透き通った森の冷たい空気が
真紅の薔薇をより瑞々しく
其れを手折れば現るる妖精騎士


薔薇を手折りて




「ねえちょっとお!どぉーして置いて無いのよ」
『ココは八百屋じゃないんだよぉ、このメスガキ』
バチリバチリと、視線が火花でも散らしそうな勢いだ。
アリスは低いその目線で、ナルキッソスをアッパーしている。
「カービングして庭先に飾るでしょ?ガーデニングに使うんだから花屋に有るハズじゃない」
『花と団子を一緒にしてるじゃん、あーやだやだこれだから色気の無いおチビさんは』
「品揃え悪いわねえ、こんなんじゃピクシーも寄り付かないわよ」
『お生憎ぅ、しっかり居るから常連は』
金の毛先を指先にくるくるとして、相変わらず肌蹴た着流し姿のナルシスト。
ほら、と顎で示す先に、フェアリーサークルの様に咲き乱れる桃色の薔薇。
種類も豊かに、淡い色調で整えられている。
『アリスちゃん、落ち着いてヨ』
『そうよ、この国ではなかなか手に入らないと思うよ、とりあえず築土町では見なかったわね〜』
艶やかな原色のレオタードに身を包むピクシー達が、俺達を見てカラカラと笑った。
淡い花の絨毯に腰掛けて、まるで絵本の挿絵の様だ。
「…だってアリス、もう諦めて帰るぞ」
「ヤ!」
「無い物はどうしようも無いだろ…お菓子だったら、普通の南瓜で出来るんだし…」
「お化けカボチャをランタンにして窓辺に置いてロマンティックなハロウィンを過ごすっていう乙女の夢は普通のカボチャじゃ遂行出来ない訳よ、解る?」
「解らない。ほら、さっさと行くぞ」
俺はこの花屋は苦手なんだ、悪魔ってだけでも嫌なのに、此処の店主が更にムカつく。早く帰りたい。
「カボチャは〜!?」
「だから無理だって」
「用意出来ないんだったら、ジャックランタンの死体、大量に窓辺に吊るすわよ」
「…はぁ…勘弁してくれ」
ブラブラと夜風にそよぐランタンの死体なんて…それもアリスの事だから、きっと処理が甘い。
臓物の様に溢れたMAGと胴の僅かな実が、あの眼や口の洞からダラダラと滴って…
「うぐ…」
「もー矢代お兄ちゃんだって毎日まな板の上で死体捌いてるじゃないのよ!」
「食品は別物だ…っ」
蒼いワンピースを揺らし憤り立つアリスを無視して、俺は草木の伝う家屋から視線を逸らした。
帰る意思を見せ付けて、さっさと切り上げようとすれば…
『まぁ…用意出来ないってコトも無いかな』
頭に花の咲いた悪魔が、ニヤニヤ笑って余計な一言。





「きゃ〜ん、かっわいい〜!」
「何も可愛くない」
ぴしゃりと跳ね返されちゃった。でもでも似合ってるのよコレが。
「あのナルシスト野郎…俺に絶対恨みでも有るだろ」
「あっ!お客様よ矢代お兄ちゃん!」
項垂れるお兄ちゃんに横からけしかけると、はっとして振り返ってる。
「いらっしゃいませ」
だからといって笑顔でも無いし…でも格好だけはノリノリだから、お客の悪魔もどこかポカンとしてる。
『………あっ、いつものお願いね』
「いつもの…?」
『ほらあそこの薬箪笥の上から三番目の一番右だよ、中にかぎたばこの葉が入ってるから』
赤い帽子の小さな悪魔、靴は片方、職人っぽい革のエプロン。
「ふーん、レプラホーンね、この町に居たんだあ」
『そうさお嬢さん、ところでそのお靴、良いモン履いてるじゃあないよ』
「でしょ?兄様に買って貰ったの、イタリー革使ってて、底はコルクで、鋲は真鍮よ」
『はは、贅沢だねえ………ところで此処の旦那は?』
「んーと、カボチャ探しに行ったわ」
赤いとんがり帽子の下から、ちょっと怪訝な眼で見つめてくるレプラホーン。
そりゃそうよね、いつものひょろいお花畑男じゃなくて、居るのがケット・シーなんだから。
「あの…これですか」
云われるがままに薬箪笥で、ごそごそ探ってきた矢代お兄ちゃん。
薬包紙に包んであって、すぐに渡せるようには準備されてたみたい。
『ああ、そそこれこれ…はい御代ね』
「あ、はい……どうも有難う御座いました」
客商売の経験が有ると思えない仏頂面で、軽く頭を下げてる。
その拍子に、お尻の黒い尻尾が揺れて、花びらに腰掛けるピクシー達がくすくす笑った。
『ナルもイジワルよねえ』
『あのスーツ、仮装用っていうより…』
『本来ネコマタの着替えらしいヨ?ほらぁ、結構お洒落で着替え複数持ってる子、居るじゃないのヨ』
『着て悦りたかったけど、自分じゃ虚弱過ぎて着ても栄えないから放置してあったんじゃない?』
『やっだぁ』
『クスクス…ほらぁ、人修羅って、ナルよりはまぁまぁ肉付いてるしぃ…その、ね』
『きゅっと締まったお尻よねぇ』
その会話が聴こえていたのかしら、斑紋に紛れさせた真っ赤な頬で、ピクシー達を睨むお兄ちゃん。
レプラホーンもそそくさと退散して、結局矢代お兄ちゃんをまじまじと見てなかった。
「うーん、ケット・シーにしては愛想悪いわねえ」
「煩いな…そもそもどうして俺がこんな格好しなきゃいけないのか分かってんのか」
「勿論分かってまぁ〜す」
縁側に正座のまま、はぁ…と項垂れる矢代お兄ちゃん。
黒いツヤツヤのキャットスーツで、よっぽど恥ずかしいのか擬態も解いて悪魔の姿で紛らわしてる。無駄だけど。
“用意してあげるから、今晩いっぱい店番してよ”
ナルキッソスの取り出してきた黒いソレ。
広げた際、猫耳と尻尾が弾んで、矢代お兄ちゃんが困惑の顔。
“この格好でね!人修羅!”
ナルキッソスの満面の笑みと逆に、一瞬で悪魔の形相になった矢代お兄ちゃんを思い出したら、今でも笑えてきちゃった。
「何笑ってんだよ…」
「さっき来たバンシーなんて絶叫しっ放しだったじゃない」
「だって、そういう悪魔だろ」
「家人死んだ時に『きゃあ〜きゃあ〜かわいい〜!!』とかって泣きわめく?」
「……仮装ならアリスがすれば良かったじゃないか」
「そんなの決まってるじゃない、ナル男の嫌がらせよ」
けたけた笑って隣を見れば、拗ねた顔した黒猫さん。
このままいじめ過ぎたら、猫の国に攫われちゃうかなあ?
「ねえ矢代にゃん、カボチャのお菓子以外にも、ハロウィンのお菓子作って頂戴ね」
「だ、誰が矢代にゃんだ…おいアリス、本当に例のカボチャ貰ったら、さっさと帰るからな」
「そーだなあ、バーンブラックが食べたいなあ、綺麗な指輪入れておいてね?マガタマ入れたら怒っちゃうわよ?」
「んなモン入れない」
バーンブラックは焼き菓子。切り分けて、自分の分に入ってる物で占うハロウィンのお菓子。
指輪だったら“結婚が近いでしょう”とかそんなの。
「やっぱりハロウィンだけあって、お客さんもケルトめいてるのねえ。こういう日って異界と人間界が近いんでしょ?」
もう月も上に輝いて、すっかり暗くなってきた。
ああもう、早く持ってきてよナルキッソス、このままじゃ太陽出てきちゃうわよ。
「もう、お客さん来ないでしょ、あふ……なんだか眠くなってきちゃったわ」
「…人の気も知らないで」
「悪魔でしょ」
「まだ半分だ!」
ぶらぶらさせてた脚をピタっと止めて、縁側から飛び降りる私。
月光の差し込む暗がりに、ふっと眼を惹かれて。
飽きもせずにサークルダンスしてる妖精達をちらっと見て、頭の中に唄が流れ出す。
「ねえ、矢代お兄ちゃん、ちょっとお散歩しましょ!」
「この格好で歩き回りたくない」
ふい、と背ける項から、伸びた角が影を落としてる。
黒猫のスーツに似合ってる、まるでスーツの一部みたい。
「ふふ、そのままスーツごと脱げたらイイのにね、その模様」
笑って駆ければ、苛々しながら追って来る矢代お兄ちゃん。
たん、とひとつ跳ねれば、花壇を越えて。
もひとつ跳ねれば、妖精達の宴を超えて。
「アリス、遠くに行くな」
面倒そうな声で、それでも同じ速さで追って来る。俊敏な猫みたい。
人間には無理な距離を、一気に跳躍する。薄く花びらが舞って軌道を残す。
「うふっ、ハロウィンの夜は特別なの!」
荊と蔦の絡まりあった森への門を潜る。
ひっそり薄霧に濡れる、彩度の低い翠。
月の光が霧を照らして、ぼんやりと辺りを発光させてる。立ち止まるアリスに気付いて、追っての猫が着地する。
「……確かに、近い…」
「ナルキッソスのお店自体、フツーの人間には見えない様にしてあるんだから、異界に近いに決まってるじゃない」
警戒してる矢代お兄ちゃん、斑紋がとくとくと、伝う夜露みたく頬を流れてる。
その横顔…金色の眼を見て、ルイ君のしてた指輪を思い出した。
ルイ君のお城の庭園も、夜兄様の世話してる庭も仲魔も、此処も…そういえば全部薔薇ね。
「皆、薔薇が好きね、アリスも大好き」
森の中にもちらほらと零れ咲いている、赤い薔薇。
ちょうど眼の前のそれを、ぷつりと一本摘んでみたわ。
すると案の定、矢代お兄ちゃんが眉を顰める。
「好きなら安易に摘むな」
「あら、知らないの矢代お兄ちゃんは」
「何が」
「ハロウィンの夜にはね、妖精達の騎馬行進が行われるの」
「何の話だよ、アリスといいライドウといい、いっつも唐突に」
「どんな姿に、どんな形に成っても、放さないで信じてあげるのよ、それが人間に戻す方法なの」
「…人間に…戻す…」
摘み取った薔薇の甘い香りが、茎の断面から薫ってくる。
断面から薫るのは、血もMAGも花のコレも同じね。
「アリスちゃんのお気に入りの御伽噺、してあげる!」

 

 
あれはカーターホフの森でしたっけねえ。
いや、確かそんな名前だった様な…と、その程度の記憶ですよ。
記憶と云っても、これは私を形作る素体の記憶でしょうけどね。
今ならアバディーン州辺りで、この唄は聞けるのではないかと。
スコットランドのロクスバラ…
私は其処の領主の孫で御座いましてねえ…これでも伯爵の子だったのですよ?
領地の森の翠が好きでしてね、露に濡れた茂みを駆けると、甘い香りがふわりと漂うのです。
それは森に咲く野薔薇。それはそれは狩りの際に、傷付けぬ様気をつけたものです…

まぁ、ある日しくじって落馬しましてね…それからはトントン拍子です。
動けぬままに、時間が過ぎ…夜の森に取り残された人間の私は
通りすがった妖精女王のお気に入りに成ってしまいましてね。
攫われるかの様にして、妖精と相成った訳で御座います。
いやぁ、しかしそうしておきながら、七年後には生贄としての運命を授けられたこの身…
妖精も意地が悪いですよねえ、攫ってペットにして『七年後には殺す〜』とか云うんですよ?
ですから私も好きにしてましたよ。騎士として仕える一方、かなり遊びましたねえ…
それはもう、森に入り来る乙女を片っ端から食べまして。
お陰で数年足らずにして、若き乙女の寄り付かぬ魔の森と化しましたねあはは。
カーターホフの森に入る所を見られた乙女は、処女を散らしたも同然の扱い、という程に。
ん?ええ、まあ私の所為ですよ実際。いえいえ哂うところですか?

手折られた薔薇の甘き香りがすれば、森に何者かが訪れた証…
私を召喚する薔薇の悲鳴。千切られた茎より匂う青い液。
私に姦される乙女の悲鳴。契られて甘くまぐわう白い蜜。

それでも再び、薔薇を手折る娘が現れましてね…高貴な身分の娘でした。
これがまた気性の激しい焔の様な娘で、再びまみえたのは“私の子を身篭った”からという理由で。
胎の子の父が妖精なのは赦せぬのでしょうか…私を人間に戻すつもりで、今度は来たのです。
私を人間に戻す方法というのはですね…





「ミス・アリス、何をお喋りしているのだい?僕にも聴かせておくれ」
はっ、と振り返ると、月光が避けて差し込むかの様な暗色の人影。
「夜兄様!」
アリスが駆け寄れば、軽く屈んで迎え入れるライドウ。
そんなはしゃぐアリスに、尾をビビッと立たせて警戒してるゴウト。よく尻尾を掴まれているトラウマだろう。
「夜兄様にね、よく寝物語に聴かせてもらうお話よ」
「へえ、しかし功刀君、その艶やかな猫耳でしっかり聴こえていたのかい?」
わざわざ指摘してくる辺り、本当に意地が悪い。
「あんたの嫌味はしっかり聞こえてるな、とりあえず」
「銀楼閣と思えば、此処で何、仮装パーティかい?フフ、随分と凝ってるねえ、そのスーツ」
哂ってぐい、と猫耳を抓られて、思わず爪先立ちになってしまう。
「いっ…おい放しやがれ、誰の為のバイトだと思って……」
小さく怒鳴れば、足下にこつんと当たる何か。チラ、と視線を下ろせば…
「は?」
ライドウが提げるのは、お化けカボチャ。
俺が唖然としていると、耳を更に捻られて、猫耳に囁かれる。
「ナルキッソスが銀楼閣前で僕を待ち伏せててねぇ…依頼してきたのさ」
「何、どういう…」
「“今宵のハロウィンに使うカボチャを、ドルイド衆から分けて貰ってきて欲しい”とね」
それは俺の耳じゃねえ、と反論すら出来ない。
ぱくぱくと口を動かした俺は、喉奥から搾り出した。
「な…んだよ!それじゃ俺がこんな事しなくっても、あんたに最初から聞けば早かったんじゃないか!!」
「何を怒っているのだい?どうせ君が交渉もロクにせず、相手の条件を呑んだのだろう?自業自得さ」
カボチャをアリスに渡して、俺の耳をパッと放すと、ライドウは向き直る。
揺れる外套の隙間からは、今宵も管と武器が煌いていた。
「ハロウィンの夜、生贄にされるべく妖精の騎馬隊に連れられるタム・リン」
その悪魔の名に、俺はびくりと背を震わせた。
「其処から引き摺り降ろし、抱きかかえ、泉に投げ込む…さすればタム・リンは人間の形に戻らん」
学帽のつばを掴んで、くい、と上げる。その影から見える眼の光が、俺に唄う。
「しかしタム・リンは乙女の腕の中にて、異形に変貌す…獣、熱き鉛、真赤な石炭、腕の燃える錯覚を生むそれ等は、全て幻」
「でも、王女はそれに惑わされないで、泉にちゃあんと投げ込んだんでしょ?」
「そうだよミス・アリス、そのお陰でタム・リンは見事人間界に戻り、地獄への供物とならずに済んだのさ」
カボチャを抱えたアリスは、にんまりと笑顔のまま、ライドウの外套にすりすりと頬ずりしている。
「ほら、ラブロマンスじゃない」
何が“ほら”なのか解らないが、アリスは俺に向かって得意げに発した。
俺はいい加減帰りたくて、それとなく促す。
「アリス、もう遅いんだ…さっさと銀楼閣に帰って、それの中身刳り貫いてくれよ…下ごしらえも時間が必要なんだ」
「あらっ、それもそうねえ…って、そういえばナルキッソスはどこ?」
ほぼ忘れ去っていたのか、今更問い質すアリスに、ライドウが哂う。
「ハロウィンだからね、骨董屋の鏡置き場で独り占いでもしているのではないかい」
「ナルシストぉ」
「フフッ、ウタイガイコツでも召喚しておいてやろうかね…しっかり奴の背後に映り込む様にね」
視線を合わせて、それこそハロウィンの仮装した子供の様に、悪戯な笑いをする二者。
俺はこのピッチピチのスーツに本気で嫌気が差してきていたので、軽く地団駄を踏んだ。
「さっさと脱ぎたい」
呻る様に訴えれば、ゴウトが下からミャア、と鳴く。
『脱げば良かろう、猫の衣が脱げるなら我とて脱ぎたいわ』
「そういう問題じゃない!」
下方に怒鳴れば「猫が猫に怒鳴ってる〜」と、アリスがケタケタ笑ってカボチャを頭の上に携える。
そのままギクリとしたゴウトを追っかけ回し、店先の薔薇園のフェアリーサークルをぐるぐると追い駆けっこで。
呆れて遠目に見つつ、俺も着替える為に足を踏み出す…
「タム・リンに、僕は訊いたよ」
と、その足を止めた。
振り返れば、カボチャと入れ替えに受け取ったらしき薔薇を指にしたライドウが、ニィ…と哂う。
「本当に、その王女を愛していたのか、とね」
スーツの締め付けじゃない、MAGの流動でも無い、感情が、ぞわりとして身を戦慄かせる。
「…何て、答えたんだ…」
恐る恐る訊けば、薔薇を唇に翳すライドウが、唇を開く。
そのまま、薔薇を食べてしまいそうだ、と思った。
「“それならば王女こそ、異種が赦せぬその感情が、果たして正しきラヴ・ロマンスなるバラッドと云えましょうかね?”」
テノールの響きに、まるでその妖精騎士が乗り移ったかの様な…そんな声音で。
「妖精は、人間に戻る為に乙女を利用し…乙女は、契った相手の真を視ておらぬのかもしれない…そういう事さ、フフ」
「どんだけ…穿った見方してんだよ」
この男を育てた悪魔の事だ、きっと答えた際も、哂っていたのだろう。
「しかしね、功刀君、君とて同じ事さ」
「何だと」
指先の薔薇をくるくると舞わして遊ぶライドウが、長い睫をはためかす。
うっそりとした嘲弄を、俺に注ぐ。
「人間に戻る為だけに、形だけの主従の契りを交わしたろう?」
ああ、何だ。
「そんな君がタム・リンを愚弄出来るだろうかね?ククッ」
何か先刻から苛々すると思ったら、其処だったのか。
湿った霧の中、つかつかと歩み寄り、俺は赤い薔薇を奪う。
眼前から、その暗い闇色を睨み上げてやる。
「そうだな、あんたも俺の事、人修羅って道具として掴んでるだけだもんな」
「フフ…確かに、契る際にまぐわいはしたねえ」
「…っ!」
指先までを覆う黒いスーツで、その頬を引っ叩いたつもりだったのに。
そのまま受け流されて、脚を掬われ地に叩き伏せられる。
「…つぁ」
「“僕”と“君”で接触するのは、まぁまぁ面白くも有るが…それは互いの目的には必要とされぬのだよ功刀君」
転がる俺を、フン、と鼻で哂って蹴飛ばすライドウ。
「“ハロウィンの夜”は、僕等には来ないよ」
「…く」
「君が人間に成る為には、僕が皇に成る為には、その日が来てはならぬのさ…君が人間に成っては、僕の野望は成就せぬ」
「あぐっ!」
後頭部を強かに踏まれて、俺は顔面を草の絨毯に押し付けた。
そのままライドウは荊蔦のアーチへ、森の出口へと向かう。
「どの森で薔薇を手折ろうが、現れぬ」
冷たい声。
「……今までハロウィンの夜に妖精騎馬の行進なぞ、お眼にかかれた例が無いのだよ…」
その棄て台詞。
なあ、どうして、カーターホフの森とやらがこの国に無いのを知って、そんな事をしているんだ…
「ハロウィンの夜は……俺達には…」
薔薇を、握り締めた。





窓辺に嗤う、アリスちゃんの作ったジャックランタン。
夜兄様はいつもの哂いで「不細工面だねえ」となかなか失礼な事を云ってくれちゃって。
矢代お兄ちゃんはお菓子だけこさえて、さっさとふて寝しちゃった。
「最初から愛情でなんて、お近づきになれないわよ」
不細工ランタンに笑いかけて、バーンブラックを頬張る。レーズンとスパイスが良い感じね。
「でもねえ、妖精騎士だって、そんなにまでして自分を放さない乙女を、棄てる事が出来る?」
ランタンの返事は無い、夜が明けて、ゆったりと朝日が差し込む。
キャンドルのライトは霞んで、人間の世界が色濃くなる。
「王女だって、対等に居たいから、同じ種族に成って欲しかったんじゃないのかしら?」
もぐもぐしてると、何かの感触。
ん、これはまさか…指輪!?ううん、でもなんか、違うわねえ……
「んべ」
白いお皿に吐き出せば、真っ赤なままの薔薇の花びらが散った。
「あらら、これは妖精騎士様に逢えるって暗示かしら?矢代お兄ちゃんも粋ねえ」
それを見て、この切れ端は夜兄様にあげれば良かったかなあ、と思ったアリスちゃんなのでした。

薔薇を手折りて・了
* あとがき*

2011年のハロウィン頃に書いた…のだっけ?拍手御礼SSに放り込んだままでしたが、今回サルベージしました(2013/10/30)
タム・リンの伝承はほぼ脚色無しです、ヤリチ○め。
レプラホーンがタム・リンの呑み友っていのは…そういえばそれも拍手御礼SSでしたね。ついアップが楽なので、拍手の方に突っ込んでしまいがちです。いつかちゃんと整理します、いつか(やるやる詐欺)