其処には倫理も無い
因果律も無い
隔離(かくり)よ隠世(かくりよ)
幽玄の牢獄に美しい君を傅(かしず)かせる
ずっと君に哂いかけてあげる
帳下りて初花開く
「大丈夫ですから、放っておいて下さい」
『いいぇいいぇ!どう作用するか分からないのですよ!?』
「俺の治癒速度、御存知でしょう?」
俺は冷たく云い、折角心配してくれる伯爵を軽くあしらう。
『ああもう、まさかシトリ、あんな愚行をはたらくとは…』
何やら呟き続ける伯爵を背に、俺は自身の濡れた片手をちらりと見た。
(殺り損ねた…)
そんな事をさらりと思ってしまう自身にも自己嫌悪だ。しかし、相手は悪魔。おまけに不意打ち、恨もうが罪では無い筈。
『やはりブエルに御身体だけでも診て貰うべきでは』
「しつこいですよ、伯爵」
振り返らず、怒気だけ混じえて返答する。伯爵は俺の機嫌を読んで、それ以上は何も云わなかった。ブエルの診療は気持ち悪いから受ける気になれない。訳の分からない用具や薬は、人間が身体にあてがったり、服用する物では無い。悪魔に対する診療は、俺の自尊心を殺ぐ。
「さっきの…」
『…シトリ公爵です』
「シトリが姿を見せたら、報告をお願いします」
城内の中庭を歩きながら、伯爵に命じる。さらさらと音も静かに湧き立つ噴水に、濡れた右腕を突っ込んだ。シトリに突き刺したその腕から、赤黒い体液がゆらゆらと溶け込む。
「次は始末するつもりでいきますから…」
ばしゃり、と飛沫が頬に跳ねた。抜いた腕を垂らせば、伯爵がすぐさま差し出してくる豪奢な布地。それで水滴を拭う。
「…どうも」
俺に散々羽織れとせがんでいた、装飾も魔的な羽織(マント)。
『羽織って頂けぬなら、こうでも活用した方が貴方様の為になりましょう』
きっと、そんな風に扱える程、安い価値でも無いだろうに。
「…すいません」
そうとだけ吐き捨て、俺は庭を出た。嫌になる。簡単に「始末する」と宣言する俺も。好意を意地で除ける俺も。
車窓から見える赤い塔が、ゆっくりと隣の窓へと移動していく。一瞬東京タワーに見えた気もしたが、ここは帝都だ。錯覚に自嘲した。
あの羽織とは全く違う…モスリンの着物羽織をぎゅ、と膝上で握り締めた。
下校している女学生達の、煌びやかな声が前方から。俺は視線を伏せて、その靴だけを見ている。万が一、眼が合ってもそこから何かに発展する事も無い。余計な事とは関わらない、眼を合わせない。女の子なら…尚更だ。
もう訪れる事は無いであろう春に焦がれて、俺はずっと震えているのだろう。人の気で温まっている車内の筈なのに。人間の成りに擬態している所為だろうか…寒い気がした。
「寒いのなら、羽織れば?」
その声に現実へと引き戻される。俺の視線の先には、先端の少し尖った革靴。高めなヒール…黒光りするそれを見ただけで感触まで思い出し、苦々しげに返事してやる。
「…別に、寒くない」
「震えていたけど?」
「錯覚だろ…」
「今帰り?」
「悪いか?しっかり報告は閣下にしてきた…あんたの御丁寧な報告書も渡した」
靴先から上に視線を這い上がらせれば、見知った憎い顔。傍らのトランク上に、黒猫が飛び乗った。
『まさか里からの帰りに…お主と鉢合わせるとはな、可笑しなものよ』
「ゴウトさん、電車乗って大丈夫なんですか?」
『くっくっ、車掌ですらこの姿にほだされて認可しておるわ、ちょろいものよ』
「いや、ちょろいって…公共の乗り物に動物ってあんまり…」
座ったまま、俺は丁度良い目線の高さの黒猫と話していた。…と、俺の靴先にいきなりの衝撃。
「いっ!?」
見れば、俺の鞣革のブーツに、あのドス黒く光る靴先がめり込んでいた。翡翠の眼から薄闇色の眼に視線を移す…自然と俺の声音にもドスが混じる。
「ライドウ」
「君、周りから見られているよ?分かっている?」
ぼそりと呟くライドウは、車窓から景色を眺めたまま。視線は噛み合わなかった。ハッとして、俯く俺。今更遅いのだが。
(そういえば、ゴウトさんの声…普通は鳴いてる様にしか聞こえないのか)
俺はにゃあにゃあ云う猫に、独り応酬をしていた事になる。女学生の潜めた笑いが気になりだしたのは、その所為だったのか。恥ずかしくなって、俺は俯いた面を上げる気になれなかった。
「…あ、あんたは何で電車使ってんだよ」
思わず、ライドウに責める様に問い質す。
「コウリュウ様でも良いのだけれどねえ…するとコレが買えない」
そう云って、少しごわつかせた外套を揺らした。がさり、と、その中でした紙袋の音で判断する。三河屋の大學芋。
「浪費家…それなら俺が携帯する道具でも買ってくれよ」
「君は放っておいても治るから、そうそう必要も無いだろう?功刀(くぬぎ)君」
《築土町〜築土町〜》
間延びした声が車両の頭から響いた。トランクからするりと飛び降りる黒猫。そのトランクの掴みを、薄手の手袋で握るライドウ。俺は羽織を肩に掛け、立ち上がった。
「ほら、早く歩き給え、芋が冷める」
自分勝手な理由で、俺の歩行速度にいちゃもんをつけてくる。黒い外套はたなびき、黒猫は乱れぬ速度で追う。
「うっさいな…勝手に先帰れば良いだろ」
断然歩きやすいブーツなのに、ライドウの速度を早いと感じる。
「ああ、悪い…短足の君には厳しい注文だったかな?」
やや前方から聞こえてきた声に、俺はムカムカしてきた。鳴くゴウトの傍を通過して、黒い外套に並ぶ。脚を速く出して、速く引っ込めれば良いんだろ?
「この時代の平均が有るだろ…どんなものさしで測ってんだ、あんた」
鼻で笑って、横並びに歩く、いや、競歩並みだ。
ざくざくざく
「僕を基準にしている、当然だろう?」
「きっと人間的な情が全て身長にいったんだな、あんた」
ざくざくざくざくざくざく
「ああ、だから君は今も身長が足りぬのか、悪魔なればもう望めぬ訳だ」
「元からこの身長ですけどっ!」
ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく
『おい!お主等!少し速度を落とせ!!』
背後のゴウトの声を、聞こえながらに無視する俺達は酷い。圧倒的に、傍の男より脚を交差させる回数が多くなっている自身に腹が立った。姿も見たく無くて、俺は更に速く脚を前に前に出し、横を過ぎる。
ようやく黒が消えて、雪の白さが広がる。それに少し気分が良くなっていた俺は、見えてきた銀楼閣に視線を投げる。
「功刀君」
ライドウの声、でも無視。
「止まれと云っている」
その第二声と共に、俺のすぐ足下で雪が爆ぜた。着物の裾を濡らしたそれに驚き、振り返る。
「街中で発砲するなよ!それに止まれなんて云われた覚えは無い」
既にホルスターに納めたライドウは、ずいずいと無言で接近して来る。
それに少し警戒して、俺は窺う。
「…悪魔と戦った?」
至近距離からの突然の問いに、俺は少し遡り…思い出して答えた。
「城で、不意打ち喰らったから応戦した」
「…フフ、あくまでも正当防衛にしたい様だね」
いちいち腹立たしい。
「何で、急に…」
俺がぼそっと疑惑を向ければ、ライドウは指を外套から出す。その、包まれた黒い指先が道程を指す。
「君、血が垂れているよ…」
「!」
裾を見る。雪濡れ以外に、赤い染み。
「雪道に華を咲かすのは良いが…僕の着物を汚さないでおくれよ?」
「…いつの間に…身体にあれ以外喰らった覚えは…」
「ブエルに診てもらわぬ君は愚かだ、ある施設は利用してやれ」
ぐい、と着物の衿を掴んで引寄せられた。傍から見れば、喧嘩の始まりにも見えるそれ。だが、俺の耳元で囁かれるのは、その類では無い…
「君に傷を作るのは、飼い主の僕だけだからね?」
そう云って、黒い手袋は俺の衿をぱっと放した。俺は血が気になっていて、このデビルサマナーの言葉をすぐに忘れた。こんなイカレた台詞、もう何度も吐かれていたし…体感済みだったからだ。
(何処から出血している…)
治癒すらままならぬ傷だとしたら、不味いのだ。簡易浴室に閉じこもり、細い首のシャワーヘッドを掴みつつ、水量を調節する。温度に震えて、俺は思わず悪魔に戻った。そうでもしなければ、お湯にもならぬ水流の冷たさに凍えそうだった。
足下だけ肌蹴て、濡らす。赤がぐるぐる渦巻いて、排水溝へ流れていく。着物の裾をたくし上げていく、と、違和感に気付く。何の?何がおかしい?
上げていく…と、その赤い滝は、下着から。何故?と思うより先に、その妙な空間の空虚さに指を突っ込む。
「ぁ…」
下着に指を突っ込むはしたなさ、しかし自慰すら出来無い。
「…んで」
震える自身の声が、水音に消える。
「なんで!?」
下着をぐいぐいと腿に引き摺り下ろす。
無かった。男性の証が。
「ぁ、ぁあ…ぁ」
どんな傷を受けた時よりも、酷い衝撃に腰が抜けた。ばしゃり、と座りこんだ俺は、水を一身に浴びる。裾を捲し上げた意味を成さないで、上からぐっしょりと。
やがて、肌に纏わりつく感触が濃密になってくると…俺の胸が、やんわりと浮かび上がってくる。濡れ透けたその両胸は、明らかに…薄く膨らんでいた。
「〜!!」
悲鳴を、噛み殺した。浴室で叫ぶのは、危険だと思った。響く悲鳴は人を呼ぶ。何より…この姿を、あのデビルサマナーに見せるのは、危険だった。俺を哂う顔が、好奇に撓む眼がありありと思い浮かぶ。怖い…怖くて、震えが、止まらない。
「寒…ぃ」
思わず呟いて、ゆらりと立ち上がる。脚を伝う赤い糸は、女性特有のアレだろうか。
(シトリ…)
性に関する術において、高い造詣を抱いていると伯爵に聞いた。奴が俺を気に喰わないのは、奴の勝手だ。俺だって、悪魔は嫌いだからおあいこで。だが…こんな…
(こんなやり方、あるかよ)
握り締めた拳を、シャワーヘッドが放つ水流に叩き付けた。激しく飛び散った飛沫が、壁を打つ。その飛沫がシトリの返り血になる夢想をしながら、俺は水を止めた。
「遅い、水は有限だよ功刀君」
「悪い…」
実際流しっ放しだったから、謝罪する。事務所に戻れば、机に居座り書類を分けるライドウの姿。ヤタガラスの里から帰ると、ああして大學芋をつまみながら書類整理するのだ。
「ふん…下らないな…」
ぼそぼそ呟いて、数箇所に分ける仕草。
『居らぬか?』
「居る訳無いでしょう」
『どれも見目は上等ではないか』
「馬鹿馬鹿しい…僕は縛られたくないのでね」
いつもと違う書類の分け方に少し疑問を抱いたが、俺はそれよりも…
(シトリ…どう炙り出す)
そればかりを考えていた。ビフロンス伯爵のコネでおびき出せないか、しかし伯爵が俺に陶酔しきっているのは有名だ。罠だとすぐバレる。いっそ、閣下に頼もうか…
いいや、それこそ危険だ。寧ろ、この身体を見て「そのままでも問題無い」と云いそうだった。面白がって、この姿を強制されるかもしれない。
あの堕天使は…強くなる俺を微笑んで見つめてくる…が、俺が葛藤し足掻いている姿も…同じ位に味わうのだ。
(駄目だ、相談出来ない…俺だけで、始末しに往こう)
濡れた頭を振り被って、昏い決断をした。悪魔を殺すのだ…躊躇など無い。俺をこんな姿にしたのだ、引き裂いて、この呪いを解いてやる…
「功刀君、少し抑え給え」
突然のライドウの声に、身体だけは反射をする。
「どうした、そんなに滲ませて…戦ってきて、興奮が冷めやらぬのかい?」
机に頬杖して、大學芋を頬張り哂うライドウ。そんな弛みきった仕草の人間に指摘され、俺は居た堪れなくなる。
「…俺…もう一度城に行く」
浮わついた声で、申し出た。咀嚼して嚥下したライドウは、じっと俺を見つめる。
「報告は終わったのだろう?」
「…用が有る悪魔がいる」
「それは君の私用だろう?」
ライドウの声音は、明らかに面白く無さそうだ。無表情なその声に、俺は薄ら寒くなり後ずさる。扉を開けて、とりあえずは奴の部屋に逃げよう。すぐ上を羽織って、窓から外に出て、天主教会から魔界に行こう。
「功刀」
その声を、バタンと即座に閉めた扉の音で掻き消して、俺はばたばたと階段を駆け上がる。衣紋掛けに掛けたばかりの羽織を引っ掴む。ライドウの引き出しをずるりと開けて、幾つか宝玉を掴む。それを羽織の内ポケットに突っ込んで、窓から下を覗いた。誰も…通行人は居ない。それだけ確認出来ると、開け放ち、冷たい空気を頬に受ける。此処から降りるのが早い。「戻って階段を利用する」という選択への恐怖も相俟って、俺は外履きを片手に窓枠へと脚を掛ける。
「ひぐっ!」
「家出…?」
息が詰まった。口元を覆うのは、長い指先の掌。焦り過ぎたか、気配すら気にかけていなかったのか俺は。既に背後に居たのだ、ライドウは。
「そんなにあの城が居心地良いのかな?流石は悪魔…」
「ぁぐ、うっ」
片手に持ったブーツは、膝でぐいぐいと促されて床に落ちた。
「ねぇ…君は誰の悪魔だったかな…功刀君?」
羽交い絞めにされて、黙っているのも腹立たしい。ぶわり、と魔力を解放して、身体を斑紋が奔った。腕に力を込めて、意識を集中させる…が。感覚が妙だ、力の出口が見えない。身体の構造が変わったからなのか、冷や汗が滲みそうな戸惑いに、眉を顰めた。
「それとも…また刻んだ方が良いかな?」
ライドウの空いた指先が、俺の首に流れる。
「んんっ!んんん〜ッ!!」
駄目だ、止めてくれ。そこを暴かないでくれ、お願いだ…お願いだから!
「いつに無く拒絶するね…まあ、僕もその方が面白い」
その指先が、衿を掴む。
「烏(カラス)の巣から帰って、正直鬱憤が溜まっているのでね…!」
ぐい、と広げられた着物の衿。止まる互いの呼吸。眼下に広がるのは、薄っすら隆起した乳房。
「ぅ、うううっ、うっ」
呻く俺に、沈黙していたライドウが…ようやく、言葉を発した。
「…居た」
くつくつと哂い、その衿を掴む指先が震えている。自身の外気に晒された胸に、これまでとは微妙に異なる羞恥が芽生える。
「此処に居たじゃないか…クク…ッ」
ライドウの衿を掴む指が往き場を変えて、その房を掴んだ。
「い…っ!?」
妙に痛くて、その感触に驚愕する。胸に在るのは、筋というよりしこりだった。
「こんな姿に成ったくせに、襦袢すら纏わず出るつもりだったのかい!」
「…どうせ…すぐ戻る」
「悪魔にやられた?」
「煩いな…放せよ、すぐ解呪して戻る」
不躾に胸を揉むライドウを除けようとする…が、胸を途端にぎゅうと強く絞られた。
「ぃぎっ!!」
脚がもんどりうって、思わず背後に身体が反る。
「今戻ってもらうのは困るね…功刀君」
崩れた俺を羽交い絞めにして、揉み合うままに傍の寝台(ベッド)になだれ込んだ。
その場所の危険性に、俺の動悸が跳ね上がる。
「ふざけんなッ!女ならなんでも良いのかよあんたはッ」
叫ぶ俺に、ライドウは腰から引き抜いた銃を向けてくる。
「大人しく僕について来てくれないか?功刀君」
その声音は、怒りというより悦楽。
「…撃てば、良いだろ…」
どうせ、すぐ再生する…刀傷よりマシだ。
そう思う異常な感覚の俺は、ライドウを睨んでやった。
「女性に成っても、可愛く無いね君は」
俺の態度に、怒るかと思ったが…やはり愉しげだ。
今を上回る、何かに胸を躍らせているのかと思うと…怖い。
「あの時の血、まさか下?」
哂って云うこの男は、膝で俺の股をねぶる。反射的に身が凍ったが、そういえば今は男性のアレが無いのだ。激痛は無いが、気味の悪い感覚がグリグリと股座に篭る。
「そう、思うならっ…やめろ…!」
「…何も詰めてないのか?滲んでるよ…君…」
「知るかよ…俺は男なんだぞ!?」
「詰めないと、経血が脚を伝うよ?ほら、こうさぁ…」
ライドウの言葉の端が、何かに繋がろうとする瞬間、俺は嫌な予感がするのだ。
それは…的中する、大抵。
「詰め給えよ、功刀君!」
開かれた裾に、腕を突っ込んだライドウ。圧し掛かられている俺は、押し退けるより早く…酷い悪寒に襲われる。下着の隙間から、潜り込む、何か。
ぐじゅっ
「ぁ、ぐ…っ…な、な…っ」
何、何だ?何処だ!?一体何処に!?
混乱したが、その粘着質な音と、胎から底冷えする金属の冷たさに理解する。
俺の……おそらく膣?に、銃口を、この男は突っ込んでいる…!
「なに…考えてやがる!この下種野郎!抜け!」
「淑女ならしっかり対策し給えよ…フフッ」
ぐずぐずと内部を抉る感触は、後ろにぎゅうぎゅうと入れられるのと違う。
本当に、内腑を探られる様な…おぞましさが有った。滑るのは、経血…の所為、だろうか。その事実に眩暈がした。
「女性の身体だからって…舐めるなよ…」
下から、引き攣って呻く俺に、ライドウは愉しげに答える。
「中で暴発させて良い?」
その言葉の意味する事に、背筋が凍った。撃鉄を起こす金属音で、強張る身体。
「更に咥え込んでどうするんだい君は…」
「…」
浅く息を吐いた。
内から、なんて…駄目だ、いくら再生するからと云っても…
「や、めろ!」
「ロシアン・ルーレットでも良いねぇ」
弾倉を回し、揚々と語るライドウ。馬鹿だ、イカレてる。
「ほら、ここで留め。では放つよ?」
「―――っ!!」
食い縛って、眼を瞑る俺に…耳障りな、笑い声。
「くっ……あははっ、君は結局変わらないな」
撃たれなかった…いや、中では撃てないのか?とにかく、俺は気が動転していて…まともに頭が回らない。早く、この薄気味悪い感触から、解放されたかった。
「貧相な身体だしね、それでも一応女性?」
ずるり、と抜かれた銃の筒が、まるで何かを連想させて身震いした。
「っ…」
「フフッ…後ろと此方(こちら)、どちらが好い?」
「どっちも…気持ち悪い!」
「散々僕の下で啼いてきたくせに」
「…強姦…だ…あんなの…っ」
そう、そうだ。一度だって俺は赦していない。俺を…抱く、事なんて。
ライドウに、日々…蹴られて…斬られて…挿されていた。
男に興味は無い、気持ち好くない。そう哂って云って、こいつは俺を犯す。
俺で遊んでいるんだ、このサマナーは。
「ほら、さっさと其処に脱脂綿でも何でも詰めるのだよ、功刀君」
「あっ、んぅッ」
云いながら、一瞬するりと指が入って、出て行った。その、銃と違う生々しい温度が、ぞわりと胸中を撫ぜる。
「何処の悪魔にやられた?」
「…シトリ…とかいう…伯爵は知ってる奴…らしい」
「ふぅん…序列12番の公爵だな」
「だから、そいつを…始末しに、行こうと…んぐっ!」
そこまで云った俺は、頬に血濡れの銃口を押し当てられた。
「だから、まだ戻るなと云っているだろう?聞いていた?」
「なんだよ、あんた…男の俺でも抱けるから…問題無い…だろ…」
もう、自嘲しながら俺は呟く。
そういえば、てっきり俺はこのまま犯されると思っていたのだが…
ライドウは、既に空気を切り替えて、銃を突きつけたままだ。
「僕がその悪魔、しょっ引いてやろう…功刀君」
「…俺で殺る」
「どうかな?見ている限り、君の今の力では難しいだろうから……ねぇ?」
ニタリ、と哂う、その顔が語る。「力を出せないのだろう?」と。
「僕の『良し』が出るまで…そのままでいるのだよ」
確かに、無力に等しい俺は…このままでは、戻る事すら危うい。シトリをライドウが始末してくれるなら…それは、願ったり叶ったり、だ。
「その『良し』って、いつ出るんだよ…」
契約確認する。
「今回、帝都にいる期間はずっとそのままで居ておくれ」
「長い…!」
俺が文句を漏らせば、頬の銃がゴッ、と一旦離れて、打ち付けられた。
「けほっ…」
口内が切れて、血の味がする。
「飼い主の言葉が解らぬかい?君は…」
冷淡に放たれる責め苦は、俺がこの身体になっても…変わらなかった。
(早く…この身体での力の使い方を…覚えよう)
そう、それさえ出来れば、後は勝手に俺で解決可能なのだ。
我慢…だ。
「さて、君の支度が出来次第、発とうか」
その、俺から下りたライドウの見せた…妙な笑顔が、怖い。
「何処、連れてく気だよあんた」
この虚の肉体で、歩きたくない、本当は。
そんな俺の意思なぞお構い無しのライドウ。まあ、いつもそうだ。
「ヤタガラスの里に行くよ」
「は…っ?里って、だってあんた今日帰ったばかりじゃ」
「さあゴウト童子にも伝えなければね…フフフ」
ひらり、と黒い外套が翻り、扉を開けて奴は出て行った。俺は乱された着物の、ぐちゃぐちゃになった帯を指に取る。
「…訳、解らなぃ…っ」
まるで、新宿衛生病院で目覚めた…あの時の衝撃だ。
見慣れぬ、肉体。俺の意思に反する、構造。忌まわしい…自身。
「くそっ!」
帯を握り締めて、俯けば…シーツを赤く濡らす、下半身が視界に飛び込んできた。
赤い小花柄に、いつなった?このシーツは。思えば、腰が…重い…気がする。
「俺は…」
額を押さえる。割れそうに頭が痛い、気がする。
「俺は、男…だ!女じゃ無いっ」
そう…
この時から…全てが狂いだした…
帳下りて初花開く・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
「初花」=「初潮」です。古い云い方が初花。
いきなりデリケートな内容ですいません。
思わず腰を抜かした人修羅ですが…当然ですよね…
今回はそうでも無いですが、次から狂ってきます。
このシリーズのライドウも…かなり、アレです。
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