「君は…悪魔でも人間でも無い…」
足蹴にして、寝台に引きずり込みながら。
煮え滾った欲の鍋にぶち込みながら…君の肉が美味しくなる呪文をかける。
「人修羅だ…功刀矢代だ……だから、喰らうのだよ…解る?」
「…黙れ…よ」
今度はきゅうきゅう、と啼かずに、すんなりと迎え入れられた。
すべて埋めた時の狂おしげな君の吐息に、もうひと匙。
「ほら、君は何が食べたい?注文しなくては出せぬよ」
脅迫めいた伺いと共に、ずるりと腰を引き抜けば…
シーツのまな板で僕に裁かれる、欲塗れの君が啼く。
「もう、いらな、ぃ」
「鳴海さんが帰らなかったなら、このまま君を啜っていようか」
「んな、の、ただの…せ、性行為」
「お施痴料理かな」
背後から、絶対的な支配の位置から…羽交い絞め、胸の芽を摘む。
「芽を摘まねば、毒が有ってはならぬだろう?」
爪先でかりりと引っ掻けば、背中が海老に反る。
「んッ…は」
「長寿祈願に海老も入るか、律儀だねぇ…君は不老…ひいては不死に等しいのに」
袴に絡んでいた角帯を、襷がけの様に潜らせ、締め上げる。
乾瓢で巻かれる君を連想しつつ、関節も気にせずひねり上げ結ぶ。
流石に四肢の自由が奪われるは不味いと思ったか、首が振り返り牽制する。
「昆布巻き、まあ具が貧相な…クク」
「俺はっ、MAGさえ貰ったらそれで済ませた――」
ギリリと帯の先を引けば、君の台詞が途切れた。
「悪いね、首にもさり気無くひと巻き通したから、昆布だよ昆布」
「はぁ、ぐぅっ」
「鼓舞巻きじゃあなくてだね、功刀君」
「げふっ、ぐ、はぁ、はぁ」
「蓮根は、アマラの覗き穴で散々見てるから要らぬだろう?」
献立を確認しつつ、君の臀部を引っ叩いた。
「ひぎっ」
「だからさぁ…何が欲しいか注文しろと云っているではないか」
引き攣った肩を押し転がし、仰向けにしてやる。
先端だけで引っかかっていた僕のがくちゅりと抜けた。
小さく呻いた君が、ぎゅう、と瞑っていた瞼をキッと押し上げる。
途端、鋭い金が露になる。暗い僕の調理場、僕を見るまな板の鯉の眼。
角をシーツに埋める事を嫌がって、首を傾げたその姿。
「注文だよ、注文…喧嘩売ってるのかい人修羅」
「ぐ、ぁっ、い…」
「折角今年の働きを思い労ってやろうと聞いてるのに、ねぇ…?」
「い、きが」
くいくい、と帯を引けば、酸素を求めて喘ぐ唇。
ぱくぱくと必死な様が、不適合な世界に放られた魚みたいで。
「人修羅なのに、酸素は要るのか」
シーツを掻き毟るその指先、斑紋がじっとりと焦りの色に。
「汚い世界の空気は不味かろう?それでも吸っていたいのかい?」
MAGさえあれば呼吸出来るだろう?人間を棄てきれぬ君の自業自得だ。
「新しい年を迎えたいの?死んでみたくはないの?」
眉を顰める君。矛盾の塊。
「生きたいの?達きたいの?ほら、云って御覧よ」
と、此処でふと思いつく。
汚らしい老烏達に昔遣られた遊戯を、君にもしてやろうか。
鬱屈とした欲望が、胸中にふつりと湧く…
君を横目に哂いながら、寝台横の引き出しを開け放つ。
鈍く光る小型銃が顔を見せたが、その奥の方に追いやられている包みを指先に掴み寄せた。
「悪鬼羅刹を屠りし秘薬…フフ…君にはどう出るかな?」
薬包紙のひとつを金色の双眸に映し込ませる。
「な、んだ、ソレ…」
「屠蘇散だ……キキョウ・ボウフウ・サンショウ・ニッケイ・ビャクジュツ…」
「か、漢方…か?」
「…トリカブト」
最後を云った途端、くわりとその眼が見開かれた。
「それ…有毒だろ」
「強心作用、鎮痛作用がある、割と判り易い味だ」
「んな事、聞いてない…!」
「初めて口にした日は、吐き戻してしまってねぇ…舌の先が痺れて、呼吸が喉を」
「煩い…!」
ほら、やはり。嫌がっている。
僕の生き方を非難する、糾弾する。
「毒は、食い物じゃ、ない…味なんて、知る必要無い、だろうが」
のに…君は汚い烏にどうして眼を注ぐのだ、この手を取ったのだ。
「フフ、しかしコレはしっかりとした御屠蘇の素さ…毒がやや強いが、ね」
「ヤタガラスお手製か、汚い…毒喰ってんのか、あの衆」
「毒が強いのは、僕に合わせて調合されてるからさ」
引き攣る頬、嫌悪に滲む…苦しそうな顔は、呼吸困難の所為?
「少し早いが、新たな年を迎える為に、準備してあげよう」
すらりと脚を組み、寛げたスラックスを蹴り脱いだ。
爪先に引っかかるそれを完全に掃い、寝台の下に棄てる。
「ねえ、君は独りで往くのかい?そんな勇気あるの?」
哂いながら、引き寄せれば、呻いて僕の胸になだれ込む君。
「噛み給え」
差し出す手首に戸惑った表情を見せた人修羅。
「どうした?怖い?」
鼻で哂ってやれば、ひくりと眼下が歪んで、僕の手首に噛みついた。
がりり、と血管の千切れる音がする。
ずきり、と管無く契れる君が与える。
どくり、と下らない僕の生命維持の液体が、腕を伝う…
それを組んだ下肢に垂らし、ぽた、ぽたぽたと雨粒の様に。
みるみる内に器となった其処に、溜まってゆく。
「本当は清酒に溶かすのだがね…」
唇を僕の血で濡らした人修羅が、呆然とそれを見る。
上気した肌が艶かしい、きっと、血の気に中てられ始めている。
「ほら、御屠蘇」
僕の股座の三角州に、赤い沼。
さらさらと薬包紙から零した粉が、どろりと溶け込んだ毒の沼。
水面から顔を出した御木に眼が行ったのか、君は耳まで赤くなった。
本当に、馬鹿らしい程、未だに初心。僕とてこれが急所なのに。
「…っう、うう、っ…はぁっ…はぁっ…おかしい、あん…た」
「フフ…結構な失血に見えるが、問題は無い…MAGで薄まっているから」
「そのまま、失神でもしてくれ…っ」
「残念だったね功刀君、僕はこの程度では貧血すら起こさぬよ」
純正のMAGが薫る、しかし君にとっては毒となる粉が溶け込む。
「どちらの君をも苛むだろうねえ」
「血の、臭い……さい、あく」
「人間では毒草に苛まれ、悪魔では退魔に苛まれ」
「下種な…趣向、だ」
「契約の杯としようか?ククッ」
首の帯は決して引かず、君に命ずる。
しんと冷える部屋に、たった二人だけで行う新年の支度。
「僕と同じ毒を喰らい給えよ」
眼を伏せる君。
「これが君の望んでいた注文だろう?」
視線の先には赤い酒。
「それとも…毒が入ってるから無理?」
瞬間、僕の唇が吊り上がる、君の眼が吊り上がる。
がっつく、犬みたく、屈み込んで這いつくばって。
人修羅が僕の股座に顔を埋めて。眉を顰めつつ、鼻先まで血に濡らして。
「ハァ…ハァッ……ン……フ」
じゅ じゅうっ ずちゅう
赤い沼が消えゆく。君の小さな口に呑まれ。
湿った海草がその唇に張り付いたのに眉を顰め、思わず傍の幹に擦りつけ取り払っている。
無意識の淫靡な動作に失笑してしまった。
「んくっ……ぁ、ぁふ」
呑み干し、その強い度数にふらりと面を上げ…僕を力無く睨む。
赤く濡れた唇を舌で拭って、ぼそりと零した。
「あんたの、血の方が、毒、だ」
「不味かったかい?」
上から見下ろしつつ問えば、君は酷く不満そうに、嫌悪の顔で…
「……もう、最近…食物の味が、薄いんだよ…」
口の端にこびりついたまま、吐き出す。
「あんたの血の味……MAGの味しか…っ……鮮明に知覚出来ない…」
その泣きそうな声と顔に、酷く…感じた。
「ふむ宜しい、僕の悪魔として立派に堕落してくれてるね」
「どうしてくれんだ…この……鬼畜」
「毒を喰らわば皿まで、だろう?」
君の斑紋の輝きだけがこの狭い世界を照らしていた。
帯を解いて、戒めを無くした放し飼いの君に声かける。
「皿に自ら飛び込む贄は誰かな?」
「違う」
「喰らってみ給えよ、喰われるその前にさぁ…」
「好きでこんな事…っ」
僕は脚を解き、後ろへと倒れ込む。
己の背をシーツに寝かせて、君を仰ぎ見れば
予定調和みたく飛び掛ってきた君が僕に跨り、わなわなと震える。
今にも殴りそうな衝動を堪えているのか。
その揺れる天秤に、吐息で揺らしてやる。あの瞬間と同じ声で。

「おいで、矢代」

揺れる、揺れる、君の中で背徳が。
戸惑いながら滑り込む、赤く滑る僕が君に呑まれる。
きゅうきゅうと締め付ける、僕に跨りながら。
「味のしない世界なんて、まるで悪魔じゃないか、俺」
浅く囁いて、怒った様に続ける人修羅。
「だからっ、味のする方に流れるのは、食べたいのは、仕方無い…不可抗力なん…あっ、ぁあ」
ぐずりと蕩ける其処、下から少し抉ってやれば歪むその眼。
「僕はMAGを湛えた匙を差し出すだけ……さぁ、ほら、赤子でもなかろう?」
人修羅としては赤子の君、僕の肉しか知らぬ君。
知っている、赤子同然なのだと……だから愉しいのだ、僕が。
赤子の君は、僕に縋るしか無かったのだろう?
「後ろで味が分かるのか、随分と淫靡な口だ」
「ぁ…はぁっ…はぁ、あ、あんたが、この口しか赦さなかったくせ、に」
揺れる、揺れる、君の中で僕が。
僕は何も動いてないのを、君は解っている?またもや無意識?
「あ、ああ、っく、くそっ、ふざけてる、嫌だ!汚いっ!あんたの、あんたの所為だっ全部!」
揺れる金色の月が、細くたなびいて潤むのを…ただ息を呑んで見つめた。
滑稽な契約者よ、毒がまわってきたのかい?
稚拙な腰つきがあまりに倒錯していて、そこだけは素直な動きで。
君が卑しき者を抹殺する時の、冷たい業火の影は無い。
「違っ…ひ、あぁっあ、っんん〜ん!!!!」
ぐちり、適当な動きでもってひくひくと達する君。
焦点は彷徨い、爪先は痙攣して、だらしなく唇から零れる雫。
これが混沌の悪魔なのか?本当…可笑しいったらない。
既に先刻ので薄まったのか、その下肢からは透明な樹液がたらたらと。
上り詰めた挙句、ソレよりも羞恥の方が頭をもたげたらしい君。
「ぁ……はぁっ…はっ………な、ん、だ…見る、な、ジロジロと…」
頬の赤は消えぬままに僕を侮蔑する、そんな痴態でよくもまあ。
「足りてるのかい?頭」
「あ、のなぁあんた!」
「…と、MAG」
「え…」
「おかわりは?僕まだ注いでやれるのだけど?」
だから滲ませただけ、たったひと匙分を与えただけ。
上の口で充たしたら、今度は下からも充たしたいだろう?
君の悪魔に訴え掛ける、魔的な誘い。
「無防備な僕を、絞めるも啜るも、御自由に?」
どちらを選ぶが利口かは、誰だって解る。
それなのに、君は本当に浅はかだ。
「ぁ…ぁあっ、だか、ら、違う、違うんだこん、な」
「何が違う?」
人間として味覚を感知したいと云いつつ、君は何を啜っている?
悪魔召喚師が、悪魔に与える餌だぞ?君の織り成す人間の料理ですら無い。
ただ、その一瞬の人間の感覚を得る為に、悪魔として毒を喰らうのか。
「フフ…流石にもう辛い?乗馬なぞ未経験だろうから、ねぇ」
ニタリと微笑んで、ゆっくり揺れ始めた金色を射抜く。
「料理の感想というものを、作り手は聞きたがるものではないのかい?」
いよいよふるふると痙攣する身体が倒れ込み、僕の耳元に癖の強い黒髪がくすぐった。
君の水飴みたいな、汗なのか不可思議なそれがしっとり薫る。
「ぃ…しい」
鼓膜を蝕むかすれた声。

「美味しぃ……夜が…美味いんだ……どうして…どうして」

狂おしげに述べられたその品評に、思わず君の中で息づく。
呼吸に震える肩を押しやり、繋がったまま逆転させる。
角を打ち付けた君が小さく呻いても、そんな事は関係無い。
「い、苦し、ぃいッ…は、あ、や、め、やめろっ」
返事せず、両肩に君の細い脚を乗せ、折り曲げれば深く沈む。
答えている暇があったら、少しでも多く今は傷付けてやりたい気分だった。
「は――っ……胎、が、ぁぐ」
君のシーツを掻き毟るその両手首に、爪を立てる。
どちらの苦しみで、どちらかが紛れるのだろうか。
でも、赦さない、全てに僕を認識しなければ、気が済まない。
「関係ないっ、それMAGと関係ないだろ、っ、俺に恥残す為だ、んなっ、下種!糞野郎っ…ぁ、ふ」
不健康な色の肌、斑紋の隙間に咲かせる、早咲きの梅。
胸の蕾を舌で愛で、そこから昇って鎖骨の曲線を甘く噛む。
道中の黒い枝影に、絢爛豪華に乱れ咲き。
首筋に接近すれば、自然に君の身体を折る訳で。
薄いその筋肉も無さそうな腹に、ひくひくと泣いている君のソレが頭を擦っている。
「こん、な…契約…外…だ」
シーツから標的を僕の手の甲に変え、爪を立て返してくる。
血のにじむ指が絡まりあって解けない。
「気持ち悪…い…こんなの、も、こんな身体も」
解けない感覚は不快だと、その理念は一致しているのに。
喰らおうとすればする程、雁字搦めに動けなくなる。
深追いは危険だと、里で散々云われてきたろうに。
「胎、いっぱい、だ……も…ぅ…や」
啄ばんだ痕が赤く咲き乱れた肢体に、金色の蝶。
深川の花街よりも、煌びやか。
陰徳に溺死寸前の君も絢爛豪華。
殺意を持って舞う君も絢爛業火。
繋いだ指先に、赤い糸がするすると、緊縛するかの如く伝ってゆく。
君が噛んだ僕の手首から流れるそれ。自らを捕縛する赤に、また舌を伸ばす君。
毒が回ってきたろうか、酔いが回ってきたろうか。
契約の名の下に言い訳して、浅ましく舐め啜る人修羅。
見下ろす情景に大変満足な僕は、高揚したままに歌い上げた。

「花街みて…夜の金雀枝の前にたつ…」

金の眼が揺れて僕が受粉する。
金の芽が萌えて喰らい始める。
聖母すら敵に売った花に見え、やはり悪魔なのだと、滑稽に感ずる。
実を結ばぬ結合でも、重ねる度に確実に何かを孕んでいる…
喰らい喰らわれ躍動する世界、不純な感情が支配する世界。

夜の食国を其処に見た。


夜の食国・了


↓↓↓あとがき↓↓↓
2011年度賀正配布物でした、加筆修正は無し。
食後にエッチする話、身も蓋も無い。

【適当解説】

《馬込半白節成胡瓜》
きゅうり。大正9年頃『大農園』という採種組合が作り、品種の保存と均一化に努めた。
下半分が白い、皮は硬め。

《花街に京舞を守り事始め》
俳句データベース様より引用。
迎春の準備に入る節目の行事「事始め」と、云わずもがな「姫(秘め)始め」をかけました。

《沸の星》
「刃縁を離れて地中に施された玉状の焼刃が、玉あるいは日、月と呼ばれるのと同様に星と称されることがある。また、沸の粒子を夜空の星のきらめきと想定して表現することもある。」〜刀剣用語解説集より引用〜
抜き身の沸の星空に…という一文に、刃を見て星の無いボルテクスを想うライドウ…を書きたかった。

《常夜鍋》
豚肉、ホウレンソウ(または小松菜)を具の中心にした鍋料理。 毎晩食べても飽きない。ポン酢は柑橘類をブレンドすると深みがあって良いです。
鍋の出汁は生姜で、清酒をだばだば入れてどうぞ。

《八坂の神紋》
作中でライドウが云う通り、胡瓜の輪切りが神紋に見えるので…
紋の正式名称「五瓜に唐花」

《夜の食国》
月読命-ツクヨミ-が治めている国「ヨルノヲスクニ」
喰らうもののサイクル、それが流転する事象が政(まつりごと)では…
という解釈で、やたらと飲食めいた話に。

《滓漬け》
「粕漬け」が正しい表記。食材を酒粕またはみりん粕に漬ける手法。
ライドウの脳内変換では一瞬で“滓”にされた。白い残滓から連想。

《屠蘇散》
屠蘇(とそ)は、一年間の邪気を払い長寿祈願し正月に呑む薬酒。
数種の薬草を組み合わせた屠蘇散を日本酒に溶かして呑む。

《三角州》
河口付近で見られる地形の事ですが…此処ではライドウの股座。
其処に飲料(酒)を注ぎ呑む事を「わかめ酒」と云ふのであり…名前の由来は「陰毛がゆらゆら揺れてわかめのように見える」からだそうです、芸者の性戯のひとつ。

《花街みて夜の金雀枝の前にたつ》
俳句データベース様より引用。
金雀枝(エニシダ)は黄色い蝶の形の花弁。
軽く触れてやるだけで花弁が開き、雄しべが蜂に巻き付いて蜂を花粉まみれにする。
逃げるマリアがこの花の擦れる音で見つかりそうになった、らしい。