貴方がそうだから、気付いていないのですか?夜様。
貴方は、可笑しなデビルサマナーだ。この里には居なかった人種。
「…交尾している」
ふと呟いた声は、その営みを揶揄するかと思いきや…静かだった。
見下ろす睫こそ、蜘蛛の糸の様に月光に艶めいている。
ただ静かに…貴方はその性行為を見ていた。
『子孫を残すという本能がさせるのですねえ、そういう脳で生まれるのですよ、生物は』
「では、これは愛とも違うのか」
『ちょっと、違うと思いますねえ、終わったら食べちゃいますし』
「喰い合いを互いに解っていて、繋がるのか」
『そういう事になりますね、利害の一致というやつです』
「成る程…」
毒々しい斑の、細い肢体を糸の上で踊らせる雌蜘蛛。花魁に見えるから、女郎蜘蛛とも云うそうだ。
暫く眺めた貴方は…その斑を視線で撫ぞり、薄っすら哂った。
「僕は捕食側になれるかな?ククッ」
そのまま指先に、巣の先端を掬い取り、壊すのかと一瞬思った訳だが
その糸を曼珠沙華から、頭上の樹に吊るしていた。
「通り道で生死のやり取りをするでないよ、邪魔が入るからね」
『お優しいですね』
「殺し合いに邪魔が入るのは無粋だろうが」
虫の声…野鳥の啼き声…風の音…私との会話…
すべて、貴方の記憶に閉じ込めてくれたら、それで良い。
貴方の為に、このまま私は決められた糸を辿るのだから。
『帝都には巣を張る空間も無いでしょうね』
「何処だって張るだろう、何処でだって隙間のモノは生きれる」
『ライドウとなった貴方は、此処の巣から逃れる事が出来ますでしょうかね?夜様』
「何を云っている、僕が巣を張るのさ…帝都にね」
髪を掻き上げた小袖、微かに蜘蛛の糸が絡んでいた。
「ひっそりと陰りにて張り巡らせ…炙り出して捕食してやる」
『しかし夜様、根源を断たねば、貴方の巣を破らんと、烏は啄ばむばかりです』
私は指差し、戦ぐ原を眺めて云う。
『同じ土壌から育つモノは、同じ性質なのですよ。焼き払おうが、その残滓が土となる』
ずっと伝えたかった事を、今解き放とう。
『その土壌から、作り変えないと…ね?』
明日にでも刈り取られるであろう稲穂の、その重みさえ…土が腐っていれば、同じ味。
貴方は、此処に拾われた…全くの異端なのです。
「燃すだけでは、何も変わらぬ…」
『ええ、その基盤、概念から、覆すが…本当の意味での』
全て、貴方に託す。
『復讐に御座いましょう』
私の憎しみと、貴方の憎しみを、合わせましょう。
「…クク」
『ライドウに成ってからの、貴方が…それを成就するべく、猛き悪魔と出逢う事を願いますよ』
「リン、お前では駄目なのか?」
『私はなりません、もう体も鈍っちゃってますしねぇ』
私は、駄目です。貴方の死合せの礎となるべくして、今を生きておりますからね。
「…そうだ…狐でも、喰われる雄蜘蛛でも無い、僕は喰らう側だ…そう在ってやる」
『ええ』
歪んだ熱情に、貴方の魂が踊る、MAGの震えがそれを私に教える。
今まで…いいや、きっとこの先も貴方を弄ぶヤタガラスの羽。
それを、貶める為に生きなさい。
貴方を生かす為なら、私は消える事の無い焔となって、貴方の中に生きましょう。
憎しみの先が破滅であろうと…貴方には、もっともっと、生きて欲しいのです。
貴方が軋み、壊れて、どんなに狡猾に、残虐になろうとも。
貴方そのものを、好いているから。
私の元の主人が憂いていたこの里を、壊す事が出来そうだから。
ええ…すべて私の勝手な思いです。
貴方から離れられない、愚かな私の願いです。
墜ちた貴方が縋ってきたあの日から、それが愛かも知れぬと気付いたのです。
「畜生の方が、人間よりも意味のあるまぐわいをするのかもね?リン」
ぽつり、と零し、月光に哂って帰路に戻る…
そんな貴方の背後上空で、ばりばりと雌に喰われた雄の蜘蛛。
『ええ、そうですね』
それを見た私は、穏やかに…眼前の稲穂が如く、心が戦いだ。

どうか、私を喰らって下さい、夜様。

私を殺して、ライドウと成るのです。
本能でも使役からくる意識でも非ず。
貴方の憎しみを生み出す為に、この身を捧げましょう。
それは、きっと不明瞭な愛より、貴方を生かす。

「早くお前に僕のライドウ姿を見せてやりたいよ、フフ」
その艶やかな声に、ただ微笑む。その日が来ない事を解っていて。
私が、貴方の晴れ姿を見る等、訪れない…
「お前より強い悪魔を見つけて、使役してやるのさ」
『さすれば、私も安心して隠居出来ますねえ』
振り返る貴方が、いつかと重なる。
「結局は己が大事、と受け取って良いん?」
『ええ、私は隠しませぬ、ですから、貴方様も明かして下さいな』
もうずっと、大嘘吐きめ。

「…実はな、あのブランコ、結構好きだに?僕」

名を告げ、走り去った小さな背中。
釣り上げた魚を十匹並べる着物袖。
見えぬ処に隠し下げた、七夕短冊。
哂って私に本を見せてくる、双椀。
赤い蛇の目で共に歩む相合傘の下。
熱に魘され、私の手を握る細い指。
私だけが知る、貴方の姿。
ようやく知ったこの感情を抱いて、逝きましょう。
貴方を惑わす、その前に。
私だけの、美しいデビルサマナー。
『夜様なら、きっと悪魔召喚皇に成れますよ』
どうか、傲慢に、孤高に、この世を哂って憚って。
血の海も、貴方が咲かせば、曼珠沙華となりましょう…

訛って悪戯に微笑んだ青年に、今一度、詠った。

『鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし』

私の生死が、貴方から滲み出る事を願って。
最期にその背を押し、鞦韆ごと啼かせましょう。
そう、悪魔なのです、私は。

生死滲出・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
SS【愛<憎】

拍手お礼SS【ブランコから】

SS【とってこい】

の順で読んであると、それとなく繋がります。
タム・リンの抱いたものは、恋慕よりは親の愛に近い。
繋がってまで契約する行為は禁忌の術。それを後々、人修羅にしてしまうライドウ…

リンは“己を殺させる”という通過儀礼を、ヤタガラスの命のまま受け入れる。
ヤタガラスの意図する「覚悟・実力・親離れ・嗜虐」というモノとは違い
「それを与えたヤタガラスを憎むライドウ」という結果を望んでの甘受。 この先、憎悪を糧に生きて往ける様にと願って…それが己を賭したリンの愛。
永劫愛しい仔を縛る、呪いに等しい。黒い…
リンにいざ迫られたら怯えてしまったライドウ…ルシファー相手でも強気だったのに。

途中の暴行シーンは……まあ、いつもの事ですが
とりあえずヤタガラスの一部は変態という事にして下さい。子供相手になかなかの非道。
これは人格壊れる訳です。

…タイトルの生死滲出は精子滲出とかけてます。


back