其処に俺の意思など無い
叫ぶ場所すら無い
狂った胎内が
赤い糸を紡いで俺とお前を繋ぐ
挙げられる祝詞(のりと)が…俺を殺ぐ
帳下りて狐の嫁入り
「…ゴウトさん」
『何だ?』
「あの、里に行って何かするんですか?俺の調査ですか?」
電車に揺られた後、雪原を辿る。
「そもそも、コウリュウに乗れば良いのに…どうして電車で?」
俺の問いに、ゴウトはフフンと鳴いた。
『それはだな…今お主は穢れた状態にあるからだ』
「穢れ…」
何だ、それは…殺戮してきたこの手か?それとも傍の男に犯された身体か?
俺がジロ、とライドウを睨むと、それに気付いたのか「今、と云ったろう?」と、俺の云いたい事を見透かしたかの様に否定した。
「月経中の女人は、穢れとして立ち入れない事柄が多いからね…」
その言葉にハッとして、ゴウトを見た。
『もう聞いた、気にするな』
その気にするな、は、女体をか?穢れをか?
足下の黒猫は、どこか気分も上々に雪道をとてとて歩く。それを目で追って、遠方を見上げる。うっそりと、陰った里が見えてきた。
「相も変わらず、黴臭いな」
自身の故郷に向かって云い放つこの男。
「そんな処に連れてこられた俺の身にもなってみろ」
ぼそりと呟けば、ニタリと返された。
(こいつ…何か隠してる…)
普段、要らぬ事までペラペラ喋るライドウだが…今回はこんな風に止まる。
閉ざす、までいかずとも、哂って済まされる。おまけに、その笑みが…妙に…
「さあ、入ろうか?功刀君」
妙に…心の底から滲み出る様な、それだった。
「十四代目」
「童子から話は聞き及んでおります」
「ささ、そこなる人修羅はこちらの部屋に」
今まで幾度かこの里を眺めたが…今回の、この装束達も、何か妙だ。
笑顔。張り付いた様な、笑顔。
「目出度い」
「芽出度い」
「めでたい」
口々に、小さく何かにつけてはそう口走る。ゾッとする…
「おい、ライドウ…」
「別に、この折に知らせてあるから、悪魔に成って構わないよ?」
「…そうじゃない!」
板の間に上がって、トランクをどさりと下ろすライドウ。俺は掴みかかる勢いで奴に向かっていったが「君はそっちの部屋だろう」奴がそう発したと同時に…感触が。 視界の端に確認した黒い腕々。烏の装束が二人、俺の両腕をそれぞれで捕らえている。
「人修羅、貴方は此方です」
「十四代目とは、また後々…」
サラウンドで俺を阻んだ。
「ちょっ…待って、待って下さい!俺は何も知らないんです!」
腕を振るうが、思った以上に強い力で腕を抱えられている。
もしかしたら、魔力にモノを言わせているのかもしれないが…
そんな事を考えている間にも、引き離されていく。
「おいっ、ライドウ!あんた何企んでんだ!」
俺の疑心に塗れた言葉を、外套を装束に預けながらライドウは哂い返す。
「企みでは無いよ、功刀君…」
口の端を吊り上げた。
「ククク…また、明日の夕刻」
眼の前で、襖が閉められた。
「…俺の事、どう聞いているんですか」
「…」
「何か云って下さい」
「…」
駄目だ、だんまり、である。左右を腕に引かれて、長い廊下を歩く。
先刻のライドウ…もう予定を組んであるらしかった。思うままに進むと、あいつは口の端を吊り上げる事が多い。それに…俺をあんなに里から遠ざけていたあいつが…こんな…おかしい。
ふと、俺の思考を遮断するかの様なタイミングで、湿った木の薫りが漂ってきた。
(…浴室?)
見える扉はひとつだけ。其処から流れる風向きは此方に来ている。
「あ、の…」
俺の声は聞こえない、とでも云わんばかりだ。返答も無しに、その木の戸が横に滑らされる。思った通り…浴室、だ。
(…何故、浴室なんだ)
「さあ、其処の椅子に」
「さあ、脚を広げて」
俺は、固まった。両端からの、その号令に、身震いする。
震える身体を抑えて、ゆっくり息を吐いてから問う。
「…すいませんが、それは出来ません」
俺の声に、装束二人は一瞬顔を見合わせた。
どうする?出方によっては、悪魔化を厭わないべきか…警戒しつつ、少し後ずさる。
「十四代目から聞き及んでおります」
「拒絶するだろうという事は聞き及んでおります」
無表情な声音で、口元しか開いていない装束が発する。
「…だったら、尚更…諦めて、下さい」
何をしようとしたのか…知りたくも無い。嫌悪感か浴場の蒸気か、ふらりとした。
「!?」
激しい水音。振り返ると、背後の浴槽の中から何かが飛び出した。
「くっ!」
魔力を一応解放し、飛び退くが背後から固定される。あの装束達だ。
『うぉいうぉいうぉい、コイツをどうするんだぁああ!?』
水を滴らせて、触手をくねらせ浮遊する…その淫猥な蠢きに、思わず眼を逸らした。
イチモクレンだった。
「イチモクレン、この悪魔を固定しなさい」
「イチモクレン、この悪魔の手を取り、操りなさい」
その号令達を聞いたイチモクレンが、眼をぎょろりとさせた。俺を観察している…
「おい、イチモクレン…バラバラにされたくなければ…俺に触れるな…」
静かに怒気を込めて、俺は語りかける。
俺の事を、知らないのだろうか。俺は…この里の、悪魔の如き十四代目の使役悪魔だぞ…良いのか…そんな事して。
俺の微妙な落ち着きを見て、イチモクレンは触手をぬるりと動かす。
『なぁあに偉ぶってんだぁ!?カワイコちゃんはお口チャックだああぁああ!』
「やめっ」
ぐぼり、と俺の口を割って入る、悪魔の触手。呼吸が難しくなって、首を振るが、他の触手が頭に纏わり付く。
「んっ、ぐ、うぅッ!!」
手首にも、数本が絡み付いてきた。水だけで無く、悪魔の粘つく様な表面が音を立てて滑る。牙を立てたが、滑って喰いこんでいかず、俺は呻くだけに終わる。
「人修羅、中を洗いなさい」
「自らの指でするのです」
…は?
「んぐ…うぅッ!!」
意味が解らない。
「溜まった穢れは落としておかねば」
「不浄のままでは往けませぬ」
イチモクレンの触手が、俺の手指を捕らえて…触手で割られた股に近付けさせる。
(ふざけるな!何故こんな…!)
俺の指で、中を掃除しろって事か?意地でも、させるか。
「まだ、他の生き物を中に入れてはいけませぬ」
「御自身でどうぞ」
指を、渾身の力で広げて、ぐぐ、と宙に留める。イチモクレンが、大きな眼球に俺を映した。着物が割れて、あられもない、そんな酷い俺の姿が映り込む。
『んぐぐぐぐぅうう!!強情だ!硬い!おカタイのはイクナイぞぉおおおおお!?』
叫ぶ触手の主に、俺を固める装束達が…助言した。
「イチモクレン、折りなさい」
「指なら半日で治るでしょう」
…何?何だと、こいつ等。
『ポッキリ?ポッキリですか!?いきますよぉおおおお!!』
「んぐううううううッ!!」
触手が繊細に蠢いて、俺の指先を躍らせて、しならせて、真逆に…曲げた。
『後は掻き出すだけっ!!凄まじい焦らしだぞこるぅぁあああああ!?』
だらりと手の甲から揺れ下がるだけとなった指が、膣の入り口にあてがわれる。
「さあそのまま」
「角度をつけなさい、隅々まで」
俺の口の触手も、助手の為か抜かれていった。
急に入り込む酸素が、呼吸を却って荒くする。
くちゅ
「ひ…っ」
俺の指が、生暖かい胎内に入っていく。意味不明な構造が、指の行き先を予測させず、不安に溺れる。
「あっ、ぐ…ぁ」
浴室は狭い、音が反響する。指を伝う赤が、肌の斑紋を水路の如く伝う。
「あ、あっ…何故…んな…っ」
イチモクレンの触手が、俺の手首をぐい、と押す。中で指の向きが変わる。
「んうっ!」
ぐじゅ くちゅくちゅくちゅっ
「お…れに、何の、恨みが…っ、あ、ぁっ」
機械的に動く触手の一本が、俺の乳房の先をかすめた。
「あ!」
乳首に擦れる感触に、下半身からいっそう音が響いた。自身の指を締め付けた感触に、羞恥から頬が熱くなる。
(おかしい…!何をしたいんだよ…こいつ等…!)
「もう良き頃でしょうかね」
「イチモクレン、ご苦労様」
ぐったりした俺は、すでに装束達の拘束で事足りる程…憔悴しきっていた。
『真っ赤だなぁああ真っ赤だなぁああ!汚い血ぃぃいいで真っ赤だなぁあああ!』
歌いながら、背後に消えるイチモクレン。装束が管でも使ったのだろうか…
「気持ち…悪い…っ…」
俺の呻きと、視線に気付いているだろう?何故この人達は…こんな事、出来るんだ。
「さあ、お流ししましょう」
「お疲れなら、そのままお眠りなさい」
脚を伝う血を、桶から零れる湯で流される。上げられた裾に少し撥ねた湯が、血の臭いだ。いや…戦いの時の、臭いに似ている。生臭い…肉の臭い。崩れた内壁の…薫り…だろうか…
「ぅぷっ」
それをイメージした瞬間、物も入っていない胃からこみ上げた。
「げっ、げぇぇっ、ぅっ」
酸っぱい臭いが、唇からする。垂れた胃液も、血と混ざって流れゆく。
「はぁっ…はぁっ…っぁ……」
駄目だ、もう無理だ。
そもそも俺は駄目なんだ…この女性の身体も、血の臭いも…本来は…
生臭い薫りが遠のく…もう、それで構わなかった。早く、遮断してしまいたかった。
――ずっと飼ってあげる…矢代(やしろ)――
契約の使役印を結んだあの時…あの男は、そう云った…ずっと、飼う、と…
おい…俺は、そんなつもりは…無い…ルシファーが…黙って無いだろ…馬鹿か…あんた…俺は、自由になるんだ…あんたを…
「殺して…っ!」
暗い色目の天井。通る梁は、天然木の様にくねる。
「はぁ…っ」
自身の声で起きた。憎悪に塗(まみ)れた、寝言で。
口元を掌で覆う。あんな寝言、滅多に吐くものじゃ無い…正常なら。
高枕が、項の角を潰さずにいる。普通に…寝所に横たえられている…のだろうか。
俺は、此処が何処だったかようやく思い出して、しっかり瞼を上げた。赤い色がチラついて、どきりとする。だが、血では無い。
(なんだ…これ…)
両手首を結わえる、赤い紐。がばりと上半身を起こす。
(拘束されている…)
それよりも、俺の視界に鮮明に映るものがある。身に纏わされている着物が…此処に来た時と、違う。あまりに、真白。眩しいその色に、眼が痛みそうな程。
「お目覚めですか、人修羅」
「禊(みそぎ)は勝手に済まさせて頂きました」
がらり、と両端から、あの装束達が襖を開けて来る。
「…何ですか今度は…それより、貴方達の血も涙も無い十四代目は何処です?」
溜息で、嘲って訊いてやった。
と、視線の先の彼等…前に見た時と、違う。纏うそれが…白い。白装束。
「もう刻限も間近」
「さあ、いきませう」
俺の傍に来て、立つように促す。今更、暴れたところで俺は本領を発揮出来ないのだ…それに、襖の隙間から見えた空は、茜色だった。
(ライドウに会えるか)
とにもかくにも、あいつに会わなければ…
「…分かりましたけど、俺に触らないで下さい」
云いつつ、繋がれる手首を胸元に運んで、ぐっと反動をつけ、立つ。
思えば、指はもう動く…完治したらしい。女体に成っても、この治癒力は変わらない様だ。それなら、感覚さえ解れば…以前と変わらぬ力を揮える筈だ。
先導されるまま…俺は歩いた。外は雪で白い、吐く息も、俺の纏う着物も、周りの装束も…茜の空が、それ全てを、染めている。
(こんな状況でなければ綺麗なのに)
色々な意味で落胆して、追従する。雪下駄の爪皮は、真紅で、俺の手枷も真紅なのが、浮き立つ。俺を見て、里の端で笑う人間がちらほらと見えた。その視線に、暗いものを感じる。
(嗤っている…)
意外でも無かった。俺はどう見たって、女では無いのに…この格好だ。白い着物、といえど…女性物と思われるコレ。女装させられて嬉しい訳無いだろ。女体だが、そんなの胸が僅か膨らんで、局部がすげ替えられただけだ。俺は、男のつもりだ。
ざくりざくり
雪下駄が雪を鳴らす。やがて、列を成す装束の群れに辿り着いた。
「此方から、さあ」
「貴方の狐がお待ちです」
先導した二人は、左右に割れた。
「え、何、狐って…」
割れた其処から見えた向こうに…雪に溶け込みそうな、白い…袴?儀式の装束みたいな…それ。背筋も真直ぐに佇む…狐面。なのに、見てすぐ判った。
繋がれている血の契約が感じさせるのだろうか。
(なんだよ、その格好は…)
此方に歩み寄る、ざくざくと雪鳴りが響く。
俺の眼の前まで来て…その狐面を、あの切れ長な指ですらり、と外した。
「なんと可愛い娘だろう」
俺の主人、憎き十四代目葛葉ライドウ…
学帽も無い、珍しく陽に照らされる、腹立たしい程に綺麗な面立ち。
眼元に朱が粧されている。面を外したのに、狐に視える。
「君、愛しい方なり何なり云う感性は無いのかい?」
ぽかんとしている俺に、小馬鹿にする様にライドウが云った。
「愛しい?誰がだ…」
「イザナギとイザナミの話を知らぬのかい?」
「範囲外」
「あ、そう…悪魔を駆るなら、知って然るべきだがねえ?」
どうせ俺は、今使役される側なんだ、必要無い。
好きでもない悪魔達の事なんざ、知りたくない。
「にしても…その斑紋、化粧の様でなかなか合うね」
くすくすと哂い、俺の頬を指で撫ぜてきた。反射的に、結わえられた拳で掃う。
そういえば、俺は悪魔の姿で歩いてきたのか。こんな綺麗な着物を纏っても、この身体じゃあ気味悪いだろうな。嗤われる訳だ、と納得と同時に、苛立ちが蝕む。
「何だ、何なんだよあんた等…俺に黙って、何するんだ…」
俺の声は、震えていた。怒りなのか、寒気なのか。
「フフ…そう怒れるな…ほら、角を隠そうか?功刀君」
傍の装束から白い帽子みたいのを受け取るライドウ。
俺の首の後ろに当てる様に、それを被せてきた。
「なんっ、だよこれ」
「角隠し……ほら、本当に角隠しだよこれ…ククッ、絶妙…」
項の突起が隠れるのが受けたのか、ライドウは口元を面で覆って哂う。
「何かの儀式か?皆の前で契約とか抜かしたら…ぶっ飛ばすぞあんた…」
鋭く聞いたつもりだった。だが、この男は…ただ哂って、俺にも狐面を差し出した。
「誰が着けるかよ」
拒絶の言葉を吐いて、視線を遠い山の天辺にうろつかせてやった。
すると、ライドウは怒らず、答えを出した。
「そうだね、その素晴らしい斑紋化粧が有れば、要らぬかな」
その賞賛は、俺に対する嫌味か…それとも、こいつの美的感覚が狂っているのか。
「では、そろそろ往こうか?」
ライドウは云って、俺の手首の紐を掴んだ。まるで愛玩動物みたく手綱を引かれる俺は、慣れぬ履物でよろめく。
「ざけんなよっ、勝手に進めやがって!何処に何しに往くか云えよ!!」
俺の手綱を引くライドウが…降ってきた雪を除ける為に蛇の目傘を開いた。
赤いそれの下で、まるで、狐みたく…ニンマリと、唇を歪めた。
「僕と君の婚儀だよ」
喉が…空気を通さない。呼吸が、うまく出来ない。云っている意味が…解らない。
薄っすら明るいのに、振るのは風花(かざはな)。
「フフ、本当に狐の嫁入りだ」
愉しそうに…ライドウが呟いた。
列を成す、装束達が狐火の様な提灯を点し始めた。
婚儀…ってのは…男女がするもの…だろ…
おかしい…おかしい…!!
狐達に…俺は化かされているんだ…きっと…そうだ…そうに違いない…
帳下りて狐の嫁入り・了
↓↓↓あとがき↓↓↓
タイトルで出オチ、結婚ですとな…もう無茶苦茶。
夫役ライドウ、これで真のドメスティックバイオレンスか…ぞっ。
イチモクレンを出しておきながら、触手は中に入らず。理由は次で。
人修羅は意地でも男のつもりです…
狐の嫁入りは、モチーフとしてどうしても書きたかった。
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