村に戻る頃には、朝靄も晴れていました。かといって、快活爽快な青空が広がっている訳でもなく。そのどんよりとした雲模様は、今の気持ちを代弁するかの様でした。
ライドウ先輩は寄り道もせず、例の小屋に赴きます。私は思わず敷地前で立ち止まり、どこか確認じみた問いを投げました。
「一体何者が憑依しているのか、分かります?」
「水辺の連中で無い事は確かだね」
「では誰が……私の脳内では他にキャストが居らず、見当もつきません」
「つかぬのであれば、見える範囲に当たる他無い。最終局面にて解が反転する事も有る、真実や正体はうつろうものだからね」
「この前の抜き打ち試験、もし私が本物の人修羅を刺せば、それは不正解というルールでしたよね。あれは何をどうしても、最初から答えが決まっているものであって、見当をつけないとアプローチも出来ない。大体の人は、そういうプロセスで動いていると思うのですが……」
「一か八かが怖い?」
「怖いです」
「しかし君は刺した、視えぬ路は歩めぬという事さ」
自分で掘り起こしておいて無責任ですが、思い出せば更にどんよりとしました。確かにその通り、私にはあの試験を降りる勇気は無く、変更を物申す度胸も無く、回避する頭も有りませんでした。あの時に懸けたプライドというのは、私自身にあったのか、葛葉ゲイリンの名にあったのか、結局判らないのです。
「ウゥウウッ、ワアアッ、アアッ」
私達が小屋に侵入すると、途端に鳴き出す子供。しかし咆哮は、昨日より弱々しく聴こえます。衰弱が進んでいるのでしょう、あの状態で数日となれば無理もありません。
「さあ追い祓ってくれるのかねえ、葛葉一同」
上がり框に腰かけた首長が、急く様に訊ねてきました。相変わらず声音と顔つきだけは穏やかで、私はそれを勿体無いなあ、とぼんやり思います。白髪頭に渋い色目の着物で、刻まれた皺に垂れる目はにっこりと見え、ヴィジュアルだけなら理想のおじいちゃんでしたから。
「首長さん、残念ですが、憑いておらぬ者から祓う事は不可能に御座います」
面と向かい断言した先輩。私も童子も首長も、息を呑みました。私は理由が気になります、首長はきっと覆しに来るでしょう。ゴウト童子は……七割信頼しているかと。
「憑いていない? じゃあ何がどうして暴れ狂っているんだ」
「このままでは衰弱死しますからね、拘束は解き、座敷牢にでも数日入れるが宜しい。根負けした頃に治りますよ」
「根負け……」
「憑依された振りをしているのですよ、その子は」
「ウチの村の者を、嘘吐きだと云うのか」
とうとう穏やかな声音さえ失せた首長は、子供と先輩を交互に睨みつけています。一方の先輩は「万一があってはならぬので、失敬」と云いつつ、革靴で板の間に踏み入りました。私も「失礼します」と断りながら、ブーツのまま先輩に続きました。
「祭事の憑座として、数日に渡り水垢離をする。例え真夏であったとしても、暫く滝に打たれれば凍える。その冷たさから逃れる術は幾つか有る、この村を出るか、もしくは〝禊の出来ぬ状態〟に陥るかだ」
先輩は子供を見下ろしながら、外套にするりと手をしのばせ……リボルバーを抜きました。そして何故か、銃口を子供に向けるのです。
「悪魔に憑かれた事にして、一度穢れてしまえば良い。さすれば今後、憑座としての役目は巡ってこない。そう思ったのだろう、違うかね。此の銃には今、退魔の弾が装填されている。君には何も憑いておらぬ筈だが、撃たれたくば、そのまま大人しくしているが良い」
子供は紐の轡をきゅっと噛むまま、黙ってしまいました。乱れ髪の隙間から、眼がじいっと先輩を見詰めているのが分かります。
「先輩っ、だ、大丈夫なのでしょうか?」
「なに凪君、簀巻きだろうが横には転がれる、発砲までカウントしてやれば避ける事は容易だ。床板の硬度からして、跳弾の恐れも無い……三、二、一」
まさかのテンカウントならぬスリーカウント、そして先輩は本当に撃ったのです。大きく身体を捻らせた子供の、脚のすぐ傍、床板に穴が出来上がっています。火薬の臭いと、私の心臓の音、ブラウスの下をつうっと汗が伝い落ちていく感覚。
「……っ……ぅ、うっ」
子供が泣き出し、ようやく時間の流れが戻りました。これまでの獣じみた咆哮とは違う、人の咽びが空間を満たします。土間から駆け上がって来た女性が、未だ硬直している首長の脇を通過します。しきりに名の様なものを呟き、おそるおそる屈み込むと……子供にそっと触れました。
「あんた……何も、何も憑いて無かったって、本当かい。ずっと嘘吐いてたんかい!?」
ア~ンと泣く子供は、幾度も頷いています。あの女性は恐らく母親でしょう、昨日も此処まで案内してくれた人です、後ろ姿に見覚えがありました。
「首長殿、憑いているモノの正体が分からぬという事で、無理難題を我々に投げましたね? 手の施しようが無い者の処分をさせたかったのでしょう、そうして〝祓えずに何を葛葉か〟などと、嘲弄するも良し……まあ、見事にアテが外れた訳だ、ククッ」
先輩は既に銃をしまい、帰る気満々といった風です。云われるままの首長は暫く放心しておりましたが、次第に耳が赤く染まってゆき、やがて茹蛸の様になってしまいました。
「悪魔討伐も祓除も無かったが、出張と調査の費用はお支払い下さいね、ヤタガラスに……ああいや、帝都の鳴海探偵社でも結構。それでは失礼」
気付けばライドウ先輩は、とっくに小屋の外へと出ているではありませんか。私は「待ってください先輩!」と呼びながら、床板をブーツでどかどか駆け抜けました、新品の試し履きでもここまで大胆に走りません。表に飛び出したは良いものの、一瞬気になって振り返ると……首長が睨んでいるのです、あの母子を。そして、昨日のシーンと同じく野次馬が、道端からこの一角をじろじろと眺めておりました。
「退魔の特殊弾が有るとは知りませんでした、そんなプレミア品、一体何処で?」
「そんな逸品、有るのなら是非とも欲しいね」
「えっ、でもさっき」
「出任せさ、騙し合いに負ける僕と思うかい」
平然と云う先輩、足下のゴウト童子も〝まあよくある事だ〟と流しました。
ひとまず解決です。憑かれた人も居らず、滝壺の悪魔たちの潔白も証明されました。でも、どうして、何故こんなにも不安なのでしょうか。
「先輩……私どうやら落とし物をしたみたいで。捜してまいりますので、先に帰還してください」
騙し合いでは負けぬと豪語した人に、何を吹っかけているのでしょう、私は。
「電車駅までかなり歩くと思うが」
「体力づくり……そう、ダイエットもしてるので、今」
「どうぞ御自由に」
「有難うございますっ、いざ参らんのセオリーですっ!」
ゴウト童子はほんのり訝し気でしたが、先輩はあっさりと許可をくれました。きっとこの後、ひらけた場所からコウリュウに乗り、帝都へ戻るのでしょう。
私は踵を返し、猛然と駆けました。未だそれほど離れていなかったので、件の小屋にはすぐ到着しました。しかし見当たりません、あの母子が。
「さっきの子供は!?」
遠巻きに此方を窺う人達に、私は直接歩み寄りました。視えている人、視えていない人、それを瞬時に判断出来ない私には、これが一番早いのです。読心術というのは、察されては一層壁を厚くされるもの。それならいっそ、正直にぶつかるのみ。
「話したい事が有るのです、帰る前にひとつだけ!」
隣同士見合い、口を閉ざす村人達。恐らく、緘口令は出ていないのです、この人達が勝手にそうしているのでしょう。この村が特殊という訳ではありません、いくつかの集団を見てきた今なら分かるのです、これは自然発生であり、人間特有の呪いなのだと。
「ちょいとお嬢さん、悪い事は云わんから、今回の件にはもう関わらんでくれんか」
ジャケットの肩をトントンと叩かれ、振り返れば頬のこけたお婆さんが……めいっぱいの背伸びをして、私の耳元に囁きます。
「あのな、ふらっと消えてもうたんよぉ、親子で。若い衆が滝の方も捜したが、居らんちゅう話じゃ……諦めなされ」
私は会釈でお返事して、その場を離れました。謎の確信を以て、湿った緑の中を往きました。仲魔の一体も傍に付けず、黙々と水音だけを聴きながら。
「はぁ、はぁ、はぁ」
今朝の数倍速く歩いた為、流石に息が上がりました。苔で軽く滑りながらも水面に近付き、奥底を見下ろします。そういえば、潜ってくれるような悪魔を従えておりません。宝石を投げ込めば、泉の精よろしく現れてくれないでしょうか。ああ、駄目です……こういう時に限って、ちょうど持っていないセオリー。
『おーい』
滝の音が、一瞬誰かの声に聴こえました。
『今朝来たサマナーの片割れだろ、アンタ』
水壁がざらりと割れ、数刻前に見たヴォジャノーイが顔を覗かせました。私は姿勢を正し、改めてお辞儀します。
「こちらに子供が来ていないか、確認しに参りました」
『あぁ来たよ。先に子供、後から大人の女』
「もしかして、匿っていらっしゃる?」
『コッチから人間引きずり込むなんて、本来はゴメンだな。しかしいつまでも死体ほっぽっとくワケにもいかんだろ、お椀じゃあるめえし、ははっ』
「し、死体……」
『だーっと駆けてきたあのガキが、此処でまた滝に打たれて、まあ念仏みたいにしきりに謝ってるんだよ、誰に対してか知らんけどな。そしたら追って来たんが多分親さぁ、そいつも同じ様に謝りながら〝もういい、もういい〟って、アレをヨシヨシと抱き締めたと思いきや、水に沈めたのよ』
話の最中だというのに、私は視線を水面へ向けました。ヴォジャノーイの説明からすると、恐らく片付けられたのでしょう。よくよく見れば、水面から露出する岩に何か引っ掛かっています、華奢な赤いリボンでした。碧い水色に、まるで差し色の様に、ゆらゆらゆらゆらと。
『親の方は…………オレが殺しちまったよ』
「それは、何故」
『どうしてかなあ、どうでも良かった筈なのに。さああれだ、調伏するならしてみぃ、もちろん抵抗はさせて貰うがな』
人間を殺したと云う悪魔、しかし私はその現場を目撃しておらず、具体的な証拠も有りません。いいえ、そんな理屈より何より、何が罰されるべきか、救われるべきか、私がそれを見失ってしまいました。
「私達の任務は、もう終わっています。憑座の子が、今後あの村でどの様な扱いを受けるか……ちょっと不安になって、それで戻って来ただけです。ですからっ、これはサマナーとしての用事ではなく、私のプライベートです」
『おう、そうかいそうかい、見逃してくれるって?』
「見逃すも何も」
『……云っとくが、ガキは死んじゃいないぞ。でも死んだ事にしといてやってな、人間としては死んだんだ。アレはこれからオレ達の家で暮らす、水を冷たく感じる事も、もう無い』
頭が混乱してきました。私に出来る事は、もはや何も残っていないのですから、水辺を濁さず立ち去るのみでしょう。
「色々と有難うございました、帰ります」
青い身体の悪魔は、水掻きの掌でバイバイをすると一際高く跳ね、水面に飛び込みます。揺らぎが淡くなり、水底が見える頃には気配も消えておりました。
滝壺から戻ってみれば、ライドウ先輩は別れた位置にそのまま留まり、喫煙をしておりました。私は平謝りでコウリュウに乗り、上空で童子から〝落とし物は見つかったのか〟と訊かれ、ようやく云い訳を思い出した次第です。
「すいません、シャワーまで借りてしまって」
「着の身着のまま一泊、辛気臭い村に沢歩き、湿気にだれた巻毛の女を放置しては、僕が外野から文句を云われかねない」
「この事務所、本当に何でも揃ってて素晴らしい、パーフェクトです」
「鳴海所長が常に勤務体制であればね。ああ、それにコテも無かったか……」
事務所から出ていく先輩、既に軽装である事から、きっと入れ替わりでシャワーを浴びに行くのでしょう。テーブルには途中まで書かれた報告書が載っています、今回は二名で赴いたので、共に作成するのです。
「なんださっきの野郎、もっと云い方が有るだろ」
「功刀さん」
「お疲れ様です、勝手に珈琲にしちゃいましたけど」
「ぃ、いいぇいいぇ、もぅなんでも」
私にとって、パーフェクトの五割を占める存在が現れました。鳴海さんが昼行燈でも、コテが無くても、人修羅が……功刀さんが居れば、半分はクリアです。
「その着物、大きくないですか?」
「其処はさすが平面裁断、はしょればノープロブレムです。それに私、肩幅広いので……」
「女性ものが有ればそれを貸せたと思うんですけど、すいません。それにしたって、俺のを貸せば良いのに……あ、いや俺の背が低いっていうより、あいつが割と高めなだけですよね?」
この鈍色の着物、やはり先輩の私物でしたか。まあそれは察しがついておりました、功刀さんの服に袖を通したら、私はきっとテンションがおかしくなりますから。きっとそれを避ける為の配慮でしょう、配慮。
「髪の毛」
「はっ、はい」
「巻かなくても綺麗ですよ、やっぱり純粋な日本人と毛質違うんですかね」
珈琲のついでみたいに、殺し文句を置き去る功刀さん。〝もうこれから巻かなくても良いんじゃない?〟とハイピクシーの声がしましたが、今は召喚していないので幻聴です。
「なんだい、僕の分の珈琲は無しか」
「先輩、物凄くシャワー早いですね!? 流石にもう少しかかると思ったんでしょう、功刀さんも……」
烏の行水、と口から出そうになりましたが、珈琲を啜って呑み込みます。
先輩は制服のシャツとスラックス姿です、おそらくストックに着替えたのでしょう。首回りのボタンは填めておらず、ちらりと覗く鎖骨にラフな色気を感じるのですが、不思議と上品です。まだ乾ききっていない頭には、学帽でなくジャカード織の白タオルが、まるでベールの様に掛けられています。肌の白さと黒髪の艶も相俟って、全身モノトーン、なんだか一枚の絵みたいです。
「あの、ヴォジャノーイに関して、私何も知らないのです。宜しければレクチャーを……」
気になっていた事を切り出せば、私の向かいに座った先輩。資料も無しに、すらすらと紡ぎ始めました。
「基本的には東欧に生息する水妖だ、アズミより見る機会は少ないだろう。今回の様な魚人の時もあれば、人や動物、植物にさえ化ける事もある。人間に対し友好的な者も居れば、真逆も居る、それは他の悪魔と同じ、個体や群れによりけり」
「人間を仲間に引き入れる事はあるのでしょうか、眷属にするというか」
「ドヴォルザークの交響詩にもあるだろう、人を引き摺り込む者も居る。奴隷や食料にする事もあるそうだよ」
「えぇっ……そ、そういう悪魔だったのですか!?」
「あのねえ、だから君、今日の悪魔も云っていたろう〝余所は知らない〟と。同種であれば確実に同じ倫理、とは限らぬよ」
そうですね、そしてそれは人間にも云える事……あのヴォジャノーイが、きっと子供に良くしてくれているのだと。この思いも、私個人の勝手な倫理観が抱かせる欲求なのです。
「ヴォジャノーイ達は一体どんな処に住んでいるのでしょう、あの滝壺の水底は行き止まりに見えました」
「諸説あるが、中でも華やかなのは水晶宮かね」
「水晶って、クリスタルの宮殿という事ですか?」
「宝石や魔の装身具、打ち捨てられた貴金属などで飾り立てられているそうだ」
「まあ素敵、それは一目見たかったものです」
「それこそ余所の話だろうよ、あの滝壺では漆塗りの食器で出来た御殿だろう」
「ち……ちょっと想像がつかないです」
「さて、しっかり入金されるか見ものだね。別にフイにされても僕は構わぬが、意地汚いヤタガラスがつつきに行くだろうからねえ……クックッ」
目の前の報告書は、万年筆のインクでカリカリと埋められてゆきます。私は字が汚いので、先輩が書いてくれるのは正直助かりました。
「あの子供が憑依されているのか否か、不確定だった宵、僕が云った事を憶えているかね……〝憑座の成れの果て〟という言葉」
用紙から視線を逸らす事なく、先輩が問い掛けてきます。
「はい」
「調査対象の子供の他に、僕はあのヴォジャノーイこそ、憑座の成れの果てではないかと思うのだがね」
「私達と話したヴォジャノーイが……ですか?」
「幼子の水垢離、その時点で死亡率はまあまあ高い。そして未だにあの風習だ、古い時代にも幾人か亡くなっているだろうね、憑座が」
「つまり、あの滝壺に暮らす水妖達は……」
「只の憶測、妄想の類さ、聞き流してくれ給え」
先輩は、私とヴォジャノーイの会話を、何処かから見聞きしていたのでしょうか。それとも、子供に読心した際、他にも色々視えていたのでしょうか……いえ、やはり本当に憶測なのでしょうか。
「先輩は、私があの憑座の子を連れ帰ってきたら、どの様に対応するつもりでしたか」
「返してこいと云うだろうね、それこそ学童保護はやっておらぬ」
「あの時点で、親子関係に亀裂は生じているでしょう。大事になり首長に恥をかかせたのです、きっと村八分に遭うでしょう。そしてまだ、本当に幼い子でした……自ら苦難より脱する事は、ほぼ不可能に近い。年長者の、経験者のサポートは必須と思うのですが」
「成程、君は師匠の志を意識している訳だ。己の受けた恩恵を返さぬは、面目が立たぬと」
その指摘に反論は無いです、しかし腑に落ちない部分もありました、なにせ私はそこまで深く重く考えてはいないのですから。
「君こそがイレギュラーだったのだよ、十八代目。先代ゲイリン殿が、どれだけ長くサマナーとして活動していたか考えてみ給え。君はちょうど、全てのタイミングが良く拾われたのさ、そうして此処に居るのだ」
「そう、かもしれません」
「それに、親元から勝手に引き離すつもりだったのかい? 子が望むのであればまた別だが、大体は拒絶するだろうね。まるで血縁の呪いにでもかかったかの様に、苦しくとも親から離れぬ者が多い」
「でもっ……(殺されてしまったのですよ、母親に!)」
「でも?」
「……」
続きが声になりません、頭の中で叫ぶに終わりました。何が〝でも〟なのか、自分でも分からなくなってしまったのです。子が肉親に望むものなど、知る由も無いのです……私には、血縁の親が居ないのですから。
「先輩は、もしも〝引き離してくれる〟人が居たら、ついて行きますか」
「何の話だ」
「私達、この生き方しか知らないじゃないですか。もしかしたら、世間一般の皆様から見た私達は、あの憑座の子の様に見えるのでは。ヤタガラスに与するサマナーとして在る、これって同業からすれば誉れ高いのかもしれませんが、外野からは不幸のレッテルにも見えるのでは」
「……自分達こそが呪われていると?」
「葛葉を、サマナーを辞めろと云われたら、辞められるとしたら……どうですか。私は、そういう路も最近は想像します。大事な人に説得されたら、あっさり降りてしまうかもしれません。先輩は──」
ガチャン、と甲高い陶器の響きに遮られました。テーブル中央に勢いよく置かれた、蓋付きの小鍋。視線を上げていくと、目が合いました。
「鳴海さんいつ帰るか聞いてませんし、もう飯にしませんか」
「は……はいっ」
「凪さんはそのまま座ってて大丈夫ですからね、残り持ってきます。おいライドウ、書くのか食うのか、どっちかにしろよな」
添えていた両手を、鍋から放す功刀さん。熱くなかったのでしょうか、ミトンも無しに……もしかして、火炎を扱うから平気だとか? 私が勝手に悶々としていると、やや小走りに戻って来られ、その片手には布巾を持っています。
「鍋敷き忘れてた……って何敷いてるんだよあんた」
「書き損じの有効活用」
「紙切れ一枚じゃ不安だろ」
「無いよりマシというものさ」
いつの間にか、鍋下に差し込まれている報告書。先輩が書き損じるなんて、どこか違和感が有ります。私が話しかけ過ぎて、気が散ったのでしょうか。それとも、さっきの問いに対する答えが書いてあるのでしょうか。いずれにせよ、水滴と熱でうやむやにされてしまいました。
「さてと、椀は投げずに使うが好し。半日以上食べて無いのだから、早くしてくれ給えよ」
上質そうな万年筆は脇によけ、胸ポケットから抜いた管で鍋の縁を叩く先輩。食器類を運んできた功刀さんが咎めると、受け取った箸で今度は叩き始めました。
「最悪、俺が親だったら反省するまで飯抜きにするところだ」
「ああ誰の子でもなく助かったよ」
「前言撤回、あんた赤の他人だけど飯抜き、箸置いて姿勢正せ」
「偉そうに云うねえ君、立場が分かっておらぬ、今宵からMAG抜き」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」
もう可笑しくて、私は行儀もそっちのけで笑いました。空腹に沁みます、これは早く食べなくては。ひとまず姿勢を正し、笑いによれた衿も整え、まるで幼子の様にご飯を待ちました。
赤く腫れた功刀さんの指を、私も先輩も視認しながらに無視し、ただただ幼子の様に……