夭逝(ようせい)の環 -ゲッシュ-


 学生時代の友人が死んだ。
 死因は不明、体内に爆発物でも仕掛けられていたのか、という様な死体だったらしい。エンバーミングさえ施せない抜け殻は早々に火葬されるらしく、身体を拝む事は許されなかった。
 ただ、棺内に入れる物は整然と並べられていて。中でも妙に目を引いたのは埴輪だった、K美が大好きなケルト神話のクー・フーリンを象った物らしい。
(そんなの作ってる人が居た事が驚きだわ)
 遺影の彼女に別れを告げるだけで、いまいち実感の無い葬儀だった。事故か事件か、ひそひそと周囲の交わす声で、目立つ単語はそんな具合。私も、そこが気になってはいるものの、流石にこの場で議論する気にはなれなかった。
 ただ、何か脳内の端に引っ掛かって、嗚咽もしていないのにずっと俯いていた。


「折角めでたい席が控えているのに、今日はごめんねN子ちゃん」
 階段を上ろうとする間際、K美の母親に謝罪されてしまった。悲しみにくれているだろうに、そんな気遣いをする初老の女性が痛ましくなって振り返る。
「そんな事……私も悲しいですから、今回は呼んで頂けて…感謝しています」
 とは云ってもK美とは近年、付き合いが希薄だった事が真実だ。先日、案内が実家に届いて亡くなった事を知り、久しく思い出したくらいだった。それだけ私の近況は、過去と決別していた。仕事も充実していたし、数日後には挙式が待っている。こんな事で里帰りするとは、夢にも思わず……
 嬉々として訪れたつもりも無かったが、カルトチックな宗教にハマっていた頃の実家とは打って変わって、今はとても居心地が良い。学生時代の私は家に帰るのが嫌で、それはそれはK美の家にお邪魔していたものだ。
(しかし相変わらず、苦しい階段)
 上る階段は、軋む音も急な傾斜も昔と変わらない。幾度も通った、K美の部屋への道だった。
 K美の幻影が、眼前に見える心地だった。彼女は小柄ながらも流石は居住者、すたすたとこの階段を上り下りするのだ。
 先刻、彼女の母親に「良かったら、あの子の部屋を見て行って」と云われた声を、同時に反芻する。きっと彼女に恥が無い程度には親族が整理したのだろうが、扉を開けば意外にも当時と大差が無く、思わず失笑した。
 姿見に、礼服の自身が映った。……と、違和感を覚えて足を止める。
(……今、何か…)
 気のせいだろうか、黒い影が見えた気がする。自分の着ているスーツの黒では無く。しかし、じっと鏡面を見つめていてもうんともすんとも云わないので、独り首を傾げてベッドに腰掛けた。
 背を丸め、己の膝に頬杖して窓を眺める。西陽のぼんやりとした橙が、雲間を照らして妙に眩しい。こんな夕暮れの中、K美とはよく一緒に帰ったものだ。家が近いので、日が暮れるギリギリまで一緒に遊ぶ事が出来た。
(私なんて今度結婚だよ……)
 K美の大切にしていたぬいぐるみに、心の中で呟いた。パイル地の一角獣、ユニコーンだった。他にも、ファンシーでありファンタジーなぬいぐるみ達が、ベッドを相変わらず占拠していて。私はもふりと背を彼等に預けつつ、天井を仰いだ。
 K美の事を、更に回想してみる。
 彼女は夢見がちな少女だった。心霊やら神話やらが大好きで、丸く草が刈られているだけなのに、フェアリーサークルと信じて疑わない性格で。雑誌の特集記事によくあるおまじないの類を、常々試していた。
 所謂こっくりさんだとかのオカルト行為も、しょっちゅう手伝わされたものだ。
 中でも《恋のおまじない》という類のモノが、私は当時から可笑しくて仕方がなかった。おまじないが効いて恋が成就したら、それは真実の愛でも何でも無いじゃないか、と。そんなのは、単なる洗脳だ。洗脳に感情は宿らない。そんなのは作られたモノで、個人の意思とは程遠い。
 私もK美も、気になる男子に試したところで、何も無かったではないか。それが真実、正しい世界なのだ。そもそも、絶対効くというおまじないを、同一人物に試したのだから既に矛盾が生じている。デメリットの無いおまじないや魔法は、きっと嘘吐きだ。
「んな事ばっか夢見てないで、あんたももうちょっと社交的になれば彼氏の一人や二人……」
 と、ここまで独りごちて、声が止まった。そういえば、K美は途中から恋のおまじないをしなくなった。それは、対象者が確定して、かつ身近になったからだ。いいや、そんな魔法じみた事が効かない相手だった、から……?
(私、K美といつも何して遊んでたっけ?)
 一緒に本を眺めたり、木の枝で魔法陣を砂地に描いたり……いいや、もっと何か、大事な事が抜け落ちている気がする。
 こっくりさんの、硬貨に置く指が……脳内で、増えていく。
 K美の貧弱な指……私の節が目立つ指……それと……黒い紋様の浮かんだ、指。
(どうして忘れていたんだろう)
 あの日も、ぼんやりと照らされた雲がちぎれちぎれに浮かんでいた……


◇◇◇


 K美は数日前からご機嫌だった。何か楽しい事でもあったのか問うと「帰りに見せてあげるね」と、いつも通りへらりと笑った。
 遠くから豆腐屋のラッパの音が聴こえてくる、金属のボウルを持った主婦と通り過ぎる。
 あの頃、大した娯楽は無かった。それこそ空想で補う他無い。そんなクオリティの玩具しか無かった時代。中学生になった私達は、クラスが違っても家が近いので疎遠にならなかったのだ。
「見せてあげるって云うのは、見て欲しいって意味でしょ」
「そうなの、N子ちゃんなら、見せてもいいかなーって思って」
「橋の下………何、子猫でも居るワケ?」
「えへへ、もっと変わってるの」
 ざくざくと猫じゃらしの海を泳ぐ彼女は、小柄なせいでセーラーのプリーツスカートが腰まで汚れていた。それすら気にせず、一直線に進んだ先は……川を跨いだ橋の下だった。
「何これ」
「えへへーどお? びっくりしたでしょ」
 ぼうぼうと生えた草むらの中、私はてっきりダンボール箱の中に小動物でも居るのかと思っていた。
 確かにダンボール箱は有った、やや小さめの物が。だが、その中で蠢いていたのは動物なんかではなくて。ビチビチと、まるで陸地に上がった魚みたいな動きをしていた。
 金属の様にみえるけど、ぐねぐねと柔軟に動いている。チロチロと黒い触角が先端から伸びていて、お世辞にも気色が良いとは云えない。
「ねえ……これ何なの、K美」
「雑誌の交流コーナーに私が載せた件あったでしょ? あれに返事来たの」
「雑誌って、オカルトのあれ? アヤカシ……だっけ」
 先日見せて貰ったばかりだった、K美のハガキが掲載されたページを。確か……ケルトのまじないに関する事が書いてあった。誓約を決めて、それを護る代わりに力を得る事が出来る……とかそういった内容の。
「ゲッシュ……?」
「そう! N子ちゃん、憶えててくれたんだ」
「あんた『ゲッシュを持ちたい』とか何とか書いたんだっけ?」
「うん、イマイチやり方も分からなかったし、口頭で唱えるだけじゃ弱そうだから……詳しい人は教えて〜って、ハガキ出したの」
「で、この気色悪いのがどう関係あるのよ」
「今月号に返事が載ってて……『お近くの橋の下に、ゲッシュを置いておきました』って」
「この橋の下に? どうして相手にあんたの家の近所の橋が判るのよ」
「だってえ、ハガキに住所も書いたし」
 そうなのだ、あの頃の雑誌は匿名性が薄く、簡単に住所氏名を掲載していた。そもそも交流を持つには、その辺りを曝す必要があったのだ。
 K美の楽しそうな顔と裏腹に、私は何かモヤモヤしていた。
「で、コレがゲッシュなの?」
「うん、ゲッシュ様。さっそく私も誓いを立てたよ」
「どんなの」
「宿題ちゃんとやるから、テストで九十点以上は確実にとれますように〜って」
「何ソレ、んなのゲッシュ様に頼まなくたって……しっかり宿題やってりゃ確かに高得点取れるでしょうよ」
 呆れた誓いに、思わず笑ってしまった。K美らしいといえば、らしかった。夢を見るばかりで、欲は浅い子なのだ。
 再びダンボール箱を覗き込む、ゲッシュ様は先刻と比べて大人しくなっていた。
「なんだろ、N子ちゃんが来たら大人しいねゲッシュ様」
「あんた、これ此処に置いたままでいいの? 誰かに持って行かれない? 雑誌注意深く見てれば、把握出来ちゃうでしょ」
「ねえねえ一緒に運んでくれる? 暴れてる時に運ぼうとすると、すっごく重くて一人じゃムリだったの」
「本当? こんな小さいのに?」
 胸元を覆う程度の大きさの箱を、ひょいと持ち上げた。別に重くない……K美が甘えているだけなのかと最初思った。またこの子は……中学に進学してクラスが違ってしまって、きっと寂しいのだろう。と、せせら笑いながら彼女の部屋に向かった。
 扉を開けて貰い、K美の後に続く。姿見の横を通った瞬間、何か違和感を覚える。
「どうしたの、N子ちゃん」
「………ううん」
 ゲッシュ様を、そっとK美の机に降ろした。暴れて落ちたら面倒なので、箱ごと。
「ね、何を誓おうかなあ」
「何を、って……あんた……普通は願いがあってこその誓約でしょ?」
 だからゲッシュを望んだのではないのか? まあ……繰り返し思うのだが、実に彼女は無欲だった。
 しかし数日経過してから、じわじわと変化が見られ始めたのだ。
 彼女の成績がうなぎ上りに、上昇し始めた。彼女特有の「どうでも良いミス」が、明らかに減った。そして、少し視線を離したならいつの間にかこけて突っ伏している様な、あのおっちょこちょいが……身体能力までめざましく。
「随分調子好いね、あんた最近」
「うふっ、だって私にはゲッシュ様が居るんだもん」
 ゲッシュ様というのは、能力のみならず容姿まで輝かせるのだろうか。ゲッシュ様を得てからのK美は、同性の眼から見ても謎の輝きがあった。
「どんな誓いをしてるの」
「ゲッシュ様を棄てない事」
「はあ……それってゲッシュ様がそれを希望したの?」
「うん、そのかわり色々な所で力を与えてくれるの」
「あっは、何ソレ……体育の時間とかに、こう、ぐわーっって奥底からパワーでも出るの?」
「そうよ、いつも必ず……って程は一緒に居れないけど……ゲッシュ様の都合の良い時は、私を守護してくれているの」
 ゲッシュ様が望んだ? 一緒には居れない? まるで人間相手の話をしているかの様だった。
 夢見る乙女か、と笑った私。だって彼女はゲッシュ様の話をする度に、そんな眼をしてキラキラした笑顔を振りまいていたから。学校の帰路できゃっきゃと話す私達を見て、どうせ恋の話でもしているのだと思われただろう。
「ところであんた、ゲッシュ様と誓約交わすも何も、会話が出来てる訳?」
「出来てるの! だから今日はその理由を、N子ちゃんにも見せてあげようと思って」
「まーたあんた、見て欲しいだけでしょうそれ」
「いいからついて来てって! ビックリするんだから」
 はしゃぐK美の後に続いて、いつもの道を歩く。それにせよ、先日のゲッシュ様……というか、あの気色悪いムシみたいなモノを……目にしても運んでも特に動じなかった私だ。どの程度でビックリするのか自分でも疑問だったし、出来るものなら驚かせてみろ、と高を括っているフシも有った。
この数年で肝は据わっていた。カルトじみたガイア教徒の言動をずっと見てきたのだ、私はそれでも自我を保っている、それを挫く事なんかさせるものか、と……
 しかし、そんな自信を数分後には、見事に打ち砕かれたのだった。
「あっ、もう居る!」
「ちょっと? 行き過ぎてないあんた……ねえK美!」
 K美は自身の家に入ると思いきや、素通りをして曲がり角まで駆けて行く。仄暗い住宅街の影の中、チカチカと街灯が灯り始めた時間帯。
スポットライトにしてはやや弱い光源のふもと、彼女が誰かに話しかけていた。K美の背後から、その何者かを覗き込む……背の低い彼女越しに、それは容易かった。
「N子ちゃん、この人がゲッシュ様の正体!」
 ぽかん、とその視線の先を見つめる。その誰か、は人の形をしていた。じりじりと横から、後ろから、全方位から見ても……普通の人間。あまりに私が視線を刺すから気分を害したのか、その人間形態のゲッシュ様がチラリと私を睨んだ。
 黒髪、髪は短めの妙なクセっ毛、顔は……やや薄め? 少し目許が神経質なのが、瞬間的に受けた印象だった。
「ゲッシュ様? どう見たって人間だし……って云うか普通の人じゃない! K美、あんた騙されてるんじゃないの?変質者かもよこの人」
「……変質者」
 暗い色のモッズコートを着たゲッシュ様が、不服そうに呟いた。K美はすかさずフォローに入る。
「だってN子ちゃん、外で本当の姿を見せたら、皆驚いちゃうでしょ? 今は仮の姿って事よ」
「はあ、何、変身でもしちゃう訳?」
「人気の無い場所なら大丈夫だよねゲッシュ様? ねえねえ橋の下に行こう! N子ちゃんに見せてあげようよお!」
 ぞろぞろと、三人で雁首揃えて向かったのは、あのムシみたいなゲッシュ様を拾った橋の下だった。
 道中でK美がした説明を、整理して脳内で反芻する。あのムシみたいなゲッシュ様は通信機みたいな役割で、今追従してくる変質者がゲッシュ様本体で、ゲッシュを誓った主がK美……
 もうややこしくて、ゲッシュが個体名称なのか、まじないの名称なのか……ハッキリして欲しい様な気もしたが、私には関係無いからどうでもいい事なのか。
「ちっちゃいゲッシュ様にゲッシュを誓うでしょ? そうすると、ヒトの形のゲッシュ様が私の傍に居てくれるの」
「それで、願った通りに力をくれる……と?」
 橋の下は真っ暗、猫でも無い私達は視界も不良だし、眼も光らない。でも、人型ゲッシュ様は違った。K美が強請るとその眼を見開いて、コートの袖から出る指先まで、光が奔った。
いつしかK美と行った縁日で売っていた、蛍光リングを思い出す。暗闇で光るアレは、子供心に火を点けた。
「……本当に……人間じゃなかったんだ」
「ホラ云ったでしょN子ちゃん、ゲッシュ様は凄い力を持ってるの、魔法使い……ううん、私の王子様なの!」
 王子様……その現実離れした姿と呼称に、ようやく私の心は落ち着きを取り戻した。
 K美が一般男性を連れているとしたら、その方が驚愕だったのだ。非人間を連れている方が安堵感すら有った。
「ムシ程じゃないけど、やっぱ気色悪いじゃん」
 ゲッシュ王子が睨んできたけど、そこまで凶悪でも無かった。自覚をしている眼で、其処にどこか人間らしさも感じた。
 いつも通りの夕暮れ、橋の下、遠くからの豆腐屋の笛。暗闇の中、そのゲッシュ王子の光だけが、ただただ異質だった。



 それからというもの、私も幾度かゲッシュ王子の魔法を見る事になる。いや、本当はこっそりと済ませるつもりなのだろうが、K美が私に見せたがって仕方なく、という風だった。
 《タルカジャ》《スクカジャ》が身体機能の向上で。《マカカジャ》が頭の回転を良くしていた。
 今でも呪文を覚えていた自分に正直驚いたが、当時は本当に魅力的に感じたという事だろう。兎に角、そんな風に何処の国の言葉か分からない呪文でK美をサポートするゲッシュ王子。
 王子と云う程には華やかでは無いし、寧ろ身体を巡る光った紋様は寒気がしたくらいだ。
 それでもK美にとっては、最早無くてはならない存在になっていたし……天のイタズラか、彼女はロマンチストだった。
 抱えて跳んでと強請っては、溜息のゲッシュ王子が屈んで背を向ける。
「嫌っ、お姫様抱っこにして」
 可愛らしい我儘だったが、ゲッシュ王子はそういう類の我儘に眉をいつも顰めていた。
 身体的な接触が駄目な様子で、私が横から見ていても判る……王子もウブだったという事だ。
「人間を取って食いそうな姿の割に、そういうの駄目なんだー王子様はぁ?」
 馬鹿にしてやれば、ジロリと睨み返してくる。挑発には乗り易いタイプで、私もそれを最近は楽しんでいた。
 K美も私も、兄というものが居なかった所為か、それに近い感覚をゲッシュ王子に抱いていたのだ。
「……誓約だから、です」
 ぼそりと、またもや不服そうに呟いたゲッシュ王子が、K美を渋々横抱きにする。周囲を横目に確認して、その眼を続いて光らせた。その眼が光る時はいつも金色で、猫の様に俊敏になる。




 私の家の屋根を踏み台にして、一気に跳躍する影。冬の近い夕暮れは、その程度の影なら隠すくらいに暗かった。屋根から屋根へと、本当に人間じゃないんだなあ、と……去りゆく彼等を眺めていた。
 傍から見た私は、一番星でも捜す人間に見えたろうか。
「誓約……ね」
 吐露してしまえば、K美が羨ましかった。だって、あの頃の私には、力が必要だった。あのゲッシュ様が手に入れば……同じ恩恵が受けれるのかと、脳内をぐるぐると淀んだ水が流れる。
 しかしそれは浄化される事も無く、肌に薄ら脂汗を滲ませる。地獄の門を潜る心地で、自宅の扉を開けていた、いつも通り。



 口数の少ないゲッシュ王子は、K美の奴隷に近かった。奴隷と云っても、それこそ可愛いものだけど。
 一方のK美は、私への甘えを最近は王子に流し込み、更に我儘を悪化させた様な状態だ。ゲッシュという誓いさえ護れば好き放題なら、確かに安い。
「ゲッシュ様はぁ、どうして私にゲッシュを与えてくれたんですかぁ?」
 十円玉硬貨の上、置かれた指はK美と私とゲッシュ王子で。まさか非人間のゲッシュ王子を入れてのこっくりさんだとか、笑いを堪えるのに必死で、置いた指がプルプルと震えた。
「そんなのゲッシュ王子に直接訊けばいいじゃん」
「だって恥ずかしがり屋で、濁すんだもの」
「あははっ、本人の目の前で、んなアホな」
 やがて三者共押し黙り、硬貨の示す答えを全員の視線が追う。
 興味深くて、私は一瞬だけ王子の眼を見た。橋の下で油断しているのだろうか、薄ら眼が光っている。本当の姿を曝すのが、私達の前では苦痛では無くなっていたらしい。
 草むらの上、敷いたビニールシートがピクニックみたい。その上でのこっくりさんは珍妙だった。
「あっ」
 K美が小さく声を上げる、硬貨が字を辿り始めたからだ。
 私だって結果に興味が無い訳では無かった、何故K美がゲッシュを与えられたのか……理由が知りたかった。
 するすると動く十円玉は、一文字一文字ゆっくり繋いでいく。

  と も だ ち

 そしてこっくりさんはお帰りになった。
 この四文字の結果に、K美ははしゃいでゲッシュ王子の腕にすりすりと抱き着き、喜んでいた。
「なんだあ、ゲッシュ様はお友達が欲しかったのね? いいのよいいのよ私がなってあげるからねえ」
 そんな仕草で甘える彼女は確かに可愛かった……女嫌いでもなければ、軽く頭を撫でてやるであろうオーラが漂っていた。
 今思えば、あれは魔法の効力では無い。単なる女性ホルモンの分泌だ。
「ふーん……王子って“K美だから”って理由で誓約したんじゃないんだ」
「……現在はK美さんからゲッシュを立てられている、だから力を与えています」
 《一足す一は二》レベルの返答で、王子の言葉は無意味だった。その時、いつも以上に彼は唇を引き結んで、無言で抱擁を受けていた。
 私の追及に、静かに光る眼。本当は違う言葉を返したがっているのだと判断した、勝手に。
 ……今更、その光景が脳裏に強く甦ってきたのだ。


◇◇◇


(私……どうして忘れていた?)
 あれから十五年は経過している、記憶が薄らぐのは当然……とは思う。だが、あまりにも異常に、ぽっかりと抜け落ちていて。
 じくじくと、頭痛がする。思い出そうとすれば、引き出しが軋んで悲鳴を上げている様な感じ。
 そう……そうだ、K美はあれからゲッシュ様をどうしたのだろう? まだ部屋に保管しているのだろうか?
 少女の部屋に神棚なんて物は無かったので、ベッド下のスペースにダンボール箱ごと収納していた。確か、枕の真下の位置だった筈。
 ベッドから腰を上げ、すぐ傍に蹲ると、狭い暗がりに腕を突っ込んだ。
(まだ在った)
 直感で、あのムシのゲッシュ様の家と判断し、ずるずるとフローリングに滑らせる。
 が、あまりに軽くて予感はしていたが……
(……か、空っぽ)
 何も入っていなかった。中学時代に見た時よりも、更に小さく見えるその箱。一体ゲッシュ様は……ゲッシュ王子は何処に消えたのだろうか。
 記憶を辿る……そう、途中で私が転校したのだ、親戚の家に預けられて……だからK美達のその後を知らずに今日を迎えた。
 家庭の事情だった。母の再婚相手が、事件に巻き込まれて惨殺されたから。
 ガイア教徒の男だった。私の母と、家を洗脳しようとしていて……思い出すだけで寒気がする。当時の私は、その男が死んで正直ホッとしていた。母が精神的に不安定になってしまったのは悲しかったが、年月も経った今はだいぶ落ち着いている。
 洗脳は解けるものだから、と……私はいつかの幸せを夢見て、大人しく親戚の家に預けられたのだ。
(あの時のショックが大き過ぎて、直前の記憶が薄らいでたんだ)
 自己完結に近いが、忘却していた記憶を開けたのでひとまず部屋を出た。
 もしかしたら、ゲッシュ様なんて……本当は居なかったのかもしれない。当時、ガイア信者に洗脳されていなかったとはいえ、私の精神状態も不安定だった事は否めない。
 私に甘えてくれるK美に癒され、一緒に空想や幻想世界に逃げ込んでいた。ロマンチストで空想癖のあるK美の所為にして……寧ろ甘えていたのは私だった。
 彼女の記憶は中学時代の、まだ幼い顔立ちでしか記憶に無い。遺影の顔も大差無いと云えば無かったが、それでも見慣れない程度には老けていた。
 そう、あの季節はもう《過去》なのだ。
「あら、もう帰るのN子ちゃん」
 階段を下りると、テーブルの定位置にK美の母親が居て、帰る私に声を掛けた。これも当時と全く同じで、思わずくすりと笑みが零れる。同時に涙が零れそうになって、急いでまばたきをした。
「はい、有難うございました……色々思い出せて、部屋を見せて頂けて良かった」
「そう、そう……こっちこそありがとうねえ、K美も喜ぶわ」
 椅子から立ち上がろうとするK美の母親を制し、会釈して玄関に向かう。
「あっ、N子ちゃん」
「はい?」
「帰り道、気を付けてね」
 これもいつも云われていた、玄関から当時と同じ様に「はーい」と、返答する。
 だが、続きがあった。
「近くの橋……変質者居るかもしれないから、迂回した方が良いかもしれないわ」
「……変質者?」
「……実は……K美、あそこの橋の下で見つかったの」



 聞いた瞬間、駆け出していた、あの思い出の橋に。
 ゲッシュ様を拾って、ゲッシュ王子と遊んだり、魔法を唱えさせたり……こっくりさんをした、あの場所だ。
「はあっ……はぁっ」
 もう走りが楽な年齢では無いのに、途中でへこたれる事も無く一直線に来れた。
 夕暮れで燃えるような色の空だった、浮かび上がる家屋の影は昔と違って歪だ。この光景は昔と違う、それでも私の心は当時に帰ろうとしていた。
 猫じゃらしの海を掻き分ける、薄暗い色のパンストが伝線を続ける、気にせず突き進んで橋の下の暗闇へ。
 眼を凝らす、何かが光っている。見覚えの有る金色二つ、猫の眼の高さでは無い。
「ゲッシュ王子」
 呼んでみると、私を見据えた。肯定しているのだと解釈して、更に歩み寄る。脚が震えてしょうがないのに、どうしてか近付きたくなる。
 視界が闇に慣れてきて、私は王子の天辺から爪先までを見下ろす。昔と変わらないシルエット、加齢の様子も見られない、やはり人間ではなかった。
 そして、実在したのだ。嬉しい様な、嬉しくない様な、胸がざわつく。
「お久しぶりです」
「K美、死んだわよ」
「はい」
「知ってるの? っていうかあんた護ってくれなかったの?」
「……最近、付き合いが希薄だったので。申し訳ないです」
「何ソレ……」
 希薄って、誓約はどうなっていたの。立ち竦む私に、ゲッシュ王子はらしくも無く続けた。
「あれからK美さんは魔法が必要無い程度に成長しました、そこで俺の出番は消える。すると新たにゲッシュを以て、俺と繋がりたがる……やがて矛先が外では無く……俺に向かう様になった」
 嫌な予感は、的中する為に有るのだろうか。淡々と述べる王子に、私は怒鳴る様に問い質す。
「ゲッシュを利用してハッピーエンド目指せば良いのに、ゲッシュの王子様に惚れちゃった訳?」
 はい、なんて答えられないのだろう。相変わらずウブなら、きっとそうだ。
「ねえ!」
「……俺は呑める誓約なら受け入れてきました。それでも、彼女が俺を好きにするという事だけは、認められません」
「どうして、あんた人間じゃないなら彼氏のフリくらいしてあげなさいよ、それとも同族の彼女でも居る訳?」
「俺には……既に契約者が居るので」
 契約者と聞いて、何故か私の頬が熱くなった。
「……じゃあ質問変える。K美が死んだの、なんで」
「あまりに無茶なゲッシュばかり唱える様になったので、俺は拒絶を続けました。それは……彼女の為でした、嘘は無い」
「そうね、ハイリターンならハイリスクでしょうから」
「あの日……K美さんはいつもの様に此処に俺を呼び出して……俺にいつもの姿を見せて、と強請りました」
 そう、彼女は王子の黒い紋様がお気に入りだった。趣味が悪いのは知っていたけど……私も段々、その悪趣味が感染したのだろうか。
 今、眼の前にしても嫌悪感は無かった。
「今日も通らない我儘の堂々巡りかと思い、黙って構えていると……珍しくゲッシュを持ち出していた」
「ゲッシュ……あの、ムシの?」
「はい、正式にはマガタマと云います」
「勾玉……あれが?」
「K美さんは、俺がもう離れられない様に、と……ゲッシュのマガタマを飲みました」
 飲んだ? あのムシを? 喉に突っ掛かるであろう大きさの物をK美が飲む光景が、既に異様だ。
「マガタマは、適応しない人間が飲むと酷く暴れます」
「……暴れるって……中、で……?」
 吐き気が込み上がってきた。K美の死体がどの様な状態だったかは、ニュースの記事と葬儀の場で見聞きしていた。
 云われてみれば、この橋の下だけ草が刈り取られた形跡が有った。弾け散ったK美の、艶やかな黒髪や、きめ細かい白肌の肉片が……見ても無いのにフラッシュバックする。
 無かった事にされる為に、きっと刈り取られた後なのだ。
「……ふ、あは……《ともだち》なんて、よく云えたものだねあんた」
「よく憶えてますね、確かこっくりさんでしたね」
「そうよ、あんたは王子様じゃない、悪魔だ」
「そうですね、そう思って頂いて結構です」
「じゃなかったら、最初からゲッシュなんて与えない! 不幸の種蒔いて、それが育って自滅するのを眺めて愉しんでたんでしょ!?」
「俺はゲッシュの声のままに……腹立たしいけど動いているだけです。俺はK美さんではなく、ゲッシュの奴隷だったんですよ、N子さん」
 嘲笑の風は無かった。私も罵ってはみたものの、彼から悪意を実のところ感じた事が無かった。
 結局ゲッシュ王子はゲッシュの精霊でも何でもなくて、ゲッシュの下僕だったらしい事は判明したが……ひとつ疑問が残る。
「どうして此処に今、来てたの」
「K美さんの葬儀が、この年のこの日と知って」
「参列でもしたかった?」
「……遠巻きに彼女の遺影は眺めました。でもN子さん、俺の目的は違います」
 金色の眼が、私の乱れたまとめ髪から、ズタボロのパンストまでをするりと流して見つめてくる。
「貴女のゲッシュが破られたので、その命を貰い受けに来ました」
 云っている意味が解らなかった、私のゲッシュ? まだ忘れている記憶があるのだろうか。
「待ちなさい、私が何を誓ったっていうのよ」
「俺が貴女ともゲッシュを結んだのを、忘れているんですか」
「私はあんたに頼み事した憶えなんか……」
「ガイア教徒を一人、殺して欲しいと頼まれた」
 何かが砕け散る音がする、海馬から逆流する感覚だ。
 あの頃、K美が席を外した僅かな時間に、ゲッシュ王子と交わした会話が甦ってきた。


◇◇◇


「夢ばっかり見て、全然現実味も無いK美。私の立場を一度味わってみたらどう、って意地悪をたまに考えちゃう」
「そんなに……現状が不満なんですか」
「不満? まあそうね、ムカツクわ。家には居たくない、悪魔の崇拝者が私の家を乗っ取っていて、もうここ数年はドロ沼」
「悪魔崇拝……ガイア教徒?」
「流石王子、ソッチには詳しいのね……とにもかくにも! 本当に、あの男が死ぬ程嫌い。新しい父親だなんて、反吐が出るわ」
「死ぬ程ですか」
「そうよ、あんた人間じゃないから云っちゃうけど、事故に見せかけて殺そうと何度も思ったわ。あいつ等のよく云う悪魔に殺されたって、説明つくでしょ?あはっ」
「……そんなに本気なら、ひとつ俺と組みませんか」


◇◇◇


 ああ、云った、結んだ。
 私はあの時、ガイア信者の義父に確かな殺意を抱いていた。そして、確実に殺せる非人間のゲッシュ王子に頼んだのだ。
 引き換えに誓ったのは……
「嫌……来ないでっ!」
 私とは、ずっと縁も無いであろうと思っていた事柄。自分しか信用出来ず、義父を見て男に絶望していた私の、永遠に棄てるつもりだった行為。
 情けない脚に必死に鞭打って、草の斜面を駆け上がった。
 ゲッシュ王子は追って来なかった。振り返る事すら恐ろしくて、実家までの道をすれ違う通行人に二度見されつつ、泣きながら走った。


-----------◇-----------


 秋も終わりに近い空。透き通った青は、春や夏とも違う透明感。吹き抜ける風が冷たい、人間達が鮮やかな礼服やドレスに身を包んでいる。
 先日眼にした真っ黒な集団とは違い、幸福という希望に空気がまろんでいた。
「失礼します」
 身内と云えばあっさり通れるこの管理体制に、失笑しつつ扉を開けた。
 ブライズルーム、所謂花嫁の控室。此方を鏡越しに見つめてくるのは、純白のドレスのN子。
「……随分と、大人しいですね」
 背後に立つ。花嫁のドレスに隠れているが、ヒールは結構高いのだろう。此方の身長と大差無かった。
「もう暴れたって……逃げたって……無駄でしょ」
「しっかり思い出せましたか?」
「思い出した。だから殺しに来るなら、きっと今日だろうと思って」
「未練は?」
「……どうだろ、分からない。でもこの数日で結論は出た。あの時、あんたにあの男を殺して貰わなかったら……私も犯罪者か、はたまたガイアの信者か……だから、結局ゲッシュをあんたと結ばなかったら、私は私として生きられてなかったかもね」
「そう云って頂けると、俺も救われます」
「あはっ! あの頃も思ってたけど、あんたって本当に慇懃無礼だよね」
 今度は鏡越しではなく、その眼でしっかり見つめてきた。怯えが無いと云えば嘘なのだろう、白いシルクの手袋が、小刻みに震えていた。
 ハーフアップスタイルにした髪に、白い花冠。これが最近の流行なのだろうか。やや幼く、メルヘンな絵本の挿絵に出てきそうだ。
「花婿が来る前に、済ませましょう」
「……そうだね、眼の前で死んだらPTSD植えつけそうだし、それは可哀想だから」
 少し背伸びする花嫁、姿勢の所為か恐怖の所為か、両方なのか。唇まで震えている。
「王子様のキスで殺してくれるんでしょ?」
「俺の事、嫌悪してたのでは?」
「うーん……K美の悪趣味が明らかに感染してたかもね」
「それは残念でしたね、俺は悪魔ですから。人間の女性と結ばれる事は永遠にありません」
「知ってるって。私も最近までこんな気持ち忘れてた……ホラ、早くしてよ」
 震える花嫁の腰に軽く腕を回して、コートのポケットから引っ張り出したソレを噛む。
「あの頃、K美が羨ましかった。人間の男なんか信用出来なかった。誓約で縛れるから、ゲッシュ様も、力も欲しくて……」
 化粧の施された、艶めいた瞼が落ちる。
「私の王子様なら良かったのに」
 唇を啄んで、こじ開けた其処から放した。
 いつまでも抱いている訳にもいかないので、傍のアンティークな椅子に、くったりとした花嫁を凭れ掛けさせた。
 扉に向かう途中、後ろから小さい呻きが聴こえてくる。重なって、鏡を引っ掻く音が不協和音の様に。
「女性なら《結婚しない》なんてゲッシュ、結ぶべきでは無いですよ」
 飲ませたゲッシュが狂わせ始めた花嫁に向かって、言葉だけ吐き付けて部屋を後にした。
 数人とすれ違う。N子の親族かもしれない、父親らしき人物が見当たらなかった。
 チャペルの周辺は、フラワーシャワーの籠を持った人混み。その隙間を掻い潜って、式場の敷地を抜ける。



「ライドウッ!」
 街路樹の影から、此方に掛けられる声。その人物と並んで歩けば、きっと一卵性の双子と思われる事だろう。片方が黒いコートに身を包んでいる、という違いだけで。
「あんた、俺の姿で殺したのか」
「その方が彼女も覚悟が出来ると思ってね。しかし肝心の君に、ゲッシュを飲ませる覚悟が無いときた」
「……どんな方法で飲ませたんだ」
「機密事項さ、君にはまだ早いよ」
「……チッ」
「そもそも、君は人間相手だと流されっ放しで困るね。K美は勝手に飲んだが……そもそもゲッシュが望んだ人間ではなかった、此処で一人無駄死にさ」
「俺の所為かよ」
「優柔不断な君の責任さ、王子様」
 丁度良いタイミングで橋に差し掛かる。少しばかりその暗がりを間借りしようと、斜面を駆け下りた。
「あのガイア教徒に対しても、人間だからとトドメが出来ていなかったね。結局僕の仲魔が始末したろう? 他の魔法だって、君が中継するだけで、唱えていたのは僕の仲魔」
「煩いな……俺は補助が使えないんだから、あんたがそもそも提案したんじゃないか。あの子の部屋に入るのを許さないなら、そりゃあんたの仲魔に偵察に行かせる他無いだろ?」
 日中なのに、橋の下は其処だけぽっかりと夜の様だった。その中で、仲魔に掛けさせた擬態をするすると解除して、僕は人修羅からライドウの姿に戻る。
「アカラナ回廊を使っているから、君にとっては僅かな期間だが……向こうにとっては長い付き合いだったろうねえ」
「もうこんな遠回しな方法、嫌だ」
「ゲッシュを望んだ人間に、ゲッシュが呼応したのだろう? ならば君は従う他無い。そして考える頭が無いならば、主人である僕の云う事を黙って聞き給え」
 拾われた際に、ゲッシュが選んでいたのは、K美の隣に居たともだちのN子だった。
 強い望み……力への欲求が感じられたのだろう。ゲッシュにとって、それは美味だ。ゲッシュは誓いが破られる瞬間、一番失望し、同時に快楽を得ている。
 勿論、これは僕の勝手な推察だ。
「君もこれで、ゲッシュとお別れ。さあ、王子からさっさと人修羅に戻るがいいよ」
「……人修羅? あんたの奴隷だろ」
「フフ、契約関係と云い給えよ、人聞きの悪い」
 隣で、拗ねた様な表情の人修羅が草地を見下ろしつつ呟いた。確かこの位置は、マガタマを飲んだK美が憤死した場所だ。
「フェアリーサークルみたいだな」
 ゲッシュ王子としての日々も、僕が彼に擬態してこなすべきだったかな、と、ふと思った。
 あの短期間でも、同じ人間と関わり続けた事は人修羅にとって大きかったらしい。王子とまではいかずとも、兄のつもりだったのだろうか。
「血腥い踊りだね」
 その牙が退化する前に、研磨し続ける義務が僕にはある。マガタマを棄て続ける人修羅を助けてやろうが、彼が僕を信用しきっている筈も無い。当然だ、互いに目的があってこそのサマナーと悪魔なのだから。
 僕ならば、ゲッシュを飲まずとも、人修羅を掌握する事が出来る。彼女達とは違う。
「夢見がちな方が、まだ可愛い」
「拒絶したくせに、よく云うものだねえ」
「するしか無いだろ……っ……俺はまだ……あんたの悪魔なんだから」
 遠くからのチャペルの鐘の音は、いつまで経っても聴こえない。
 フェアリーサークルには、ピクシーの一人も踊って居ない。
 草むらには、ゲッシュの入った箱も無い。

 結ばれるものは、何も無い。


 -了-